第35話 ファイナル・カウントダウン

 今日も原田亮は学校に来なかった。ミカが思い切って登校を再開した際、いつの間にか亮が学校に来なくなっていた事を知った。連日時空研にも、来ていない。まだ、あの事を悩んでいるのだろうか。ミカは酷く沈んで一日を過ごし、放課後、自転車を学校に忘れたまま歩いて帰宅してしまった。家に三十分掛けて着いて、始めて自分が学校に赤い自転車を置いてきた事に気づいた。自室でピンクのシャツと白いパンツに着替えると、おなかが空いてきたので、カップラーメンを作って床にペタンと女の子座りをして一人で食べた。食べ終えると、机に座りボーッと自分の顔を鏡に映す。じっと、可愛い角度で自分の顔を映している。

 色々な可愛い顔をしてみる。グロスを差し、ウインクしたり、上目遣いしたりして、二時間が経過した。

「いつまで鏡を眺めているつもりだ?」

 ギョッとして振り向くと、背後に守護霊が現れていた。

「な、なによぉ。また見てたのね! 来栖ミカの生体観察?!」

 ミカは二十四時間守護霊に監視されているようで面白くなかった。これじゃプライバシーなんかあったもんじゃない。

 黒髪の女の霊は黙っている。

「私、どうすればいいと思う? 亮が、私の事どう思ってくれてるのか分からなくて------。こんな時、守護霊さんだったらどうする?」

「…………」

「何よ。訓練の事ばっかりじゃなくて、たまにはあたしの相談に乗ってくれたっていいでしょ」

「私に色恋沙汰の話など分からぬ」

「ね、守護霊さんも恋した経験あるんでしょ? 生きてた時に、どんな恋をしたのか教えてよ!」

「……忘れたな……」

 忘れたというのは何か経験があったという事に違いない。いや、恍けているんだ。ミカは始めて守護霊がかわいいと思った。

「本当に?! 隠さなくてもいいじゃない。守護霊さん、あたしみたいな気分になった事あるのかな? ね、一体どうすれば-----」

「マンションに会いにいけばいいだろう。------そんな事くらい自分で考えろ!」

 ぶっきらぼうに言うとさっさと消えてしまった。どうやら今日は訓練を見逃してくれたようだ。始めてだった。照れているんだろうか? と思うとミカは妙におかしかった。

 ミカは亮の住む、天秤市のマンションに会いに行く事にした。しかし、日が沈む前に安易に空を飛んでいくわけにはいかない。そこで、学校に自転車を置き忘れたことを思い出した。どんな服装にしようかと悩んだあげく思考停止に至り、結局制服に着替えた。歩いて学校に到着すると視線を感じる。

 校門にアイが立っていたのでぎょっとする。以前学校にいつも居た、あの制服姿の生徒会長のアイ12だった。日中は見なかったが、久しぶりに学校に現れたらしい。どうやら彼女はミカが学校に来ることを予見して待っていたらしい。ムカつくので携帯を取り出して見ながら足早に歩く。

「こんにちは」

「話し掛けんなボケ!」

 ミカは顔を上げないで呟くように言って、携帯を眺めながら、赤い自転車にまたがった。

「どこへ行くの?」

「------どこだって関係ないでしょ!」

 ミカは相手の顔をはっきり見て言う。

「原田亮のところだったら、行かない方がいいわよ。ヱンゲージが中止になったのは、あなた達二人に問題があったのだからね。あなた達は今、あまり個人的に会ってはいけない」

「それって命令なの? ここ、時空研じゃないんだけど」

 ミカは不愉快さを隠そうともせずアイに言った。

「命令ではなくて。地球の運命を担う者として自制して欲しいという事よ」

「また学校で監視するつもり。あんた学校から居なくなったんじゃないの? それともあんたと、アイドルの伊東アイ24はまた復活するつもり?!」

 生徒会長のアイ12は前の時と同じように、亮とミカを監視しに来たのだろうか。時空研でも会わなくてはいけないのに、全く嫌な話だった。アイドルのアイ24が復活するのだとしたら、歌手を目指すミカにとっては面白くもない、またムカムカするだけだ。

 アイ12は校舎の方へ入っていきながら、

「ずいぶんご熱心なのね。学校へは戻らないわ。あなたが私を避けるから、あなたに会いに来ただけ。忠告しに。最後に決めるのはあなた達人類だけどね。あなたは何を選択するのかしらね」

