四、太陽の矢
つがえられた矢は巨大な光球を宿す。
太陽の輝きをもつそれは、属性ダメージの塊。
凶悪な威力を誇る凶器であり、その矢の先端は無情にアインズへと向けられている。
「ペロロンチーノさん……? なんの冗談、ですか?」
バードマンは武器をしっかりとアインズに照準したまま、和やかな口調で、
「やだなあ、冗談なんかじゃありませんよ。たっちさんに聞きませんでした? 俺たちはここで殺し合わなくちゃならないんだ、って」
「あ、あなたは本気で俺と戦うつもりなんて無いんだ! もしそのつもりなら、もっと遠くから俺を狙うはずでしょう! これじゃ中距離ですよ。障害物のない場所に誘き出しておいて、どこか安全な地点に隠れて、超々遠距離からの爆撃で一気に攻めるはずです!」
「あはは、そんな戦法取るわけないじゃないですか。だってそれじゃあ――モモンガさんが痛がってるとこ、よく見えないし聞けないし」
「……は?」
瞬間、光が弾けた。
解き放たれた光球は、矢に導かれてアインズへと飛んだ。
神聖な光はアインズの弱点を突き、とっさに両腕を交差させたが防御の意味はほとんどなかった。
太陽に身を灼かれる痛みを、かすかな呻きに押し殺した。
この程度を堪えられないはずがなかった。
親友に敵対される痛みに比べれば。
ペロロンチーノは再び弓に矢をつがえる。
単調に、なんの工夫もなく。
普段のアインズならば、幾通りでも対策を立てられるだろう。
相手が違っていれば、いっそ嘲りさえしただろう。
馬鹿の一つ覚えか、と。
しかしいま、このときには。
その投げやりなまでの、単純な行動が――ただ弓を構え、溜め、撃つというその一連の流れが。
どうしようもなく絶望をかき立てた。
あまりにも分かりやすくて。
あまりにもはっきりしすぎて。
相手の戦術を探るとか。状況を分析するとか。最善の行動を判断するとか。
そんなふうなことに思考を振り向ける必要もないからこそ、
対処ならいくらでもあり得ると分かっているからこそ、
そこに生まれる思考のキャパシティの余地は、友に裏切られたという絶望を無限に詰め込めるほどで。
再び、放たれる。
何もしないまま、受けた。
「ぐっ……」
「うーん、もっと大げさに痛がってくれないかなあ。俺、これでもけっこうSなんですよ? ほら、せっかくこんなに近くに来てあげたんですから、……たっぷり楽しませてください」
また、弓に矢をつがえる。
ルーチンワークのように。
アインズは震える手を伸ばす。
「待ってください、ペロロンチーノさん……」
「はいはい、なんですか? とりあえず溜めが済むまでなら待ちますよ」
「こんなこと、やめましょうよ。俺たちは仲間じゃないですか。夢だってなんだって、みんなで仲良くやっていければ最高ですよ。ペロロンチーノさん、俺は――」
「じゃあ黙って殺されてくださいよ。ナザリックの奴らが全員戦闘不能になれば、俺たちも安泰なわけですから」
違う。
ペロロンチーノさんは、こんなことを言わない。
言うはずがない。
矢が放たれる。
無造作に。
アインズの胸に、怒りが芽吹いた。
なんて無様な戦い方だ。
ペロロンチーノさんの姿をして、その最強装備まで引き継いでいるくせに。
所詮はAI操作――心の宿らないつくりものか。
神々しい灼熱は、怒りの燃料となる。
ダメージを冷静に計りながら、静かな殺意が眼窩に宿った。
観客席に、三人の守護者はいた。
気配を押し殺し、様子をうかがって。
アインズが最初に攻撃されたとき、アウラは顔をしかめ、マーレは身をすくめ。
シャルティアは虚ろな眼差しを向けていた。
二射をペロロンチーノが構えたとき、アウラは意を決してマーレの背中を叩いた。
「やりなさい、マーレ」
マーレはびくりと身を震わせ、かぶりを振る。
アウラはまなじりをつり上げる。その目から一筋の涙がこぼれる。
「ペロロンチーノ様のお望みを聞いたでしょ! ちゃんと……ちゃんとあたしたちが応えないと!」
「でも……お姉ちゃん」
アウラはマーレにぐっと顔を近づけて、声を抑え気味に、
「ペロロンチーノ様のお考えに応えられるのは、あんたとシャルティアしかいない。まさかシャルティアにやれってんじゃないでしょ?」
