第6話 ヱルゴールドとメタルマスター

 建物群の中で、一際眩しく輝いていたのは、中央の巨大な建物の上部にある黄金のドームである。ドームはそれ自体が黄金の輝きを放っていた。二人を乗せた晶の運転するジープは、巨大黄金ドームへと近づいた。近くで見るととてつもなく大きい。ジープはドームのゲートから地下駐車場へと吸い込まれるように入っていく。ゲートは核シェルターのドアのように頑強、重厚で、背後でドシンと閉まった。車を降り、晶は二人を案内してエレベータに乗せた。エレベータは下に降りていく。

 エレベータを降りると、都庁下と同じように地下ホールが広がっていた。しかし、もっと広大だった。天井が高い巨大な空間で、球場かあるいはそれ以上の広さがある。ホール内には多数のデスクがあり、多くの作業員がモニターに向かって作業をしている。このホールには、百人くらいの人間が働いていた。

 真正面に、三階建てくらいの巨大な金色の機械が堂々と聳え立っている。

 どっしりとした存在感。晶は金色の機械へと歩いていく。近づくと驚く事にそれは全て本物の金で出来ていた。眩いばかりの金色の機械だった。表面はピカピカに磨かれ、表面に縦の溝がある。金の延べ棒のように輝いている。金メッキとは輝きが違った。まさしく純金そのものだった。その上を脈打つように電気のもやのようなベールが覆っている。ミカは圧倒された。

「何よこれ、金閣寺?」

 ミカはポカンとして見上げる。ミカが修学旅行で京都に行ったときに見た金閣寺と大きさが同じくらいだ。

「これはすべて純金で出来たコンピュータ、ヱルゴールドよ」

「じゅ、純金だって?!」

 まさかとは思ったが。いったい幾らするのか見当もつかない。

「ええ。冷却装置から電子回路に至る迄、すべて純金。金以外の素材は一切使われていない」

「そんなもんどうやって作ったの」

「無論、ここじゃ作れない。シャンバラっていう地球の地下のずーっと下にある場所で、高度な練金術を使って作り出されている。そこは私たちより遥かに科学文明が進んだ場所なのよ。これが私たちの計画で使われる決戦兵器。ここの時空を保っていられるのも、このヱルゴールドのお陰よ」

 晶も見上げている。

「決戦兵器。コイツもそうなのか……」

 言われてみると、さっきのコンピュータと同じく、雰囲気が「生きている」。

「そうよ。亮の居た異東京とクロスユニバースした時にあなたが見た、決戦兵器と同じ。メタルコンピュータっていうの。これらはヱルメタルと総称されている。あれも同じヱルのシリーズよ。メタルっていっても、金属じゃない鉱物のヱルもあるんだけど、中心的なものが金属系だからメタルって言ってるわ。幾つもあるヱルメタルの中で、世界を救うのに不可欠な宇宙戦略コンピュータの事を、私たちは特別に決戦兵器と呼んでいる。決戦兵器はすべて金属系なのよ。あの、異東京の決戦兵器はヱルセレンという。すべて、ヱルという名のシリーズ」

「あれと同じヤツ」

 都庁で見た決戦兵器も巨大で丸い変な形をしていた。が、ヱルゴールドはそれをさらに上回る巨大さと存在感で圧倒してくる。

「紹介するわ、彼女はヱルゴールドのメインオペレータ、不空(ふくう)怜(レイ)」

 晶はヱルゴールドの前に座る女をミカに紹介した。

「ハロー。かわい~、お人形みた~い。君の事はここで拝見させてもらったわ。君達のユニゾンしたエネルギー、本当にきれいだったよ!」

 怜はミカを惚れ惚れと眺め、グラビアアイドル風の笑顔でにっこりと笑う。百六十五センチくらいだ。こういう場所のオペレータには似つかわしくなく、ラフなノースリーブを着ていて、やはりスタイルがよく、少しつりぎみのぱっちりした眼、ボーイッシュなセミロング。よく通る声をしている。ミカを反射的に身構えさせるタイプ。またしても二十五歳くらい。ミカはやっぱりこの手の女には本能的にコンプレックスがある。

