八、散り際の華
コキュートスのライトブルーの目が、
湖面に映し出されるは、たっちの剣に腹を貫かれて動きを止めた建御雷。
「しっかりしたまえ、コキュートス!」
焦りを帯びたデミウルゴスの声が、すぐ
ウルベルトの後ろに控えていた彼が、わざわざコキュートスの近くまで来て、両脚と二本の腕をなくした身体を抱え上げようとしているからには、
そうして離脱せんとしているからには――
建御雷は、両手でたっちの剣を、
己の胴体に刺さるそれを握りしめ、
一気に引き寄せた。
剣がさらに深く刺さり、
虚を突かれたたっちが建御雷に接触し、
建御雷はその血濡れた両手で、たっちの両手をがっしりとつかみ、剣の柄に押しつけて、握り込む。
コキュートスは、デミウルゴスに
建御雷がにやりと笑い、
そしてコキュートスは理解する。
(御身ハ、ハジメカラ……コレヲ、狙ッテ)
……はじめから。
コキュートスには守り切れないと、
見切りを付けていたというのか。
建御雷によって創られた、階層守護者である彼が。
守れるはずがないと、決め込んで。
死ぬことを前提に、闘っていた?
腕から、力が抜けた。
手にしていた刀が、地に落ちる。
全長二百センチ、刃渡り百五十センチの大太刀は、
落下して地面に突き立つだけでもある程度の衝撃を呼び、
デミウルゴスの注意がそれた瞬間、
コキュートスは身をよじり、デミウルゴスの腕から逃れ、
攻撃される、とは想定していなかったのだろう。
デミウルゴスは、もろに腹に一撃を食らい、衝撃で飛ばされる。
コキュートスは宙に投げ出される形になるも、
大太刀の柄を握って支えとし、落下を止める。
大太刀――『
建御雷の愛刀。
創造主よりコキュートスに託された刀だ。
たっちは冷静に建御雷を見据え、
その向こうのウルベルトを見、
彼らの狙いを悟る。
なるほど、この残りHPでは――持ちこたえられまい。
離脱しなければならない。
不可能かもしれなくとも、全力を尽くさなくては。
剣を引き抜こうとは試みた。
だが、強引にそれを成し遂げるだけの腕力差はない。
建御雷を貫き、突き立てた剣を、
建御雷の死を早めるなり、たっちを戒める手の力を緩めさせるなり、するように。
やらなければならない。
そんなことをしたところで、建御雷は手を放すまいと、
死んでも、消える寸前さえも、決して放すまいと、
頭ではなく、心で分かっていても。
たっちのうちに浮かんだ悲愴も痛みも、もやに覆われるように消える。
何も感じず、何も考えない。
身につけねば、生きられなかったものだ。
……だが。
力を込めようとしたとき、
予想外の斬撃が肩を裂いた。
倒れ伏すコキュートスの姿がある。
己が身を振り子のごとくして、勢いよく大太刀を引き抜き、
残された己の体重を威力として、たっちに斬りかかったのだ。
その一撃により、たっちの手からいったん力が抜け、
続く瞬間、ウルベルトが叫ぶ。
「
それは、ワールドディザスターを極めた者だけが使える究極の大技。
圧倒的な力は、超位魔法をも
純然たる破壊エネルギーの
その根源にあるのは、物理現象となるまでに濃縮された
呪詛を生みしは、世界から
それはまさしく、ウルベルトのためにあるような技。
持たざる者として生まれ、
その資質の全てを貧しさゆえに否定され、
使い捨ての消耗品とされた彼の。
どろどろとして果てしのない憎悪を、
腐った社会に、汚れた世界に抱き続けた彼の。
建御雷は呆れたように、けれどもどこか誇らしげに、傍らで地に伏せるコキュートスを見下ろし、
「まったくたいした奴だよ、お前は。……しょうがないな、最期まで一緒にいくか」
「御身ト共ニ死セルナラバ、光栄ノ至リ」
『
たっちは目を伏せ、
どこかで安堵もしていた。
これでもう、解放されるのだと。
「なあ、たっちさん」
建御雷は、
けれど、強い意志のこもる声で、
「あんたの正義は、そんなもんかよ」
たっちは目を見開いた。
圧倒的な力の
建御雷が、コキュートスが、引き裂かれたあとに、
たっちの剣が、自由になった。
ナザリックが夢に閉ざされるなら、
モモンガもシモベたちも、生きながら死ぬようなもの。
実際に命を落とし、夢から
そしてパンドラズ・アクターは、永劫に孤独となる。
まがい物の彼らは、
本物を
罪の意識があろうとも、懺悔を願い償いを求めようとも、
決して叶うことはない。
ここで、終わらせなければ。
罪は罪として、断じなければ。
正義が正義として、立ちはだからなければ。
激しい衝動。
あえて悪を名乗ったウルベルトに、
応えなければならないという責任感もまた、
そこにはあった。
揺るぎなき正義があればこそ、
強い意志を持つ悪も存在する。
正義が信念を曲げ、倒れてしまうならば、
悪はその
正義と悪が、いつか。
一つの理想のもとに、
彼らは彼らの信念を、貫かねばならない。
踏み込む。
そのスキルは使えないはずだった。
弱体化した彼には、決して。
使えないものだと、思い込まされていた。
にもかかわらず。
彼は信じた。
この時、この瞬間、
必ずその技を使えることを。
彼自身の、正義を。
ウルベルトの目が見開かれる。
いまだ『
その大技が完全に敵を覆い尽くす前の、この瞬間、
彼には逃げる術がない。
剣を握り、
この一刀に全身全霊を込め、
もって彼の悪に対する敬意としよう。
己の正義全てを注ぐに足る悪と、認めよう。
――剣を振り切る、
確信を込めた叫びと共に。
「『
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