第52話 ハイアラーキーホール

 五大機関の他の四ケ所が、すべてデクセリュオンに同意すると伝えて来た。全ての時空機関がミカ・ヴァルキリーの戦いを中継で見ている。ミカ・ヴァルキリーの猛威を見て驚いたに違いない。五大機関は晶の司令下に入った。だが人馬市だけは、沈黙したままだ。

「いよいよその時が来た……」

 晶はミカがシャンバラのゲートへ辿り着いた事を知って呟いた。

「人類のこれまでの歴史で、アイに反旗を翻した者はいないか、あるいは居ても、必ず彼女によって滅ぼされてきた。もしこの革命が来栖ミカによって実現するのなら、あなたは人類初のアイに勝った反乱者になる」

 怜は皮肉っぽく笑みを浮かべる。

 世界の運命と、捕われた原田亮を賭けた最終決戦が始まろうとしている。


 シャンバラへの入口、アルカナゲートは時空迷彩によって隠されている。そしてゲートキーパーたるドライバー軍団の生命体の残滓が依然結界を作って守っている。それは色とりどりの光を放ちながら周囲二〇キロ四方に広がり、入口を特定することを許さなかった。たとえ時空研のヱルゴールドでも、時空迷彩を破る鍵は持ってなかった。メタルドライバー・ウォリアーが出現した付近に、アルカナゲートが存在することは確かだった。

「金閣寺、頼んだわよ!」

 だが、ヱルゴールドをもってしても、アルカナゲートの位置を簡単には見破る事は簡単ではなく、時間だけが流れていく。

 その時、ミカは那月のアメジスト・ソーシャル・ネットワークの事を思い出した。

「怜さん、もしかすると那月がヱルアメジストで、他の秘密を発見してるかもしれない。時輪経の他の断章を」

 晶と怜は訳が分からず、お互いを見た。

「そんなはずない……けど」

「調べてみて。私には何となく、那月が何かを発見したような気がするの」

「分かった。じゃヱルアメジストと接続する」

 怜が、ヱルゴールドからヱルアメジストのASNに入ると、別の時輪経の断章が解明されていた。

「五芒星の中心にあり」

 という時輪経の断章の一文が、ASNの中の那月が書いた多くの雑文の中にまぎれていた。怜はまさかと思ったが、那月の携帯と同じようにタイマーで時が来ると解除される仕組みになっていたらしい。

「アイの秘密が一つ分かった。アイが巨蟹市を去った夜、私は密かに天文台のコンピュータで追尾した。このコンピュータは、月を通信衛星の代わりのように使える。月だけは時空改ざんに捕われない、外の世界だから、ありのままを映し出す。あの巨人が消えたポイントが分かった。私はそれを正確に計算した。それが、時輪経のいう五つの山頂が作り出す五芒星の中心」

 と書かれている。

「きっとそれだよ。金閣寺、計算して」

 ミカはヱルゴールドから送られて来た周波数のアストラル波を山脈に向かって送り込む。山脈の中で、きれいに五芒星を形成している場所があった。その中心をルビースピアーで穿つと、光り輝くペンタゴン・ピラミッドが出現した。それをミカのアストラルボディが透過すると、地下へと続く光のシャフトが見えた。

「那月、ありがとう。あたし達、ずっと一緒だよ!」

 ミカはアルカナゲートを通って、地下の大深度を降りていく。通路は、アストラル界のようなエネルギーの流れに満たされていた。ミカはその流れに乗って下っていく。

 突如、足元に巨大な空間が現れた。そこはまるで地上に出たような世界だった。そこには海が存在している。

 海の中の大きな陸に、水晶の摩天楼群が見える。ナビゲートするヱルゴールドはそこだ、と指示する。摩天楼群の中にヱメラルドの大神殿が見る。その地下に目的地がある。

 ミカ・ヴァルキリーは大神殿に入ると、ハイアラーキーホールに降り立った。ハイアラーキーホールの天井は三百メートルあり、百メートルの身長のミカ・ヴァルキリーでもすっぽりと収まった。

 三百人の伊東アイがずらりと並んで、来栖ミカを待ち構えていた。ミカは無数に居るアイを見て、ぞっとした。これは恐らく、中枢神経を司る分身たちだろう。が、ここシャンバラには無数のアイがいるようだ。あちらこちらに分散し、作業している気配が感じられる。「三百伊東アイ委員会」はほんのそのごく一部に違いない。

