第23話 ブラッド・スペクトル

 宝生晶は一人で赤いフェラーリに乗って人馬市を訪れた。人馬市は東京時空研究所のある白羊市の隣接する軍事都市である。人馬市には、白羊基地よりも大規模な基地、様々な軍施設がある。そこは国防省の基地だ。街全体が軍事都市といってもよい。時空研究所も国防省の一組織である。街全体に大規模な再開発工事の音が鳴り響いている。ここも、白羊市、巨蟹市と同じく再開発計画の中心である。

 東京都の首都の機能を周囲に分散させるという所謂「分都計画」の一環だった。人馬市は軍事の中心地帯として急ピッチで街全体がまるで要塞のような造りに生まれ変わりつつある。中でも目を引くのが、人馬市のランドマークである、街の中央にそびえる人馬ピラミッドである。それは、高さ一キロメートル、二百階ある銀色の巨大な三段ピラミッドだ。

 ピラミッドの前方にある、銀色に輝くドームを持つ建物に晶の車は入った。その形状はスフィンクスのようにも見え、後ろにそびえるピラミッドと繋がっている建物で、ピラミッドへのゲートのような構造になっている。高速エレベータで上がるとピラミッドの百七十階にある会議室には既に将校クラスの幹部たちが待っていた。晶を呼んだのは、この街で最高の権力を持つ国防省の長官、伊達統次。伊達は、身長が百九十センチと日本人としては非常に背が高く、年齢の割にリーゼントの髪は黒々としている。

「わざわざ来たのか。呼べば、こちらから白羊に向かったのだが」

 晶と伊達統次は、緊張感を漂わせながら、テーブルの両端に正面に向き合って座った。

「えぇ、街の様子も見学しようと思ってね――。都市の建設は順調に進んでるようじゃない。で、さっそくだけど、鮎川那月の百人の親衛隊たちが、この人馬市でどうなったのか教えていただける?」

 晶は単刀直入に質問した。伊達はじろっと晶を見たが、語り出した。

「……回収した彼らを我々は徹底的に調べた。やはり彼らは、普通の人間とは違う特徴を持っていた」

 向かいの席に座る伊達統次は、よく通る低音で答える。

「それは?」

「血液だ。彼らの血は青かった。我々の調査で、今回回収した、全てのメンバーが青い血を持っていた事が分かった。それはアストラル波上でも顕著に違っていた。彼らのアストラル波の周波数は、他の人間と全く違っていたのだ。むろん、人のアストラル波はすべて固有の周波数を持っている。そしてそれぞれで違いがある。だが、おおまかに言ってほとんど共通するグループに属している。だが、彼らはそれとは全く違う周波数帯を持っていた。両者の周波数帯のグループははっきりと分れている。つまり今現在、地上に居る人間には二種類のタイプが居るという事になる」

 その事はすでに晶も把握していることだった。

「他に何か分かった事は? 私は全ての情報を知る為に今日ここへ来た」

 晶は、この部屋の者どもに威圧される事なく質問を続ける。

「他に目立った特徴はどこにもない。DNAレベル、分子レベルであらゆる調査をしたが、青い血という以外に、何もないのだ。だが、青い血を持つ事が決定的な証拠になった、彼らが人類の敵だという事の。彼らは単に、血が青い人間というだけの存在ではない」

 他の連中は無言で統次の言葉を支持するスタンスらしい。

「彼らこそ、月からの侵略者。ディモンという結論だ」

 「ディモン」とは、古代から人類が戦って来た月からの侵略者に、時空機関が着けているコードネームである。長く人類の敵として語られて来たディモンが、その実体を明らかにしたのは、この時空において、そして時空研では始めてのことである。セレン研究所が戦った、前宇宙である異東京を滅ぼしたディモン軍の情報さえ、三百伊東アイ委員会により、ほとんど公開されていない。ディモンは多くの謎に包まれているが、伊東アイは、ディモンの情報は人類の心の影を実体化するとして、全てを封印し、明確にしなかったからである。

