第1話「王家の二人」

 二日目の昼過ぎだった。丁度僕がエンチャントの限界に挑戦を終えた頃に再びクリア王女がやってきたのだ。


 今度は護衛の騎士と馬車を連れ、物々しい警備体制である。何でも聖剣の一件がバレたらしく、弟に護衛を付けられたとか。まぁ、そもそも一国の王女が自国内とはいえ世直しの旅に出るというのは異常なことだ。その対応には納得した。しかし、しかしだ。


「なんで親方の武器を買う代金は持ってきておいて、聖剣の修理代金は王宮まで取りに行かないといけないんだろう」


「すまん、許せ弟子殿。予想よりも質の高い魔剣のせいで手持ちが無くなってしまったのだ」


 胸を反らせながら、全然悪びれない顔で王女は言う。なんて胡散臭い笑顔だ。この前の極上スマイルと比べれば雲泥の差だ。そもそも目が分かりやすいほどに泳いでいる。


「別に大したことしてないんだから無しでもいいっすけど」


「それは駄目だ。国宝を偶然といえど修理してもらったのだからな。踏み倒したとあっては王家の恥だ」


 お礼をしたいというならご足労願うのはどうなんだ? と言いたい。言いたいのだが一緒に来ている護衛の騎士が笑顔で睨みつけてくるので僕は渋々頷く。タメ口が気に入らないのか、何度もゴホンゴホンと咳払いをしている。王女様に風邪かと心配されて慌てて止めていたが。


「丁度良い。小僧はこのまま山を降りた後に報酬貰って旅に出ちまえ。あいつも買出しから戻って来てただろう」


「ちょっ、親方?」


「ん? 弟子殿は旅に出るのか」


「ええまぁ……」


「そうか。事情は知らぬが、それなら連れの者も一緒に乗って行くといい」


 どういうわけだか知らないが、予定が勝手に決まってしまった。渋々工房を出てラシールに説明し、急いで準備を整える。ラシールが事情を聞いて呆れていたが、お小言を言われる前に連れ出しうやむやにする。その頃には騎士たちが武具の在庫を馬車に積み込み僕たちを待っていた。


「ほう、貴方が弟子殿の連れか」


「あら、噂の聖王女様はダークエルフがお嫌い?」


 王女とラシールの間で一瞬、火花が散ったような気がした。王女の母親がエルフだというのはここリスティン王国では周知の事実だ。この国は人種の違いに大らかであるのだが、そうではないということなのか。一瞬面倒なことになるかとも思ったが、王女の方が先に視線を外して苦笑した。


「そういうわけではないのだ。エルフとダークエルフが仲が悪いことは聞いているが、私とは関係ないことだし、そもそも私はハーフだ。そういうつもりだったわけではない」


「そう? ならいいけど」


 肩を竦めるラシールが、両手を軽く挙げておどけてみせる。


「誤解させたようで申し訳ない。私はただその物々しい装備が気になっただけなのだ」


「今時これくらい普通よ」


 矢束の無い弓と腰に吊るした長剣。そして外套の背中に左右二本ずつの短剣。外套の下には、上半身を守るためのライトアーマーに金属製のグリープや篭手。まるで戦争にでも行くような出で立ちだ。背中に背負った荷物袋が無ければ一稼ぎしに来た傭兵そのものといった風情である。無論、その全てがエンチャントを施された装備なのは言うまでもない。


「……」


 護衛の騎士の視線が一層に厳しくなったのもしょうがないかもしれない。だが、「護衛よろしくー」などと軽く手を振ってニパーッと彼女が笑うと騎士の男たちはそそくさと視線を外した。おい、真面目に仕事しろよ護衛。顔を赤くして何のつもりだ


「それで普通……なのか?」


「身内にエンチャントスミスが居るんだもん。徹底的にやらせるのは当然でしょ。しかも親方が好きなの持っていけって言ってくれたからこーんなになったの」


「それでこの重武装か」


 彼女ほどではないにしても、似たような装備をしている僕を見て王女は素直に頷く。

元々持っているものもあればここで新調したものもあるが、知らない以上は親方が太っ腹だと思うだろう。もっとも、ラシールや僕はパッと見える場所以外にも武器を隠しているわけだが、そこまでは言う必要は無い。と、そろそろ武器の積み込みも終わったようだ。親方が最後の武器が積み込まれるのを確認してこちらへとやってくる。その手には、円形の盾が握られていた。


