第49話 ルビー・ドライバー

 ミカ・ヴァルキリーはヱルゴールドからのアストラル通信でナビゲートされながら飛んでいる。ヴァルキリーとヱルゴールドは直接、アストラル通信が可能となっていて、ミカの意識にダイレクトに情報が送られてくるのである。ゴールドによると、目的地は近い。

 メタルドライバーが守る「地下の帝国」の門があるポイントへと近づく。ヒマラヤ山脈の荒涼とした雪山の上空だった。アストラル物質体は、宇宙空間も飛行できるし寒さも感じない。

 ヒマラヤ山脈が目前に近づいて来た瞬間、たちまち嵐の雲が渦巻いていく。メタルドライバーは雷と嵐を呼ぶのだ。だがまだ、その姿は見えない。

 ミカは地球最後の秘境、神秘の谷、ヤルンツァンポ大峡谷に到着した。ここが地球とはとても信じられない景色の中をミカは飛んでいた。ここは高低差七千メートル超という、グランドキャニオンを超える世界一の大渓谷であり、科学が発達した現代でも、いまだ人跡未踏の秘境である。この付近では、煩瑣にUFOの目撃がなされているが、それはシャンバラのゲートが存在するゆえだった。

 荒涼とした世界に、禍々しいダークフィールドを放った獣の姿が見えてきた。ダークフェンリルは最初に基地に出現した時よりも、およそ十倍も巨大に姿に膨れ上がっていた。彼はシャンバラに侵入しようとし、その手前で門番のメタルドライバーの持つ白い輝きのプラズマ鞭・グレイプニールに生け捕られたのだ。

 そのメタルドライバーは、白羊市に現れた者とはカラーが違っていた。形状こそ酷似していたが、ピジョンブラッドの輝きを放ち、全身がルビーで出来ている「ルビー・ドライバー」だ。金額にしたら一体いくらになるのか、ま、そんなものは地球上にありえない。地下帝国シャンバラの錬金術で産み出されたもの以外には。

「あいつ。なんてことなの……あたしのスピアーと同じルビー? ルビーに属するモノと、戦わなくちゃいけないなんて――」

 グレイプニールでおとなしくしている、ルビー・ドライバーの飼い犬のようにも見えるダークフェンリルの手前に、ミカ・ヴァルキリーは降り立つ。背中の羽は消えた。

「メタルドライバー! 今からわたしがそいつを倒すから、あんたは下がりなさい! あたし、正直あんたと戦いたくない。手を出さないで!」

 ミカは夕日を背に、ルビースピアーを相手に向けて叫んだ。

「熾天の炎よ! お前が生み出したこの者、ダークフェンリルは、今のお前の力ではもはや阻止できない。私が拘束しているグレイプニールを解き放ったら、彼は姿を消し、地球の核を破壊するだろう。彼はお前の手に負えないほどに強大化している。なにゆえセレンドライバーが、時空研のヱルゴールドをマニュアルドライブしようとしたか。ダークフェンリルを解き放ったこの宇宙を、円満に終焉させるために。そうでなければ、あらゆる平行宇宙に、禍根を残すことになるからだ」

 目の前のルビー・ウォリアーが、ミカに語りかけて来たのでミカは驚いた。メタルドライバーはしゃべれる。割けた口からギザギザの尖った歯が見えている。口の中も真っ赤だ。時輪経オリジナルに、ヴァルキリーが「熾天の炎」と記されている事を、ヱルゴールドがミカにアストラル通信で伝えてきた。

「よく聞け、紅玉のヴァルキリーよ! お前はセレンドライバーを破壊し、世界の危機を重大なものとした。お前の技では彼を逃がすことになるだろう。だがやがて我が軍団が光シャンバラから続々と上がってくる。我々のリーダーでなければ、この者を倒すことはできない。黙ってお前は手を引け」

「断るわ。あたしはシャンバラの伊東アイ・オリジナルに用があるの。あいつを倒して、亮を救わなくちゃいけない。その邪魔をするヤツはメタルドライバーだろうとダークフェンリルだろうとみんな倒すまでよ! もしあんたも邪魔するなら、たとえルビーでも、仕方ない」

