第5話 美女と軍用ジープ

 ミカは一階フロアで屋上のミカと同じ体育座りをし、破滅した世界をボンヤリ眺めている。目の前の空を黒い巨大な長細い物体が無数に飛んでいて、地上に青白い光線を発していた。その一つ一つを凝視すると、ゾッとした。金属性の光沢を持つ黒い甲殻類の様な禍々しい姿。メカニカルと生物の融合。憎悪という想念を形にすればこうなるという見本だった。見なきゃよかった。あいつが人類の敵なのだ。あいつらが来れば、ここも破壊されるだろう。

 床が激しく揺れた。地震が起こった。そもそも、この建物以外は世界がひっくり返っているのだから、地震どころではないが、ここももう長くはないらしい。いつマグマの中に沈みはじめるか分からない。地震は続き、かなり大きかった。

「キャアァ! 死にたくなーい!」

 一階のミカは柱にしがみつき叫んだ。

 原田亮がミカを追いかけて、地上階まで来た。決戦兵器が送って来た情報を実行した今、自分には本当にそんな力があったのだろうかと疑念が頭を駆け巡っている。確かに母親には力があったのだろう。だけど、亮にはこれまで、何の力もなかった。だから、さっきの現象は信じ難い感覚だった。つまり、自分にも某か力が存在するらしいという確信。

 しかし亮も、窓の外を見て、世界が元に戻ってないことを確認し茫然とした。亮は後悔していた。自分の方からもっとエスコートできていれば。来栖ミカに先に告白させてしまうなんて。だから失敗したんだ。亮は、ミカの事が心配だった。

 亮はミカの元に駆けた。揺れが激しい。いよいよその時だ。亮は、へたりこんでいるミカを抱きしめる。二人は、お互いにしがみつき合い、支えあう。

 外には、さっきよりいっそう恐ろしい光景が広がっていた。マグマの海が裂け、クレバスの中へと目の前の一本の摩天楼が呑み込まれていく。やがて地震の揺れは止まった。それでも、まだ摩天楼群は残っている。空に浮かぶ艦影はますまず増えていく。

「大丈夫か!?」

 ミカは亮の腕の中で不安げに顔を上げる。

「これって、絶対失敗だよね? 亮、何で失敗したんだろう。やっぱりあたしたちじゃ、ダメなのかな。亮は、お母さんが居ると思ってここへ来ただけだった。亮自身が世界を救うつもりじゃなかったんだよね。あたしは身勝手に考えて生きていただけ。それなのに、いつの間にかあたしたち、世界を救わなくちゃいけないなんて話になっててさ。さっきまであたし、自分の事しか考えてなくて、自分の事だけで精一杯だった。あたしね、今日学校から逃げ出して来たんだ。わたし、友達の事も、何にも考えてない利己的な人間だったのに。それなのに、こんなわたしに、世界を救えなんて要求するなんて、絶対信じられない。ほんと、笑える」

 ミカは亮に抱かれるまま身動き一つしなかった。こういう特別な状況だからこそ、口実が出来て、自然にそうなれる。ある意味幸せだが、状況は好転しない。この先、どうなるか分からない。

「俺だって夢中でここまで来たけど、自分が世界を救えたはずだなんていうつもりじゃなかった。でも何か、ここへ来ればヒントが得られるかもしれないと思っていた。しかし俺と君に、世界を元に戻せる力があったのかどうか、俺にも分からない。決戦兵器が言った事が正しいのかどうかなんて、俺には」

 亮はずっとミカを抱いている。

「亮にはお母さんと同じ力があるかもしれないけどさ、あたしにはそんなのないんだから。突き離してごめん、さっき」

「君が心配しなくていい。駄目なものは駄目だったんだ。むしろ俺の方がもっとちゃんとしなければならなかったのかも知れないな。すまん、俺はもしかすると知らないうちに君を巻き込んでしまったのかもしれない。つまり俺が君を呼んでしまったのかも」

「でも、あたしが最初に亮にメールを送ったんだし。亮が謝る事ないよ」

「結局、世界は滅びる運命だったって事かな。まったく残念だけど、俺達のせいで世界が滅んだんじゃない。-------もういい。こうして君と一緒にいられるだけで、十分だ」

