第1話:4

 夜。シャワーを借り、夕食にサラダと焼き魚と納豆ご飯を振る舞われ、買ってきた歯ブラシできちんと歯磨きを終えた俺は、昨日貸し出された部屋の布団の中に包まっていた。無論、買ってきたTシャツとジャージを身に着けて、だ。重ねられた毛布と布団に頭まで潜り込ませながら、ずっと離れていかない疑問をグルグルと回し続ける。


 だから、俺は、一体、ここで何をやっているんだ。あいつが、……岬が、どういう理由で俺をここに置いているかは分からない。けれど、でも、そんなの関係ないじゃないか。出て行ったっていいじゃないか。今なら簡単に出て行ける。岬はここにいるんだから、留守にしてしまう事もない。だから迷惑は掛からない。食事を作ってくれた事は……普通に、嬉しかったけれど、でも、やっぱりここにいるのはおかしい。このまま流されているのはおかし過ぎる。


 けれど、でも、そう思っていても、どうしてか毛布から出る事さえ出来なくて、出て行くべきだと思いながら、毛布の中で半分ウトウトしていると、部屋の外からペタペタと誰かが歩く音が聞こえてきた。


「……?」


 俺は毛布の中から首を伸ばし、掛け物を剥ぎ、そしてそっとドアを開けた。闇の中を何かの影が歩いていって、そして壁の向こうに消えた。


「岬……?」


 トイレだろうか。そう思って一度扉を閉めようとしたが、次に聞こえてきたのはトイレの戸が閉まる時の軽い物音ではなかった。ガチャンという重い音……玄関の扉が閉まる音だ。部屋の壁時計を確認すれば、一時。無論昼間のではない。


「一体何処に行くんだよ……」


 俺は、ジャンパーを引っ掴んで部屋を出て、階段を急いで降りていった。俺が岬の後を追って出て行ったらこの家はその間無人になる、鍵も掛けられない、という考えが一瞬頭を過ぎったが、見ず知らずの赤の他人である俺を一人で家に置いている時点で、この家のセキュリティーなどすでにないも同然だ。それに盗むような物もない……はずだ。いや知るか。俺みたいなヤツを一人で残していくという不用心をしているあいつが悪い。俺はスニーカーを履き、玄関を抜けて通りに出る。左右に首を巡らせば、右側の曲がり角の向こうにコートの裾がちらりと見えた。


「いた……!」


 俺は走り出した。鬼ごっこの鬼役が、標的を見つけてその背中を必死で追いかけていくように。とは言っても俺は鬼ごっこなどやった事はないので、あくまでイメージ中での例えだが、とにかく俺は反射的に、何も考えずに黒コートの後を追って走った。電柱の上の蛍光灯で照らされただけの道を走っていき、角を曲がると、遥か遠くを黒コートが走っていくのが視界に映る。こんな真夜中に、あんな全速力で走っていくって一体どんな「用事」があるんだ? いや、遥か遠くにある影を、しかも闇の中を走る影を、全速力と言い切るのは多少語弊があるかもしれない。全速力か否かなんて、走っている本人に聞かなければ分からない事なのだから。


 だが、少なくとも、俺は全速力で走っていた。それなのに黒コートとの距離は離れていく一方だった。なんだあいつ、速過ぎるだろう! それとも俺が遅過ぎるのか? 運動らしい運動なんてしてないし、小・中・高も運動の機会なんて体育の授業だけだった。それでも俺は、必死で走った。岬が何処に行くのか知りたかったのもあったし、そしてそれ以上に、情けない事にすでに帰りの道が分からなくなりかけていた。是が非でも岬を捕まえなければ、俺は岬の家兼貸本屋に戻る事さえ叶わない。だから俺は、鬼ごっこの鬼というより人間に拾われたい捨て犬のような必死さで黒コートの背中を追っていた。


