第12話 巨蟹学園抵抗組織

 ミカは伊東アイの監視を無視して、しぶる那月に無理矢理頼み、その夜、こっそり天文部に集合したいと言った。天文台に入り、月の敵を監視するには、自由に天文台に出入りできる鮎川那月の協力が不可欠だからだ。

 ミカと亮は、那月が先に待っている天文台に向かった。ミカはその途中、薔薇園の青い薔薇が増えていることに気がついて立ち止まった。以前はたった一輪だけだったはずだ。単に、ミカが気が着かなかったのだろうか。しかし見渡すと薔薇園の全体の一割くらいが赤い薔薇ではなく青い薔薇だった。

 夜の天文台ドームは、いつものようにアメジスト色に煌々と輝いている。亮も天文台の中には始めて入るらしい。中に入り、巨大なアメジスト色のショートケーキ型のコンピュータの前まで来ると、やはり亮も驚いている。

「これは、確かにヱルメタルだ。間違いない。なんでここにヱルメタルがあるんだ。伊東アイは学園の理事としてこの世界に現れた。とすると、ヤツの狙いはやっぱり、コイツなのか? そもそも、……俺達二人が偶然同じ巨蟹学園の生徒だった事、その意味を今まで見過ごしていたけど、もしかすると、何もかも全てが関係しているってことじゃないのか--------」

 亮はミカに囁く。この世界のすべてが。

「おそらくヤツはまだ、何らかの理由でこいつを手に入れていないんだ。なぜから分からないが、手を出すことができないでいる。だから、鮎川を妨害していたんだ。だとしたらチャンスかもしれない。こいつで、時空研と連絡が取れるといいんだが」

 ミカも亮と同様、このコンピュータで時空研と連絡が取れると確信している。

 天文台のコンピュータがヱルなら、帝国やディモン軍の動向を調べられるのは巨蟹学園の天文台しかない。この天文台だけが命綱だ。しかしヱルが存在する巨蟹学園って一体何だろう?という疑問は依然残っている。だが今は、その疑問はさておいて、頼りの鮎川那月に現状のところ地球の運命はゆだねられていると言っていいだろう。

 それにしてもダークシップは、これだけ連日、月面にその艦影が沢山映っていても、まるで世間では騒がれていない。テレビにもネットにも情報はなかった。やはり、通常の可視光には映らないUFOなのかもしれない。そしておそらくこの天文台だけが特殊な電磁波を受信する事ができるのだ。通常のテクノロジーでは検知できない電磁波の周波数を。本当に、この巨蟹学園大学の望遠鏡だけが月面のUFOを撮れる唯一の望遠鏡であるという可能性は、もはや真実だろう。

 那月は、終始そわそわと落ち着かない。こんなところに居るのを、アイに知られて、とがめられでもしたら。そう考えること自体、那月にとっては恐ろしく、耐えられない事だ。

 三人でコントロール室の椅子に座ると、那月はキョトンとして亮を見ている。

「どうして原田クンがここに居るの?」

 普段、ミカは教室で亮と話さない。亮の事も、那月にはまだ話していなかった。那月には、ミカが亮と一緒に居る事が一番の疑問らしい。

「那月、UFO写真の撮影を、このまま続けるのよ」

「だって、生徒会がダメだって言ってるのに、今だって、ここに居る事がもしアイさんに見つかったら----」

「あいつは今テレビに出てるわ。生番組に出てるのを、さっき確認したから。今の時間帯、忙しくて大学にのこのこ出て来れない。生徒会が禁止しても、隠れて続けるのは可能でしょ。那月にはUFOの撮影だけはどうしてもやめないで欲しいの!」

「何でそこまでしてUFOの写真撮らなくちゃいけないの? まさか、テレビに送るつもり? マスコミになんか送ったら、タダじゃ済まないよ。きっと、退学処分受けるに決まってる」

「マスコミになんか送らないわ。この写真を撮って、UFOの監視をするのよ。やつらの動向を探るの。今度、巨蟹バーガーでNYチーズケーキ奢ってあげるから!」

「俺からもお願いする。鮎川の力が必要なんだ。ここには君じゃないと入れない。だから頼む。撮影を続けてくれないか」

「ど、どうして原田クンまで? そんなにUFOの監視が大事なの?」

 那月はきょどっている。

「那月だって研究したいって言ったじゃん! あたし達もそれが大切な事だと思ってるの」

「ねぇ、二人は一体どういう関係?」

 那月はおどおどとミカの顔を見る。ミカと亮はお互いを見てうなずく。どこまで理解してもらえるか分からないが、もう那月に世界で起こった出来事の全てを話すしかなかった。

 世界が一度滅んでいる事、それを再生する為にミカは亮と出会い、その後、時空研に行った事。二人で、世界の再生をする為に再び亮と再会した事。二人のヱンゲージが世界を救い、告白がそのトリガーとなった事、ミカは一気に喋った。