 白羊市で仲間を破壊したように。本当はルビー同士の果たし合いはしたくなかった。

「このままでは、お前はまた、三十万年前の過ちを繰り返すことになるであろう。それを見過ごす事は、我ら自身もまた禍根を残すことになる。トランセム文明が地球を支配していたあの時、五つの都市を支配した人間共は、超古代の眠りより我が軍団を復活させた。我らはあの時、トランセム人と共に月との決戦を戦った。しかしその後五つの都市は、我らの破壊力を使ってお互いに戦争をはじめた。愚かなり、人の為す行為は今の世と同じ。進歩はない。その結果、大陸は一日にして沈び、かの文明は滅び去った」


「ヱルメタルも我らも、共にシャンバラから人類に贈られたモノ。人類が光明か破壊か、どちらの道に使うのかという試金石として。我らは戦士として、ヱルは頭脳として。ともにシャンバラのヱルから別れ、進化してきたモノ。だがあの栄光のトランセム文明の末期、数多く居た我が種族は世界と共に滅んだ……。我らは、その僅かな生き残りとしてシャンバラに保管され、今日、ウォリアーとしてゲートの守護者を負かされている。あの時の苦い記憶を繰り返さぬよう、生き伸び世界を見守る番人として再設計されて」

 メタルドライバーはエルシステム同様のメタル生命、機械と生命の融合した、生体機械の兵器である。全てがメタルで出来ておりながら、それは生きている。魂を宿した機械は、意思を持ち、自らの判断で行動することができた。

 三十万年前、地球を滅ぼした者として時輪経に記録される旧支配者・メタルドライバー。その星を滅ぼす力を持った者が、今ミカに警告を発しているのだった。

「伊東アイに改造されて、飼いならされて、操られてるだけのあんたたちが、生きてるっていえるの? あたしだったらお断りね!」

 おそらく自由な意思を持たぬ、哀れな生き物……ミカにはそうとしか思えない。

「何のために、生き残った我らを伊東アイは残したか、その意味をお前は知らなければならん。二度とこの世界を滅ぼさないためにだ。その為に、伊東アイはこの世界の番人として我らを、プログラムし直したのだからな。我らはこの三十万年間、アイの忠実なしもべとして世界を見守ってきた。ヱルメタルを与えられている人間たちが、ヱルを使って暴走した時に、ヱルメタルを阻止するために。一度世界を滅ぼした我らが今、世界の破壊を阻止するために、我らはこの世界に生きている!」

「ちょっとあんたね、こっちは散々、伊東アイの理屈には辟易してるのよ。アイの言うことに何の疑問も抱かない奴に言ったって仕方ないけど、邪魔するんだからはっきり言うしかないわね。そんなの支配者の都合のいい口実じゃない、伊東アイに伝えといて。もう二度と、そんな手に乗るもんですか!ってね」

 巨大美少女兵器の言葉は、時空研で見守る宝生晶たちの代弁でもある。

「熾天の炎、紅玉のヴァルキリーよ。我らは、ディモン軍の兵器に勝る力を与えられているのだ。世界を破壊しうる力ともなる。だが、その我らに唯一対抗できるのがお前、ヴァルキリーなのだ。それが暴れればどうなるか、ディモンの阿修羅共と変わりない。それこそが三十万年前の過ち。そうなればディモンも我らも阿修羅も関係ない。お前は、我らと共にあの時世界を滅ぼした阿修羅。我らが種族のかつての時と、同じ過ちを犯してはならない。全てを破壊した時、お前はどう思ったか? ……その忸怩を思い出せ!」