「まさか-----ディモンって、人間の形をしているの? つまり、人間と全く同じって事」

 漠然と異形の怪物のような存在をイメージしていた晶は愕然とした。

「そうだ。外見上はな。彼らは、敵。それが知らず知らずのうちに人類社会の中に浸透していっている。我々の予想をさえ超えたスピードで」

 深刻な話の割に、統次に焦りの表情はなかった。

「なぜそれがディモンの証拠なの」

 むしろ晶が怪訝な顔で聞いた。

「ディモンは青い血を持っている。それは人馬市で、事前に判明していた事だった。しかし我々も、経典を解読し、今日まで仮説として理解するにすぎなかった。現在を生きる人間の中で、誰も人類の敵、ディモンの実像について知らなかったのだからな。ディモンは人間に似ている。しかし、血が青かった。よって我々は、彼らディモンをその血液の特徴から、ブルータイプと名付ける事にした。時空変換によってすり変わった存在だ。他の大多数の周波数帯を持った人間が、赤い血の人間、レッドタイプだ。そして少数の周波数帯、これが青い血を持つ人間、ブルータイプだ。ブルータイプこそ、レッドタイプの人類の敵、月からの侵略者である事を示している」

 人馬市で判明したディモンの情報とは、時空機関で伊東アイのシナリオが書かれていると言われている「時輪経」を、このピラミッド内にあるヱルシルバーで解読した結果だろう。しかしその情報は、白羊市には伝えられていない。晶は悩む。なぜ、伊達は自分に伝えず、今まで人馬市の国防省にだけ留めていたのか。地球計画の実務を担当しているのは、時空研のはずなのに。それは信用されていないという事を意味するのだろうか。

 「時輪経」。そこには、地下帝国・シャンバラ世界の詳細が描写されている。しかし一般に公表されている「時輪タントラ」は一部分にすぎず、五大時空機関が握っているのは「時輪経オリジナル」と呼ばれる伊東アイの根本経典である。またの名を、「過去現在未来経」、そこにはアカシックレコードが記されているという。全文失われた神聖文字で書かれた真言であり、その真言を解読することは困難であり、なおかつ全ての章にロックが掛けられていた。さらにその時輪経オリジナルには、引用元が存在するのだ。

 世界はすべて伊東アイという美少女がコントロールしている。すべての宇宙計画のシナリオはアイの手の中にある。そのシナリオがアイの本拠地、大深度地下基地・シャンバラの中にある「ヱメラルド・タブレット」である。その全貌が人類に明かされたことはない。そのごく一部が、アイのエージェントだった古代の僧によって書き止められ、「時輪経オリジナル」として地上に現れた。それは長らく、チベットの僧院の迷宮の中におさめられてきた。そのため、後代のチベット僧が彼らなりに理解しえたものが、世に出ている「時輪経」で、全く表に出てこない「時輪経オリジナル」とは内容が違う。それを、異東京の時空機関・セレン研究所が最初に入手したといわれている。その後、各時空機関が共有することになった。

 時空研でも解読できている「時輪経オリジナル」の部分として、「帝国」の基礎情報について、次のように記述している。


「ダークフィールドは拡大する。

 自己増殖、自己を高度に官僚組織化する。

 自己組織化を維持し帝国主義拡大を続ける。

 複雑化し、組織化し、周囲を破壊し、組織化することが唯一の目的。

 組織維持の為に活動をする。官僚機構を形成する。

 周囲を食い物にし、逆らう事を許さず、ただ拡大を続けるのみ。

 そのためにより多くのダークフィールドを、

 より多くの破壊と混乱を求める。

 ゆえに、帝国と呼ぶ。

 帝国は光の世界に侵入するため、

 インドラの網を通って月の門から侵入し、

 この世界を覆い尽くそうと狙っている。

 侵入した帝国は、光の世界を食い物とし破壊する。

 破壊の想念をエネルギーとする修羅の世界、

 恐怖と混乱をもたらす。

 たとえ光の勢力が追い払っても、

 帝国は何度も何度もこの地上を覆おうと侵入を試みる。

 幾度叩きのめしても、この星に君臨しようと月の門を叩く。

 ゆえに、人類の敵と呼ぶ」


 時輪経では、平行宇宙の事をインドラの網と記す。インドラの網とは、伝説上の須弥山のインドラの宮殿の天井にある、四方八方に広がる無限の網の事である。その網には、無数の真珠が着いていて、輝いているという。そして、一つの真珠は、他の全ての真珠を映し出している。それは、平行宇宙のことを示していた。