「うっ……がはっ! ごほ……ごほ……」


 だが、運動不足の元サラリーマンがいくら頑張ってみた所で、そうそう長く走っていられるものではないらしい。息が詰まり、俺はついに足を止めて激しく咳き込んでしまった。だが、休んでいる場合ではない。岬を見失ってしまったら本当に迷子になってしまう。俺は息を整えると、もう走れないと確信しつつ、それでも未練がましく黒いコート姿を探した。夢中で走っていたので気付かなかったが、どうやら住宅街のようだ。今新しく出来たばかりという訳ではなく、昔からの家やアパートで構成されているようだが。俺は黒コートを求めて視線を彷徨わせ、そして斜め左側にあるアパートの二階の中程で、黒い影が動いている事に気が付いた。


「岬……?」


 普通だったら、見知らぬアパートの、しかもこんな真夜中に人影が立っているのを見掛けたら、その部屋の住人と考えるのが妥当だろう。もしかしたら泥棒や強盗の類かもしれないが、(泥棒と強盗の違いが何なのか、俺にはよく分からないが……)、とりあえず、それを俺の探し人だと考えるのは不自然だ。


 だが、俺はその人影を岬だと判断した。それは黒いコート姿に拠るものだったかもしれないし、確かあんなシルエットだったと無意識に思ったせいかもしれない。そしてその人影は、恐らく岬は、本当に岬であれば赤の他人であるはずのアパートの部屋へと入っていった。


「……え?」


 ……いや、いやいや、あいつ一体何やってんだ!? 知らない人間の部屋に勝手に入っていったら、不法侵入……いや、やっぱりあれは岬じゃなくて、あの部屋の住人なのか? いやでも、それにしては、扉を開けるのに妙に手間取っていなかったか? 後出しのようで申し訳ないが、あの人影は……そうだ、扉の前でちんたら何かをやっていた。鞄やコートから鍵を探しているという感じじゃなくて、姿勢を低くして、首を傾げながら鍵を開けようとしているような……


「……いや、それって犯罪だろう!?」


 正式名称は何と言うのか知らないが俺は「犯罪」の可能性に思い至り急いでアパートへと駆け出した。とは言ってももう足が限界だったから、歩いているのと対して変わりのないような情けない速度だったが、とりあえずぜえぜえ言いつつ階段を上がっていき、先程岬らしき人影の入っていったドアの前へと辿り着く。


 と、とりあえず、岬がもし泥棒に入ったのなら止めないと……いや、岬じゃなくてこの家の住人の可能性もあるけれど……このまま回れ右をして戻るのが正解か? でも、もうどうすれば戻れるのか完璧に分からないし……


 俺は、意を決して、目の前の扉を開けた。鍵は開いたままだった。俺は扉を開け、そして目の前の光景に完全に意識を奪われた。そこには何かを抱えて立っている男と、男に抱えられた……首と天井を縄らしきもので繋がれている一人の少女の姿があった。


「う、うわあああああ!」


「その声、透也か?」


「岬!? お、お前、一体何してるんだよ!」


「話は後だ。悪いけどこっちに来てこの子を抱えてくれないか?」


「お……前、何やってんだよ! その手を離せよ! お前がやってる事は人殺しだぞ!」


「逆だ! この子を助けるんだ。この子は自分で首を吊ったんだ、縄を切るから早くこっちに来てくれ!」


 岬の声は必死だった。昼間のふざけた男と今ここにいる男が、同一人物だとはとてもじゃないが思えないぐらいに。俺は一秒置いて、岬の言った事を理解して、慌てて岬の元へと駆け寄った。岬は俺が来た事を確認すると、自分の腕に抱えていた『もの』を慎重に俺へと引き渡した。


「絶対に落とさないでくれよ。僕が椅子に登って縄を切るから、そうしたらゆっくり床の上に置いてくれ」


 俺は少女の体を抱えながら頷いた。小学生か中学生ぐらいだろうか。ジャンパー越しに体温めいたものを感じるのに、ぐったりとしていて、全く動かなくて、物凄く気持ちが悪い。人影は傍らに倒れていた椅子を持ち上げて少女に寄せると、椅子に上がり、縄に黒コートの右手を伸ばした。いつの間に用意したのかはさみらしきものが握られている。