「選別だ。こいつを持っていけ」


「え、でも親方それは……」


 確か、魔法に強い耐性があるミスリル〈魔法銀〉で作られた盾だったはずだ。そこらの装備とは格が違う。餞別で貰っていいような代物ではないだろうに。


「どっかの馬鹿が俺の剣にエンチャントしすぎたんだよ。最後のアレはなんだ。アレのエンチャント代を考えたらそれでも足りんわ!」


「あ、あはははは」


 調子に乗って膨大な数のエンチャントをたった一本の剣に施した。どうやら親方が怒るほどの代物になっていたらしい。実験作ではあったのだが、まぁ、いいか。


「ふん、達者で暮らせよ。それとその盾のエンチャントは自分でやれ。好きなだけな」

「はい。親方もお元気で!」


 ミスリル製のバックラーを受け取り、拳をコツンと打ち付けあう。そうして、馬車に乗り込んだ僕たちは親方の工房を後にした。途中、山中に響くハンマーの音が少し寂しげに聞こえた。




 護衛に囲まれた馬車は、ゆっくりと山道を下っていく。

 王都の北、エルフの国との国境付近にあるその山は、人通りも少ない辺境だ。その中腹にある親方の家から、馬で南に三時間も進めば王都『リスティーナ』へとたどり着ける。


 リスティン王国はラルガス帝国の侵略を見据えてエルフの国と同盟を結び、エルフの王妃を向かえて子を成した。それが第一子となるクリア王女だ。王は人間だが、ラルガスとは違って他種族を排斥するような気風はない。噂ではエルフの王妃に骨抜きにされていて、第二子として王子を儲けたとも聞く。そんなわけで、徹底的に多種族の支配を進めている帝国とは違い融和路線を敷いていた。その対比のせいか、帝国から人間以外の種族の亡命が後を絶たないそうだ。


 そこから、近年は落ち着いていた帝国の侵攻が噂されている。既に一般でも出回っているため、僕たちが戦争から離れようとしている民草としてクリア王女は扱ってくれた。

「やはり、市井の者も気づいているということか」


「耳が良い人ならそうでしょ。それに傭兵も集まってきてるしね」


 道中が暇なので、王女様直々に質問が飛んでくる。盾へのエンチャントを考えている僕はそのままに、ラシールと二人で物騒な話に花を咲かせている。どちらかといえば工房に引きこもっていた僕とは違い、ラシールは買い出しや情報収集によく出かけていた。おかげでスラスラと言葉が出てくるのだろう。


「連中はそういう匂いに敏感だからな」


「西の国境付近はそのせいで景気が良いみたいよ」


 傭兵にとっては一旗上げるチャンスだ。故に集まってくるのは当然だが、彼らは基本的に勝つ方に着く。今回は防衛戦で、しかも相手は久し振りの大攻勢だと噂されている。それでもリスティンに着くのは神剣持ちから神剣を奪うためだろう。魂胆は分かる。

 乱戦になれば、普通は物量がモノを言う。上手く立ち回ればそれも不可能ではないと思うのは当たり前だし、攻めるよりは守る方が楽なのだ。しかも襲われることが分かっているため、国はずっと準備してきたという事実もある。それが彼らの参戦を後押ししているに違い無い。とはいえ、僕個人は無謀だと思うけど。


 神剣は魔剣というカテゴリーでこそ呼ばれるが、基本的に既存の三種とは別物なのだ。そもそも、血剣もそうだがあんな非常識な物がこの世に存在して良いはずがないのだ。


 神剣とは伝説の彼方にあるべきものであり、物語の英雄を英雄足らしめるためのご都合が生み出した小道具に過ぎない。だというのに、神聖ラルガス帝国はそれを入手し、小さな小国から成り上がって大陸中央部を東西に分断するほどに版図を広げた。存在してはならない物の力でもって。