「え? でも」

 ミカが亮の顔を見ると、亮は腕を少し緩める。

「君のせいでもなければ、俺もせいでもない。この世界がこうなった事も。世界はもう滅んだんだ」

「……そっか」

 亮がずいぶんさっぱり諦めた事を言うのでミカはほっとしつつも、拍子抜けする。

「そうだよ」

 ミカはこれからどうなるのか検討も着かなかった。

 亮の言う通り世界が滅びるという事が、ミカのせいな筈がない。あの女はそう言っていたが。だけどそんな事、最初からあるはずがなかったのだ。あるいは誰のせいでもないだろう。もう決戦兵器が、そしてあの女がここに現れて何かを言っても放っておけばいい。

 世界はマグマの海と化している。原始の地球もこの様であっただろう。藍色の星空の下に赤々とした大地が延々と続いている。窓ガラスに遮られているだけなのに、不思議と建物の中の室温に変化はない。

「終わっちゃうんだね、この世界」

「うん。呆気無いものだな」

 いつまで話していられるか分からなかった。ミカはちょっと気まずくなって、亮から離れようとした。亮は力を抜いて、ミカは離れた。

「亮、そういえば、あたしがアイドルでコンサートで唱ってたって、言ったでしょ? ドキッとした。まるで言い当てられたようだったから。あたしさ、高校で声楽科なんだけど、アイドルに憧れてたんだ。一度、そんな風に自由に好きな歌を沢山の人の前で唱いたかったなぁ」

「君の声は、綺麗で、透明で、いつまでも心に響いた。俺は戦争の事もディモン軍の事もすっかり忘れて聴き惚れた」

「その話を聞いた時、それが本当にあたしだったらいいなって思ったよ」

「本当に君だったよ。君を見て改めて確信した」

「こんなことにならなかったら、目指していたはずだった」

 今だったら、黒木先生のためではなく、自分自身のために歌手を目指すだろう。そして原田亮の為に。

「君なら絶対なれるよ。だって俺は確かに見たんだからな」

「そうかな?」

「ああもちろん」

 ミカは微笑んだ。亮もミカを見て微笑んだ。

「きっと叶ったはずだ。信じることができれば」


 眩しいスポットライトが目の前のガラス窓に映し出された。

 ミカと亮は、自分達が東京ドームのアリーナ席に居て、観衆と一緒に立っているのを目撃した。映像を眺めるように二人はそれを見ていた。

「これは何? 何見ているの? あたし」

「これは確かに現実だ……。あの人は!」

 亮はステージを指差した。

 目の前に、煌めくルビー色の衣装を来た歌手が唱っている。凄いオーラを放った、スーパーアイドル・来栖ミカ。ピンク色のミニスカートのステージ衣装は、光沢のある生地で作られ、同じくピンクのブーツを履き、黒いリストバンドは肘の手前までの長さがあった。首に黒いリングを着けている。ロングツインテールの髪型は変わらなかったが、ステージの上の来栖ミカは金髪碧眼だった。それはカラーコンタクトやカツラではないのに、彼女は外国人でもない。それが、全く違和感なく、あたかもミカの本来の、本質の姿のように感じられた。そして都庁の二人は、観客の中に居る二人と同化した。

 あたしの歌、スゴくなーい? めっちゃくちゃハートに響いてくる。こんなの聴いたことない。それにあたしって、やっぱ超かわいいじゃん。

「ほら! 俺の言った通りだ、あの時以上にリアルだ! 俺が見たのはこれだよ。来栖ミカは、彼女は、いや君は、ドームで唱っている! 君はアイドル歌手なんだよ!」

 亮は興奮してまくしたてた。

 ミカは唖然として、ステージ上で煌めく自分自身を眺めていた。

 ミカの目線は一ケ所に釘付けになっていた。アイドル歌手・来栖ミカが握っているルビー色のマイクスタンド。一本のルビーの鉱石で出来ているような透明感のある、鮮やかな濃い赤色のピジョンブラッド。ミカは昔から赤やピンクが好きだった。部屋もピンクに統一していた。それにしてもこんなに鮮やかに美しいものが存在するのか。一度でいいから、あのルビーのマイクスタンドを手にしてみたい。そして、自分の本当の姿は、こんなにもの凄く眩しいオーラで、とっても綺麗だったんだ、とミカは感激した。