 そう言って、スタスタと去っていった。

 何なのよ。キザな捨て台詞吐きやがって。

 アイへの反発心からミカは当然のように忠告を無視することにした。

 学校を出て、勢いよく自転車をこぎ出す。夕焼けは黒雲に覆われ、稲妻が走った。突風が吹き、ミカのツインテールを、スカートを巻き上げる。嵐の予感がする。この嵐は、伊東アイが操る黒い巨人・メタルドライバーの襲来か、それとも水をコントロールできる那月の仕業か、それとも……これから起こることの運命の予告なのか。

 亮が学校に来なくなってから数日が経つ。それでもミカは、亮の方から自分に会いに来てくれると信じていたのに、一度も連絡が来なかった。亮は何かアイに吹き込まれでもしたのだろうか。ミカは、自分の方から連絡するのが怖かったので、今まで亮に連絡しなかった。だから直接会いにいくしかなかった。今の二人はこんなに寂しい関係だけど、希望はあるはず。なぜなら、今は中断しているけれど、ヱンゲージ計画は自分達二人でなければ行えないのだから。その未来は決まっている。自分達は、きっと亮の言うツインソウルなんだから。

 亮は優しいんだ。だからヱンゲージの中止で、私に気を使って話しかけなかったし、ひとみさんの事だって、黙ってればいいのに正直にあたしに言って……。気ばっかり使ってきっと、一人で苦しんでるんだ。あんな優しい人居ない。亮を失うなんて、考えられない。

 土砂降りの雨が降りしきり、車のヘッドライトに照らされたアスファルトの雨のしぶきが蝶々のように踊っている。自分の脇を過ぎ去っていく車の音もかき消すほどに激しい降りで、ミカはびしょぬれになった。傘は持って来なかった。

 真っ暗な空を白い光が駆け抜ける。ミカは恐怖に包まれた。これで空なんか飛んだら、稲妻さん、あたしを撃って下さいと言うようなものだろう。

 灯りが見えてきた。ミカは自転車を投げ出すように止めると、大型スーパー「マックス巨蟹」に駆け込んだ。水を滴らせながら店内を回ると、外のバリバリ、ゴロゴロゴロ……という雷音が店内にも響いてくる。

 スーパーはミカの自宅と天秤市の亮のマンションのちょうど中間にある。これでは先にも進めないし、家にも帰れないではないか。

 店内に、ロックバンド・ヨーロッパの「ファイナル・カウントダウン」が流れ始めた。このタイミング……もう終わりだ。私、死亡フラグが立った。この曲は、ここで、あたしの人生の終わりを迎えることを告げているじゃないか! 雷は、収まりそうにない。外に出れば、雷に撃たれて死ぬんだ。

「もう何者も、お前を止めはしない……行くがいい、紅玉の戦士・来栖ミカよ!」

 そう声が聞こえる。辺りを見回したが、姿はなかった。あの守護霊の声だった。そうか、あたし、「死ぬんじゃない」! そう、運命のファイナル・カウントダウンが始まったんだ。そーだ決戦だ!

 ミカは決心を込めて店の外に出る。もう一度「好きだ」と言うつもりで、天秤市の亮の住むニュータウンへと向かう。

「あたし達、もうおしまいなんじゃじゃない、もう一歩なんだ。二人が結ばれるためにこれまで、九十九パーセントのところまで来ているんだ。あたし、それを感じる。だけど後一パーセントが足りない。その最後の一パーセントさえ!」

 突風と共に雨は荒々しく降りしきる。稲妻は、目の前の電信柱に落ちる。落ちる直前、ピピッと小さな音がする。だから、次に「来る」瞬間が分かる。その全身の毛が逆立つ恐怖感。空を飛ぶことは危険なので、自転車を走らせるしかない。稲妻から離れるつもりでルートを選択しても、どんどん近付いてくる稲妻の落下地点! 自分の命は守られている。「守ってやる」という守護霊の言葉を信じるしかない。