「……よし、いいぞ。ゆっくり降ろして……よし。僕が人工呼吸するから救急車を呼んでくれないか。119番だ。分かるね?」


「……」


「透也」


「あ、ああ……」


 俺は岬の手から携帯電話を受け取ると、震える手でボタンを押した。岬は女の子の首に手を触れた後、顎に指を添えて持ち上げてからハンカチ越しに息を吹き込む。


「はい、こちら救急……」


「すいません、お、女の子が首を吊ってて……それで息をしてなくて……」


「今すぐその子を降ろして下さい」


「降ろしました……今、もう一人が心臓マッサージを……す、すいません、助けて下さい、どうかこの子を助けて……」


「分かりました。そこは何処ですか? 今救急車が向かいますから場所を……」


「じゅ、住所……」


 俺の呟きに岬が住所を口にした。俺はオウムのように岬の言葉を復唱した。その後に続いてきた岬の言葉も、そのまま同じように繰り返す。


「意識なし、自発呼吸なし、脈なし、現在人工呼吸と心臓マッサージをしています、指示があればお願いします」


「意識なし……自発呼吸なし、脈なし、現在人工呼吸と心臓マッサージしています……指示があれば……」


 岬の言葉を繰り返しながら、何時の間にか俺は泣いていた。岬から「警察も呼んで下さいって頼んで」と次の指示が飛んでくるまで、俺は携帯を握り締め座り込んで泣いていた。





「……で、なんでお前がここにいるんだ、この疫病神!」


 いかにも「刑事」と言った感じの男から発せられた一言に、岬は肩をすくめて「言われている事が分かりません」と言わんばかりのポーズを取った。男……刑事はこめかみをヒクヒクとさせながら、テレビドラマで犯人に詰め寄るような表情で岬に顔を近付ける。


「そろそろどういう事なのか説明してもらおうか……ああ!?」


「だから何度も言ってるじゃないか。たまたま散歩中に妙な音がしたから確認しに行ったら首を吊っている女の子を発見しちゃっただけだって。だから一般市民の義務として通報しただけの事じゃないか」


「なん……っでアパートの中の首吊り現場を散歩中に発見するんだ! しかもこんな真夜中に! お前みたいなのが一般市民なら妖怪だって一般市民だ!」


「あの……知り合い……なんですか?」


 俺の言葉に、刑事はようやく俺の存在に気付いたらしく、「なんだお前は」という顔をした。どう自己紹介していいか分からず戸惑っていると、岬が俺の肩に馴れ馴れしく腕を回して口を開く。


「僕の恋人です」


「こっ!?」


「お前……まさかとは思っていたがやっぱりそんな趣味が……」


「ち、違いますよ刑事さん! 俺はそんなんじゃないですから!」


「そんな真っ向否定しなくたっていいじゃないか傷付くなあ。あと刑事さんなんてお巡りさんに対して失礼だよ。この人は刑事さんじゃなくてお巡りさん」


「お前の方が失礼だわ! 俺は発出所や交番勤務じゃねえ! れっきとした警察署勤めだ!」


 ああ、疲れると刑事は額に手を置いた。こいつとは出会って二日も経っていないが完全に同意せざるを得なかった。むしろ同意しか出来なかった。刑事と顔見知りな上に「疫病神」とまで言われるなんて、こいつは普段一体何をしながら生きているんだ。