 旧支配者は、ミカを阿修羅と呼んだ。それは、恐るべき力を持った戦闘天使。人類が窮地に立たされた時に人類の中から誕生する、凶暴なまでの戦いの力。

 ミカは自分の爪の伸びた左手を見た。角が生え、犬歯が伸びている。それはまさしく阿修羅、鬼と言っていい。

「あたしが……世界を滅ぼした……。そんなの……そんなの嘘よ! 嘘に決まってる」

「ヴァルキリーよ。阿修羅よ。世界を破壊する事についてはお前は我が種族メタルドライバーに匹敵する。だからこそ我らは二度とこの星を滅ぼすまいと、決意し、星を滅ぼす者と戦う。彼、ダークフェンリルを撃ち砕き、そしてそれを邪魔するならお前とも戦うまで」

 世界を救うために戦う。つまり、この生体機械は三十万年前と状況がまるであべこべなのだと言っているらしかった。

 ルビー・ドライバーがグレイプニールで拘束しているダークフェンリルは、その身体がスモークがかった結晶と化し、しかも動いている。その下半身にガスコンロみたいな青い炎を背負っている。突如、ダークフェンリルは雄たけびを上げると、火を噴いた。ミカはとっさに避ける。ルビー・ドライバーはダークフェンリルを拘束する手綱を引いた。その火は、火山から噴き出たような巨大な火柱となって上空に軌道を作り出した。大地は揺れ、遠くで赤い光が見える。どうやら大地が避け、火山が生まれて火を吹いていた。そしてダークフェンリルは時々雄たけびを上げては火を吹くらしく、空は火山灰で赤黒く、地平線だけがうっすらと白みかがっている。

「どいてくれる、そいつを放っておいたら、世界が滅びるじゃない! あたしがそいつを倒すんだからね」

「無駄な事だと言っているだろう! 今のお前の戦闘力ではこの者には敵わぬ故、取り逃がすであろうと」

「私を見くびらないでくれる。あんたこそ、さっさと退かなきゃこのルビースピアーをくらわせてやる! たとえあんたがあたしの愛するルビーでも、私の邪魔をする者は、誰だろうと叩きのめすだけよ!」

 ミカ・ヴァルキリーのルビースピアーが、ルビー・ドライバーへ向かっていった。ルビー・ドライバーのアンテナランスがスピアーを避ける。

「愚か者め、まだ自分の過ちが分からぬトハ! 我が最後の忠告を無視した以上、結局はお前と戦うしかないようだな」

 ルビー・ドライバーはとっさに左手の甲から延びるグレイプニールの拘束を緩めた。ドライバーは、ハッとするも、純金のツインテールをぐるぐる回転させて迫るミカの猛攻を受けなければならなかった。

 ダークフェンリルは一声吠えると、螺旋に吸い込まれるように回転し、たちまち、その姿はもやとなって消えてゆく。

「しまった」

 そう叫んだのはミカだった。

 だが今度は横に居たルビー・ドライバーがルビーのアンテナランスを振り上げてミカ・ヴァルキリーに襲いかかってくる。

「とうとうお前は、取り返しのつかないことをしてくれたな! どんな愚かなことをしているのか、お前はまるで分かっていない! 仲間が到着する前に、お前はわが手で葬り去る! でなければ彼、ダークフェンリルを再び捕える事もできぬのだから」

 暗雲を背に赤い蓄光で輝くルビードライバーの雄たけびと共に、突風が吹き、砂漠の大地に雹と稲妻が叩きつける。

「やっとその気になってくれたわね、……アハハハハ、ダークフェンリルならあたしが探して倒すから心配しなくていいわよ。さっきから言ってんでしょ、あんたこそあたしをこんなトコで足止めさせて。そこを退(ど)かなきゃやってやるわよ!」

 嵐の中、ルビー色のランスとルビースピアーが激しく赤い火花を散らし、荒野は赤く輝いた。

「このルビースピアーがある限り! ルビースピアーは、宇宙最強の、兵器なんだから!!」

「見損なったか! 我もルビーであることを……」

 その言葉もむなしく、ルビースピアーの一撃が、ルビー・ドライバーを撃ち砕いた。来栖ミカが大切に想っているルビーを倒したことは、ミカを嫌な気にさせる。だが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。ミカはすぐさまダークフェンリルを撃たねばならなかった。ミカは背中に羽を生やし、上空へと飛び上がった。

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