――僕はそれがとてつもなく恐ろしい。


 連中が国の名前に『神聖』なんて大仰な名前をつけたのだって、その力に起因する。なんて胡散臭い代物だろうか。神剣。手に入れれば世界を手に入れられるとか、絶対無敵の英雄になれるとか、そんな耳障りの良い、いくつもの与太話を生んできた架空の英雄のための便利アイテム。それがもし現実に存在するとしたならば、それはきっと神様の祝福なんかじゃあありえない。それはただの『えこひいき』か『戯れ』の生み出した産物だ。


 だって、この世界『ジェイデック』の一体どこに、そんな非常識な代物を必要とする場所があるのだろう? 世界の危機なんて絶望的な話は聞いたことがないし、精々が大きな戦争が在ったとか、強い魔物が出たとか、そんな程度なのだ。恐らくはきっと、世界の危機とか世界を滅ぼすような邪悪な存在が現れたなんて危機的状況には今現在まったく至ってなんていない。だっていうのに、そんな大それたギミックが現実に投入されるなんて、それこそありえないことじゃないか。


――嗚呼でも、その非常識が起こっているのだ。


 認めたくないけど、それは認めなければならないのだろう。神剣は実在し、世界の危機でもなんでもないことに首を突っ込んでは所持者の敵を苦しめているという事実と共に。


 なんて、柄にもないことを考えていたときだった。もうすぐ山から出るというところで不意に、ラシールが言ったのだ。


「クリアってさ、もしかして狙われてる?」


 何気ない一言だったが、乗っていた騎士がギョッとした顔で彼女を見る。行者の騎士もそうだ。言われた本人はキョトンとした顔で首をかしげ、しかしすぐに「なるほど」、と呟き頷いた。


「狙われる理由には事欠かないぞ。何分、王女だからな」


「そう。じゃあそろそろ気をつけるように護衛の騎士たちに言った方がいいわよ。嫌な風が吹いてるから」


「ほう、分かるのかラシール殿?」


「あ、そういう言い方は嫌いだなぁお姉さん。半分とはいえエルフでしょ。森の声が聞こえてるなら分かってる癖に」


「くくっ、申し訳ない」


 聞き耳を立てていた騎士に命じ、クリアは護衛たちに警戒するように呼びかけさせた。彼らはすぐに馬車の周囲に密集し、いつでも対処できるように構える。各々装備れた武具はエンチャントの付与効果で魔術文字を光らせ、攻撃の瞬間に備えている。と、その瞬間奇襲が失敗したことを悟ったのか平原へと続く山道の両端から一斉に矢と魔法が飛んできた。


「敵襲!」


 騎士たちが声を張り上げると同時に、手にした盾を掲げて魔法を発動。エンチャントの効果で防御障壁を発動させた。魔力で出来た淡い光の膜〈防御障壁〉は飛来する矢と魔法をことごとく弾く。護衛の面目躍如と言ったところか。


 馬車に一発も当たらないことに業を煮やしたのか、崖の上で矢を放つ数名を残して剣で武装した一団が十数名ほど馬車の進路を塞ぐようにして突っ込んでくる。


「数が多いな。こっちの倍はいる」


「盗賊かしら?」


「それにしては装備が充実しているのが気になる。帝国……か?」


「手伝いは必要?」


「いや、ここは我々に任せてくれ。ラシール殿もシルウィン殿も民間人だからな」


 力強く笑みを浮かべ、クリア王女がラシールと僕にウィンクする。


「行者と君は二人を守ってくれ。頼んだぞ」


「はっ!」


 聖剣を鞘から抜き放ち、王女様が颯爽と馬車を飛び下りる。随分と勇ましいことだ。


「ラシール、一応出る用意はしとこうか」


「何言ってるのよ。シルウィンはここで待機してなさい」


 弓を取り出し、ラシールが外套のフードを被りながら言う。シルウィンというのは彼女の死んだ兄の名だが、自己紹介の時に本名を言うわけにはいかないのでそう名乗っている。親方の場合は立場上知っているとは思えないから家名は伏せただけだったが、なんとなく察してくれていたようだ。絶対に客が居る前では僕を小僧としか呼ばなかったのがその証拠だ。本当、いい人だった。またいつか会いたいものだ。