「そうだ、俺はこれを見た。平行宇宙の別の世界を! あの時俺は、こうして君を見ていた……。そうに違いない。なぜ見えているのか分からないけど、もしかして告白で世界が変わったのか? あの時もこんな感じだった。確かにこれは現実だ。夢幻なんかじゃない。これが現実なんだ。君がアイドルになっている世界! 凄いじゃないか、現実だって分かったじゃないか! なぁ……来栖?」

 亮が興奮して隣を見ると、もうミカはそこには居ない。


 ミカは今、そのステージに立つ存在が、この宇宙で唯一の来栖ミカになっている。東京ドームの五万人の観衆が総立ちで彼女の歌を聴いている。ミカの歌声が振動波となって波紋のようにドンドン送り出されていく。ドームを自分のバイブレーションで包み込み、ボルテージを上げていく。全員と意識を合わせ一体になる。すべてが振動し波長を出している。そしてその波長が重なり合い、上昇していくのだ。

 ミカは、今、握っているこのルビー色のスタンドマイクが自分のものである事がとても誇らしく、嬉しくて仕方ない。夢じゃない事の確認のため、何度も何度も両手で握りしめ、その硬質な感触を確かめる。ミカは自分の歌声が世界中に衛星中継され、感動を与えている事をその全身で、浴びるように感じた。最前列には、亮が居て自分の事を見てくれていた。

 まさに夢そのものの状況の中にミカは置かれていた。美しく輝く自分の姿を、亮に見せる事ができる。それは、たとえようもない喜びだった。

 たった、数時間前、新宿のビルの屋上から街を眺めていた自分は、どんなにつまらなく、愚かな存在だっただろう。それはすでに遠い過去の出来事だった。情けなく、弱く、小さな自分は宇宙の彼方へと消え去った。今の来栖ミカは自信に満ちた素晴らしい自分がはるかに圧倒的な領域を占めている。今まで自分がもがき苦しんできた事が嘘のように、まるでそっちの方が夢のようなのだ。

 ミカはハートを開いて、自分の意識を歌声に乗せて拡大し続けてゆく。ミカのハートと観客のハートがつながった。波動を広げる。皆のハートの波動がパワフルに上昇する。ミカは自分の心に乗せて、上位次元からコンサートホールにエナジー、ライトフィールドを流し込んでみんなとワンネスになる。それは誰に与えられたものでもなく、黒木に教わったわけでもない。自分自身が生まれつき持っていた力、個性であり、創造力!! 歌を通して世界を変える。世界を変えることができる歌唱力!

 ミカはあまりに嬉しくてステージで唱いながら泣きながら唱っていた。

 ミカはもう何度も何度も、自分の服装を眺め、ゆらゆらと胸元に揺れる黄金の髪の毛を触ってみた。両手で掴んでいる、このルビー色に輝いたマイクスタンド。確かにそれはある。実際そう感じられる。だけど、こんなもの現実に存在するとは未だに、信じられない。信じられない程美しい。硬質の質感。確かにあると感じられる。けど……。ミカは一層必死なって亮を見つめた。本当に、夢じゃないよね……。ミカは唱いながら不安げに亮を見る。そして愛しい亮の存在が、遠くに見えてきた。

 さっきまで世界は滅びようとして、その中でミカは右往左往するだけだった。なのにどうしてこんな場所で唱っているんだろう。急激に悲しみが押し寄せてくる。この、全ての栄光を体現した自分自身が、非現実的で、夢幻のように感じられた。こんなの、現実なんかじゃない。この世界も、現実な訳ない。やっぱり夢だ。現実じゃない。それはそうだよ。夢に決まってるじゃん。

 ミカの涙は悲しみの涙に変わっていった。そうだ。これは決戦兵器が見せた幻だったのだ。ミカは唱う事を止め、静かにマイクスタンドから手を離した。

 亮との間にバチンと静電気のような光が走った。二人の間に、見えない障壁が生じた。もうミカが近づいても、薄いベールの為に亮に触れる事はできなかった。ミカの手はそっとスクリーンに触れていた。感動と、その後に押し寄せた悲しみの衝動を引きずったままスクリーンを見ていた。



