第42話 ツインソウルの証

 外を映し出す巨大モニターの空が一気に曇っていく。強風が吹き、稲妻が走る。それが現れる時のお決まりの現象である。目視できる敵の襲来。

「シャンバラのゲートキーパー、ウォリアーが来たわ! 遂にここへ」

 黒雲と共に、白羊市上空にメタルドライバーが姿を現した。藍色のメタリックボディー、剣にも見える幾つもの刺を持った鬼のような姿。全長百メートルの巨人は右手に西洋風の青い大槍ランスを持っている。メタルドライバーは街の上空を旋回していた。黒雲から、稲妻の落下する音が激しく街中に響きわたる。高層ビルに稲妻が落ちていく。シャンバラの兵士の出現と共に、放棄された米軍基地の姿を取っていた白羊基地が、黄金ドームを備えた真新しい時空研の姿に戻っていく。

「時空迷彩をいともあっさり解除された!」

 怜はキーボードを叩く両手をずっと休ませることなく、苦悶の表情で時空研が丸裸になった事を伝える。

 白羊基地の地上部隊は総出で対空砲撃を行った。だが、メタルドライバーの周囲に球状の青白い輝きが生じ、砲弾はメタルドライバーのアストラル・シールドの前に尽く跳ね返されていく。メタルドライバーはたとえ一機でも万軍に匹敵する強大な戦力だ。

「もっと弾幕を張って!」

 今のところ、東京時空研究所には火力の量で対抗するしか方法がない。しかし、砲撃は全てシールドに跳ね返されてゆく。予想通り、通常兵器で勝てる相手ではない。だが、宝生晶には今のところ他に対策は無かった。

「やはり駄目か」

 攻撃も虚しく、巨人兵器はスカイダイビングのように螺旋状に旋回しながら降下し、基地に降り立った。振動が走ったが、メタルドライバーは、地上に立つ時も、プラズマの力によって僅かに浮いている。その為、コンクリートが破壊される事はない。メタルドライバー・ウォリアーの持つ槍は、アンテナランスと呼ばれている。アンテナランスが時空研の黄金ドームにかざされる。槍は青白いアストラル波を放射した。槍は武器であると同時に、アストラル・アンテナの役割を果していた。遂にヱルゴールドが干渉され始めた。

「ハッキングが開始されてる! メタルドライバーがヱルゴールドをマニュアルドライブしようとしている。後十五分で、ここの時空は完全にドライバーのコントロール下に置かれるわ」

 怜は晶に叫ぶ。怜は思った。やっぱり無謀な作戦だったんだ。所詮、人類が三百伊東アイ委員会に勝てる訳がないのだ。

 アイ12はその状況を只じっと見ている。

「怜! なんとか阻止できないの? あなたのメタルマスターの技術なら、メタルドライバーのハッキングを食い止める事だって」

「無茶言わないで。いくら私でも無理よ。まずい、どんどん侵食されている--------」

 そう言いつつ、怜はあらゆるプログラムを立ち上げて実行していた。むろん、ことごとく失敗し続けている。

「怜さん、俺の力であいつを食い止めてみる! 俺をもう一度調整してください」

 亮がアクセスデバイスに座り直した。目を瞑ると、亮の周囲に白いオーラが放射されていった。それはヱルゴールドの黄金のオーラと混ざりあっていく。

「分かったわ」

 怜は、防御プログラムの作業を中断し、亮の再調整に入った。

「凄い、見て。亮の力がメタルドライバーのハッキングを阻止してる!」

「さすが地球の王子ね。亮にも、私たちの知らない力があるって事か」

 亮の眩いばかりの白いアストラル波は、ヱルゴールドを通って、黄金ドームから放射されていった。それはメタルドライバーのアンテナランスの放射するエネルギーとぶつかりあって、激しくスパークした。