「ちょっ、勝手に動かれては困ります!」


 騎士の一人が止めようとするが、ラシールは「ここから弓で援護するぐらい良いでしょ」と言って、行者をしていた騎士の所に向かい、弓を引く。瞬間、その手には白く光る魔力の矢が装填される。エンチャントにより魔弓となったその弓を携え、狙いを定めるラシール。彼女には今、遠く崖の上から執拗に弓を降らす弓使いたちが見えているに違い無い。フッと軽く息を止め、怒声と剣戟の音が響き渡るその中で、ラシールが狙いを定めて弓を放つ。


 その瞬間、放たれた魔法の矢〈マジックアロー〉が戦場を飛び越え射手の脳天に突き刺さったのが微かに見えた。いくらエンチャントの効果で遠くの目標が見えるとはいえ、鮮やかな手並みだ。注意した騎士が見惚れるほどであるから、相当な技量であることは間違いないだろう。


 エルフ族は弓と精霊魔法が得意だ。彼らほどに、弓の腕が立つ種族はこの世には存在しない。次々と矢を放ち、弓使いを片付けたラシールは満足げな顔で戻ってくる。


「満足した?」


「ええ」


 鬱陶しい矢の雨が止んだことで、騎士たちが勢いよく攻め立てていく。王女様も聖剣を振るい、一人、また一人と賊を討つ。その旅に次々と絶叫が上がり、血の匂いが鼻につき始める頃には形勢は新方決まっていた。


 確かに、機動力に自信があると言っていた通り素早い動きだ。着込んでいる青い鎧のエンチャント効果だろうか。聖剣の加護ではないはずだが敵を完全に圧倒している。装備の差を考慮しても彼女は間違いなく護衛の騎士たちより強いだろう。


「クリア王女、噂以上にやるみたいだ」


「そうね。純粋な剣技だけなら私より上かも。若いのに大したもんだわ。護衛の騎士たちも練度高いしさすがって感じ」


 一国の年若い王女がかなりの使い手だということに純粋にラシールは驚く。僕としては、素直にラシールが褒めたことの方に驚いていたのだが。とはいえ、一言言わなければなるまいて。


「ラ、ラシールだってまだ十分若いと思うけどな」


「まっ、当然よねぇー。くふふふっ」


 満更でもない顔で僕の頭をよしよしと撫でてくるラシールが、あのやらしい目で笑う。僕としてはいい加減いきなり頭を撫でてくるのは止めてもらいたい。男のプライドってものがあるのだ。と、撫でる手を払い除けようとした僕の手が空を切った。


 なんていうタイミングの良さだ。やはり、彼女は僕の心を読んでいるに違いない。


「だから、僕の心を読むなってアレほど――」


「静かにして。風が変わったわ」


「えっ?」


 こと戦場においては、有史以来風を味方に付けた方が有利だとされてきた。通常の弓矢については言うに及ばず、火を使った策略や行軍速度などにも影響を及ぼす。その、決して軽視できないモノと同等の意味で、彼女は言う。


 気がつけば、余裕で観戦する気になっていたラシールの顔が少しばかり強張っていた。彼女が腰に吊るした長剣は、その戦場の風をなんとなく所持者に読ませる力を持っている。だとすれば、その風とやらが意味するモノは何だ? この圧倒的有利な状況で彼女にそこまで言わしめるものなんて、一体何がある?


「げげっ――」


 ラシールがうめき声を上げると同時に、僕の外套のフードを無造作に掴んで僕の顔を隠させ、いつでも腰に吊るした長剣を抜けるように手を添えた。


 その碧眼の先には崖がある。先ほど彼女が弓を放った方角だ。そこに、一人の男が大胆にも突っ立っているのが見える。その手は右肩に回され、剣の柄を握っている。遠すぎて顔はよくわからない。しかし、どこか見覚えのあるシルエットのように僕には見えた。


「帝国の神剣使い……」


 ぼそり、と彼女が零したその言葉に僕たちの様子を伺っていた騎士がポカンと大口を空けた。僕は思わず聞き返していた。


「冗談……だよね?」


「本当よ。ほら、何度獲物をぶっ壊しても逃げ延びて鉢合わせする筋肉馬鹿よ」


「最近出てこなかったからこっちを見失ったと思ってたのに」


「んー、釣られちゃったかな。こりゃ面倒なことになるわね」


「どっち狙いかな?」


「両方でしょ」


 戦闘はほとんど終わっている。騎士たちはほとんど打ち倒し、形勢は決したと思って良い状態だ。そんな中、その男は崖の上からロープも無しに跳躍した。「とっとと逃げろよ」と声を大にして言いたい。しかし、そんな僕の心の叫びなんて無視して、山道の中央に降り立った。


