第11話 世界征服アイドル

 ミカは今夜も、西新宿摩天楼街へと、亮と一緒に出掛ける。一度家に帰り、制服からピンクのシャツに短パンという、まるで夏のような格好に着替える。なぜなら巨蟹市内は暑かったから。しかし新宿に着くと肌寒さを感じる。

 前の東京でミカは、多忙な学園生活を営んでいて、町に繰り出すこともほとんどなかった。それが今、自由な身になってぶらぶら新宿を歩いていると、一日で十回はスカウトされる。乗ろうとは思わなかったが、嬉しいものは嬉しい。沢山の観衆の中ストリートライブをした。二百人くらいも集まっただろうか。歌っていると寒さを忘れる。すでに来栖ミカのファンと言える人も生まれているらしい。ミカはこうしていると成功体験を重ねている感じが、すごくする。唄っていると、まるで平行宇宙の輝けるスーパースターの自分に、一歩近づいているようで、ミカは最高に気分がよかった。亮も喜んでくれている。

 唄い終わるとファミレスで食事。これってまさにデートだ。

 亮はミカが大食いで、ニコニコ食べている様を眺めて、あまりの可愛さに卒倒しそうになった。

 ミカは楽しい気分で盛り上がりながら、明日は那月につきあって、UFOの写真撮ってやろうと思う。

 その帰り道、せっかくの気分を害した「あの事」がなければ、最高の夜だったのだが――。

 新宿の駅前のビルのあちこちの広告スクリーンに、一斉に同じ美少女の顔が映し出された。スリムなスタイルで端正な顔立ちのアイドルが笑顔を振りまいている。どこかで見た事があることにすぐ気がつく。黒髪のショートヘアに小顔、額はやや広く、涼しいきりっとした眉。少し高めの鼻。「IMAX-300」という携帯のCMだった。アルファベットのIに無限大のマークが組み合わされたシンボルマークが何度も表示されている。「涙のパラダイス」というフレーズが繰り替えされる、彼女が唱っているのであろう曲が掛かっていた。

「あれ見て! 彼女、伊東アイじゃない?!」

 ミカは驚く。その顔は、まさしく生徒会長の伊東アイだった。「本日デビュー」という文字がきらめいている。

「本当だ。あいつ、アイドルデビューしたのか」

 亮も唖然として巨大モニターに映ったアイドルを見守る。

「いつの間に……」

「ライバル出現か。来栖も、あいつに負けないようにしないとな。俺は、来栖の歌の方がずっと好きだよ」

「うん……」

 ミカは亮の言葉も遠く聞こえるほどショックを覚えて、言葉少なくなる。

 ミカはその夜、街のありとあらゆる広告にその少女が微笑んでいる事に気が着いた。芸名は本名と同じ伊東アイだった。帰りの電車の釣り広告にも、伊東アイのリリしく精巧な顔がズラリと並んで覆い尽くしている。まばゆい校庭で言葉を交わした時と同じ顔。完璧な人形のような顔立ちだった。同性としてうらやましくなるくらいの美貌。

 亮は駅でミカが別れぎわに、

「今日はありがとう」

 と言って去っていく姿を見送る。ミカが明らかに動揺しているのを亮は感じていた。

 ミカは気を紛らすために、家の近所にあるコンビニに立ち寄った。雑誌のコーナーをブラブラすると、また伊東アイの顔があった。様々な雑誌の表紙に、伊東アイが並んでいる。不愉快で、何も買わずに小走りで店を走り出た。家の近くの住宅街の電信柱まで、ずっとアイの宣伝のポスターで埋め尽くされていた。まるでミカを取り囲むように。ミカは逃げるように家に入った。いつの間にやら、街が、アイで溢れている。

 ミカは家に戻ってベッドに腰かけ、自分の部屋のテレビをつけた。すると、伊東アイがデカデカと映し出されたのだった。またかと思ったがショックを通り越して呆然と見つめていた。アイは、歌謡番組でデビュー曲「涙のパラダイス」を披露した。ミカと同じ十七才とは思えないほど堂々としている。あどけなさが残る顔立ちだが、その眼差しは、遠くを見据えたように超然としており、奇妙な程貫禄すら感じる。伊東アイのデビューは、今日まで秘され、同日一斉に展開されるデビュー戦略らしかった。

