第53話 伊東アイ・オリジナル

 巨大な太陽、月、地球が均一の大きさで浮かんでいる。三つの星が明るい宇宙空間の中でゆっくり回転している。その太陽の光は眩しくなく、柔らかい。部屋全体がスクリーンなのだろう。その宇宙空間の中に金髪碧眼のアイ1が立ってミカを待っていた。アイ1と会うのはミカも初めてだった。アイ1だけが金髪碧眼というのは不思議だった。ミカも今、ヴァルキリーとなって、金髪碧眼になっている。アイ1は、伊東アイのマイクローンの中にあって、本体だという。クローンといっても、当然現代科学で知られている技術ではないだろう。おそらくアストラル体の能力で、分身し、実体化しているのかもしれない。それくらいの能力が、アイのオリジナル、アイ1にはあるはずだ、とミカは思う。

「あなたを待っていた」

 伊東アイのヘッドである委員長アイ1は、青い目でミカをじっと見た。ミカも青い目で見返した。

「あなたがオリジナルって訳ね? この地球という箱庭宇宙の中で、あなたは好きな事をやってきた。歌手になったり、生徒会長になったりして、私をからかって、さぞ満足したでしょ。あたし-------アイドル歌手になりたかった。私はあなたに打ちのめされた。私があなたをテレビや雑誌で見る度に、どんなに悔しい想いをしたか。自分が作った箱庭の中で遊べて楽しい? ほんとに嫌味な奴! ……でもいいわ。そのお陰で本当の自分に目覚めることができたんだから。この、フォースヱンジェルの、ヴァルキリーの姿にね」

 ミカは胸に手をやる。

「ミカ、今から晶がアイに言う事があるから伝えてくれない」

 二人の対峙の最中に、ミカの頭に不空怜の声が響く。ヱルゴールドが光シャンバラまで通信をつなげていた。

「あたしの声を使って?」

「そうよ。ダイレクトには伝えられないから」

「分かった。アイ、今から晶さんの言葉を伝えるわよ!」

 ミカはアストラル通信でそのまま晶と繋がる。口寄せの巫女のように。

「人類を解放するデクセリュオンの初代司令官として、ご挨拶する。シャンバラを守る兵士メタルドライバーは全て破壊された。あなたはもう無力。あなたが白羊市を占拠する代わりに、わたしがここを占拠した。私たちは三百伊東アイ委員会から自由になる」

ミカの口を通して宝生晶は、人類の独立を改めて宣言した。

「あなたの選択は、茨の道よ。わたしのアドバイスは受け入れた方がいい」

「これまでのことには一応感謝している。でもこれからは、人類として、あなたの意見を受け入れるかどうかは、その都度わたし達の自由に判断する。特に、血液の問題に関してはね」

 誰にも不当な差別は許さない。

「間もなく、レッドタイプと、ブルータイプの長く苦しい戦いが始まる」

「そんな絶対事させないわ!」

 晶は即答で断言した。

「ブルータイプの出現以来、まだ世界のどの時空にも、特異点は出現していない。ディモン兵器が現れる徴候は出ていない。三百伊東アイ委員会が、セレン計画、及びヱンゲージ計画を通して、人類のヱヴォリューションを促す計画を立てたのが、逆に人類のヱヴォリューションを阻止するためだったというのが、真実だと思える。あなたはブルータイプの登場を阻止したかった。ブルータイプとレッドタイプという二つの種族がこの地上に現れ、出会う事は、二つの種族のエネルギーが混ざりあう事によって、新しい進化のエネルギーが誕生する陰陽の融合を意味するんじゃない? そう、それは、二つの種族の結婚」

 晶は持論をまくしたてる。

(また、そーやって根拠のない事を)