 ミカは映画館の中にたった独りで立っていた。今迄本当に唱っていたように、汗をかいていた。しかし学校の制服に戻っている。ミカはがっかりして立ちすくんでいたが、最前列の自分の席に座った。映画館の客は、来栖ミカだけだった。ミカは悲しげにスクリーンの中の亮と、彼が登場する、世界が崩壊してしまう超大作映画を見つめていた。地球の最期を描いたSF映画だった。映画は眼鏡をかけてなくても3Dのバーチャルリアリティ感覚で迫力があった。登場人物はいきいきとしていて、まるで実在する人間のように、心に訴えかけてくる。

 この映画、お金掛かってるな。と思いながら、悲しい気分がミカの中をゆったりと流れている。大災害映画の中の主人公・原田亮の運命は悲惨で、自分だったらこんな世界、とても生きていけないと思う。彼の事を想うと訳も分からず悲しくなる。観客だからフィクションの世界の登場人物を助けてあげる事はできない。当たり前の話。せめて、彼には頑張って生きて欲しいと願った。

 その登場人物の主人公の原田亮がカメラを、つまりこっちを見たままだった。亮と、客席のミカは見つめあったまま、動かない。ミカは、映画が始まる前に売店で買ったポップコーンに全く手を着けていなかった。コーラも飲まないで、中の氷が溶けている。

 乱暴に、後ろのドアが開く、バーンという音がした。ドアから、あの背の高い女が現れた。ヒールのせいで、亮と同じくらい背があるように感じられる。女は、ミカのところへ大股でドカドカと歩いてきて叫んだ。

「いけない、ミカ、これは映画じゃないの、ちゃんと、現実として認識するのよ!」

 ミカはぼうっとした顔で、振り返り、女の顔を見た。

「こんな事が現実な訳ないじゃない」

 ミカはぼんやりしたまま、ムッと怒って言い返した。

「いいえ現実よ。現実だったの。さっきまではね-------」

「うさん臭い話はもうやめてよ。あんたの存在もうさん臭いわ!」

「すべての現実はあなたの信じる心が生み出していると、言ったはず。平行宇宙は、別の存在じゃない。同じ自分の別の可能性、別の側面よ。すべてが、自分と無関係じゃなく、連続して、繋がっている。世界の終焉を目撃した来栖ミカも、ドームで唱っていたトップスター来栖ミカも、それに今ここで映画館に座っている来栖ミカも、全て現実に存在しているあなた。その中を想念エネルギーの力で移動しているのが私たち。心によってね。だから心が大切なの。それが私たちの存在の秘密。無数の平行宇宙の中で、もっとも自分が自分らしく、一番輝ける選択をする事よ。それが私たちが生きている目的よ。あなたがあの世界を信じるという事を拒否したから、拒否という信念が勝って、自分で映画の中の出来事にしてしまった。だから、せっかく苦労して繋げた二つの世界の絆が裂けかかっている」

 スクリーンの亮は薄くなり、映像が遠のくようにして消えていった。

 ミカは首を振り、両目を開いて言い返した。

「信じられるワケないでしょ! こんな事、こんなあり得ない災害、あんなに幸せな事、現実にあるはずがない。信じろっていう方がどだい無理な話なのよ! あんただって、どーせ現実に存在しないんでしょ。消えてよ! 幻のくせに、幻覚のくせして、いつでもどこでもあたしの前にいきなり現れて、あたしに何か注文したり、説教したりしないで!!」

 背が高くて、りりしいこの大人の女がウザい。

「今の私はあなたの目の前に現に存在する。こんばんはミカ。やっと会えたわね。わたしは今、あなたと同じ時空に肉体を持って存在しているわ。今からあなたには、わたし達の基地へ来てもらうわよ。さぁ、行きましょう」

「嫌よ! あたしに触んないで!」

「あなたはこんなところで、ずっと座っているつもり? ここに居ても何も変わらない。ここはあなたが勝手に作り出した逃避の場所。こんな、自分かわいさだけの現実の中に閉じこもってちゃいけない。私と一緒に来なさい」