 もともと、人間の意識は自分でも気付かないうちに近接する様々な平行世界を一秒間に何百万回も行ったり来たりしている。だから平行宇宙の移動は誰でも行っていることである。平行侵略とは、近接する平行宇宙の連続性よりずっと隔てた世界からの干渉をいい、そのために帝国は月をはじめとする特異点を形成する隙を窺っている。

 しかし、時空機関で「時輪経オリジナル」を解読できたのは、わずかな断章のみ。シャンバラから人類に渡されたヱルメタルを使ってしても、簡単には解読できない。それは人類が、ヱルメタルを使いこなせていないという証拠でもある。伊東アイは、地上に「時輪経オリジナル」をあえて分からないようにして与えながら、時期が来れば分かるようにしているのだろうか。ともあれ人類は、「時輪経オリジナル」を頼りに宇宙計画を研究し、応用を検討している。たとえその全てを解読しても、アイの計画の全てが分かるわけではないのだが。

「巨蟹学園大学のヱルアメジストを通して、特異点から侵入したディモンたちは、ダークフィールドを増殖させる場を形成する事が役割だった。学園を中心にし、巨蟹市全体がダークフィールドに包まれた。そして、特異点から次にディモン兵器群が続々とこの世界に上陸していく手はずになっていた」

 統次は開いていた手をゆっくりと閉じる。

「そうね。彼ら自身はその事を自覚していたのかしら?」

「いいや、彼らは自分が異界の侵略者であるという事はおろか、血が青い事も知らなかった。この度の調査で本人達が、自分の血を見て非常に驚き、パニックになったほどだ。だが彼らは、確かにディモンだった。この世界にもともと居た生徒たちと入れ代わった過程で、元のディモンとしての記憶は失っているが、無意識のうちにダークフィールドを発生させ、先兵としての役割を果していた。元々の生徒たちは、別の平行宇宙へと消えたと思われる。そして入れ代わるように平行宇宙から、ディモン達が侵略した。我々が認知しえた平行宇宙の九十九パーセントを破壊させた帝国が、遂にここに到来したのだ」

 人類が過去、一億年間にわたって戦った月からの侵略者、「帝国」は何度消滅しても復活した。「帝国の復活を何としても阻止しなければならない」。それが、人馬市の国防省と白羊市の東京時空研究所の使命だ。そのために、両市は委員会により命を受け、資金提供やヱルメタルの提供など数々のバックアップを受けている。同時に、両市を含む分都計画による再開発も進んでいた。

 分都計画とは、東京の首都機能を全部で十二の都市に分割する計画である。人馬と白羊はその中に含まれているのだ。東京の二十三区を、円を描くように取り囲む処女市、天秤市、巨蟹市、白羊市、人馬市、磨羯市、宝瓶市、双魚市、天蠍市、金牛市、双子市、獅子市の十二都市である。

 帝国の平行侵略は、この世界と多少違う世界からではなくて、もっとはるかにかけ離れた彼らの平行宇宙と繋がる事だった。だから、両方の宇宙に存在していない人々も多数いる。原田亮と来栖ミカがそうである。時輪ひとみも、この宇宙には存在しない。しかし、またがって存在する人もおり、それが鮎川那月と、彼女の親衛隊だった下等ディモン達だった。鮎川那月は帝国の上級ディモンことディモン・スターだが、もともと両者にまたがって存在していた。

 それが、帝国の平行宇宙からの侵入法でもあった。人々は、平行宇宙の自分へとシフトしてゆく過程で、自覚のないままに青い血のディモンへ変化するのだった。帝国の宇宙は、平行宇宙として、平和な東京とかなり遠いところに離されて、普段は関係しない。それが、特異点を通して侵入するのである。ディモン・スターとは異界からの侵入に不可欠なもの、特異点そのものであった。

「ディモンが、青い血以外、なんら他の人間と変わらないという事は、全く予想されない、意外な結論だった」

 だが彼らはアストラル波的にダークフィールドを引き付ける磁石のようであり、ダークフィールドの発電もする。それは人馬・白羊両市のヱルメタルが検知しているところである。だからディモンであり、人類の敵なのだ。だが晶は考える。ちょっと待って欲しい。ディモンとは、それだけの理由でディモンだったのか? 血が青いだけで、自分達とそれほどどこが違うというのだ? 晶に、不可解な疑問が膨らんでいく。

