第36話 智恵の実
怜は休憩所の自動販売機の前のソファに座って、立っている晶にウインクする。
「ヱルゴールドが、時輪経の新しい断章を解読したよ」
怜は声をひそめた。
もう晶は、怜のヱルゴールドを使っての内職をいさめなかった。なぜなら晶自身がそれを積極的にやらせていたからだ。
「ヱルアメジストは月の女王の断章を解明しただけで、あれ以上の情報は解読できなかったみたい。それだけでも凄いことだけど、でもそれだけじゃなかった。最初、国防省のヱルシルバーにハッキングしたヱルアメジストは、ヱルシルバーが解読した断章の一節を鍵にして、アメジストの中にある断章を解読した。それが最初の引き金となった。鮎川那月がね。今度はアメジストを使って解明した断章がカギとなって、今度はヱルゴールドが新しい断章を解読した。重要な章をね」
「で、次はどんな秘密が明らかに?」
晶はクリスタルガイザーを飲む手を止める。怜がじっと大きな目で見返してきたからだ。
「いい? 禁断の領域よ。時輪経はヱデンの園の智恵の実かもしれないよ。伊東アイはディモンスターの研究をするなって言ったけど、その道を歩むことになる。智恵の実を食べれば、伊東アイと同じ智恵を人類は持ってしまう。だから、彼女は食べることを禁止した。それでもよければ、実を食べてみる?」
なんだかあたしってアダムに果実を勧めるイヴみたい、と怜はほくそ笑む。
「構わないわ。それに智恵の実なら、善悪が分かるものなんでしょ。どうして善悪が分かっちゃいけない道理があるというの。あたしは今、何が正しくて何が間違っているのか知りたいの。それを禁止する方がどうかしてる。むしろ知るべきなのよ」
「りょーかい。時輪経立ち上げる」
高速回転する図形が空間に出現する。次第に回転が遅くなり、現れたのは「身口意具足時輪曼荼羅」と高度な数学が一体化したもの。
「かつて人類には、十二束のDNAがあった。つまり、人類には戦闘天使に代表されるような様々な力があったのよ。しかしある時から、かつて太陽から来た種族によって力を封印された。比較的最近の事らしいけど、といっても数十万年前の事。彼らは人類のDNAを組みかえ、それ以後、人類は限定された周波数の中でのみ生きるように改造させられた。それは彼らの支配にとって、都合のいい周波数帯だった……つまり、太陽から来た種族っていうのは」
「シャンバラに乗った、伊東アイか」
「おそらくね。断章には、そこは明記されていない」
「けど人類のDNAを組んだのってもともと伊東アイでしょ? 自分で創っておいて封印したということ?」
「そこがポイントなのよ。自分が創り出した被造物が予想以上の力を持てば、コントロールできなくなってしまうでしょ。おそらく伊東アイはある時その事に気づいた。そして人間のDNAの機能を封印した。だから、もっとちゃんと支配し直すためにね」
怜のどや顔と、足をクロスさせたモデル立ちに片肘で壁に寄り掛かったグラビアアイドルみたいなポーズ。
「この断章で、時輪経は大変なことを述べている。実はフォースヱンジェルの出現が、人類の進化の始まりなのよ。人類が進化したら、その時人間はどうなると思う? 肉体の振動数は変化し、より精妙に、アストラル体に近づくのよ。アストラル体と肉体の中間的存在になることが予想されるわ。それは、アストラル体でもない、物質でもない、第三の状態。すなわち、アストラル物質に進化する。肉体のモードが切り替わるってこと。その時、人間はより自由になり、現在の物質的肉体のくびきを離れ、思念がすなわち一瞬で実体化する。つまり、身体を自由に変化させる事ができるようになるのよ。その時に、人間は今まで物質の奴隷だったという事に気づく事になる。つまり、海の中で暮らしていた生き物が、突然空に舞い上がるようなものらしいわね。精神が身体だけでなくて、身につけるものまで実体化、変化させる事さえ許してしまう。自分が信じたものが世界になる。そしたら世界が瞬間的に変わるのよ。だから、星自体も変わるんだって。地球は、より精妙な状態の惑星へと進化する!! そうしたら今まで見えなかった宇宙が見えてくるってこと。何もかも変わってしまうのよ。つまり、人類は幼年期を終えるってこと。スゴイと思わない?」
「まさに、ヱヴォリューションか」
「そうよ! この事なのよ、ヱヴォリューションって。アイは私たちに進化しろっていうけど、具体的な目標を示さないでしょ。それがここにばっちり書いてあるのよ」
怜の、智恵の実食べたらもう後戻りできないよ~んという表情。
「なるほど。私たちは力を封印され、情報も制御されて、今日、忘却の彼方に押しやられて生かれさているって訳か。それで、時輪経の解明も嫌がったのね。納得だわ。その中で、地球計画で伊東アイが何を考えているかなんて、分からないわね」
「ま、あたしは智恵の実のありかを提示しただけで、あたしたち、まだ食べた訳じゃないけどね。きっとヱルゴールドは、ドミノのようにこれから時輪経を解き、記憶を取り戻していくでしょう。これからが、本当に楽しみになってくる」
怜にとってはヱルゴールドの性能が上がることが何より大事らしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます