第4話 ぶぅるぅあ。とまと。あるそー。尾根遺産。
「ぶぅるぅぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
唇が風の抵抗でめくり上がり、奇妙な声が出る。
「ばぁぶぅるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるぅす!」
何度やっても同じだ。唇がぶるぶるしてうまく声が出ない。
なんてふざけている場合ではない。現状をどうにかして打開しなければ。しなければ……また、死ぬ。
地面に向かって頭から超高速で落下しているこの状況。どうすれば打開できる……?
そうだ。能力値MAXの魔力か神力を使って、宙に浮かべば……ってそんな高等テクニック杖もほうきもないのにできるわけないですやん。第一、魔力も神力も扱い方のあの字も知らねえよ。
スカイダイビングのように空気抵抗を大きくする姿勢を取ればどうだろうか。そうすれば徐々に速度が落ちていって、地面にびたーん! と激突して一昔前の漫画的登場ができるかも。びたーん! びたーん! あははははは! びたーん! どぱーん! ぶしゃー! あははははは!
じゃあ平泳ぎをして死ねよ馬鹿。
……やべえ。マジで解決策が思い浮かばねえ。このままじゃ、あの街のどこかに激突して破裂死するぞ。というか勢いすごいから爆散しそうだな。じゃねえだろ考えるんだよ今の状況から生き延びる方法を。
………………。
よし。決めた。俺寝るわ。うん。
だって、果報は寝て待てって言うし、どうにもならない時は明日頑張ろうって言うし、二進も三進も行かないから寝るしかないじゃない。今のこの状況は寝るベストタイミングですよ。
んじゃ目をつむって……。
……。
…………。
………………。
――って寝れるわけねえだろッ!
耳元で、耳元で風を切る音がゴオゴオ鳴ってんだぞ! この状況でどうやって寝ろっつうんだよ! このトンチキがッ!
……あ。やべえよ。街が近づいてきたよ……? 洋風の街が。このままだと目抜き通りのド真ん中に激突して爆散してトマトパーティじみたことになっちゃうよ……? それでもいいの? 神様。
――神! そうだよ! 神様だよ! おいこらクソジジイ! 聞こえてんだろどうにかしろこの状況! このままじゃ俺がトマトパーティの主役になっちまうじゃねえかこのバカ! いや今の訂正言い間違えたわこの老紳士って言おうと思ったんだだからなんとかしてくださいよ神様あああああ!
「あ」
煙突の煙が近づいて。
「ああ」
井戸の水底がキラリと輝いて。
「ああああ!」
目抜き通りの石畳がぶち当たって――
「ぎゃぶらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
俺は叫びとともに激突して爆散した。トマトのように。
……。
…………。
………………。
――DEAD END――
……あれ? でもおかしいな。爆散ししてトマトパーティの幕開けを華々しく飾ったはずなのに、どうして俺は目をつむっているんだ……? どうして意識が続いたままなんだ……?