「青い血の学生たちはどうしたの?」

「調査を終えた段階で、全員処分した」

「処分というと? 殺したの」

「もちろんだ」

「何ですって。じゃあ、生徒達を救えなかったのね?」

 すでに、百名の生徒が人馬基地で殺されていたのだ。

 晶の顔に驚愕と憎悪の色が浮かぶ。その顔を、人馬市の連中は覗き込むようにじっと見ている。薄気味悪いくらいに。

「晶、彼らは人間ではない。ディモンだ。その事を忘れてはならない。この時空に生きている以上、自覚があろうと、無自覚であろうと、彼らは侵略行為をし続け、敵を誘き寄せ続けるのだ。そして彼らが呼び水となり、帝国の黒船艦隊がこの時空へ押し寄せる。九十九パーセントの宇宙を滅ぼした艦隊だ。ディモン兵器の、ダークシップが現れたらここは異東京と同じになる。破壊が押し寄せ、ダークフィールドが充満し、帝国の搾取、一方的な狩りが行われる。たとえ元学生と言えども殺すより方法はない。一刻も早くディモンを倒さねば、彼らはもっと侵略してくる。そしてこの時空はあっという間に滅んでしまう。他の九十九パーセントの平行宇宙と同じようにな」

 統次は事務的な声で話を続ける。

 晶は、人馬市が白羊市を無視してどんどん先に話を進めている事に不安を抱く。

「ディモンたちは、我々人間と変わらない生活を送り、食事を採る。だが、帝国に自分達から発生したダークフィールドを捧げるためにはそれでは不足だ。混乱と破壊で、ダークフィールドを発生させる必要がある。ダークフィールドこそ、帝国の悪の力の源なのだからな。つまり発電だ。そのディモンの青い血を帝国は吸い取って生きている。この理論からいくと、彼らは単独で存在するだけでもダークフィールドを発生させている。そして集まれば、さらに大きなダークフィールドを発生させる事になる」

 晶の瞳の中に、統次の姿が映り、統次の瞳の中に、晶の姿が映っていた。宝生晶と伊達統次は、お互いの目をじっと見つめている。

「人馬市のヱルシルバーは、最初の時点の侵略から今日までの間に、もっと多くのディモンがこの世界に侵入したと計算している。それが、ヱルシルバーが惑星グリッドをざっと調べた、おおまかなこの世界全体のアストラルチェックによる結果だ。わずか百名で済むはずがないのだ。しかし、先日実施した全校生徒による血液検査では、もはやブルータイプは発見できなかった。この百名以外に。すべての生徒が、赤い血を持つ我々と同じ人間だったという事になる。親衛隊に加わっていた残りの四百名が、最初からディモンではなかったという事は分かっている。彼らは成り掛かっていたようだが、あくまで人間だ。他にはディモンは侵入しなかったのか。いや、そうではない。……違うのだ。驚くべき事にその百人のブルータイプ達は、我々が人馬市で実施したニ度目の検査で、すでに青い血ではなくなっていた。変化はわずか、一日で起こった。それは、元通りの生徒に戻ったという事ではない。彼らのアストラル体は依然として普通の人間とは違う周波数帯だった。そして、依然強いダークフィールドを放っていたのだ。我々の結論はただ一つ。彼らは、進化した。擬態を使って完全に赤い血の人間に化けるようにな」

 最初に死んだ少年は血が青かった。その処分の後、残りの少年たちの中から、血が青から赤に変化する者が現れた。やがて死ぬ少年たちから流れる血液は赤いものが現れ、増えていった。ディモンは、進化する。人間に擬態するということらしい。

「同時にまだ捕まっていない他のブルータイプ達も、おそらく進化し、我々の眼を逃れようとしていると考えられる。百名の処分の後、我々は最初のアストラルチェックによって発見した、ブルータイプ達を早急に発見しなければならなかった。ところがその百名のブルータイプを処理すると、ヱルシルバーのアストラルチェックはもちろん、いかなる計測にも引っ掛からなくなった」

 十五名の将校達は皆、宝生晶の反応を伺うように、さっきからずっと彼女を見ている。じろじろと、案山子共め!