「嫌だって言ってるでしょ! 幻のくせに干渉しないで!」

「いつまでも現実逃避していたら、ここからずっと抜け出せなくなってしまうわ。さぁ!」

 女はミカの腕を掴むと立ち上がらせた。ミカが激しく抵抗したせいで、ポップコーンが床に燦爛した。その後にコーラが落ちて床を濡らす。

「やめてよ! 触んないでよ!! 幻女!」

「私は今、ホログラフィじゃない。私は、世界の中心であるあなたのエネルギーの影響をもろに受けるというリスクを承知でこの身であなたの前に現れた。地球を救う為には仕方がないからよ。ここから、基地に入るまでの間、あなたから影響を受ける危険を侵して私は直接、あなたと会っている。それは、ここで諦める訳にはいかないから。私は、何としても地球を救わなくてはいけない」

 ミカは必死になって抵抗したが、女の力は強かった。それは確かに実在感のある人間だった。少なくともこれ以上ない説得力で、そう感じる。女の力強さの前に、ミカは非力だった。ミカは抵抗虚しくズルズルと女に連れていかれた。女はロビーを通り、映画館のドアを開けた。

 ドアの外に出るといきなり砂漠だった。砂漠の中に映画館がポツンと立っていたのだ。辺りには、崩れかけた、砂とほとんど同化したビルが幾つかあった。映画館だけが綺麗で、奇妙だった。外は、満天の星空の砂漠に、巨大な白い満月が浮かんでいる。外はビュービューと風が吹きすさび、とてつもなく寒い。映画館の前には、軍用ジープがエンジンの掛かったまま、停まっている。背の高い女は後部座席にミカを乗せると、運転席に座り、車を出した。

「本当に人間なの。あなたは誰なの」

「わたしは国防省東京時空研究所所長、宝生(ホウショウ)晶(アキラ)少佐。私が、地球再生作戦の総指揮を執っている。これからよろしく頼むわよ」

 ミカは怒りの表情で、運転する晶を睨んでいる。

「あなたの戸惑いはよく分かっている。急にあれこれ言われて、何が何だか分からなかったでしょうね。わたしの事、さぞ憎んでいるでしょう。心から悪いと思っているわ。でも、今は許して。人類と地球には時間がないのでね」

 砂漠は、よく見ると砕け散り、風化した建物がところどころ顔を出している。特に目立つのは横倒しになったニ対の高層ビルだった。これは都庁だったらしい。だがまるで、古代遺跡のようだ。しかし確かに二十一世紀初頭の建物の形だった。ジープはその岩山か、元建物か区別も着かなくなった廃墟の間を抜けて走っていく。

「ここは一体どこよ?」

「東京よ。ミカが居た東京」

「東京ですって。---------まるで何千年も経ったみたいじゃん」

「そうよ。ミカの時代から三千年が経過した時代」

 晶は振り返らずに運転する。

「星の死よ。ここは、あなたが滅亡した事を選んだ世界。今はまだ酸素があるけど、やがて数百年のうちに消えてしまう。私たちは今、地球が死んだ時空に存在している。ダークフィールドが余りにも大きすぎるとこうなるって事を、あなたに知っておいてもらいたくて。天変地異で地球の体内のダークフィールドを追い出しても間に合わず、星は死んでしまう。地球は滅び、全ての生命は死に絶えた。星は死に、地球の意識体は惑星という肉体を離れた。星の死は、火星のように、死の世界が広がっていく」

 晶の軍用ジープは猛スピードで砂漠を突っ走る。女とは思えない乱暴で大胆な運転だった。

「星が生きているなんて……本当なの?」

「全ての生命は、星から生命エネルギーを与えられて、生きているわ。火星の場合はまだ生きているけど。星が生きていないと、生物は誕生しないし、進化もしないの。だから星が死んでしまうと、生物は生きていく事ができない。植物も動物も生きる事ができなくなってしまう。地球はゆるやかに最期の時を迎える。それを今、私たちは見ている」