そう思い目を開けた。
すると――
見たこともない風景が広がっていた。
……洋風の家。いや、洋風|(西洋風)と言うのは間違っている。完全に西洋だ。
軒を連ねるレンガ造りの家々。
そのどれにも必ずと言っていいほど付いている煙突|(屋内に暖炉がある証拠だ)。
板石を敷き詰めた石畳の通りに、家の前やところどころに青々と生い茂っている
ここはおそらく、ヨーロッパかアメリカのどこかだ。
残念ながらそれくらいの当たりしかつけられないが、人に聞いてみればわかるかもしれない。
俺は通行人に目移りするように左見右見して、誰に聞くのがいいかを考えた。
今、目の前を通っている人はアジア系の人だ。顔から判断して中国か韓国、もしくは日本出身だと思うが、どうだろう、この西洋らしき土地において、「アジア人に話を聞く」というのは、あまり賢い選択ではないのではなかろうか。
ということでいま左からやってきたキレイな金髪のおねいさんに声をかけることにする、っと。
口を開きかけて、はたと思った。
……あれ? でも大丈夫か? 英語圏の人に日本語って通じんのかな? そこは何らかのご都合主義が働いて、翻訳のこんにゃくらしき機能が発揮されたりすんのかな? うーむ……。
ええい、ままよ! と考えるのを放棄し、もうなるようになっちゃえ! とメガバズーカラン○ャー発射のトリガーをポチッと引いたわけがなく代わりにメガバズーカラン口ャーのトリガーを心してされどゆっくり優しく丁寧に引いた。トリガーはまるで50kgのハンドグリップのように重く堅かった。
「あの、すいません。ちょっといいですか?」
見立てるならトリガーは喉仏。でも本当のトリガーはやはり想い――心よね……。そうでしょ? 大尉……。
「はい。なんでしょう?」
気立ての良いパツキンおねいさんは、素直に俺の話に耳を傾けて目を合わせてくれる。……ああ、まさか一回死ぬことで金髪美人とお話ができるなんて、思ってみませんでしたよ……。
というか今気づいたが普通に話通じてんじゃねえか。やはりご都合主義のこんにゃくが空気中に散布されてるな。
などと思いつつ俺は後頭に手を当てて、
「つかぬことをお聞きしますが、この街はなんという名前ですか?」
できるだけ丁寧に聞いた。相手の年齢がわからない以上、敬語を使うのは常識――
おねいさんはボブの髪をさらりと揺らし、
「街の名前ですか。それならアルコットソードですよ。街の人は皆、アルソー、アルソーって言いますけどね。ま、私もそのうちの一人なんですけど」
体の後ろ――腰のあたりで手を組んで微笑んでくる。
俺はそのしぐさを見て、少しのあいだ呆けながらも、街の名前が頭に浮かんできてはっとした。
それを見ていたおねいさんは「ん?」と首を傾げ、「どうしたの?」と案じるように聞いてくる。
「いや、街の名前にピンとこなくてさ。……この街って、どこの国に属してんのかな?」
言ってから外国人丸出しの発言だと気づいた。
しかし尾根遺産――じゃねえ、おねいさんの方も何かに気づいた様子で。
ポンッ、と胸の前で両手を合わし、
「君――
と、目を輝かせて言った。
冷静になって考えてみると、いつの間にか敬語を忘れタメ口を利いてしまっている。おねいさんが急にフレンドリーになったので、あまりにもなめらかにボロが出てしまったようだ。まあ、このおねいさんにそういう、人の心を自然と開かせる魅力、あるいは気質のようなものがあるのだと思うが。
それはそれとして、今おねいさんは不思議な事を口にした。「落ちてきた人」と。
今のおねいさんの言い方だと、人が落ちてくることが日常茶飯事、飯時に庭の真ん中へ人が落っこちてきても「ブーッッッ!」と茶を吹いたりもしねえ、ここでは毎日流星群が降るように人が落っこちてくるのよ? 面白いでしょ? と言っているように聞こえる。
つまり、このおねいさんは何らかの事情を把握している。少なくとも人が空から落下してくることに関しては俺より知識がありそうだ。
「あの……すいません、ここでは当たり前のように人が空から落ちてくるんですか?」
なぜ敬語に戻った俺。わけわからんぞ。今更紳士ぶりを発揮しても意味ないだろうに。引きこもりすぎてコミュ障になったのか。
「そう。時々外の人が降ってくるの。すごい勢いで降ってきて、地面すれすれで急ブレーキをかけて降り立つの」
「へ、へえ……そうなんだ。すごいな……」