「たのもーう!!」


「む、貴様はいつぞやの神剣使い!?」


「よう、また会ったな姫さん」


 身長が二メートルはあるだろうその筋肉男は、ニッカリと野卑に笑い剣を抜く。獲物は肉厚のグレートソード。背丈と同程度はあろうという長さと、相当の重量があるだろうそれを、信じられないことに片手で軽々と扱っている。恐るべきはその筋肉か。大剣には重量軽減のエンチャントは掛かっていないというのに重みを感じさせないほどに持ち上げている。あれは、単純に神剣の加護と本人の膂力の合わせ技と言ったところだが、普通ならまずそんなことはありえない。


「俺は人呼んで流離いの神剣使い。帝国のドットレイ・キルレイゾフだ!」


 おかしい。最後に奴が名乗ったときは無敵の神剣使いだったのに、また変わってやがる。


「むっ、前回はご当地の神剣使いではなかったか? ドットレイとやら」


「時代が変わるように、男の二つ名も日々変わるものなんだよ」


「そう……なのか? まぁいい。それで、その流離いの神剣使いとやらが一体何の用だ」


「この前はまんまと逃げられてしまったからな。性能テストは終わったから次はあんたの命を貰いに来たのさ」


「ほう……仲間は無力化されたぞ。本当にたった一人でやるのか?」


「当然だ。その方が断然格好いいからな」


 手下は既に全員死ぬか捕縛されている。だというのに、その男は薄笑いを浮かべるだけだった。その自信の源はやはり、その手に握る神剣だろう。アレは神剣と呼ぶにもおこがましいほどの弱い力しかないが、それでも通常の魔剣を容易く凌駕する力を持っているのだ。


「あの馬鹿、相変わらず変わらないわね。いいえ、それどころか鬱陶しさだけレベルアップしてやがるわ。暑苦しいったらありゃしない。絶対に汗臭いわよアレ」


「でも不味いよ。クレア王女はブラッドソードの使い方を分かってないんだ」


「何それ……冗談?」


「話しから察するに、前に普通に戦って折られてるみたいなんだ」


「……死んだわねあの娘」


「ちょ、それはどういう意味ですか!」


 さすがに看過できない台詞が出たせいで、騎士が会話に割って入ってくる。


「だからさ、そういう意味なの。アレをどうにかしたければ、それこそ城を吹き飛ばすぐらいの攻撃を何発も当てないといけないの」


「そんな馬鹿な! 相手はただの人間ですよ!」


「こんな時に嘘を言ってどうするのよ」


「いや、しかしですね――」


 騎士の男が戸惑うのも無理は無いと僕だって思う。でも、そんな常識が通用しないのが神剣なのだ。


「ラシール、助けてあげられないかな?」


「カ――ったくもう。下手すると死ぬのよ、私も貴方も」


 係わり合いになりたくないのは僕だって同じだ。けど、勝算も無くこんなことを言うわけじゃあない。


「あいつ一人だけならやれるはずだ。ラシール、今ここに二本在るんだ」


「上手くいっても厄介事が待ってるわ」


「でも、防波堤はあった方がいい。教えれば機能するんだ。メリットはあるさ」


 ジッと、見つめて懇願する僕を見て、ラシールがため息を吐く。どうやらその気になってくれたようだ。きっとラシールの中では見捨てて逃げるつもりだったに違い無い。


 何せ奴には生半可な遠距離攻撃が一切効かない。魔法も弓も、意識の外側からの攻撃だって神剣の自動障壁が勝手に攻撃を防いでしまう。だから、そう。神剣使いを倒すには、その防御を超えるほどの威力のある攻撃でなければならない。それこそ、城壁さえ吹き飛ばせるほどの。


「王女様のはどうするの?」


「僕がやる。君ばかりに頼るわけにはいかないからね」


「ぷっ、なにそれ。格好つけのつもり?」


「う、うるさいな。僕だって男なんだよ」


 またあのやらしい目だ。まったく、なんでいつもこうなんだろうか。こっちだって心配してるっていうのに。恨めしげな目で見ると、ラシールはフッと笑って真顔に戻り僕の頬に左手を添えた。


