第4次元 旧支配者(メタルドライバー)VSミカ・ヴァルキリー

第41話 メタルドライバー襲撃



 原罪を背負った人々の、長く苦しい戦いの歴史が始まろうとしている

 再び滅びの淵に立たされた人類が一縷の望みに掛けしもの

 それは、来栖ミカに内在する戦闘天使の力



 ヱデンの園。

 神は、土からアダムを創り、アダムからイヴを創った。二人は裸だったが、恥ずかしいと思わなかった。


 ヱデンの園の中央には智恵の木と生命の木があった。

 その実は、決して食べてはならない。


 蛇は、イヴに言った。

「あれは善悪を知る実だ。智恵の実は、神と同じ知を得、力を得ることができるので、神はごまかしているのだ」


 イヴは、アダムに勧めて実を二人で食べた。

 二人は突然自分達が裸である事に気付き、恥ずかしくなったのでイチジクの葉で隠した。


 神はアダムを探した。アダムは隠れていたが、

「裸だったので恥ずかしかったのです」と答えた。

 神は訊いた。

「何と? 智恵の実を食べたのか?」

「違います、イヴが私に食べさせたのです」

 イヴは答えた。

「いいえ、蛇が私に食べろ、と……」


 神は、彼らに罰を与えた。二人の子孫が、延々と苦役を受けるように。

 それからアダムとイヴが生命の実を食べないように、神はケルビムに炎の剣でヱデンを護らせ、彼らを追放した。

                 (ナレーション・伊東アイ)


メタルドライバー襲撃


 チベット上空から、強大なアストラル波を放った飛行物体が日本へ向かって飛んで来るのをヱルゴールドは検知した。帝国のディモン兵器にも勝る、強力なアストラル波の実体であるその物がここへ到着した時、一体時空研がどうなるのか、不空怜には容易に想像できる。勝ち目があるワケがない。怜はモニターから眼を離さず、隣で仁王立ちしている所長こと宝生晶に報告する。

「メタルドライバーはまっすぐここ、時空研を目指している。到着迄、あと二時間弱ってところ。メタルドライバーの発するアストラル波の半径五百メートル以内に地上階の黄金ドームが入ると、ヱルゴールドのマニュアルドライブが即可能になる。そうなったらストレートヱンゲージは不可能になってしまう。奴はヱルゴールドを操作して、この時空を閉じるでしょう。そうなった時は、どんな反撃もできなくなる」

 東京時空研究所の白羊基地は、時空管轄システムだけではなく、保安部隊で構成される軍も常備されている。彼らも国防省の管轄だが、宝生晶に対する信頼と時空研の団結力によって、今回のような事態でも晶の命令を聞くだろう。だが、超兵器のメタルドライバー相手には通常兵器では敵わない事は容易に想像できた。おそらく、接近するメタルドライバーに対抗する兵器はない。よって、白羊市を守るべき武器を持たない晶はストレートヱンゲージを強行し、後二時間以内にヱヴォリューションを実現するより他に選択肢はない。