「最初のヱルシルバーのアストラルチェックで発見されたブルータイプは、もはや進化をとげ、我々の社会の中に深く侵攻し、潜んでいる。しかし下等ディモンの役割は、ダークフィールドを発生させる事にある。もっともっと強力なダークフィールドを発生させ、帝国に捧げる為に、彼らは必ず動くだろう。破壊活動こそが、彼らの存在意義なのだからな。巨蟹学園でも彼らは破壊と混乱をもたらした。決して、潜んだままではない」

 目の中に暗い炎を宿した統次は淡々と話を続ける。

「お前がここへ来るつい一時間前の事だ。ヱルシルバーのエリアで爆破騒ぎがあった。総出で調べたところ、幾つかの爆破装置が見つかった。現在も調査中だ。敵は、すでに人馬市内にも居るらしい。もはや、人類の敵、ブルータイプが誰であるのか、見分ける方法はない。しかし、親衛隊を分析した研究チームによると、一見してどう見ても人間であるが、彼らに出会った者はそれがたとえ子供の姿をしていようとも、必ず憎悪と恐怖心を抱くようだ。異界の侵略者、人類の敵に対する、我々、人類のDNAに刷り込まれた恐怖の古い記憶ではないかと推察される。そして彼らはダークフィールドに包まれ、この世界に混乱と無秩序をもたらす、同時に彼らの世界の秩序をもたらすために破壊を行う。その恐ろしさは、どんなに擬態を使っても隠せない彼らの属性、本性なのだろう。よって、一見してそれと分かるという意見もある。だが、それでは確証には至らない。どこまでも進化すれば、最終的に、究極的には、それをも彼らは克服してしまうかもしれない。我々が予想し得ない進化を、彼らは遂げているのかもしれない。それに、この世界のどこに紛れ込んでしまったのかという事を、そのような主観的な雰囲気を頼りにして調べるなど困難な話だ」

 ならば、この目の前でしゃべっている伊達統次はどうであろうか、と晶は思う。晶は、統次に会う度に感じる冷酷さと独裁者の非人間性は、憎悪に値すると感じる。

「ヱルシルバーのアストラルチェックは不完全なものだ。もともと、ヱルシルバーの専門外だからな。やがて、彼らはアストラル波でも擬態するかもしれない。そうなれば、もう見分けは着かない。もはや何も確実な事は言えない。早い話が、今こうして話している私や、お前がすでにブルータイプと入れ代わっているかもしれないのだ。当人は、この世界にずっと生きていたという記憶しか持っていない。ディモンであるという自覚はない。彼らがどこまでも進化すれば、そのおぞましい、我々に恐怖を与える気配すら、隠すことができるようになるかもしれないという事を考えれば--------」

 おやおやこの男は、自分からその可能性を言ったか。ぞっとする可能性だが、統次は相変わらず機械のように喋っている。

「この世界は、もう何パーセントか、あるいは何十パーセントか、敵に乗っ取られ、入れ代わっているのかもしれない……。彼らは今静かにしているが、彼らが増殖すれば、ダークフィールドの場は、どんどん広がり、特異点から、一挙にディモン兵器が侵攻してくるだろう」

 確かに、伊達や、この将校たちが異界の生物だとしても不思議ではないと、晶は心の中で繰り返す。

「そこで、お前との話し合いを要請した件に入る。委員会によると、ヱルゴールドだけが、今地球上にあるすべてのヱルメタルの中で唯一、完全な血液におけるアストラル分析が可能だという事だ。そこで、ヱルゴールドで全人類のアストラル波情報をブラッド・スペクトル分析するプログラムを作成してもらいたい」

 ヱルメタルは、すべて委員会からもたらされたもので、その役割は一つ一つ異なっている。

「残念ながら当地にあるヱルシルバーや他のヱルメタルでは、不完全なスペクトル分析しかできなかった。お前たちのところに委員会が預けているヱルゴールドは、今の世界に唯一残された決戦兵器だと言われている。その意味が、このブラッド・スペクトル分析だと思ってもらいたい。早急に我々は、世界の五大時空機関から、それぞれの管轄のグリッドにより、全人類のアストラルチェックのデータを抽出し、時空研に回す。お前たちは全てのブルータイプを調べ上げた、ブルーリストを作成するのだ」