「あのUFOはね、また地球に攻めてこようとしている侵略者なのよ。あれは、世界を滅ぼした人類の敵が作った戦艦よ。そして信じられるかどうか分からないけど、生徒会長の伊東アイは、侵略者の幹部みたいなヤツらしいわ……。だから撮影していた天文部を妨害してきたの。でもあたし達、このまま世界が滅ぶのを黙って見ている訳にはいかない。彼らがどうして現れたか、そしていつ本格的な侵略を始めるのか、それを突き止めなきゃいけない。時空研が消えてしまった以上、あんた以外にあたしたちが頼める人がいない。といっても、とても信じてもらえないと思うけど、那月、あたし達に協力してくれないかしら」

 那月は最初目を丸くしてミカの話をじっと聞いていたが、次第に真剣な顔つきに変わっていた。やがて頬が赤くなり、眼を輝かせ、見る見る元気になっていくようだった。

「えーと、つまり、原田クンも天文部に参加するって事?」

 那月は小さな声で言った。

「う、うん……そうだけど」

「じゃあ天文部が三人になるんだ。凄い------原田クンまで、天文部に。-------初めてだよ、私の代でこんなに部員が増えたの」

「で、あたし達の話、那月はどう思う?」

「あたしも月でUFOが何かしてるって、絶対思ってた。まさか、ずっと昔から知ってるミカちゃんが、このUFOとか、世界の運命とかいう事に直接関わっていたなんて事、正直びっくりしちゃったけど。でもミカちゃんが嘘着く訳ないって事、わたし知ってるから。だから全部信じられる」

「本当?! じゃあ今度三人で巨蟹バーガー行こう!」

「ディアボロパフェもお願い。あたし、ずっと月を観測してきて、以前と違うことに気づいたの。月で起こってる異変は、黒い船だけじゃないんだ。ね、これを見て」

 那月が二人に見せたのは、砂漠のクレーターの真ん中にポツンと存在する、まるで、ヨーロッパにある朽ちかけた古城のような構造物だ。それは砂地に陰を落とし、確かに月面上に存在していた。古城は四つの塔を持ち、西洋の城に似ているが、かなり古いものらしく、崩れ掛かっている。明らかに月面の自然の産物ではない。ミカは、黒い船のようなダークフィールドは古城から感じなかったが、よい印象も受けなかった。

 那月は話してる間、決して亮と眼を合わせない。ミカは悟った。那月は亮が好きだったんだ。あまり知りたくない事実だったが。きっと異東京の時代から同じクラスで、好きだったんだ。

 那月は、きっと世界の命運がどうのこうのより、亮が天文部に参加した事が凄く嬉しいらしく、それでこんなとっぴょうしもない話をすんなりと受け入れているらしい。もしかしたら、那月にとっては、世界が一度滅んで再生した事など、原田亮という存在の前にかすんでいるのかもしれない。それよりも遥かに、亮と話をする事ができる事、同じ目的の為に活動する事を喜んでいるらしいことが、それを示している。

「ヱルは、世界の時空を変える事ができるコンピュータなんだ。こいつにその能力があるのかどうかは分からない。けど、こいつも普通のコンピュータじゃないと思う。ディモンの船が映ったのが何よりの証拠だと思う。月面に、ディモンの船が映ったという情報はメディアでもネットでも存在していない。おそらくこの天文台だけなんだ。だから、ヤツらは通常の機械では映らないに違いない。それは特殊なシステム、ヱルでしか映らないんじゃないかと思う」

 亮とミカがアメジストの巨大なショートケーキ然のコンピュータを見上げると、那月も素早く追尾して見上げる。

 ミカは、アメジスト色の巨大なショートケーキ型のコンピュータから、生命が持つバイブレーションを感じる。ヱル、DNAを有し、魂を宿したコンピュータだけが持つ特徴。だが那月は、ミカの予想を超える反応をした。

「やっぱり……? やっぱりそうなんだ! 実は、私もずっと思ってたんだ。ヱル・アメジストが、絶対普通のコンピュータじゃないってこと。ここの天文台はきっと特殊なものだって。私もこの写真、通常の可視光や当たり前の電磁波で撮影したものじゃないって気づいてた。所長から何も聞かされてなかったけど。だったら、チャンスじゃない? これを使いこなせば、世界を救えるかもしれないよ」