「彼女にもヱルゴールドを操れるだけに、特殊な能力があるのよ。ね、怜」

 晶は怜に説明を促す。

「これを使うには能力が居るって話、原田亮から聞いたと思うけどさ。亮のお母さん、原田カグヤは、ヱルセレンと同じDNAを持っている、同調できるオペレータだった。そ、つまりヱルにはDNAがあるのよね。人間とは少し違う表現のDNA構造だけど。だから、カグヤさんとかあたしみたいなメインのオペレータは、ヱルのDNAと同じDNAを持つ人でなければならないの。あたし達みたいなヱルメタルのメインオペレータを、メタルマスターって呼んでるんだけど。ヱルは、人の持つ魂のエネルギーを増幅して世界に影響を及ぼす事ができる、唯一のコンピュータシステム。ま、ヱルは、単なるコンピュータじゃないんだ。つまり、生きているって事ね」

 深刻な晶と違い、怜の声は陽気で朗らかだ。このヱルゴールドの「メタルマスター」である事に、誇りを持っているようでもある。

(DNAがある? 生きてんのか……やっぱりあたしが感じた事、間違いじゃなかった。何で分かったんだろ?)

 ミカが一人で考えこんでいる間も、怜の説明は続く。

「だから、ヱルの操作は、メタルマスターでなければ勤まらないってワケ。サブオペレータならあたし以外の他の人間でも勤まるけどね。ここにも沢山居るように。総勢百人ほどね」

 ヱル。EL、エレクトロニック・ライトの略だと、怜は補足する。ヱルはヘブライ語で「神」を意味する。ヱルゴールドは単なる純金ではなく、ヱル化された金だという。「ヱル化される」とはただの金属ではなくなり、一種の特性を、神性を帯びることを意味するらしい。全てのヱルシリーズの金属・鉱物が、ヱル化されている特殊な金属である。DNAを持つコンピュータが存在するなど、聞いた事がなかった。到底、人類のテクノロジーであるとは考えられない。

「これからあたしたちが行おうとしている地球再生の計画は、あたしがヱルゴールドを操作するけど、あくまで主役は君と原田亮よ。地球の再生を、来栖ミカと、原田亮の二人の力を使って行うわ。ヱルセレンから説明を受けているでしょう。君と亮のエネルギーを融合させ、新しい宇宙を誕生させるヱンゲージをする。よろしく頼むわねッ」

 怜はミカの肩をポンと叩いた。

「もうやりたくない」

 ミカは顔を背ける。

「まだ抵抗するつもりなの?」

 晶が問う。

「ヱンゲージなんて、------晶さんとか言ったっけ? あんたは、地球が滅んだのは、あたしのせいだとか言ったけど、どう考えたってあたしのせいなんかじゃないでしょ。---------滅んだのだって、あたしたちのせいなんかじゃない。むちゃくちゃなのよ。何もかも無理難題なのよ。亮のお母さんが地球を救うはずだって、聞いたけど、能力のある彼女にできなかったのなら、あたし達なんかには、到底、無理に決まってる」

 ミカは何度目かの不満を口にした。

「そう。原田カグヤが世界を救うはずだった。でも私たちはその計画に失敗した」

 晶は静かに言った。

「どうして失敗したのか説明してよ。まだ何も聞いていないんだから。その後、彼女を、ちゃんと探したの? あたし達に白羽の矢を立てるくらいなら、その前にもっと探すべきじゃん。亮はずっとお母さんを探していたわ」