「それで、あの女の子はどうなった?」


「なんとか息は吹き返したとよ。まあ人工呼吸器をつけてるし、意識は戻ってないからどうなるかは分からんが……」


「……そうですか」


 とりあえず、助かりそうで安心した。あの子に何があったのかは分からないが、一命を取り留められたのならそれでいい。


「じゃあ、僕らは帰るよ。一応事情は説明したし、ここからは鑑識とかの仕事でしょ? もうこれ以上ここにいる必要はないでしょう?」


「あ、ああ……大変遺憾なんだがな……何かあればすぐに警察に出向いてもらう事になるぞ」


「了解だよ。遠慮しなくても、いつでもお巡りさんに会いに行ってあげるって」


 岬はにこりと目を細めると、「仕事頑張ってねお巡りさん」と投げキッスまでしてみせた。唖然とした顔の刑事が怒鳴り声を上げる前に、岬が俺の腕を引いて歩き出す。


「お……お前、刑事にあんな事して大丈夫かよ……」


「まあ、普通にやったら絶対怒られると思うけど、あのお巡りさんは『いい人』だから大丈夫だよ。ケー番交換している仲だしね」


 それは確実に要注意人物扱いされているだけだと思うのだが……隣を歩く男の身の上が本気で心配になりかけた時、その横を髪を振り乱した女性が危うい足取りで走っていった。


「今の人……」


「多分、あの子のお母さんだろうね。仕事中に娘の知らせを聞いて慌てて帰ってきたって感じかな」


 身を翻そうとした俺の肩を、岬の指がガシリと掴んだ。岬を見ると、思いの外真剣な面持ちで俺の事を見つめている。


「何処行くの?」


「あの人があの子のお母さんなら、せめて話を……」


「何を話すの? あの子が首を吊ってた状況? 誰もいないアパートの中で首を吊ってましたとか言うの? もう息をしてませんでした。一応出来る限りの事をしました。でもこれからどうなるかは分かりません。そんな事を言って何になるの?」


「……」


 岬はため息を吐くと、俺の肩をポンポンと叩きながら「行こう」と言った。優しいんだか惨いのだか分からない、だから余計に惨いヤツだ。


「あの子……助かるんだよな……」


「いや、どうだろうね」


「どうだろうねって……どういう事だよ」


「分からない、としか言いようがないんだよ。首の骨は多分折れてなかったと思うけど、首の神経がどうなっているかまでは検査しないと分からないし、あの子の息が止まって何分経ったかも分からない。人間の細胞ってのは酸素がないと壊れるようになっていてね、脳細胞なんて数分ぐらいで壊れ始めてしまうんだ。だからあの子の脳細胞や神経が機能する程度に残っていればあの子は回復するだろうし、重要な部分が壊れてしまっていれば元には戻らない可能性も……」


 岬の説明は、俺の全身から血の気を引かせるのに十分だった。つまり、あの子は、例え命が助かったとしても、一生植物状態になる可能性もあるという事だ。よしんばそうはならなかったとしても、何かしらの障害が残ってしまう可能性もある。その時あの子は、あの子の母親は、一体どうなると言うのだろうか。


「だって……そんな……だって……」


「言いたい事は分かるよ。せっかく助けようとしたのに、障害が残った状態で生き残ってしまうなんて、むしろ死ぬより『救いがない』かもしれないね」


「お前……どうしてそういう言い方を……」


「だって『事実』だからだ。どんな形でもいいから生き延びて欲しいと言う人もいる。例え障害が残っていたって、明るく前向きに生きている人だっている。そういう人達を救うために日夜医療の研究に励み続けている人もいる。それもまた『事実』だ。僕だって何も、そういう救いある『現実』を否定するつもりは毛頭ないさ。


 でも、『そういう事もある』という事は、『それが全てだ』という意味じゃない。そうじゃない『事実』だってこの世にはいっぱいあるんだよ。障害に前向きに向き合う事が出来ない人もいるし、障害を負った人の介護に疲れ果ててしまう人だっている。身体的負担、精神的負担、金銭的負担、社会的負担……先が見えない、支えてくれる人がいない、助けてくれる場所がない、そういう事が苦しみを増していく事だってあるだろうね。そんな事実に、『現実』に、『どんな形でもいいから生き延びて欲しいと言う人もいる、障害が残ったって前向きに生きている人だっている』、そんな他人の話や精神論が何の役に立つって言うんだろう。そんな言葉は、救いじゃない。救いがあるだなんて言ったりしない。そんなものは苦しみの中にある人の苦痛も悲嘆も現実も無視しているだけの、上っ面の、その場限りの、その場しのぎの綺麗事だよ」