 那月が紫色の巨大ショートケーキを見上げる瞳はうっとりしている。

「いくらこれが最先端のスーパーコンピュータだっていっても、現代の科学の水準を遥かに超えたオーバーテクノロジーだって事に、前から気づいてた。大学の人に確認した事はなかったけど。なんでそれが巨蟹学園にあるのか、そしてなんであたしがそれを自由に動かせるのか、偶然な訳がないじゃない? あたし、そんな予感がずっとあったんだ。二人の話ですべてのつじつまがあったよ。あたし、ヱル・アメジストを使って、この黒い船を撃退できると思う」

 那月が言う言葉には、今度は二人の方が驚かされるばかりだった。その次に那月が放った言葉はもっと驚くべきものだった。

「なぜなら、この世界で中心に立っているのはあたしに違いない、そうだよ。さっきのミカちゃんの話から推測すると。あたしがこの世界のザ・クリエイター、創造主なんだよ、きっと。伊東アイじゃない。あたしさ、今の話で自分が何者なのか、初めて分かった。自分はなぜ、ここに存在するのか。何をするために、ここに居るのか。理由を言うけど、あたしが来てほしいと思ったから、ミカちゃんが天文部に来たでしょ? そして原田クンも」

 と言って那月は亮の方を向く那月の目は完全に恋をしている。

「原田クンが来るためには、世界が壊れるくらいの危機でも起こらなきゃいけないんじゃない? そうでなきゃ、私はずっとここで一人だった」

 那月の言葉があまりに二人の予想を超えていたので沈黙が流れた。

「冗談よ」

 世界が自分の意識の投影であることは、自分の哲学だ、と那月は言った。

「現実は自分が引き寄せる。そう言いたかったの。そのことを、ミカちゃんには新宿の屋上で、気づいてほしかったんだ」

そうだ、那月はそんな事をミカに言っていたのだ。まるで観音のような微笑みで、那月は笑っている。

「じゃあ、今後もUFOの撮影は、オッケーって事?」

 ミカは那月に念を押した。

「もちろん続けるよ! あたしも、このまま止めるの嫌だった。研究も面白くなってきたところだったのに。アイさんが突然圧力掛けてきたのも、今考えると不自然だよね。私、誰にも言わなかった。それも、もし彼女が侵略者なら、これまでの事、全部納得できる。地球を守らなきゃいけないんだったら、こんな弾圧、負ける訳にはいかないよね!」

 那月はもう、さっきまでと全く違っていた。

「ありがとう。鮎川」

 亮が感謝の言葉を伝えると、那月は一瞬びっくりした顔で亮の顔を見て、その直後目をそらし、急に顔をピンクに染めて、少し微笑みながらコクリと頷いた。世界が滅んで再生したなどという話を聞けば、普通の人なら一笑に伏すはずなのに、那月がこんな非現実的な話をあっさり受け入れてしまったのは、ミカにはやはりその理由はただ一つしかないと思われるのだった。なにより那月の表情が全てを物語っている。

 那月は二人に協力を誓うと、得意の星占いの話をしながら月面の写真を撮り始めたが、

「これ見てくれる。ヱルアメジストは、プラネタリウムの機能があるんだよ」

 と言ってプラネタリウム機能に切り替えた。部屋が上下左右、宇宙空間となり、三人はそこに浮かんでいた。単なるプラネタリウムではなさそうだ。そう、それは本物の星の映像を使ったプラネタリウムであった。那月は星座をクローズアップして解説した。ミカは乙女座、那月は蠍座、亮は射手座である。そして三人ともA型だ。

 その日、撮った写真の中には、無数のUFOの船団が映っていた。写真から発せられた侵略者の邪悪な気は、今迄になく強い。ミカはできるだけ見ないようにと心掛ける。

「やっぱり、日を追う毎に、数が増えている。伊東アイの活動が世界に溢れているのと比例して、増えてると思って間違いないようね」

 那月は無数に浮かぶ黒いUFOの船団をまじまじと眺めて観察している。船団が地球に侵略するのも、いよいよ間近なのかもしれない。

(おかしいな、確かにこの物体の映像から恐ろしいエネルギーが出ている。わたしは直視できない。それなのに------那月は何も感じていない。亮もわたし程じゃないらしい。もしかして、わたしだけ?)