 怜はハラハラしながら晶の言葉を聞く他なかった。科学者として言いたい事はいっぱいあるのだが。

「二つの種族はヱンゲージするに違いない。それがきっとヱヴォリューションの正体なのよ。宇宙が、陰のエネルギーと陽のエネルギーの融合で誕生した事。それがヱンゲージ計画の原理だった。だったら、この地球上で二つの種族がヱンゲージする時、人類は飛躍的な進化を遂げることになる、そうでしょ? その両者の結婚を邪魔していたのが伊東アイ、つまりあなたという事。両種族の間違った出会いを演出して、人類の進化を阻止しようとした。間違った出会い方をした時には、結婚生活だって戦場になる。そうしてしまう事は、逆に言うと簡単な事かもしれない。あなたの策略とテクノロジーをもってすればね。永久にあなたがこの星で人類の飼い主になる為に、あなたはそうした……」

 晶は、アイ1との対話を五大時空機関に放送している。

「つまりあなたが言いたいことは、私が、ブルータイプに濡れ衣を着せたという事?」

 アイ1は静かに尋ねる。

「そうでしょ。そしてブルータイプが地上に出現すれば、必ず滅ぼす。そうしておけば、あなたはブルータイプをディモンという存在に仕立て上げて、永久的に真実を封印させておく事ができるわ。人類は何度も文明を起こしては滅び、伊東アイの支配からは脱却できない」

 が、横で聞いている怜は、ずっと晶に賛同できずにいた。

「ミカのヴァルキレーションは、確かに亮とのストレートヱンゲージが始まりだった。二つの異なるエネルギーがしかるべき段取りで交流する時、進化が始まる。二人のヱンゲージは、私たち人類への示唆だった。これから、ブルータイプとのヱンゲージを模索していけば、きっと人類は進化するはずよ」

 確かに、ブルータイプはディモンとしての証拠がないのだから、宝生晶の言う事はもっともらしい。

「あなたにとって、きっとレッドタイプは支配しやすい人種に違いない。ブルータイプよりもね。ブルータイプという種は、ダークフィールドをまといやすい危険性があるのかもしれない。だけど、この星に生まれてきた生命には、生きる権利がある。種族の違いを超えて、この星で生きていくことを許されているはず。そして私たちとも共存できる、私たちレッドタイプは決して彼らを排斥してはならない。同じ星に住むもの同士、導き合い、助け合わなければならないのだから!」

 委員会の命令するブルータイプの抹殺。それは宝生晶にとって、現代の魔女狩りに他ならない。

 ブルータイプが、異東京で黒い船を操って世界を滅ぼしたA級戦犯だったとしても、それは再生した世界で新しく生まれたブルータイプの罪とは言えない。もはや世界は異なるのだ。新しいブルータイプが、異東京のブルータイプと同一であるとは言えない。何故なら、彼らに、血が青いという以外に人類との違いはなく、本人達にもその自覚なく、かつ敵としての行動などまるで見られないのだから。過去のブルータイプがどうであれ、現在、新しく生まれてきたブルータイプにはこの星で生きる権利があるはずだ。

 ブルータイプといえども手を取り合い、お互いが一つになる努力をし、この星で結束する事ができれば、それこそが「進化」に違いない。それが晶の信念だった。だから自分はブルータイプを見捨てる伊東アイから独立する。

「------あなたのように甘い考えでできる事ではないわ。ブルータイプ、すなわちディモン。彼らは、自分たちが過去なした選択の誤りによって、進化の経路から脱落してしまった種族。もしあなた達が今まじわれば、たちまち彼らに汚染され、乗っ取られてしまう。そうして地球はまた滅びる。今は、到底、共存できる段階ではない。共存するには、まだまだ長い長い道のりが必要よ」

 調生命体の少女は、インディゴブルーに輝き出す。

「バカな事を言わないで。そんな話、ブルータイプについても、すべてあなたのでっちあげでしょ。ブルータイプに敵としての証拠がないのはなぜ? あなたはよく何を選択するかって聞くけど、それこそあなたじゃなくて、すべては人類が選択する事なんだから。私は、ブルータイプとも、共存してみせるッ」