 ホールの中の伊東アイたちは、国会議事堂のような円弧状に並んでいるデスクに整然と座っている。

「降伏しなさい。シャンバラの女王。メタルドライバーは私の美声に聞き惚れて全滅しちゃったわ。どうやらもう、あなた達には、わたしに敵う武器は何もないみたいだね!」

 伊東アイのクローン達は、一斉に巨大なミカをじろっと見た。完全に目の動き、顔の動きが一致している。

「三百人も集まっていると、気持ち悪い」

 無気味に静まり返ったホールの中、ミカ・ヴァルキリーの声だけが響く。

「あなたに対抗できる力を人類が持った事が恐ろしいかしら? 亮を返して! 今すぐあなたたちを全滅させる事だってできるわ!」

 すると一人の伊東アイが静かに立ち上がった。

「あなたは本当にバカね。彼らの忠告を聞かずに、メタルドライバーを全部破壊してしまうなんて。ウォリアーたちが、あなたがフォースヱンジェルになる事を警告したのは、フォースヱンジェルが復活する事で、人類の中の、ブルータイプと戦った記憶が呼び覚まされ、二つの種族の問題の恒久的解決に、永く苦しい戦いをしなければならないというエネルギーを呼び込むから。これからあなたたちとブルータイプの長い戦いが始まる。これまでの戦いが、ほんの前哨戦に過ぎないような。二つの種族の和解は、その先の遥か向こうへと押しやられてしまった。あなたが、フォースヱンジェルを復活させてしまった事によってね……。十二のウォリアーたちを破壊した事は、自分達の武器を放棄したも同然よ。ディモンと人との、どちらが地球の支配者になるかという戦いのカルマは、過去の時代のものなどではない。一向に終わってなどいない。ディモンとの戦いは、これから本格的に始まるでしょう。わたしのシナリオ修正も、困難かつ、複雑なものとならざるをえない」

 白羊基地にたびたび顔を出していた、アイ36が代表してミカに挨拶した。伊東アイは原罪を背負った人類の苦役とその行く末を予言する。そして、そこに集まった三百人の伊東アイのクローン達が、「バカね」を繰り返した。その、一糸乱れぬユニゾン。

 バカね、バカね、バカね、バカね、バカね-----------連唱がホールにエコーする。

「うるっさぁーいいっ。分身に用はないわ! アイ1はどこに居るのよ? アイ1に会わせて!」

 ミカ・ヴァルキリーの怒号が大ホールに響きわたる。

 晶は、唯一の金髪碧眼の伊東アイの不在に気づいていた。

「来栖ミカ。原田亮はアイ1の元に居るわよ。ここからもっと下に。そう、ここよりずっと下、地球の核付近にある世界、光シャンバラに。--------そこでアイ1があなたを待っている。アイ1からよく話を聞く事ね。ちょっとその身体では大きすぎるわね。元の体に戻ってくれるかしら? そうしてもらえると、ありがたいわ」

 三百人の伊東アイが見上げて、ミカの反応を待っている。

「ははぁ。また私を罠に仕掛けるつもりでしょ? 言っとくけど、もう私にそんな事したって無駄なのよ!」

 ミカは語気を荒げた。

「心配しなくても、罠なんか仕掛けない」

 空席になっている議長席が床の下へと下がっていった。眩い輝きを放つゲートが現れた。スムーズであり、仕組まれていた事のように感じられる。アイ1がミカを光シャンバラへと誘う手筈だったようだ。

「フン、まぁいいわ。晶さん、私ちょっと行って来る」

「ミカ」

 晶は、ミカに全てを任せてよいのかどうか迷った。アイ1は、超絶的な力を持つ存在であるという。果してミカがアイ1と一対一で対峙して無事で返ってこれるのだろうか。しかし今は十七歳の少女に一任するしかない。

「大丈夫、私はもういつでもヴァルキレーションできるから。金閣寺の増幅なしでもね」

 ミカは元の身体の大きさに戻った。しかし格好はミカ・ヴァルキリーを維持し、ルビースピアーも持っていた。ミカはゲートにひょいと飛び込むと、アストラル流を降下していった。ずいぶん下まで降りたと思った頃、突如、また海のある空間に出た。上よりもっと広大な空間に感じられる。だが、その海は水平線がなく、競り上がっていた。つまり壁面に海が広がっている。海の中にはいくつかの大陸がある。

「ここよ。来栖ミカ」

 アイ1の声が聞こえる。と同時に金髪碧眼のその姿が脳裏に浮かぶ。声にいざなわれたミカは、大陸の一つにある巨大ドームへと入り、そのドームの地下へと通じる穴へと入った。通り抜けると、明るい配色の宇宙空間のようなところに出た。

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