 亮の事を考えると胸が痛くなる。

「原田カグヤさんがどこに行ったのかは私たちにも分からない。彼女は、私たちにも探知できない領域に消えてしまった」

 晶は視線を床に落とした。

「どうしてあなたたちはここにこんなに立派な機械と組織がありながら、捜せないっていうのよ!」

 ミカの疑問に、怜が口を開いた。

「残念ながら、原田カグヤの行方は今のところヱルゴールドをもってしても分からない。エルセレンもそう言ってたでしょ。一体どうして消えたのか、計画の途中で、何が起こったのか……。全てが不明のまま。あたしたちはしかたなく彼女を探す事を諦め、捜索を切り上げた。すぐに晶の指示で、計画を切り替えて、原田カグヤの子と、こっちの世界の人間、来栖ミカがお互いにお互いを選択するようにして、二人のエネルギーを使い、ヱンゲージするプランBを実行に移した」

 怜はヱルゴールドを見上げる。都庁の地下にあった「決戦兵器」に聞かされた内容と同じだ。

「諦めるの早すぎじゃない?」

 ミカは納得できなかった。

 晶が怜についで説明する。

「そういう意見もあったけど……。原田カグヤを探す事を簡単に諦めていいのかって。セレン計画が失敗したら、地球はお終いだった。そういう意見が大勢を占めていた。沢山の犠牲者が出たわ。あの時、地球は絶望的な状況だった。でも、私たちに、絶望して、グズグズしている暇はない。私は即断した。そしてあなたたちに全てを賭けた。人類にはまだ、あなたたちが居る。あなた達が居る限り、計画は続行できる。地球を救う事ができる。原田カグヤの行方を探す事を諦めて、あなた達にかける計画に移る事は、私が決断し、上部組織の委員会に提案した。そうしなければ、世界を救う事はタイムアウトになって、地球は滅ぶだけだった」

 晶の漆黒の瞳はミカを真直ぐ見つめている。

「だけど、ミカの宇宙は絶望に満ちていた。プランBにはミカの、生きるという意思が最低限必要だった。あなたの宇宙は、ディモンの侵略を受ける前からその影響を受け、崩壊し始めた。ミカ自身が絶望しきっていたのだから。ザ・クリエイターのあなたが滅びを選択した時、あたしはミカのところへ直接自分がコンタクトを取ると言った――」


 だがその時、不空怜は宝生晶を止めたのだった。

「どうやって、事情を説明するつもりよ。あの子は心のゆとりがない。私たちの言葉を受け入れない。宇宙を取り巻く状況や私たちのこと、あの子に到底分かりっこないわ。しかも、残された時間だって、後たった一時間しか」

 その説明は、ミカが希望を選択し、クロスオーバーが成功した時に、稼がれた時間によってヱルセレンから二人にじっくり事情が伝えられる予定になっていた。非日常な空間である地下基地の、あの奇怪な姿で、ミカの日常には存在しえないコンピュータが語れば、まだ説得力もあった。

「私はやってみる。何もしないでここに座ってるよりまし。私は最後まであきらめない」

「それだけじゃないじゃん、あの宇宙の中で、絶望の道を選んだミカに接すると、あなた自身が危険なのよ?!」

「そんなこと分かってる。いいから黙ってて」

 そうして、宝生晶はミカの前に現れたのだ。東京時空研究所所長としてはあまりに熱血であり、冷静とは言えなかった。その時点でミカが理解できるかどうかは晶にも分からない、だが、やるしかなかった。


「でもあなたはその後、希望を取り戻してくれた」

「----------だけどもう、遅いのよ。あんたの選択は間違っていた。あたしたちは、失敗しちゃった。私達にいきなりそんな事しろって言ったって、土台無理な話だった。こんなボロボロな計画で本気で世界を救うつもりだったっていうの? とても本気だとは思えないんだけど。世界は滅んだ。私なんかに、無茶な期待をするからいけないのよ。亮のお母さんの代わりなんて、そんなのできっこないのよ! その上、またヱンゲージしろだなんて」