 命がけの疾走が終わりを迎えると、マンションに到着したびしょ濡れの来栖ミカは亮の部屋のドアの前に立った。その時気づいた。あ、そうか、シールドを張れば良かったんだ。

 亮は部屋に居た。ドアに出た亮の目は一見してクールだが、やっぱりその中に宿る光は優しい。部屋は、前来た時と同じく家具が少ない殺風景なままだった。

「ずいぶん濡れたね。傘は?」

亮は濡れたミカを気遣ってくれた。

「ない」

「連絡してくれれば、こっちから逢いに行ったのに」

「話、しようと思って。亮、最近来なかったね」

 二人は椅子のないテーブルに座る。

「何か、あったのかなって思って。あたしに相談してくれれば、」

「あぁ」

「いいんだよ? 何でも。はっきり言ってくれて」

 亮はうつむいて黙っている。

「ひとみさんの事?」

「そのひとみの幻覚なんだけど……」

「うん……」

 聞きたいような聞きたくないような。

「ひとみの幻覚に俺は付きまとわれている。今も変わらないんだ。それで、学校でも時空研でも来栖と話すどころか、罪悪感で顔を見ることもできなくなってしまった。君も、なんだか俺を避けてるような気がしたし、いや……みたいだったし。俺は器用な人間じゃない。だから申し訳なくて顔を見れなくなってしまって……」

 亮は時輪ひとみの事を「ひとみ」といい、自分の事を「来栖」という。なぜだ? その事にいらだちを覚える。亮にとって「来栖ミカ」とは、まず第一に彼が憧れたスーパーアイドルのことだった。だから、「ミカ」というのははばかれるのかもしれないが。

「……あ、う、うん。言ってくれて、ありがとう」

「なんてひとみは現れるのか? 俺はその事について、ずっと考えていた」

 雷の音が亮の言葉の語尾を消す。

「-------前に言ったけど、俺はこの時代に、遠い昔の魂の片割れを探さないといけない。ずっと昔、失ってしまったものだ。気が遠くなるような過去の時代に。それが、この時代に会えるはずの、ツインソウルなんだ」

 遠い昔に一つだった魂が分裂した、自分の片割れ。ミカにとっては、亮が好きだという気持ちがその根拠になりえた。好きという気持ちだけで充分だ。

「求めていた自分の古い記憶の中の、魂の片割れが、誰なのかまだ俺は分からない。--------だが俺は、来栖だと確信している」

 亮はミカとヱルゴールドに接続される度にその確信を持っていった。しかし亮はミカとヱルゴールドを通して接続されても、魂の深い所にあるはずの記憶は、まだ蘇って来ないのだった。だが自分にはツインソウルが存在するという確信だけはあった。それは自分の中の深い確信として存在しており、ヱルゴールドの外的な影響によるものではない。ヱルゴールドはトリガーにすぎない。

「エンゲージは、俺達がツインソウルであることで成立しているんだ。人類のヱヴォリューションに至るヱンゲージ計画は、ツインソウルでなければ絶対に不可能だ。ツインソウルでない者同士がエンゲージしても、計画は成功しない」

「でも、一回成功したよね、あたしたち」

「うん」

 それは、初期的なエネルギーの交流の段階で、実際には破滅の時間座標をずらしただけだったのかもしれない。本当は二人は世界を救っていないのかもしれない。だからそれは、もし自分達がツインソウルでなかったとしても可能だったのかもしれない。だったらヴァージン・ヱンゲージはたまたま成功しただけなのかもしれない。そして現在、二人のヱンゲージ計画は中止になっていた。ミカは本当に亮のツインソウルなのだろうか?

「なぜ俺達がツインソウルなのに、エンゲージが成功しないんだろうか、その原因はたぶん俺にあると思う。君じゃなく。俺は、ツインソウルの問題を考えているとき、決まって時輪ひとみの幻覚を見るようになった。俺にもなぜなのか本当に分からない。その事を考えている。しかし」

 重苦しい空気の中、亮はとうとう打ち明ける。

(亮、そっから先言わないで)

 ミカは落ち込んだ。まさか、亮が考えている事って-------。

「もしかして、ツインソウルは……」

 亮は言いかけて止めた。ミカの目が充血している。

 ミカはその先を聞きたくなかったが、何を言おうとしたのか察してショックで何も言えず、青ざめていた。

(もし君がツインソウルじゃなければ、俺たちのヱンゲージは成功しない)

 そんな言葉がふいにミカの心に浮かんできて、ギョッとした。ミカはさらに落ち込んで、俯いたまま黙っている。

「しかし、俺はツインソウルは来栖だと考えている。その事は変わらない!」

 来栖だと考えている? いや亮は今、明らかに言い直した。本当は、ひとみさんがツインソウルなのかもしれないと、そう言いたいんでしょ? 亮……。

 ミカは聞くのがどんどん辛くなっていた。亮と私は、異東京でお互いを選択したんじゃなかったの? そして異東京の最期でしたキスしたのは一体なんだったの。あのキスが、世界を再生させたんじゃなかったの。