「あくまで続けるつもりね」

 再びアイ12が、自分に銃を突き着けている晶の眼をまっすぐに見て言った。

「そうよ」

「あなたはしている事の責任の重大さを考えなくてはいけない。かつての文明のように、ここで滅亡を選ぶより、人類のために引き返しなさい」

 少女とは思えない、落ち着き払った態度で伊東アイは大人の晶に忠告する。

「もう後戻りはできない」

「あなたは人類の運命を背負っているのよ。それが、私があなたに与えた権限だった。身勝手な行動をとれる立場ではない事をもっとわきまえるべきよ」

「あなたなんかに、いいえ誰にも、わたしの邪魔はさせない」

 説得にかかろうとするアイ12を、晶は突っぱねる。

「信じられないスピードね。マッハ十を超えた。これは、思ったより早く到着するかも」

 怜が驚愕する。場合によっては一時間以内で到着する可能性が出てきた。

「迎撃システムを作動して。どうせメタルドライバーに時空迷彩は破られてしまうから」

 晶は白羊基地の対空砲を用意させる。戦車部隊を始めとし、街に軍を出した。無駄なのは分かっている。だが、敵がヱルゴールドに近づく迄の時間稼ぎになればいい。

「時空迷彩のお陰で、人馬市の干渉を受けないのが、せめてもの救いか」

 晶は曇った表情で呟いた。

 しかし、肝心の二人のアストラル波の数値が一致する率は、依然として下がり続けている。

「ええ、この忙しい時に人馬軍まで相手なんかしてらんない。ヱンゲージどころじゃなくなってしまう。けど、この二人の状況じゃ、ヱンゲージの見込みは薄いわね」

 伊東アイにもバレバレだし、と半ば怜は白けた声で返事する。どうせ晶の賭けは、負けに決まっている。


 ヱルゴールドのアクセスデバイスに座っている来栖ミカは、ずっとどうしても隣の原田亮と心を合わせられずにいる。悔しさで涙が溢れてくるのをぐっと堪える。どうしても自分の心の中に浮かんできてしまう。時輪ひとみの方が自分より魅力的なのではないか、異東京の頃から、亮はずっと好きだったのではないか。その考えが頭を駆け巡って止まらない。

 ミカはまたギュッと那月のプラチナの携帯を握りしめる。

 亮にはミカの心が分かっている。亮は眼を開けてミカの肩にそっと手を掛ける。

「触らないで!」

 ミカはつい亮を拒絶した。亮はびっくりしてミカから手を離した。ミカも自分の口から出た言葉にショックを覚えている。

(ダメだ、わたし。こんなに、ひとみさんの事嫉妬して。那月と同じだ。那月の事を言えない。責めらんない)

 ミカは嫉妬の感情を押さえる事ができなかった。

「ミカの数値がどんどん下がっていく! ライトフォールドからダークフィールドへ」

 怜は目線で晶に中止を訴える。伊東アイの反応は……見たくない。

(いけない! このままじゃ、またさっきみたいに-------ダークフェンリルみたいなのを出現させちゃう! ダークフィールドを出しちゃいけない! いや、もっと大変な事になる。また、新宿のホテルの屋上の時みたいに、世界を壊しちゃいけない)

 ミカの意識が、アストラル波のシールドを自分の中に形成する。ミカは思いっきり、悲しみと苦しみの感情をその殻の中に封じ込めた。自分が作り出した殻の中で、外部に発散できなくなったエネルギーが蓄積し、激しく渦巻いている。

「中止しましょう」

 もうここまでよ、怜は諦めた。

「待って、エネルギーの下降が止まったわ。辛うじて、ダークフィールドに転じる手前で」

 晶と怜には、ミカの変化した理由が分からなかった。アイ12はじっとミカを見ている。

 ミカは悲しみのエネルギーを自分の中に抱きしめ、真っ暗な海溝の中へ沈んでいった。自分に発生したダークフィールドを表に発散しない為には、そしてもう二度と世界を滅ぼさない為には、自分の中に封印する、もはやそれしかない。

(寒い……凍り付いてしまう。亮もこれで、きっと見限った。晶さんも、怜さんも、皆わたしを見限った。そうに違いない。守護霊さんも完全に私を見捨てた。助けに来てくれない。……これでいいんだ。もう、自分がこの時空をおかしくしてしまってはならない。それくらいなら、皆わたしの事を忘れてしまえばいい。誰も……もう私の事を)

 ミカは繭の中で膝を抱え、ゆっくりと深海の中へと沈んでいった。一万メートルも、二万メートルも沈んだような感覚だった。

「ミカは完全に意識を失っている。ダメだわ! ミカは自分自身を闇の中へと閉じ込めてしまった」

 怜はヱンゲージ計画の失敗を完全に悟った。

「俺のせいで……こうなったんだ。全て俺が原因だ」

 亮は起き上がり、青白くなっているミカの寝顔を見てつぶやいた。


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