 ミカは那月に電話した。

「知ってる。わたしも驚いたよ。伊東アイさんは、何もかも手に入れたんだね。欲しいものを全て。一体何を目指しているんだろう。世界征服でも目指してるのかな? 末恐ろしい人よね。ミカちゃんも頑張ろう! 早くデビューして、あんなヤツ追いこしてよ。ミカちゃんの方が絶対可愛いし、才能もあるんだから。私も頑張ってUFOの写真撮って研究続けるからさ」

 と、那月はミカを励ます。那月は、あれから健気にアイに隠れてUFOの写真を取り続けているのだから、ミカも負けるなということだろう。

「分かってるけどさ。そんな簡単にいかない」

 ミカは口数少なく返事した。実際、歌なら彼女には負けない自信があった。伊東アイは確かにうまいが自分の方がうまい。外見容姿だって、大人びた魅力はないけどアイドル性なら自信があるとか、頭の中でぶつくさ考えている。前の宇宙では「美少女の天才」と言われた。天才の美少女ではない。「美少女」の、天才である。ただの皮肉としか受け取っていなかったが、ミカはその言葉を思い出して自分を励ます。しかし多摩音大付属高で天才とかエースとか言われた声楽科の自分はもう存在しない。

 ミカが芸能界を目指すにあたってアテなどなく、歌の特訓をするにも一人カラオケするしかない。今まで学園の、組織の論理にからめとられた自分が嫌で嫌で仕方がなかったが、今になるとずいぶん守られていたのだと痛感する。たとえスカウトが声を掛けてきても、デビューまでには天竺への道のりのような気が遠くなる道のりを感じる。

「勿体無いよ、ミカちゃん、十七歳は今だけなんだよ」

 弱気な声を出すミカに那月はそう言うけれど。

「大丈夫、気にしない」

 ミカは酷く落胆した気分で、ぼうっとテレビ画面を眺める。ミカは、自分よりはるかに簡単にデビューし、あっさりとメジャーになってしまった伊東アイが、自分の学校に居る事に、正直焦りを感じざるを得ない。できれば学校でも会いたくはないが、生徒会長で、しかも親友の那月に眼を着けているから、これからもあの人形みないな女と顔をつき合わせて対決しなければならない運命だった。


「まだ続けているのね。言ったはずよ。直ちに撮影を止めなさい。もし話し合いに応じないのなら、強制的に天文台を使う許可を、大学から生徒会が取り下げることになる。できれば、あなたに自主的に止めていただきたいものだけど」

 案の定、アイドル生徒会長伊東アイは、撮影を継続している那月を呼び出して問いつめる。単なる生徒会長だけではなく、「芸能人」でもある彼女が、一生徒である那月に命令口調で伝えるのである。自分とは違うと言わんばかりに。伊東アイは元の存在感に加え、芸能人のオーラが滲み出て、近寄りがたいほど神々しい。ただでさえインディゴのオーラが溢れているというのに。芸能人でも、普段は親しみやすいタイプもいるが、伊東アイは全くそうではない。那月はしぶしぶ、頷くしかない。その事がミカの平常心をさらにかき乱す。那月は前以上に気が抜け、ミカが気の毒になるくらい弱々しく元気を失っている。

 巨蟹学園の生徒で伊東アイの勢いに逆らえる者など居ないのだろう。理事の中でも伊東アイは権勢を誇っているらしい。そして生徒たちの熱狂ぶりは当然の事ながらハンパではない。

すっかり巨蟹学園は伊東アイ一色に染まり、教師たちもただの崇拝者と化している有様だ。今この世界では、かつての来栖ミカのポジションに、伊東アイが立っているのだ。今度はミカが、学園のスター・伊東アイを見上げる立場。あれほどうんざりした声楽科だが、実は、自分は必要としていて、むしろ大好きだったのかもしれないなどと気付かされる。

 ……伊東アイ。美少女でありながら、頭が良く、才能があり、自分とは全く違って、夢を実現していた少女。来栖ミカとしてはできれば一生、二度と、話したくもない。プライドの人一倍高いミカにとって、アイと一緒に居れば自分が惨めになるだけだからだ。だが同じ学校の同級生なので今後も顔を拝むことになる。ミカにとって、伊東アイはあこがれの芸能界の最前線で活躍する、眩しいくらい理想の存在そのもの。自分とのこの現実の差に、学園生活は辛くなる一方だった。