 ミカは、ちらっと映像を覗き込んだ。目の前に白くもやが掛かった。二人の会話を遠くで聞いているような感覚に陥る。このまま見続けるとまた気絶しそうだった。しかしそれがいけなかったらしい。目眩がするのを隠せなかった。ミカはクラクラしたまま、床にへたり込んだ。

「大丈夫?」

 那月は立ちくらみしたミカを不思議に覗き込んでいる。那月の表情はミカとは逆に、以前より元気に感じられるほど変わっている。

「どうしたの?」

 那月はミカの異変に気づいた。

「ううん、なんでも……」

 部屋がまだぐるぐると回っている。

「来栖、やっぱり見ない方がいい。来栖、校門の前でこの写真を見てて気絶したんだ」

 亮が心配する。

「えぇ? 本当に」

「この写真自体に力があって、邪悪なエネルギーが出ているせいだ。来栖は特に敏感らしい」

「ミカちゃん、何で言わなかったの。救急車を呼ぼう」

 那月は驚いてミカの肩を両手で抱く。

「そんなことしたら生徒会長にばれる。少し休めば大丈夫」

「すぐ医務室に行こう。わたし、場所知ってるから」

 那月に連れられて、天文台のすぐ隣に医務室の建物があった。ミカはベッドに横になる。

 那月はベッドの傍らに座って、ミカの様子を見ている。

「ねぇミカちゃん。ミカちゃんと原田クンが世界を救ったんだよね。私もそこに参加できて、凄く嬉しい。本当の事話してくれて、感謝してる。ありがとう」

 弱々しく頷いたミカに那月は微笑みかけて言った。

「ミカちゃんが写真見れない分、私が写真を撮り続けるから、何も心配は要らないよ。私には、ミカちゃんや原田クンみたいな力はないかもしれないけど、私にできる事だったら何でもやるからね。天文部は一度解散した事にする。明日、生徒会にはそう報告するから。表向きは、おとなしくこれで終わりにしましょ。明日から、夜中にこっそり集まって撮影するの。天文台は一晩中稼動しているから。今日はもう帰ろう。で今後の事だけどさ、今、アメリカに出張に行ってる天文台の所長が帰って来たら、全部話してみる。あたし、天文台の所長とは仲いいからきっと理解してくれると思うわ。その時まで、明日から深夜、密かに集まるの。深夜ならきっとばれる事はないよ」

 那月がアイに恐れをなした以前の姿はどこかに消えている。その夜、三人による巨蟹学園の地下抵抗組織が誕生した。


 翌日も、まるで八月のような猛暑だった。那月が天文部を廃部にすると生徒会長に言いに行った後も、伊東アイと彼女の生徒会は、ミカ達三人をずっと監視している。アイに油断はない。依然マークするのを緩めない。アイは、教師達も自由自在に操っている。アイは生徒会のメンバーや彼女のファン達以外に、全ての教師たちを完全にコントロールし、三人を監視しているのだ。校長も生徒会室に謁見しに行き、生徒会長・伊東アイに指示を仰いで、頭を下げているらしいと分かってからは、昼間の学校では、生徒会と伊東アイに監視され、三人は自由に集まって話をする事もできなかった。どこで誰が聞いているか分からないからだ。

 だが那月が二時間目が終わった休み時間に、二人にこっそりと言った事は驚異的だった。

「さっき、もう一度密かに生徒会室に行ったの。少しだけドアが開いていた。そこからちらっと中を覗いたら、なんと三人の伊東アイが座って話してた。顔が全く同じで、もちろん格好も-----。でも彼女は三つ子じゃないと思う。アイさんは、三人だけじゃない。きっともっと何人も居る。だからなのよ! 生徒会長で、アイドルで、どんなに忙しくても平気なのは。世界中のあっちこっちに溢れてるって言ってたけど、始めてその証拠をつかんだわ。私、二人から侵略者って聞いたけど、確かに人間じゃないって事が、改めて分かった」

 伊東アイは、同じ瞬間別の場所に複数存在する事ができる。それは、バイロケーションと言われている現象だ。同時に、別の場所に存在できることだ。だからこの世界は、アイが溢れているのだ。つまり、アイが生徒会長をやりながら、同時にアイドルをやっているのではなく、伊東アイという存在が多数存在しているということだ。それこそ、世界には何十人、何百人も居るのかもしれない。それは、薄々三人が気づいていた事なのかもしれなかった。侵略者は、すでに地上に溢れていた。

 ミカは、最近テレビのニュースで、亮の言った通りアメリカ大統領が伊東アイに頭を下げているシーンを目撃していた。学園の外にも中にもアイが溢れている。おそらく、学園の外の世界をどこまで行ってもアイが存在するはずである。まるでアイは、世界を構成する細胞や要素のように、いや、それ以上に。

 しかし昼間の那月は、前日の夜程元気そうではない。顔は一層青白く、何となく全身がだるそうだった。その日、那月は珍しく授業中うたた寝していた。

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