要するに俺もそのようにして死を免れた――というかそもそも死ぬわけではなく、異世界に降り立つ仮定だったわけだ、あの落下は。ありがたやありがたや
「外の人の現れ方には色々あるんだけど、いきなり扉を開けて現れるとか、井戸の中にいつの間にかいて助けを呼んだりだとか、突然トイレに現れて座ってたりとか、犬がわんわん叫んで穴を掘ってるからそこを深く掘ってみたら埋まってたりとか、お風呂場で物音がして浴槽を覗いてみたらそこにいたりだとか、ホースで水撒きしようとしたら水と一緒に出てきたりだとか、煙突に挟まって動けなくなってたり、暖炉の中に突然落ちてきて灰まみれになった人もいるし、おっきな烏に咥えられてて落ちてきた人もいるし、海の方では波に流されてやってきたり、イルカに乗ってやってきたり、クジラに食べられてて潮を吹いた時に飛び出してきたり、あとはあなたみたいに超上空から落下してきたり、かな。他にもたくさん例はあるんだけど、多すぎるからとりあえず今は代表的なものだけ」
滝のように話し、妙ちきりんな例を次々と挙げていったおねいさん。あまりの勢いに割り込むこともできず、ただただ気圧されてしまった。
「元から住んでる私たちは落ちてきた人たちのことをストレンジャー、落ちてきた人、外の人、って呼んでるの。外の人のことをあまり良く思ってない人はアーリアンって呼ぶけどね。たまによく思ってなくても使う人もいるけど……」
だんだんと窺うような口調になる。俺が機嫌を悪くしないかと心配したのだろう。
……ふむ。この世界には転生した人だけでなく元から住んでいる人もいるわけか。まあ、予想通りだな。
それにしてもアーリアン――エイリアンか。ストレンジャーはまだしもエイリアンはなかなかにシビアだな。確かに外の世界から来た俺達は異星人、宇宙人と言っても過言ではないが、同じ人なのにその呼び方はあまりではないだろうか。
考えていると、おねいさんはまた胸の前で手を合わせて「そうだ!」と言い相好を崩し、
「ストレンジャーならもちろんギルドに用があるよね? 外の人はやってきたらほとんどの人がギルドに行くし。あなたもそのつもりなんでしょ?」
次々に話をまくし立てる。しかし俺にはギルドの何たるかがほとんど把握できていないので話がわからない。そういうことにしておこう。
「ギルド? そこに外の人が集まってんの? ……で、もしかして依頼をこなしたりしてお金を稼いでるとか?」
そう言うとおねいさんは手を合わせながら大きな目を見開いて、
「そうそう! よくわかったね! なかなか勘が鋭いね」
とじいさんにも言われたような文句で褒めてきて、
「じゃあじゃあ! 私が誰なのかもわかるんじゃない? どうどう?」
といきなりクイズを出してきた。一人でうきうきしてなかなか楽しそうである。
そんな楽しげだと俺まで楽しくなってきちゃうな。無邪気な女の子は俺大好きよ?
「そうだな……。うーん……」
俺はひとしきり考えて可能性の糸を
「わかった! 受付嬢だろ? ギルドの」
人差し指を立てて答えると、おねいさんはお目々をさらに大きくして、
「すごいすごい! せーいかーい! よくわかったね、パチパチパチ!」
合わせていた手で拍手をして称えられる。わーい! せいかいだー! 嬉しいなー! 嬉しいなったら嬉しいな! 嬉しいなったら嬉しいな! 嬉しいなった嬉しいわふー! ……いやあ、マジで楽しそうだなこのおねいさん。見た目は俺より年上に見えるけど、精神年齢が低――じゃないな、おそらく純真無垢なんだな、この上なく。……無邪気でいつもニコニコのおねいさん、最高じゃねえかこら。感謝感謝です
「じゃ、案内するね! ついてきて」
「え? ちょっ、ちょちょっ!」
やにわに俺の手首をつかんで引っ張り始めるおねいさん。勢いと突然のことに
手が! 手が! おねいさんの手が!
……やわらけえ。
いかんいかん! これからギルドに行くのだ。気を引き締めてかからなければ!
そう思い、伸びていた鼻をなんとか戻して。
おねいさん! おねいさん! ちょっとおねいさん!
スカートがひらひら舞い上がっておみ足が……!
再び伸びた鼻をどうにか戻そうと変顔を繰り返して。
……ああ。眼福です……神様……。
石畳の通りを駆けて行った。
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