 世界の時空は五つの地域に別けられていた。それぞれの地域の惑星グリッドを通して、時空を五つの時空機関、すなわち五大機関が管理し、守っている。五大機関は、グリッドのレイラインの交差点に配置され、人間意識と時空を掌握する事ができる。惑星グリッドの立方体は、太陽風の磁気のコントロールで日々変化する。しかし、重要な、正二十面体と正十二面体の相貫体は基本であり、動かない。その交差点を支配する事で時空をコントロールし、人間のアストラル波をチェックしたり、場合によっては操る事も可能であった。その中の一つが、日本列島の時空を管理する東京時空研究所である。その他の四つは、南北アメリカ大陸の時空を管理する「クローサー」、ロシア、中国の時空を管理する「ロンフー(龍府)」、東南アジア、オーストラリアを管理する「アキナス」、そして、ヨーロッパ、アフリカを管理する「マーベラル」と呼ばれている。この五つが、地球の時空を管理しているのだ。つまり、事実上世界の運命を決定し、支配している。それぞれの機関名は、その担当する地域の時空に着けられたグリッド時空コードである。時空研の管轄する日本列島の時空は、「デクセリュオン」という。しかし、ここだけ時空機関名はグリッド時空コードではなく、「東京時空研究所」と呼ばれている。五大機関のその上に、「三百伊東アイ委員会」(シャンバラ)が存在する事は言うまでもない。

 五大機関は、東京時空研究所が国防省管轄であるように、各地域の大国の軍隊によって運営されており、それらは機関軍と呼ばれる。ヱルゴールドは各機関のヱルメタルと連結されており、それで一体となった防衛をしている。それが地球の防衛システムの全貌だった。

 他の四つの地域の時空と比べ、時空研の担当するデクセリュオンが、日本列島だけと範囲が狭いのには重要な意味があった。伊東アイによれば、この日本列島は世界の五大陸のフラクタル図形、ひな形の時空である。ゆえにデクセリュオンは全世界のひな形の時空、要とされているのだ。しかし、人馬市には、時空機関ではないにも関わらず、惑星グリッドを操作する事もできるような巨大なピラミッドが存在している。これは、明らかにグリッドの共鳴体である。なぜ、こんなに巨大なグリッド共鳴体が人馬にあるのか、その理由を晶は知らされていない。

「随分、憶測の混じった、曖昧な話のようにも感じるんだけど、もう一度、確認させて欲しいんだけど、委員会が、青い血を持つ者がディモンだと言ったという事ね。けど、それは本当に確実な事なのかしら? 彼らが単に、青い血を持つだけであり、しかも今となってはそれももはや、本当に青い血だったのかどうか、確かめようがないなんて」

「そうだ」

「殺してしまったのでは、確かめる事なんかできる訳がない。血液サンプルはどうなの? 今も青いのかしら。せめてそれを、今、見せていただけないかしら」

 統次は首を横に振った。

「それは許可できない。極秘事項だからだ。しかし、サンプルの血は依然青いとの事だ」

 ならばすべて、統次から口答で伝えられた話でしかない。晶には、血が青いという情報さえもはやあやふやなものとして感じられる。

「分かったわ。それで、白羊市が引き受け、全ての人類のブラッド・スペクトル分析を終えたとして、今後、発見された彼らの運命は?」

「ただちに人馬市で部隊を編成して派遣し、一人残らず処理、殲滅する。他の時空機関でも同じだ。五大機関が連動して、すみやかに我々と同様に動くだろう」

 晶は淡々と語り続ける伊達統次にぞっとする。すべての分析が終わった時、青い血を持つディモンとされた者は、全員殲滅される運命にあった。惑星グリッドにより、全ての人間の座標を特定できるのである。誰が、どこにいて、どのような生活を送っているか、知ろうと思えばいつでも知ることができる。隠れることはできない。だが、そのあやふやな、唯一の血液の根拠で、外見上は全く人間と変わらず、普通の生活を送っており、本人も侵略者と全く自覚しない者を機関軍が殺すのだ。もし全てが間違いであれば、虐殺である。そうなれば、人類史上稀に見る大虐殺の光景が展開する事になる。晶は、その未来の有り様をイメージしてぞっとする。ブルータイプは、たった一パーセントでも六十億の人口なら、六千万人居る計算になる。もしそれが完全な伊東アイや人馬市の妄想ならば、宝生晶は東京時空研究所所長の名をもって人類史上最大の虐殺者に名を列ねる事になるだろう。伊達統次が悪名を勝手に馳せようが知った事ではないが、自分までそこに同席したくはない。それにもはや、知ったことじゃないじゃすまされない。

