第3話 せつめい。パチンッ。さようなら。

 おいおい泣くリアクションの大きいじいさんを感覚的には四時間ほどかけてなだめすかした。


 それが終わり、じいさんが元の位置に戻りながら光る着物で涙を拭うのを見て話しかけた。


「で、俺の推測は間違ってなかったってことでいいのか?」


 かなり適当な推測だったので事実との相違があってもおかしくはないと思うんだが。


 そう聞くと、じいさんは光る着物を鼻に持っていって「ブーッ!」と鼻水をかんだ。

 次いで鼻のあたりを拭ってから、


「うむ。ほぼ間違っておらん。ほぼな」


「じゃあ間違ってるところを是非つまびらかにしてくれ」


「ああ。ではまず一つ。お主はお主だけがブラックホールの被害に遭ったように言っておったが、それは間違いじゃ。実際には甚大な人的被害が出ておる」


「ふむふむ。それは俺の家を基点とした周囲の人間がブラックホールに飲み込まれたという意味じゃなく、もっと広範囲――つまり多世界での複数被害、そういう意味だな?」


 俺の世界だけでなく、他世界にもブラックホールが送り込まれ、その被害に遭ったものがいる、そういうことだろう。


「その通りじゃ。わしが意図せず繋いだ世界は一つではなくてな、それこそありとあらゆる世界にブラックホールが送り込まれてしまったのだ」


 なんという大失態。もはや神のいたずらで許される範疇ではない気がする。うっかりブラックホール添付してメール送っちゃいました! てへぺろ☆ では済まされないだろう、どうあがいても。つまりどうあがいても絶望。送り手も受け手も。


 それにしてもじいさんの言う世界というのはどういうものなのか。そこが少し気になる。


「じいさん。あんたが管理している世界にはどんなものがあるんだ?」


「ふむ。それを話すと少々長くなるが……。そうじゃな、まず、わしにとっての|界《・

》という言葉はお前さんが考えているより広範囲をカバーしている、というところがミソじゃろうな」


 脳みそかっぽじって聞かんと理解できんぞ? と続ける爺さん。脳みそかっぽじっても頭に入んねえよ。入るのは指だけだよ。ただグロいだけですそれ。


「広範囲をカバー……。ということは、現実にある世界だけじゃなく、仮想世界・空想世界とかが含まれるってことか……?」


 じいさんはひげに手櫛をかけながらうなずいた。


「そう。それが世界と名のつけられるものならば、ヴァーチャルリアリティの世界、伝説上の世界、小説の中の世界、神話の世界、死後の世界に天国、ヴァルハラ、エリュシオンといったマニアックなものまで全てを世界と見なしておる。つまり一つの世界で小説一つが書かれるだけでわしの管理する世界は一つ増える、ということになる。あとはもうわかると思うが管理する世界はねずみ算式に増加する。今この時でさえ新しい世界が次々とわしの管理下に置かれていっておる。どうじゃ? 少しは見直したか? 若造」


 自慢気に口舌滑らかに語るじいさん。さっきまで子供みたいにわんわん泣いておいて見直すもなにもないと思うが。


 とそんな言葉は飲み込んで。


「ああ。すごすぎて俺には実感が湧かないけどな。……で、話を戻すけど、そのありとあらゆる世界にブラックホールを投下しちまって、巻き込まれた人は俺と同じように死んだんだよな?」


 じいさんは「うむ」とうなずく。


「ってことは死んだ奴はじいさんと会って事情の説明を受けるわけだ。俺みたいに」


 うむうむ、とじいさんは相槌を打つ。


「死んだ奴らは事情説明の後どうなるんだ? やっぱ天国に行くのか?」


 天国が極楽浄土なら行ってもいいか、と思うが、それは宗教の教えであり人の理想なのだ。実際の天国がそうであるという確証はなにもない。おいそれと天国がいい、なんて選ぶのは危険だ。


「うむ。通常なら天国に行くことになる。通常ならな」


 目をつむり悩むようなしぐさを見せる。今回の事件は通常のそれを明らかに逸している、そういうことだろう。それのみかこんな事件など初かもしれない。神の目を持つじいさんにしてみれば。


「天国はの、定期的に求人公募はしておるのじゃが、今回のように大量厖大ぼうだいの死者を一度に受け付ける余裕はないのじゃ。じゃから天国へ今回の事件の被害者を送るわけにいかなんだ……」


 うつむきがちにサジェストを提示する。それを聞いてすぐに問を発した。


「送るわけにはいかなかった? そう言うってことはもうどこかへ送ったってことか」


 聞くとおもむろに顔を上げて目を合わしてきた。


「そうじゃ。緊急措置としてな。死者を元の世界に蘇らせることは許されておらんから、別の世界に転生させるしか手がなかったんじゃ」


「ははあ。……え、ってことは俺も?」


 その道理だと俺も異世界送りになってしまうんだが。それは色々と大丈夫なのか? のか? 