 ミカは逃げ出したかった。けど、外は砂漠だ。逃げる場所なんかない。

「まだチャンスがあるからあなたに頼んでいるわ。その為に私はあなたをここに連れてきた。それでも無理なら仕方ないわね。でも、この計画を実行に移さないで、やるだけの力があると知りながら、それをやってみないで、諦めることはできない。私たちはこれからそれに全力を掛ける。どんなに僅かなチャンスでも。あなたの可能性を、信じるわ。わたし達はまだ諦めていないから、あなたも諦めないで」

 晶は説得を続ける。

「あんた達って、本当に勝手ね! どうしてあたしに何の関わりもないあなた達に、ここまで言われなきゃいけないの!」

 ミカは怒鳴った。

「自分でできる事ならやってる。言い訳になるかもしれないけど、私たちにできる事は最大限、やってきた。わたしはあなたを苦しみに巻き込んだ張本人として、罪の意識はあると言った。できることなら、こんな事、あなたに荷を負わせたくなかった。でも、あたし達にはできないの。あなたと亮以外、誰一人だってできない。もう人類の最後の切り札は、あなた達だけだって、分かっているから。だからもう一度だけ、力を貸して欲しい」

 晶の声はあくまで冷静だった。


「ヤな奴……なんでこんなムカつくキャラ思いついちゃったのかな、あたし」

 屋上に座っているミカは、つくづく晶というオンナが嫌いだ。


「あたしがどんな人間か、知ってるんでしょう? どーせここで何もかも見てたんでしょう。あなた達。そんな事最初から分かってて、こんな人間に、期待するからいけないのよ!」

 ミカは自分の全てをさらけ出して、開き直る。

「いいえ、あなたは自分の力をもっと知らなくてはいけない。私は言ったはずよ。あなたには無限のポテンシャルが秘められているって。あなたはそれに目覚め始めた。今は、あの時よりももっともっと力強い来栖ミカになっている。それは、嘘でもなんでもない」

 ミカは唇を噛んで黙った。

「あなたは友達とケンカしてたわね。でも、その事が心残りだった。今、彼女に会って、言いたい事があるはずよ」

 晶は追い討ちを掛ける。ここで容赦してはいけない。

「何よあんた達! あたしがどんなに辛い思いをしてたか分からないでしょ。辛かったんだから。誰にも見て欲しくなんかなかった。あたしがどんだけ夏来とケンカしちゃった事、失敗したと思ってるか。それを皆でここで覗き見して観察して笑って見てたんでしょ! 最低!」

 ミカの怒りの眼差しから悔し涙が溢れてくる。

「だったら、生き延びて、もう一度やりなおして、彼女に謝ればいいじゃない? ミカ。こんなところで終わってしまって、悔しくないの? 私は地球がここで終わったら悔しいわ。あなたの中に眠っている素晴らしい力を覚醒させて、地球を存続させるのよ。あなたのプライバシーを覗き見した事は悪かったわ。謝る。でも世界が滅びようとしている時だもの、仕方ないでしょ。私たちに唯一残された選択肢なのだから。私たちは、あなたがその人(The ONE)だと知って、私たちの全ての力を注ぎ込んだ。希望をつなげる事に全力を傾けた。誰一人として、あなたが苦しんでいるのを、ここで笑って見ていた訳じゃない。世界が生まれ変われば、あなたは友達と、もう一度出会って仲直りする事ができるはず。それを信じて、私と共にこの計画を実行して欲しい」

 晶は慎重に言葉を選んだ。

「あんた達にあたしと夏来の事、何が分かるっていうのよ--------」

 ミカは両目に涙を溢れさせながら、晶と怜から後ずさった。

「あたしはあんた達が見た通り! これがあたし。ありのままよ。あたしはそんな世界を救うとかいうような、そんな立派な人間じゃない」

 ミカはますます自暴自棄になっていった。

「そうじゃない。あなたを救うことが、世界を救うことなのよ。あなたはあなたを救えばいい。世界をやり直して、友達と会いなさい……そうすればきっとあなたは-------」