「やめたっていうのに、伊東アイが、ずっとあたしを監視している。いつもアイに見られているような気がする。なんて恐ろしい人」

 那月はいっそう伊東アイを怖がった。ミカから見ると、ほとんどノイローゼ気味だった。そしてミカにも親友の窮地に対し打つ手はない。


 町にメディアに伊東アイが溢れ返り、アイを見ない日はなかった。メディア側の力のいれようと言ったらないのである。伊東アイはすべての局をジャックしていた。CM、町中の広告、雑誌の表紙、携帯広告にアイの人形顔が溢れ返り、止まらなかった。

「彼女いつ芸能活動しているんだろ。学校も毎日来て休んでないらしいよ。成績もキープしているに違いない、その上生徒会長の仕事でしょ? 猛烈リーマンみたいだよね」

 那月は呆然とした表情を浮かべてミカに言うのみだった。ミカもその点不審に感じている。それは、一種の不気味さをも伴うのだった。

 ミカは気にしないつもりで野外ライブに、カラオケに励んでいた。ライブは少しずつ客が増えていた。注意しに警官が来たが、その警官も遠巻きに足を止め、ミカの歌声に聞き入った。それにしても……いつチャンスは訪れるだろう。考えて答えが出るものではない。その事についてミカが那月に独り言のようにぼやいていると、那月は決まって、伊東アイなんかよりミカの方が可愛いとか、歌がうまいと言ってなぐさめる。

「いいよ。別に伊東アイと比較してもしかたないから」

 とミカは無視を決め込んでいるのだ、というスタンスを強調する。

 しかし、こっちが無視したくても、向こうは街に溢れて居る。学校でも一気に増えたファン達が生徒会長を祭り上げ、何かと噂をするので嫌でも耳にする。一体、これほどの多忙をどうやってこなしているのか信じられないが、そのせいで街でも学校でも彼女の存在を感じない日はない。毎日アイは学校へ通い、生徒会長の活動をし、メディアの活動が減らない。おまけに主演ドラマまで始まったらしい。

 あちこちにアイが溢れる毎日の中、ふっきるように今日もミカはカラオケ屋に入ってマイクを握る。朝までカラオケの特訓をするつもりだった。ネーナの「ロックバルーンは99」を歌っていると、ふいに画面に伊東アイが出てきて、ミカの歌は止まった。

「あぁ-----もう! あんたの顔なんか見たくないのよ!」

 ミカはマイクをソファに放り投げて、カラオケ屋を出た。帰宅すると、ミカは好物の梅のしば漬けをポリポリ食べながら再放送の「新世紀エヴァンゲリオン」を観ている。碇シンジの境遇に自分を重ねる。CM中何度もアイが登場し、チャンネルをくるくるザッピングしても、アイが出てくるのでとうとうテレビを消した。伊東アイの電波ジャック状態が連日続いている。ベッドに入り、ふとんを頭から被って寝る。

 一時間後、亮からの携帯に起こされた。

「テレビを着けてみろよ」

「もう見たくない。最近テレビがつまらない」

 ミカは枕を抱いてベッドに座りなおす。

「彼女がいつも登場するバラエティーやドラマじゃない、ニュースだよ」

 亮の言う通りに、ミカはしぶしぶニュースを着けてみた。国会で政治家たちが記者のインタビューに応じている姿が映る。赤絨毯の向こうに少女が立っていて、政治家たちは一斉に頭を下げている。その少女は、確かに伊東アイだった。アイは十数人の政治家たちを率いてドアの向こうに消えた。まるで国会が巨蟹学園になってしまったような錯覚を覚える。

「何よこれ。伊東アイが……何で総理大臣が伊東アイに頭を下げてんの?!」

「今日だけじゃない。伊東アイがメディアに登場してからというもの、俺はテレビを注意してチェックするようになった。彼女はニュースにもよく出てくるんだよ。ニュースで、政治家や大企業の社長なんかが映ると、そこには必ずといっていいほど、画面のどこかにアイが映っている。アメリカ大統領の後ろに立っていた事さえある。しかし、妙な事にニュースではその事に一切触れないんだ。伊東アイが映っている事自体明らかに不自然なのに、わざと触れていないようにも見える。アラブの王様か何かが彼女に、頭を下げているのを見た事もあるし、何か指示らしい事をアイがアメリカ軍の将校たちに話しているところだって見た事がある。一体何を言っているのかは分からないが、あの話し方、学校での彼女の態度にそっくりだ」