 晶の右手の拳がふるえる。


大戦の記憶


「あなたたちはいつもそうだった……。わたしの言葉を聞く耳持たず、そうして、勝手に判断して、間違っていって-------、わたしは仕方なく時空を何度となく閉じ……、また0から始め……。私は幾度、そんな事を繰り返して来たかしら。わずか三十万年前、トランセム帝国の時もそうだった。そしてこの星で無数の文明が出来ては消えていった。そうでないとこの星は滅びてしまう。ダークフィールドが蔓延すれば、この星の磁場で生命は生きる事ができなくなる。無数の平行宇宙の無数の地球は、すべて一個の存在で、関係しているってことを知っているでしょ。平行宇宙の相互作用、お互いに影響を及ぼしあうという事を。一つの平行宇宙での崩壊が、別の平行宇宙にも影響を及ぼしていく。あなたに禁じた、ディモンの話をしてあげましょう」

 アイ1が秘密を開示しようとしている。晶も怜も、そして晶の言葉を伝えるミカもアイ1の言葉を待つ。

「------悠久の太古、かつて宇宙で、とても解決できない困難な種族間の対立が起こった。それは天使軍団と堕天使の戦いとして、人類の伝説にも語られている。永久に続くような、果てしない、どうしようもない憎しみの連鎖だった。その果てに、私は二つの種族を二つの宇宙に別けた。二度と戦いを起こさない為に。その一方がディモン。つまり帝国よ。帝国を最初、遥かに遠く離れた平行宇宙の彼方へと追放した。彼らが、もう一方の種族に比べて数多くの問題を起こしていた為よ。彼らは永く、ずっと封印され、眠ったように生きていた。しかし一億年前、とある別の平行宇宙の人間が、彼らディモンの平行宇宙を発見して、召還してしまった。その時、帝国は永い眠りから目覚め、月を侵入経路として、再びこの地球を舞台に、数々の宇宙に対して平行侵略を開始した。それ以後、人類の歴史は、たびたび侵略する帝国と戦い、そして月へと押し戻す戦いの歴史だった。この一億年の間、地球は光と闇の星になった。延々と一億年間続いた帝国との戦いは、光と闇の不滅のゲームと呼ばれている。いつまで続くか、分からないから。その間、地球はずっと産み出されるダークフィールドに耐えていた。あなたたちがのんきに戦争している間にも。地球がどれだけ苦しいか分かるかしら。あなたたちにズタズタにされながらも、あなたたちにエネルギーを与えている。だからわたしはセレン計画失敗の後、ヱンゲージ計画で、この星で争いの原因となったブルータイプとレッドタイプの住処を再び完全に分けるつもりだった。仲違いの歴史を二度と繰り返さぬために。永く続いてしまった、憎しみの歴史を終わらせるために。でも晶が、人類がレッドタイプが彼らと共存できるというのなら、やってみればいいわ……。わたしはそれを、人類の選択を決められない」

 アイ1の瞳に複雑な色が宿っている。

「そう、わたしは決められない。いつだって、わたしは人類の選択を尊重してきた。だってこの世界は、あなた達に任せた世界だから。あなた達に、何度も問いかけた。あなたは何を選択するのかって。人類が、わたしの言葉を受け入れる時だって、わたしは人類が自らの意思で受け入れるように、それ以上の事は決してしてこなかった」

 自分に似せた被造物である人間を創った神は、地上の生き物を人間に統治させた。自分の代理として、地上を人間に任せたのだ。

「私たちが、ブルータイプを受け入れる心の準備をしなければ、それは、それは絶対にできないという事よ! ブルータイプにせよ何にせよ……、この星に現れた者の存在の権利を、私は守る。存在する者には、生きていく権利があるもの!」