「あまりにも結論が早すぎないかしら? その根拠が、解読できた時輪経の僅かな断章があったっていうだけで、即決してしまうなんて。論理的な脈絡も何もない。私たちは、もっと慎重に、ディモンが何であるかを確認しないといけないのではない?」

「晶、お前のような呑気な者はこの人馬基地には居ない。この人馬市は、『時輪経』に明記され、長く人類を脅かして来た帝国の侵略を予め予知し、それを阻止し地球を守る為に作られ、現在も開発が進んでいる場所だ。そして白羊基地も、当然国防省の一部であり、不可分である事を忘れてはならない」

 伊達の右手が堅く握りしめられている。

「もう一度聞くわ。血が青い事がディモンの証拠だというあなたの言葉を、疑う訳ではないけれど、本当に青い血が、敵であるという証拠が『時輪経』の他に何かあるのかしら? あなたの話では、その青い血だって、通常の方法では確認する事も、取り出す事もできない。その証拠は今のところ、ヱルメタルのシステムだけよね。ヱルゴールドがもし、万が一間違った答えを出したとしたら、その時私は何の罪もない人間を殺してしまう事になる」

 晶には受け入れがたい話だった。

「そんな心配は無用だ。ヱルゴールドの性能は確かだからな。これが信用できないというのであれば、時空研の計画は、元から全てを疑わなくてはいけなくなる。だから、私の言う事を信じて実行しろ、晶。今やらなければ取り返しのつかない事になる」

 統次は淀みなく言った。

「でも、その血液の周波数を持った人間が存在するとして、ブルータイプが即ちディモンだという証拠が、彼らの中に何か発見されなくては------。彼らは、自分達がブルータイプである事を、本当に知らないのかしら?」

 晶はしつこく質問を続けた。

「何度も繰り返しになるが、自覚していない。無自覚な侵略行為だ。しかし、それは彼らが自覚しないうちに進行するのだ」

 統次の語気は少し強くなった。

「巨蟹学園の事件以来、これまで、地球ディフェンスシステムに異変があったのは事件当時だけよ。その後、何ら見つかってないのはおかしいわ。特異点は発見されていないのよ。伊東アイから、もっとディモンの情報がないと」

 晶は食い下がった。

「今はその話はいい。ディモンの情報をそのまま話す事が、逆にダークフィールドを実体化させる場合もある。そう、委員会から言われているはずだ」

 統次は晶の質問を却下した。

「でも必要な時だってあるわ。何でも情報を封じていたら、人間である私たちには、訳が分からない。本当に彼らが侵略者だという証拠は--------」

 何故、伊東アイの言葉を根拠もなくそのままうのみに出来るのか理解できない。この石頭……晶は心の中でそう呟く。

「だから血が青い事が証拠だ! 奴らは汚い血を持っている! お前は余計な事を考えなくていい。詮索している内に、地球を救う事を手遅れにしてしまうつもりか。この地球を、異東京の二の舞にする気か! しかも異東京の時と比べて、敵はこれまでになく巧妙な方法で侵入してきている。やつらは以前より進化しているのだ。お前が他の証拠を発見する頃には、地球は滅亡する。我々人間には、分からない事が多い。それを全て説明する事はできない。だが、我々には分からなくても、伊東アイには分かる事がある。時空研は、三百伊東アイ委員会の計画を実行する為にある。我々、人馬市もだ。もしアイの言う事が聞けない時は、私はお前を即刻解雇する。今はこうなってしまった事による計画の遅れを取り戻す為に、早急にブルータイプを発見し、一刻も早くブルーリストの作成を進め、完全に殲滅しなければならない。出来てしまった侵入経路を埋める為に、伊東アイを含め、地球が今回、どれだけの犠牲を払ったか。この再生した執行猶予の世界で、破滅の波は遅かれ早かれ襲ってくる。それまでに人類は正しい進化の道を歩み、なすべき務めを果たさねばならない。お前はそれが、分かっているのか……。よく考えろ、宝生晶少佐。まず現状を正しく認識する事が先だ。意見を言うのはそれからだ」