「うるさい! たとえ再会できたって、夏来はあたしの事なんか、もう友達だなんて思っちゃくれない! あたしの事、許してくれない!」

 ミカはキンキン叫んだ。

「諦めてはいけないわ! 誰だって悲しい事はあるでしょう。けれど、人間はね。絶対に希望を捨てちゃいけない。悲しい事ばかりの数を数えて、いつまでも見つめていてはいけないの。幸せな未来を、自分の力で勝ち取るまでは。私も諦めない。世界を救うまでは、絶対に諦めるつもりなんかないわ。世界を必ず再生させてみせる。この時空研の三千余人のメンバー達も人類の存続を諦めない」

 ミカは下を向いたまま、押し黙った。

「実際にヱルゴールドが計測したあなた達のエネルギーは私たちの予想を、遥かに超えていた。あの時、あなたが止めないでバージン・ヱンゲージを続けていれば、作戦は成功していたのよ。怜と私はそれを見て確信した。たとえこの先どんな事があったって、この作戦は成功する、地球を救えるとね」

 晶の言葉に怜が頷く。

「もう止めてよ」

 巨大スクリーンに映し出された地球のグリッドの立体グラフは、タイムリミットが迫っている事を示していた。

「わたしは、あなたに傲慢な女だと思われてもしかたないけど。あなたに、無茶な要求ばかりを言わなければならない事を、許して欲しいなんて、虫のいい事は言わない。嫌っても憎んでもかまわない。でも、あなたを絶対的に信じている事、それは何度も言うけど」

「……」

「生き延びて、友達に謝って仲直りしなさい、ミカ」

 晶はミカのうなだれた頭をじっと見る。

「……夏来に、謝りたい」

「そうよね」

「わたしが悪かったって。言いたい。わたしを、助けに来てくれたのは夏来だけだった。夏来に、わたしは生きている、ここに生きているよって、言いたい……」

 ミカは小さな声で呟く。

「力を貸して。ミカ。それで駄目なら、わたしも今度こそ諦める。それ以上、あなたに何一つ要求しない」

 ミカは涙に濡れた瞳をカッと開き、唇を噛んで晶を見上げた。強い意思だ、晶が圧倒される程に。

「やってもいいわ……。でももう、これが失敗したら、それ以上は知らない、から」

「ありがとう」

 ミカは急いで涙を拭く。

 晶は、すぐに説明を続ける。宝生晶の強靱な意思には、誰も勝てそうにない。おそらく、地球上の誰も。

「今、向こうの世界と接続するのに、とても困難な状況が横たわってる。ミカ達が、いったんエンゲージプログラムが走っている瞬間に決めたことは、そう簡単に変更できない。二つの世界の絆は、修復が困難な程こじれてしまった。二つの宇宙は、いわゆる光速で遠ざかっている最中。あなたが亮の世界を『現実』だと信じられなくなってしまった瞬間から。時間が経てば経つほど、ますます離れていく。計画は困難に、不可能になっていく。あなたが信じなければ、信じないという現実が出現した。そうして二つの世界は、絆を見失った」

「じゃあ、急がないと」

「このままでは、亮は異東京に取り残されて、亮の時空の地球は滅びる。ダークフィールドが蔓延した星は、人類の敵と呼ばれる種族と波長が同通し、発見され、平行侵略を受ける。そして彼らは星からダークフィールドを吸収して自身の生命力を存続させ、また次の平行宇宙への侵略を試みる。今まで、この時代の九十九パーセントもの宇宙が、彼らの平行侵略を受け、滅んだ。元々はどの宇宙でも、ダークフィールドがライトフィールドに勝った事が第一原因だったのだけれど。そんな事が起こらなければ、彼らが入り込む隙もなかった」