 ミカはテレビをつけてみた。どのチャンネルを変えても、やっぱり歌番組やドラマに伊東アイが登場し、ミカは再びテレビを切った。不愉快というより、不審だった。

「あたしも、気になる事があるんだけど。アイがCM出てるケータイ、どこにも売ってないみたいだよ。あたしさ、あたしやっぱり、伊東アイ、ずっと前から居たっていう覚えがないのよね。亮はどうだった?」

 ミカには廊下で会釈された時以前のアイの記憶がさっぱりない。

「俺もなんだ」

「亮も?」

 じゃあいつはなんなんだ。

「今まで言わなかったけど。俺は、世界が再生して、あいつを始めて見て以来、ずっと気になっていた。俺の記憶では、あいつは学校の生徒じゃなかった。俺は選挙の日、始めて学校で存在を知った」

「それはあたしも同じだけど。でも、那月は知ってたよ。全国模試一位だって」

「それは選挙のポスターに書いてあった。きっと鮎川はそれを見たんだ。その瞬間、以前から知っているという記憶にすり替わった。他の生徒や先生もな。ヤツは二つの世界で、もともと学校に存在しなかった。周囲の人間は気づいてないけど、伊東アイはこの世界が再生してから、学校の生徒として存在するようになったんだ」

 言われてみれば亮の言う通りかもしれない。なんて事だ。

「じゃあ、何者なの、彼女」

 伊東アイが心底薄気味悪かった。

「入り込んできたんだ。この新しい世界に。俺達がディモンの事を無視しても、向こうから来たんだよ。だが多分俺は、前の世界で、一度あいつを見た事があるんだ。この学校じゃなくて。ずっと忘れていたけど、ようやく思い出した。ヤツは戦争中に、例の黒い船が通り過ぎた後、街に現れた。敵だ。きっと船に乗っていて、地上に降り立ったんだと思う。つまり、ディモン・スター、帝国の幹部クラスだよ」

「何ですって? それってマジなの」

 今までミカがずっと忘れようとしてきた現実が向こうからやってきた。

「ああ。間違いない」

「ねぇ亮、あたしさ、ずっと思ってるんだけど、やっぱりこの世界、なんかおかしくない?」

「俺もそう思う。原因は伊東アイじゃないかと思うんだ」

「そう! あたしもそう思う!」

「とうとうこの世界にも、ディモンの幹部が現れた。なぜ伊東アイが鮎川の写真を嫌ったか、それはディモンの侵略を捉えていたからさ。知られたくないんだ。これではっきりとしただろ。帝国はこの世界に着実に侵略しつつある。このままじゃ、再生したばかりのこの世界が破滅する。ヤツが現れたって事は、そのカウントダウンが始まったって証拠だ」

 亮によると、ディモン・スターの伊東アイは、ミカと亮が世界を再生させてから、この世界に学園の生徒として出現したという事だったが、世界に溢れかえるアイを見る限り、納得できる話である。

「ところでさ、巨蟹市の暑さ。今もそっちは暑いだろ?」

「うん」

「本当に十一月なのか? まるで真夏だ。だが俺が住んでる天秤市は、暑くないんだ」

「え? まじで」

「ああ、こっちは普通の十一月だ。俺は、白羊市に行った時に確信した。白羊市も暑くなかった。暑いのはおそらく巨蟹市だけなんだ」

「ウソ~ッ。そういえば新宿も白羊市も涼しかったかもしんない。それって、どういう事?」

「きっと巨蟹市の外は、本当の時空じゃない。つまり虚の世界だ。それがそっちの暑さと関係している。そんな気がする」

「亮が住んでる天秤市も虚の世界?」

「ああ。だから俺は住んでいたマンションだけが残って、母さんにも父さんにも会えないんじゃないかと思う。俺たちは、再生の時に、巨蟹学園以外、伊東アイの支配する世界に来てしまったのかもしれない。だから、白羊市の東京時空研究所に行けなかったんだ。俺たちは、恐らく、ある意味巨蟹市に閉じ込められているんだ。さらに突き詰めると、巨蟹学園に閉じ込められている。そういう事に違いない。何が言いたいのかというと、世界の中心は今、巨蟹学園にある。そこから外に出ても、虚の世界を彷徨っているだけで、俺たちは巨蟹学園に閉じ込められている。だからどこもかしこも伊東アイで溢れているおかしな世界になっている。学園の中もアイ色に染まっているが、そこだけが真実だ。学校から一歩も出られないんだ。つまり巨蟹市の外は、本当に望むべき世界になっていない」