 伊達統次が、帝国撲滅に執念を燃やしている事は晶もよく知っている。

 今、帝国が地球に憑依するまでの時間は少ない。帝国の拡大を阻止する事を至上命題とする伊達統次にとっては、現在自身が行っている目的について何の疑問も抱いていないだろう。帝国の巨大な脅威に対する防衛を正統性の盾にして、伊達はこの人馬ピラミッドに象徴される巨大権力を獲得した。委員会より任を受け、帝国の脅威を阻止するまで半永久的に国防長官であり、その権限にはころころ変わる代々の総理大臣も手を出せない。そして人馬市の急速な要塞化と巨大な軍隊、極秘の超兵器の研究開発に、莫大な予算が組まれている。委員会からも直接資金が与えられていた。軍事的なパワーを使い、世界を帝国の侵入から救い、導こうとする男、伊達統次。彼のこれまでの人生は、来るべき帝国との戦いに全てが捧げられてきたのである。

「もう一つ聞いていいかしら。どうして未だに、鮎川那月を捕まえないの」

 晶には人馬市の考えている事が謎だらけだった。

「鮎川那月はブルータイプではなかった」

 統次はただそれだけ言った。

「それはおかしいわ。何故、親衛隊がブルータイプなのに、鮎川那月が-------」

 晶はさらに詰め寄ろうとする。

 鮎川那月は、月経などで自分の血が青いことを自覚していたはずだし、ミカも見たと主張している。

「それがヱルシルバーの結論だ。鮎川那月は能力者であった可能性がある。だが、我々は鮎川那月が取り巻きのディモン達に利用され、操られていたと考えている。中心には居たが周りの影響を受けていただけだ。ちょうど、残りの四百名の親衛隊のようにな。鮎川那月は、巨蟹学園天文台のヱルアメジストが暴走し、周囲に発生したディモン達の影響を受けた。そして一時的にヱルアメジストを利用され、我々は翻弄された。だが、今は何の力も残っていないし、ディモンでもない。それがヱルシルバーの最終結論だ」

 嘘だ! 伊達統次は明らかに嘘を着いている。周囲の連中には分からないだろうが、永年この男と接して来た晶には直観で分かった。鮎川那月がディモン・スターであるという事は様々な客観的事実から言って、全く疑いようがない。本来なら親衛隊などより、遥かに優先的に捕らえねばならない対象者、最重要のターゲットのはずである。しかし何故、もっとも重要な鮎川那月を人馬市は捕らえないのだろうか。晶は不可解だった。

「鮎川那月は、巨蟹市の病院に収容されているわ。これ以上調べる必要はないという事かしら?」

 晶は睨み付ける。

「その通りだ。我々は、必要ないと判断している」

「では私の方で」

「そんな必要はない。いいか、余計な事はするな。これは命令だ」

 晶にはよく分からなかった。事件の中心人物である鮎川那月を、人馬市が市の病院に、放置しているなんて。侵略者として疑いのある生徒たちをさっさと殺してしまうような人馬市が、鮎川那月だけはブルータイプではなかったと言い張り、また捕まえる事もしない。どうやら伊達統次の話の流れでは、敵が侵入してきた特異点は鮎川那月ではなく、他にあるという事らしい。しかしそれはどう考えても不自然な話だ。

 人馬市は一体、何を考えている? そして、その背後に居る伊東アイは何を考えているのだ? 晶には人馬市で聞かされた、ディモン、即ちブルータイプに関する一切の情報が怪しく、うかつに話を呑み込む事はできないと思われるのだった。

 フェラーリを運転し、人馬市を出る時、宝生晶は、極端に威圧的な外観の施設が続々建設されているこの街のどこかで、既にブルータイプと命名されたディモンを葬り去る恐るべき兵器が、開発されている気配を感じざるをえなかった。

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