 ヱルゴールドに二つの平行宇宙を示す赤と青のグラフ表示が表される。

「ヤツら、一体何者なの?」

「とある平行宇宙に住んでいた、ディモンと呼ばれる種族よ。あなたも亮から聞いたでしょ」

 モニターを見上げていた晶は、ミカの方に振り向く。

「------うん」

「人類の敵の名よ。ダークフィールドを拡大させ、周囲の時空を侵食する性質から、私たちは『帝国』とも呼んでいる。通常は、ヴァン・アレン帯が月からの平行侵略から地球を守っている。それは、異界の邪悪な生命体の侵略を阻止する為に、地球の表面上に張られている地球ディフェンスシステム。地球の意識体自体が作り出している時空の膜よ。けれども、地球内部でダークフィールドが発生し、彼らを呼び込む者が居ると、平行宇宙の通路になる特異点が開き、ディモンの侵略を受ける。彼らは平行世界の月の裏側に住んでいる。月の裏側に国を持っていて、ディモンは地球を乗っ取ると、人類の飼い主となり、人間の恐怖や憎しみの想念を食べる。そして生きている。そうしてダークフィールドが増大し、星が滅びるまで止めない。平行世界の月から人間の世界に時々やってきて、苦しみを与え、その苦しみの想念をエネルギーとしてきた。ディモンの幹部たちであるディモン・スターは飽くなき欲望の探究者よ。彼らは今の時代に、もっと強力なマイナスエネルギーを求めて、ディモン兵器群を大量に地球に送り込み、人類を襲撃し、世界を大混乱させ、人類に対して阿鼻叫喚の苦しみを大量に差し出すように地球に要求した。そして一つの宇宙を滅ぼすと、次の平行宇宙に侵略する。こうして数多くの時空で地球は滅び、今の時代に、九十九パーセントの平行宇宙が滅んでしまったというワケ。でも、私たちが『帝国』について知っている事は、実はたったこれだけ。『帝国』とディモンに関する詳細な情報は、委員会から制限が着けられ、ほとんどが不明になっている」

 妙な話だが、宝生晶にもよく分からないらしい。

「ディモンって、要するに悪魔の事なの? 亮も言ってたけど、本当にそんなものが実際に居るの?」

 昔から神話では、天使と悪魔が存在していて、霊界や地上で戦っているという。そんな内容の神話は、世界中に存在する。しかしそんな事、実際にあるのだろうか。ミカの目の前に現れた藍色の刺だらけの甲冑を着た巨人が現れた途端、世界はまたたく間に崩壊を始めた。恐るべき姿をしたあの巨人は、きっと世界がクロスユニバースした結果、異東京からミカの東京に入り込んで来たのだろう。

「そう、居るのよ。神話に織り込まれた物語は、ディモンと人類の戦いの、古い記憶を記している。もっとも、原型のままじゃないけれど。ディモンと人類は、太古の昔より永年に渡って戦って来たと言われている。ディモンは、異東京の地球を破壊し、その結果、今異東京にはダークフィールドが溢れ返っている。それはいずれ、星の死をもたらす。ディモンたちは、星が滅びると、彼ら自身もやがてエネルギーを失って死んでしまう。だから、次の平行宇宙を探して侵略する。彼ら自身だってね……、永久に満たされる事はないでしょう。無知で、短絡的で、愚かで、哀れな存在。ディモンたちは、目先の獲物を求めてダークフィールドを発生させ、奪いたいだけ。それしか頭にない。生命が、星と共に生きているっていう事がどんな事なのか、知らない生き物なのよ。そういう生き物が、まだこの星には存在する」

 ミカは、『帝国』の領土と化した異東京に、亮がただ独りで自分を待っているのだと思うと、居ても立ってもいられない。何としても亮のところへ行き、助けなければならないと思った。