言われてマーレは、アウラの向こう、抜け殻になったままのシャルティアを見る。
シャルティアはぼんやりと焦点の合わぬ瞳を、闘技場に向けている。
あまりにも虚ろで、気配もほとんどない。
……無理もない、とマーレは思う。
創造主にあんなことを言われたら、マーレでも立ち直れまい。
逃げることも出来ず。かといって、見届ける勇気もない。
ならば抜け殻になる以外、どうしようもないではないか。
ペロロンチーノは彼女たちに説明した。
いまこのナザリックで起きている事態を。
その上で頼んだ。
モモンガさんを支えてほしい、と。
アインズの踏ん切りがつかないようなら、援護射撃をする。
ペロロンチーノを攻撃し、アインズを守り、そして出来ることならば、まがい物と糾弾する。
なぜそんなことを、と泣きわめくシャルティアに、ペロロンチーノは言った。
『ほんとはモモンガさんやたっちさんと協力して戦うべきなのかもしれない。それはたっちさんにさんざん言われたんだ。だけど、わがままかもしれないけど、この事態を乗り越えることでモモンガさんに何かを託せたらって思うんだ』
バードマンの微笑みは優しく。
吸血鬼の髪を撫でる手つきもまた、優しくて。
『あの人は身内に甘すぎる。それがいつか、あの人の首を絞めることになるかもしれない。……いやまあ、もののたとえだけどさ。首絞めても窒息とかしないけど。まあなんにせよ――弱点は潰しておいた方がいい。そこまでいかなくても、免疫はつけておくに越したことはない』
気さくに笑って、ペロロンチーノは続けた。
『親友のそっくりさんを殺す経験は、きっといつかあの人の役に立つさ』
もちろんだ。
身内への甘さを切り捨てる冷酷さ。
実践をおいてしか、訓練することなど叶わない。
マーレは知っている。
アインズがとても優しいことを。
ナザリックが転移してしまったと知った日、恐れていた支配者がどれほど温かな心を持っているかを示された。
マーレはただ、その優しさを好きだと思った。とてもとても、好きだと。
それを克服すべき弱点だなんて、考えもしなかった。
(やっぱり、
不意打ちを装うならば、マーレかシャルティアがやらねば不自然だ。
本当にペロロンチーノをまがい物と思っているかのように振る舞うならば、攻撃すべき敵、侵入者として認識しているとアインズに示すならば、遠距離からでも威力のある攻撃が可能な二人のどちらかがやるべきだ。
これはきっといいことなのだ。
アインズにとっても。
ここにいる三人の守護者たちにとっても。
ナザリックのすべてにとって、正しいことなのだ。
杖を掲げる。
ボクが、がんばらなくちゃ。
ペロロンチーノの第二射が放たれる。
至高の御方はどんな気持ちで、撃つのだろう。
そしてそれを受けるあの御方は、どんな気持ちで。
やらなくちゃ。
(いやだ)
ボクが
(どうしてボクなんだ)
シャルティアには残酷すぎる
(でもシャルティアは)
(シャルティアは創造主に会えたじゃないか)
攻撃しろ
(逃げたい)
アインズ様のために
(逃げ出したい)
ペロロンチーノ様のために
(逃げ場なんて)
杖を下ろす。
アウラがマーレの肩をつかむ。
その手を、乱暴に振り払った。
「……夢でも、いいよ」
「え?」
「ボクは、会いたいんだ」
涙がぼろぼろとこぼれた。
もう、こんなのはいやだ。
ペロロンチーノ様が教えてくれたじゃないか。
ここから逃げる、たったひとつの方法。
アインズ様。
ボクらとずっといっしょにいてくださる、優しい御方。
たとえペロロンチーノ様のお望みを叶えることが、巡り巡って御身のためになるのだとしても。
いまこの場で御身を
そんなことは出来ないと、
思うのを創造主に与えられた設定のせいにする欺瞞だけはおかさないと決めた。
マーレはアウラから駆け離れる。
はっとしたアウラが追いかけてきても、遅かった。
「ボクはそれでも、ぶくぶく茶釜様に会いたいんだ!」
そして、どうか。
ボクが守護者失格だというのなら――
はめていた漆黒と純白の小手を、外した。
アインズから預けられた
それを、姉に向けて、
投げつけた。
「マーレぇぇえぇええ!」
アウラの絶叫が響いた。
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