「どうなの? 行けるかしら」

「まだ分からない。今の段階では勝負は五分五分ってところ」

 怜の手は休まない。

「大したものだわ、亮の力」

 怜のヱルゴールドの操作の腕前にも掛かっている。亮の力を最大限に引き出す役割は、ヱルゴールドのメタルマスターの不空怜なのだ。

「ダメだ、押されてる! 少しハッキングを阻止しただけ」

 ヱルゴールドを経由して、亮の周囲にメタルドライバーの青白いアストラル波が迫った。亮は歯を食いしばり、苦しそうにもがきながら抵抗する。

「もういいわ、亮、アクセスデバイスを降りなさい。撤退するわよ」

 晶は決断した。

「撤退してどうするのよ」

「ヱルゴールドを爆破するわ。基地ごと」

「本気で言ってるの」

「もちろんそうよ」

「なら言うけど、ヱルゴールドを破壊したら何が起こるか分からないわよ。おそらく、この世界の時空全部が吹っ飛ぶわ」

「アイの言いなりの時空に作り替えられるよりはおそらくましでしょう」

「何考えてんのよ!」

 怜はカッとなって立ち上がる。

「あなただって、何が起こるか、本当は分かってないんじゃない。時空が吹っ飛ばない可能性だってあるはずよ。今は、それに賭けるしかない」

「あんた、むちゃくちゃなことばっかり言って!」

 怜の拳がわなわなとふるえている。

「とにかく、私はこの時空がアイの手中に入るのだけは阻止しなければならない。亮、ミカを抱き抱えて! 彼女を頼むわよ」

 だが、亮はミカに近付けなかった。ミカのアストラル波が実体化した、赤いオーラが結界となってミカとヱルゴールドを包んでいた。それは一切他者を寄せ付けない。

「ミカのアストラル波が!」

 怜が再びモニターを見る。ヱルゴールドはメタルドライバーのハッキングより先に、ミカのアストラル波で破壊されるかもしれなかった。赤い炎のようなエネルギーは実体化してミカを包み込み、巨大化している。

「ミカに、一体何が起こっているの?」

 晶の問いかけに怜はミカの状況を調べて驚いた。

「あのシールドは、ミカのアストラル波とヱルゴールドが一体化している事で出現している。-------駄目ね、またヱルゴールドは私の命令を無視している。食い止めらんない。ヱルゴールドは、ミカの言う事を優先して聞いているらしい。まさか、ミカに同情してるの? おそらく完全に閉じこもってしまった事が原因かも。ミカ、そこまで」

「何とかならないんですか?」

 すでに立ち上がっていた亮は怜に聞く。

「ミカは完全に他人を遮断している。ヱルゴールドは私の命令を受け付けない。解明には時間が掛かるわ。とても時間が足りない。とにかく今は君だけでも逃げて」

 怜は心苦しくも言った。

「来栖を見捨てる事なんてできない!」

「今、メタルドライバーがもうすぐハッキングを終えようとしている時に、君まで失う訳にはいかない。ミカは、私が何とかしてみせるから」

 だが一刻も早くここを脱し、基地を爆破せねばならなかった。その結果、ミカを見捨てる事になってしまうかもしれなかった。

「来栖を殺すつもりですか、人類の為と称して、あんた達は結局来栖を見捨てて自分達だけ逃げるつもりなんだ。俺にはそんな事できない。俺がメタルドライバーを、阻止するから!」

 怜は、亮に見抜かれた思いだった。この短時間に、ミカを救う手は今のところなかった。何とかする、と言ったのは、ほとんど口からのでまかせだ。

 アクセスデバイスに再び座った亮から眩い白い輝きが放たれる。

「亮! もう諦めて、早く私たちと一緒に」

 怜はそう言うしかない。だが、どうすればこの少年をあきらめさせることができるのか分からない。

「怜さん、俺には分かるんだ。来栖は俺にはない力を持っている。俺にできなくても、来栖にはできる事がある。俺は来栖を信じている。その為に、来栖を見捨てる訳にはいかない。この時空をヤツ等に明け渡す訳にはいかないんだ!」