「問題を根本から解決するために、まだ『帝国』に察知されていなかった頃の異東京に、地球計画のトップ組織によって、『セレン研究所』が設置された。セレン計画は、地球と人類を一気に進化させる計画だった。原田カグヤはヱルセレンにアクセスし、力を増幅する事で、自分の中から月の女王を召還する事ができた。月の女王は、人類を進化させる存在。非常に状況がややこしいのだけれど、月はディモンが侵入経路でありながら、同時に月に存在している月の女王と呼ばれるアストラルエネルギー体は、地球生命の進化の源になっている。月の女王は進化のエネルギー。原田カグヤの中に、その月の女王が受肉するはずだった。受肉した月の女王は、地球と生命全体のアストラル体に影響を及ぼして、全生命を一挙に進化させるライトフィールドの衝撃波で世界を包み込む。人類は、自ら呼び込んだ破滅の時間が迫っていたので、次元進化の波に乗る必要があった。進化は、なだらかに成長していくのではなくて、ある時点に、爆発的なポイントがあって、飛躍的に脱皮する。ヱルセレンでの増幅が行われ、月の女王の力に人類の未来が託された。人類が進化する事で、結果的に地球の滅亡を回避する事ができるはずだった」

「月の女王には、人類を一挙に進化させるだけの爆発的な創造エネルギーがあったの?」

 ミカの言葉に晶は頷いた。

「しかし、原田カグヤは行方不明となり、その結果、セレン計画は失敗し、逆に月からディモンが侵略して来た。私たちには、それが何故なのか分かっていない」

 宝生晶達は東京時空研究所で、セレン計画をずっと見守っていたのだ。

「でも、亮とあなたが居る限り、こんな、闇のような状況でも光はあるわ。どんな時にも光はある」

 晶は微笑んだ。

「あたし達は、ピンチヒッターという訳ね」

「そうよ。だからこそ私たちは、計画を続行する事ができる。ミカは平和な東京に、亮は異東京に居て、それぞれの世界に、同じ生活をしているあなた達は存在しなかった。亮の世界であなたはアイドル歌手だった。けど、戦争で死んでしまった。セレン計画が失敗し、地球は破壊されてしまったけれど、こんな事がなければ、あなたは亮と出会わなかった。辛い事も沢山あったけど、いい事だってあるという証拠よ。これからまた亮と会えるわよ。ね、亮に逢いたいでしょ?」

 晶はさらににっこりとした。

「会いたい。……わたし、今すぐ亮に逢いたい!」

 ミカは身を乗り出した。亮が自分にもっともしっくりくる存在であるという事をカンで分かっていた。亮を失いたくはない。

「その気持ちがヱンゲージを成功させる。カレはまだ異東京に居る。これから、異東京と再び接続する。バージン・ヱンゲージを実行に移すわ。方法はヱルセレンがあなた達に伝えた通り。ただし今度も、キスはしてもらうわよ。ユニゾンエネルギーを固定するために。あたしたちが見ていることはこの際忘れて。二人のキスによって、融合エネルギーが発生し、二つの宇宙を一つにする。私たちは世界を接続するだけ。その後は、あなた達二人に世界の運命、ゆだねるからね」

 世界が滅びなかったら、異東京とクロスユニバースしなかったら、亮とは永遠に会う事ができなかった。悪い事ばかりじゃない。そうだ、亮に、もう一度会いたい。ミカは亮とキスした事を思い出した。それは想像以上の体験だった。だが、今度はそれをちゃんとやり直さなければいけない。

 不空怜はミカを楕円形のコクピットのような長椅子に座らせた。ヱルゴールドとアクセスする為のアストラル・アクセスデバイスだと説明した。ミカは眼を瞑らされた。後頭部から温かいエネルギーが流れ込んで来た。

 晶は腕を組んで靴のヒールをカンカン鳴らしながらモニターを睨んでいる。

「ねぇもっとリラックスしたら。こっちまで落ち着かない」

 横で作業する怜がたしなむ。

「あんたが悠長なんでしょ。……ふぅ~、あたしだって決着着けて早くステーキ食べたい」

「気にしないで食べてくればいいじゃん」

「すべて、終わってからよ。この戦いが終わるまでは……。贅沢は敵よ」

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