「そんな……」

「全ての異変は、伊東アイにある。世界の中心に立っているのは、どうやら伊東アイなんじゃないか。俺たちはどういう訳か、アイが中心に立つ世界に再生してしまったんだ!」

「一体どうしてなの?」

「俺たちが世界を再生した時、作り出してしまった現実って何だろう? その事をよく考えてみてくれ。君は鮎川那月と出会いたいと思ってこの世界を再生させた。俺は母さんと、父さんと、時輪ひとみに会いたいと思って世界を再生させた。しかし伊東アイは一体どこから来たんだ? アイの存在を君は知らない。知っているとしたら、異東京で目撃した俺しかない。俺がアイを呼んだのかもしれない。だとしたら、あいつは俺にとって一体、何者なのか――」

 亮の声には苦々しさが感じられる。

 亮の心に、ディモンに対する憎しみが思い出されていた。

「でも、時空研は消えているし……あたし達、晶さんと連絡取れない。あたし達だけじゃ、どうすることもできないよ」

「だけど、このまま無視する事はできない。俺達が無視しても、向こうが侵略してきてるんだからな。俺たちがアクションを起こさないといけない」

 亮の言う通り、戦わなければいけなかった。もう、事実から目をそらすことはできない。正面から対決しなければ、自分たちが危ない。再び世界が滅びようとしているのに、無視することはできない。

 頭の片隅にあったダークシップが黒いしみのように広がっていく。何よりそこから感じる邪悪なエネルギー。あれは、単なる写真の光のいたずらや、いやもしUFOだとしても、ただのUFO写真なんかではなかった。あの亮の東京を滅ぼした、ダークシップに間違いない。鼻にどろっとした血を感じる。ミカはティッシュで鼻栓をして仰向けになる。

「イテテ……」

 亮が唸っている。

「大丈夫?」

「いや、急に鼻の奥がつーんとしただけだ。別になんともない」

 自分の鼻血のことに思い至る。亮もなのか。

「------こんな時に、晶さん、アストラル通信でホログラムでもいいから連絡してくればいいのに! 向こうからは一方的に話しかけて来るクセに。自分の都合で勝手に現れたり消えたりして、こっちが連絡取りたい時に取れないんだから」

「確かに俺たちだけじゃ、どうしようもないな。仮に、俺たちにあの時の力があったとしても、エネルギーを増幅するヱルメタルがなければ……」

「-----そうだ、こうなったら……。亮、手はあるわよ! 那月に協力してもらうのよ!」

 ミカはベッドの上に立ち上がった。

「--------鮎川にか? 何をやるんだ?」

 天文台にある、あのコンピュータは、ヱルメタルだった。それならば、救いは巨蟹大学の天文台しかない。こうなったら那月を巻き込んで、すべてを話して協力してもらうしかない。

「そうよ。少なくとも、黒い船の動向は分かるでしょ。やつらが今、一体どんな動きをしているのか把握できる。それに、巨蟹大学の天文台には秘密があったの。私も、行って始めて気づいたんだけど。亮は知らないのかな。--------実際に行った方が話が早いわね。明日、那月に話すから、放課後一緒に天文台に行きましょ。伊東アイに気づかれないように」

「だけど鮎川は、俺たちの話を聞いてくれるかな? あまりにとっぴょうしもない話だ」

「話してみないと分かんないけど、きっと分かってくれると思う。那月はあたしなんかよりずっと頭いいからね」

あのヱル・アメジストは時空研と連絡することができるに違いない。那月がいないと天文台に入れないから、那月に話してみるしかない。自分たちだって、あんなこと、とても信じられなかった。だけどあの写真という証拠がある。晶が自分に話したワケ分からん話も、理系かつ頭のいい那月ならすぐ理解できるはずだ。

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