 岬の表情は硬かった。表情だけではなく、声までもが硬かった。まるで憎くて堪らない何かに、ありったけの憎しみを叩きつけているかのように。


「僕はそういう、その場限りの、その場しのぎの綺麗事が大っ嫌いだ。上っ面の綺麗事を並べていればなんとかなると思っている、偽善者共が大っ嫌いだ。他人事かよ。きちんと見ろよ。人の苦痛や悲嘆や現実は、たかが言葉一つで消えてなくなるような軽いものじゃないだろう。『救いがない』という言葉がどんなに酷い言葉だろうと、その言葉から目を背けたって救いがない現実は消えてなくなったりはしないんだ。僕はそんな簡単な事さえ弁えず、安易で上っ面でその場しのぎの綺麗事を並べるだけで何もしない連中が、反吐が出る程大っ嫌いだ」


「…………」


「……と、ごめんごめん、透也に言った訳じゃないんだ、気にしないで。ところで透也はどうしてこんな所にいるんだい?」


 岬はふっと表情を和らげて、目をにこりと細めて俺を見た。相変わらず、細めているだけで全然笑ってなんかいない表情で。俺はさっきまでの岬の姿に、何か鋭く厳しく冷たいものを覚えたが、岬の得体の知れない黒い瞳に気圧された。


「あ……わ、悪い、お前が何処かに走っていくのが見えたものだから」


「あ、ごめん、起こしちゃったんだね。やっぱり古い家だからなあ……何か防音グッズでも買ってくるべきだろうか……」


「そんなのん気な話じゃないだろう! だって、女の子が首を吊っていたのに……」


「でも、君には関係ないだろう?」


 その言葉に、何か胸を刃物で突き刺されたような感じがした。関係ない。俺には関係ない。確かにそうかもしれないけれど……


「……、……ッ! ご、ごめん、そういうつもりじゃなかったんだ。違うよ透也、そういうつもりじゃなくってね。ええと、なんて言えばいいのかな……」


「…………?」


「えっと、決して君を邪険に扱った訳じゃなくってね……その、君は寝ていた訳だし、起こしてしまって申し訳ないと思っただけで……君があの女の子を気に掛けてくれているのは嬉しいよ、うん」


「え……お前、急に何を言っているんだ?」


「だって君、今『困っている』だろう?」


 俺は岬を見つめた。俺の目には、今の岬の方がよっぽど困っているように見える。

 

「ごめんね、僕はあんまり気のつく方じゃないから……君を困らせるつもりはなかったんだ、本当に」


「え……いや、……いいよ、別に……」


「本当? 怒るなら怒っていいんだよ?」


「いや、別に怒ってねえし……」


 と言うか、そんな風に平謝りに謝られたら、もう何も言えないじゃないか。本当に、なんなんだ、こいつは。ふざけているのかと思ったら目は全く笑ってないし、人の気持ちを読んででもいるのかと思ったらそういうわけでもなさそうだし、さっきまであんなに怖い顔をしていたのに今はやけに弱気だし……まるで訳が分からない。一体こいつは、一体こいつは、一体どういう人間なんだ。


「……あ」


「どうしたの?」


「やばい……早く家に戻らないと! お前を追ってそのまま出てきたから鍵が開けっ放しなんだよ!」


「別にいいよ。大したものは置いてないし」


「よくねえよ! 俺が気に病むだろうが! というわけでさっさと進んでくれ!」


「何で?」


「帰り道が分からないからだよ!」






 この時の俺は、あまりにもごちゃごちゃとした場所に立っていたように思う。見たくない現実、逃げ出したい現実、希望のない現実、そんなものでいっぱい過ぎて、自分が何を望んでいるのかさえ全く分かっていなかったんだ。

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