 晶は唇を噛む。晶は、ずでに持論に危うさを感じつつあった。それでもこの道を歩むことを放棄する訳にはいかない。今更……。

「ディモンと人類が争いを止め、ライトフィールドの元に一つになる。その時、あなた達は私の手を離れていくでしょう。でも、両種族がこれまで一億年続けて来た争いの歴史を終える事は、そう簡単な事ではない。あなたは甘い。安易に考え過ぎている。月の事も、ブルータイプの事も何も分かっていないあなたが勝手に判断すれば、どういう結果になるか------それを私は分かるから、あなたに何度も何度も警告してきたのよ。フォースヱンジェルの力を封印していたのも、危険だから封印した。あなた達を、他ならぬあなた達自身から守るために。フォースヱンジェルの力に、ディモン・スターは競い立つ。ディモン・スターが続々出現する。だから、人類をブルータイプから守るために、力を封印させていた。人類から人類を守り、この惑星を滅ぼさないために私は警告を発した。その深慮を知らない人間、つまり宝生晶が、ミカの力を解放した。だけどあなた達人類は、分からなかった。人類の未来は今、あなたの手にゆだねられた。宝生晶という独裁者の手に。ブルータイプとの共存を計るという志は良いけれど、その結果、地球はまた滅ぶのかもしれない」

 アイ1は釘をさす。今や人類の運命が宝生晶の双肩に掛かっている。重圧を感じながらも晶は前に進まなければならない。力を手に入れた晶は、独走の道を進んでいる。それは、かつて伊達統次が通った茨の道だ。しかしその事を晶は認めたくない。だが果たして彼女は、伊達統次よりも伊東アイよりも、人類にとって幸福な道を選択していけるのだろうか。

「それこそ人類の選択だわ。人類は自ら未来を選択していくわ! 闇に瞬く光、それが人間よ! 人類は不完全なもの。でも自分で選択しなければ、人類に進化なんかない。人類は、あなたの監督保護下におかれる限り、いつまでも自立、進化する事はないんだから」

 イライラしたミカが晶の意識を遮断する。

「晶、もういいわよ。彼女といくら話したってラチがあかない。さぁアイ、話し合いは終わったわ、ヱルダイヤモンドを早くあたしに渡しなさい!」

 ミカは晶の言葉を強制的に終了させると、自分に戻って叫んだ。

 上のシャンバラのヱメラルドの大神殿のハイアラーキーホールに置かれたヱルエメラルドは、もっとも古いヱルである。が、それはオリジナルではない。すべてのヱルのオリジナルは、光シャンバラにあるヱルダイヤモンドだと、ヱルゴールドは語っている。その伊東アイの力の根源を手に入れる事が、デクセリュオンの勝利に他ならない。

「ヱルダイヤモンドを、あなた達人類が所有するつもりなの?」

 アイ1は小首を傾げた。

「そうよ、あんたの力を奪うためにね!」

「そんな事できないわよ」

「黙りなさい! この期に及んでまだ抵抗するつもり? 渡さなければ、あなたを今すぐ殺すしかないわ!」

 ミカ・ヴァルキリーのかざすルビースピアーの先端がアイ1の顔に突き付けられる。

「ヱルダイヤモンドというのはね、ミカ。地球の事よ……。地球には核があるでしょ。地球の核は、巨大なダイヤモンドなの。正二十面体と正十二面体が組み合わさった、一億カラットのね。それを手に入れて、あなたたちはどうするつもりなの?」

 ミカは何も言えなくなった。

「ヱルは生きている一個の鉱石だと言ったはずよ。この星自体が巨大なヱルメタルなの。すべての星が、生きた巨大な鉱石、メタル生命。だから地球は生きている。グリッドをあらしめしもの。それが、惑星幾何学の秘密。地球そのものがヱルダイヤモンドなのだから、それを時空研が手に入れるなんて、ナンセンスだわ。あなたはヴァージンエンゲージの時、見たはずよ。この時空を再生した時、ヱルダイヤモンドは、自らの身体を引き裂いて、ダイヤモンドダストのシャワーを地上に降り注いだ。その時、あなたは感じたでしょう。再生のエネルギーをね。ヱルダイヤモンドの慈悲が、あなたの祈りの声を聞いた。そして、十二個のヱルメタルが発生した。そこからメタルドライバーもね。みんな、この地球、すなわちヱルダイヤモンドから生まれた」

 アイ1が、過てる人類について語る時、その眼は決まって相手に罪悪感を与える。

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