「無論お主もその世界で転生する他ない。あるいは魂の消滅を選択するかじゃが、どうする?」


 え。魂の消滅ってつまり無だろ? なんにも残らないってことじゃん。ヒキニートの俺でも流石にそれはいやだな。……あ、自分でヒキニートとか言っちゃったわ。挽き肉にならなきゃ俺。なんならそのあとでジューシーなハンバーグになるべきかも。……ないわ。それはないわ。カニバリズムがカーニバルか何かの親戚だと思い込んでいた俺にとってそれはないわ、マジで。マジで食人こわいお。


「そりゃもちろん転生を選ぶけどさ。その世界ってどんななの?」


「それがな……」


 と言い淀んだのを聞いて、「わかった」と割り込んだ。


「突貫工事で作った世界だからとてつもなく危険な世界なんじゃ……とか言うんだろ? そうなんだろ?」


「む……う、うむ……」


 またも図星で言葉に詰まるじいさん。接穂を失い困りげだ。


 まじかー。すげえ危険な世界かー。でもどんな世界か具体的にはわかってなかったわ。俺のせいだが。


「わりいな。話に水を差して。どんな世界か具体的に教えてくれ」


 謝るとじいさんは喉を鳴らして、


「わしが今回の事件で急遽作った世界は少々――というよりかなり入り組んでおる。それは、わしが管理する多数の世界のデータをコピーして継ぎぎを行うように世界を構築していったからであり、すなわちその世界は、多種多様な世界を無理くりに融合させた多世界融合世界、と言えるからに他ならん。わしでさえその融合でどのようなことが起こるかは予測がつかず、ゆえに非常に危険な世界であると言えるのじゃ」


 流れる水のようによどみなく話す。しかし融合世界については不安げな様子だ。


 「ふむ……」と腕を組んで考えた。そんな危険な世界に、一般人である俺が飛び込んで大丈夫だろうかと。

 他の一般人がすでにその融合世界で転生しているのだとすると、目の前のじいさんが武器も持たせずに送り込むはずがない。じいさんはブラックホール事件の犯人だし、被害者に対してただならぬ罪悪感を覚えていることだろう。俺のように犯人として突き止めなくとも、このじいさんが世界を管理するシステムなら、転生してすぐに死亡……などというまたも魂のインフレを起こりかねない愚行は冒さないはずだ。

 とすると、被害者には何らかの「生きていく力」が与えられているのではないか。能力、地位、富など、生に直接的・間接的に関係する力がだ。


 俺はじいさんにそれを聞いた。

 すると、じいさんはひげを手で持ってバッサバッサさせ、「ほほほほ」と笑った。


「お主はやはり飲み込みが早いのう。わしの見込みは間違ってなかった、ということかな? そうじゃ。この事件の被害者で、融合世界に転生する道を選んだものには望むものを与えておる。バランスを壊さない程度にな。しかしじゃ、それは融合世界で生きていくことができないとわしが判断した者のみにじゃ。元から力のあるものには能力は与えておらん。怪獣や人外に力を与えてしまうとそれこそバランス崩壊じゃからな。能力はお主がよくやっているゲームのステータス割り振りシステムのようなものじゃ。割り振れる数値はあらかじめ決められており、それを超える能力を得ることはできん。それを超えるには、経験を積んでステータスを伸ばす他ない。つまりレベルアップじゃな。レベルアップすると、ステータスを決められた数値の範囲内で伸ばすことができる。さらに、レベルが上がると、スキルを覚えることができる。このようにして成長し、怪物や外敵から身を守り生きていくわけじゃ」


 長い。説明が冗長すぎる。眠たくなってきた。


 大きなあくびをかみ殺すことなく、「ふああ~」と声を出す。


「おい、お主、聞いておるのか?」


 怪訝そうに尋ねてくる。ひげに手櫛をかけるのを止めて疑わしげだ。


「ふあ。聞いてる聞いてる。つまりゲームのシステムとほぼ同じってことだろ?」


 気怠げに聞くと、


「う、うむ。確かに似通ってはおるが……」


「じゃあ次の段階に進んでくれ。大体概要はつかめたから。次は能力の割り振りなんだろ?」


「そ、そうじゃ。では進めるが、お主はどのような能力値を望むのかの?」


 それを聞き、俺は事前に決めていた回答をじいさんに告げた。


「魔力とかそういうのに全振りで頼む」


「融合世界では魔力と神力しんりょくという超常的な力があるが、どうする?」


「魔力と神力に全振りで。他の数値はいらない」


 淡々と言うとじいさんは慌てた様子で、


「そ、それじゃと魔力と神力は限界値になるが、割り振る数値が少々余るぞ……?」


 俺の決定をキ○ガイの所業か何かだと思っているのかもしれない。しかし俺にも考えがあるのだ。異世界最強の魔法使いになるという考えが……! 