 亮が叫んだ時、青白い光が亮を包んだ。稲妻がヱルゴールドから放電する。メタルドライバーのアンテナランスから放射されたアストラル波だ。稲妻が収まった時、アクセスデバイスに亮の姿はなかった。

「亮が消えた……」


 暗黒の深海の底にミカは沈んでいる。上方から白いアストラル波が闇を照らす。光が差してくるのをミカは顔を背けた。

「来栖、来栖-------俺だ」

 眩い亮の声が、深海の底まで響いてくる。光が降りて来た。

 重苦しい闇の成分のせいで、声はかすかにエコーするだけだった。

「亮? こんなところにまで来ないで……」

 ミカはうずくまったまま小さく答えた。

「助けに来たんだ」

「見ないで……お願い。私を見ないで」

 ミカは亮から眼をそむける。亮は危惧した。このままでは、ミカは閉じこもったまま、長い年月、意識の海底で過ごす事になってしまう。もう二度と意識が肉体に戻ることはない。ミカを救い出せるのは、亮しかいない。

「君を見捨てる事ができる訳ないだろう。さぁ、俺の手を取ってくれ! 早く!」

 亮は、海底でうずくまっているミカに手を差し伸べる。

「私の事、嫌な女だと思ってるでしょ。そう、私、嫉妬ばかりしているから」

 ミカはボソボソと呟く。

「思ってないって、俺がいつそんな事を言った!」

「もう帰ってよ……こんな醜い姿を、亮に見られるなんて、耐えられない」

 亮はじっとミカを見下していた。かたくなな、ミカの心を解放する事ができない自分が悔しい。

 立ち去ろうとした亮に、ミカの声がかすかに届く。亮は立ち止まり、じっとミカを見つめた。ミカは小さな声を震わせて、唱っていた。ミカの甘い、高い声。亮の心の奥の方にあった堅い扉から光が漏れている。

「分かった。俺はたった今、分かったぞ--------来栖! 声なんだ……。ツインソウルを見分けるもの。鮎川がツインソウルじゃないとはっきり分かったのも、彼女の声だったんだ。声が違った。時輪ひとみも、アストラル体が出現して、改めて声を聞いた時に、はっきりツインソウルじゃないと分かったんだ。今思うと、その時に分かっていたんだ! あの夜、電話した時に」

 ミカは目を開けた。

「俺たちは、様々な時代で様々な国、様々な人種に生まれ変わって、その都度、外見容姿が違っても、一瞬で声で見分ける事ができる。声はその魂の持っている固有の波動だ。宇宙では、すべてが固有の波動を持っていて歌を唄っているんだ。携帯で始めて話した時から、君の声が、特別なものだと分かっていた。それは、スーパースターの来栖ミカのファンだからという理由だけじゃない」

「…………」

「来栖、俺の声を覚えていないのか?」

「……覚えてる」

「ずっと昔から俺の事を知っていたはずだ!」

「うん。知ってる」

「思い出せ! 俺の声を」

「わたしは亮の…………」

「そうだ」

「ツインソウルだよ」

 海底にミカの真紅のオーラが輝いていく。暗黒の海底が割れ、眩い純白の光が裂け目から溢れ出していく。闇は光に追われてかき消えた。

「あたし、最初に会った時さ、憧れてた人にフラれちゃったんだ。フラれて自暴自棄になった時にさ、亮に出会えて、あの時のキスで私は生きる希望を見出せた」

 ミカは顔をあげ、震えながら亮に告白する。

「怖かった。ひとみさんに嫉妬した事で、わたし、那月の事責められないって分かって。……もうずっと、亮と一緒に居ちゃいけないんじゃないかって……」

 ミカと亮は手を取った。

「そんな事はない。だって俺たちツインソウルだよ。ずっと昔からおれたちは二人で一人だったんだ」

 ミカはじっと亮の目を見上げている。

「どんなに離れ離れになっても、俺たちは宇宙のどこかで繋がっている!」

 亮はそう言った途端に、ミカの前から消滅した。

 孤独が再びミカを襲う。

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