「亮、伊東アイに何か言われたのね? ここに来るとき、あたし、アイに会って」

「いやそうじゃない。俺が学校にも時空研にも来なかったのは、時輪ひとみの幻覚の為だ。この問題がなんだか分からないで、俺が勝手に動くのは危険だろ?  晶さんたちにも迷惑をかける。俺自身の問題だが。ひょっとしてひとみはこの世界に居るんだろうか。でも、そんな感じがしない」

 思い悩む亮の前で、ミカは孤独を感じていた。二人で居る気がしない。置き去りにされて、ひとりぼっちで、ミカは亮の悩みを黙って聞いているうちに心の中がズタズタに引き裂かれていく。

 こんな心の方向のすれ違ったままで、ミカと亮はヱルゴールドで増幅してもヱンゲージなんか出来っこない。

「私、亮が好き。好きなのに-------。ツインソウルって、それだけの理由じゃだめなの? 一度は成功したじゃん! それとも、あの時亮は私とたまたま携帯が繋がっただけだって思ってるの? じゃあ、携帯一つで選ばれ、ご当選おめでとうございますって亮とヱンゲージやらされる、私は一体何?」

「もちろん俺は、来栖の事が好きだ!」

 だがミカには、あわてて亮がフォローしているようにしか見えない。

「本当だ! 始めて声を聞いた時は、ドキッとした。会いたかった。俺はあんな状況だったけど、話が出来た事が嬉しかった。もっともっと話したかった。いや正確には、ずっと前からだ。異東京で、君の歌声を聞いていた。ずっと惹き付けられていた。それから奇跡が起こった。実際に目の前に君が現れた。君を見てびっくりした。来栖ミカ、その人だったから。戦争もなにもかも忘れたよ。俺は、夢を見ているんじゃないかと思ったんだ」

「だったら、好きだったらそれでいいんじゃん---------!」

 とミカはそのかん高い声で叫んだ。

「ツインソウルは魂が引き寄せる。俺は、ツインソウルを追い掛けていたかつての自分を思い出してからというもの、必死になってその問題を考えている。それは魂が引き寄せ合う、根源的な存在だ、だが、その決定的なものが何なのか掴めていないんだ……」

「あたしには引寄せられないって事?」

「いや違う。ただツインソウルというのは……。俺にはまだ、ツインソウルの存在が、モヤが掛かったようにはっきりしないんだ。俺は、ツインソウルという問題意識に到達しただけで、その先が何も分かっていない。それが一体誰なのかというところまで、どうしても思い出す事ができないんだ。どうしても、思い出せない! 思い出したいのに」

 亮がツインソウルについて必死に苦しんでいるのは良く分かった。しかし亮がツインソウルを探す旅をしているという話も、ミカは段々亮が勝手な理屈を言って、時空研での亮とのヱンゲージが計画されている自分を全く無視しているとしか思えなくなった。亮も苦しいだろうが、時輪ひとみについて亮の想いを聞かされるミカはもっと苦しい。亮はあたしの気持ちが分かっていない。私の気持ちはどうなるの? ミカの両眼から涙が溢れてきた。

 亮はなぜ彼の中にひとみが出現するのかを必死で考えている。彼にとって時輪ひとみとは、一体何者なのか。そしてツインソウル探しについて考え続けた亮は、ひとみこそその人ではないか、という考えに囚われ、ムクムクと膨れ上るままに、彼の頭の中を支配していったに違いない。

「だから俺達は今、ヱンゲージを止められてるんだろうきっと-------。そして伊東アイは、もしかしたら俺とミカではヱンゲージができない事を知っているに違いない」

 ミカは、ブワッと涙が溢れるのを堪える事ができずにいた。

 亮は、自分の気持ちを正直に話す事がミカに対する誠実さだと思っていた。だが今、自分が素直に気持ちを出して言ったことが、ミカを激しく傷つけている。亮はおろおろとし、そして何もできなかった。罪悪感が増すばかりだ。

「そんな事ないよ、だったらやってみようよ! 確かめてみようよ……。これから、晶さんに言ってヱンゲージをやってみよう。やってみないと分からない、ね? 亮。一回うまく行ったんだから、もしあなたがヱンゲージ計画を実行して、地球を進化させて月からの脅威を追い払いたいと思うなら、わたしとヱンゲージして!」

 ミカは泣きながら叫んでいた。

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