 晶のショートヘアが風に靡いている。

「これから、時空研で人類と地球の再生を行うわ。あなたにはまだ、協力してもらうわよ」

 晶の言葉に、ミカは顔を反らし、いつもクセで携帯を取り出す。予想はしていたがネットに繋がらないので、過去に撮った画像を眺めている。笑顔の夏来の写真をじっと見る。

「地球をこんな風にしたい? 嫌でしょう。だったら私たちと一緒に星を救わなくてはいけない。私たちはその為に活動している」

 ミカは接続しない携帯をカチャカチャやっていたが、飽きて電源を切った。ジープは荒野を十分も走ると、街へと入った。新宿は完全に砂に埋もれ砂漠と化しているが、そこを抜けると砂漠からビル群が僅かに顔を出している。しかし、もともと道路だった場所も砂に埋もれてしまっていた。

 砂から頭を出した信号機が光っていた。折れて、ひん曲がっているものでも、完全に破壊されていないものは赤や青に光っているのだった。ジープは信号が赤だろうと止まらずに突き進んでゆく。

「どうして信号だけが?」

「不思議よね。信号機だけが未だに文明の灯を灯している。人類の文明が存在した証として。信号機は、都市のシステムを一括する計画の最初のテストに使われた。東京を一つのコンピュータで管理する仕組みだった。やがてコンピュータは最終的に都市の時空まで統括するようになった。これは、わずかにまだこの時空でそのコンピュータが生きている証拠なのよ。コンピュータは、宇宙エネルギーで動いているわ。だから、簡単には壊れない。あなたも見たでしょう。都庁の地下で巨大なコンピュータを。あれがまだ生命を灯している。だから私たちはここに基地を置いているわ。そのお陰で、私たちには再生への最後のチャンスが残されている」

 ミカは砂漠を見渡した。

「今、東京のどの辺を走っているの」

「今私たちが走っているのは、調布市よ」

「えっここが?」

 東京都の調布市は、ミカの住む神奈川の多摩地区の隣の市。調布や多摩付近なら見なれた街並があるかもしれないと思ったが、徹底的に破壊され、砂に埋もれていて、どこを走っているのかまるで検討がつかない。

 映画館から車で一時間走った辺りで、地平線に、金色の灯が見えてきた。星とは違う人工的な光だった。地上からサーチライトを空に向かって照らしていた。まだ破壊されていない建物が残っていたらしい。近づくと、巨大な基地だった。広大な敷地に白い建物群が見えて来た。横長の建物が並んでいる。その建物の中心に、眩く輝く黄金ドームが聳えていた。国防省・東京時空研究所だった。

「もしかしてこれって、米軍の調布基地?」

「そうよ。でも今は日本政府のもの。国防省の東京時空研究所よ」

 調布市内に、これほど広大な敷地を持つものはミカの記憶では米軍の基地以外にない。ただ、ミカの記憶では、調布基地は十五年以上前から放置され、荒れ放題のはずだった。ミカは小学五年生まで、よく夏来と隣街の調布基地跡に入り込んで遊んだ。新しい建物などは存在しないはずだった。廃墟の基地は、雑草が茫々生えて荒れ果てていた。それは、ミカが高校になってからもたまに自転車で通る事があって、変わりないはずだった。そこを国防省が土地を買取り、新しい建物を建てたのだろうか。少なくともミカの記憶にはない。しかし、ここは三千年経過しているはずである。

「何でここだけ生き残ってるの?」

「時空迷彩といってね、破滅の影響を受けないように時空を切り替えてある。だからここだけが元のまま。あの中にあるスーパーコンピュータのお陰でね。セレン研究所と同じよ。都庁の地下に基地があり、その場所は時空迷彩によって侵略者から姿を隠していた。セレン研究所の建物は、時空迷彩によって、一見新宿にある都庁ビルに過ぎなかった。ここは、私たちの基地を保管するための特殊な場所。ミカの居た時空の破局の影響から、完全に遮断する為にこの時代が設定され、選ばれた。宇宙の場所はミカと同じところにある。でも、時間をずらす事で地球が破滅した時代の影響を避けているの。外の世界と関係する事は、外の世界の時空の破滅の影響を受ける事になる。その結果、自分達も破滅に巻き込まれてしまうから。だから、あの時アストラル通信が精一杯だった。そして、この基地の中だけ他と時空が違っている。だから破滅を免れている。この中へ入ってしまえば、あなたから世界が受ける影響も、制御できる」

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