「余った数値はバランスよく割り振っておいてくれ」


「う、うむ。そうするのはいいが本当にこれでいいのか? これでは魔力と神力以外は元の数値とほぼ変わらんぞ」


 心底心配そうなじいさん。元の数値と変わらないということは俺の世界でいう一般人と変わらないということだが、少し取り乱し過ぎではなかろうか。魔力・神力は限界値なんだから。


「大丈夫大丈夫。俺には俺の考えがあるんだよ」


「そ、そうか……。お主がそう言うならもうなにも言わんが……」


 そう言いながらまだなにか言いたそうなじいさん。そこまで心配してくれなくても俺は大人なんだよ。自分のことは自分で考えて生きていく歳なの! だからそんな自分のことのように不安がるなって。俺のおじいちゃんかあんたは。


「よし、じゃあさくさく行こう。次は俺に能力を与えるところだな」


「ところ」の意味が全くわからんが、早くやること済ませよう早く。映画の撮影も次は鼻をほじくるシーン、次は耳くそをほじくるシーン、っててきぱきやるだろ? その意気だよその。


「……うむ。では……」


 じいさんは目を閉じてしばらく黙してから、


 ――パチスロン! 


 と気が抜ける指パッチンをした。


「………………」


 無表情で視線を合わせる俺とじいさん。


 しばらくして、俺が先に口を開いた。


「じいさん……頼むぜ。俺の人生がかかってんだからちゃんと頼むよ。まあ、俺すでに人生一回終わってるけどさ……」


 不安を指に込めて爪弾きした。そんなパチスロの能力がカンストしそうなフィンガースナップされても困るんだよ。俺がこれから行く世界にはパチスロないんだから。


 じいさんは後頭部に手を当てて「すまんすまん!」と言い、


「では、改めて……」


 顔の前まで右腕を持ってきて。


 ――パチンッ! 


 今度こそ小気味良いフィンガースナップを成功させた。


「よし。これで完了じゃ」


 満足そうにうなずく。しかし俺はどこか納得がいかない。


「え……? ……今ので終わりなのか? 普通、もっと魔法陣とか出たり光に包まれたりしてワクワクするもんじゃないの?」


「あんなのはただの飾りにすぎん。それに、シンプルイズベストがわしのモットーなんじゃ」


 さかしらな顔つきで言う。神にも神の信条があるということか。感情のある神ほど厄介なものはないかもしれないな。


「そうかい。じゃあ今の俺は魔力・神力ともにMAX状態なんだな?」


「うむ。その通りじゃ。魔王も神も吃驚びっくり仰天するほどの能力値じゃぞ」


「そうか。それを聞いて安心したよ。……じゃ、次はいよいよ異世界に突入か?」


「そうじゃな。お主ともこれでお別れじゃ。少々びしくなるが、最後になにか聞いておきたいことはないかの?」


 心のこもった笑顔を向けてくる。


 やはりこの神には感情があるように思える。


 おそらく、ブラックホール事件の被害者が相当数いるのだとすれば、このじいさんは分身の一つか何かなんだろうが……心は確かに備わっている気がした。


「そうだな……。じゃ、一つだけ」


 そう言ってから、


「……もう、じいさんには会えないのか?」


 と、聞いた。


 すると、じいさんはにやりと笑い、その瞬間、俺とじいさんの間に地球のような青い球体が出現した。


 俺はその球体に凄まじい勢いで吸い込まれていき、その時になってようやく暗闇の正体が宇宙と星々だということに気づいた。


 周りが空色に変化し始めた頃に顔を上げると、上方に見えるじいさんがどんどん大きくなっていくのがわかる。


 俺はしばらく、巨大化していくじいさんを無表情で眺めた。


 しかし出し抜けに大きく息を吸い込んで――


「ぜッッッたいッ、会いに行くからなッ! それまでそこで待ってろよッ! このクソジジイッッ!」


 空と同化していくじいさんが口を動かすのを見て、俺はふっと口角を上げて目を閉じた。

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