 柔らかで、華奢な指先が頬に触れる。その向こうに居る彼女は、今確かに生きている。いい加減、守られるだけは御免だ。彼女の碧眼を見据え僕はただただ言葉を待つ。数秒、そのままで居ただろうか。いきなり僕の頬を抓りつつ、ラシールは言った。


「分かったわ。そこまで言うなら手伝って。でもしくじるのは無しよ。成功したらご褒美にお姉さんのキッスをあげちゃうからしっかりとこなすこと。いいわね?」


「ふぁかってるふぁ!」


 本当に、どこまで僕を子ども扱いするんだろう彼女は。まぁ、でも言ったからにはやってやるのさ。


 腰に吊るしていた長剣は抜かない。僕のモノは市販のそれと余り変わらない。エンチャントはしているが、やはり攻撃力という分では足り無すぎる。だから、僕はただ自分の仕事をするだけだ。


「ちょ、二人とも何を――」


 護衛の騎士が、馬車から出ようとする僕たちを止めようとするがもう遅い。僕たちは一気に馬車を飛び出し、駆け出している。


「先に行くわよ。引き付けるからその間に上手くやりなさい」


「分かってる!」


 にらみ合ったまま動かないドットレイと王女様。その後ろで防御陣形を取っている騎士たちの間をすり抜けるようにして、先行するラシールが駆け抜ける。肌で切る風が、フードで隠していた彼女の金髪を風に流す。その後ろを走る僕もまた、置いていかれないように駆け抜ける。


 三十メートルにも満たない全力疾走。握る血剣の加護により、風に乗る彼女に追いつくことは僕にはできない。でも、だとしても置いていかれない程度には僕だって走れるようになっている。背後から追い抜いた騎士が何事かを叫んだ。止めようとする静止の声か。だとしても、そんなことで停滞するわけにはいかない。今の僕には、自分にできることをする以上の機能は余分なのだ。


「王女様、選手交代よ。それと聖剣をあの子に貸してあげて。悪いようにはしないから」


 ラシールがクリア王女の傍を抜けながら言う。加速したその身体は確かに疾風となって大地を駆けた。あまりの速度に風圧で完全に肌蹴たフードが、彼女の秀麗な顔を陽光に晒す。それを見て、ただの援軍の騎士ではないと悟ったドットレイの顔が驚きに染まった。


「お前は!」


「久し振りの再開だけど、さっさと消えてね筋肉達磨」


 跳躍後、疾走の勢いを乗せた彼女が大上段から青白く光るブラッドソードを振り下ろしながら大男に迫った。それを見て血相を変えたドットレイが、グレートソードを掲げて防御する。


――衝突。


 金属同士の衝突と言うよりは、魔法でも炸裂したかのようなその轟音が耳朶を叩く。その余波で、確かに突風が吹き荒れたのを僕は感じた。同時に湧き上がる生理的嫌悪感。言葉にできない不快な衝動が、僕の中で如何ともしがたい感情となってこの光景の異質さを否定しようとする。だが、それを憂う時間など僕には少しも残されては居ないのだ。


 衝突後にすぐ後方に吹き飛んだラシールは、そのまま受身を取って身体を跳ね上げすぐさま敵に突撃を敢行。第ニ撃を見舞うべく果敢に駆ける。それを横目に、僕は王女に駆け寄った。


「クリア王女、すまないが聖剣を貸してくれ!」


「いや、ちょっと待て。お前たちは一体どうするつも――」


「いいから早くマリアードを貸してくれ! あいつを倒したいなら今しかない。このままだとあんたは絶対に勝てないんだ! 死人が出るぞ!」


「……お前たちにはあいつをどうにかする方法があるというのか?」


「ああ! ついでに後で神剣使いとの戦い方を教えるから頼むよ」


 逡巡はした。だが、僕の剣幕に推されてクリアは聖剣を手放した。その手に、代わりに僕の腰に吊るされて在る魔剣を押し付け、僕は両手でマリアードを握り締める。


「聖剣マリアード。リスティン王国の至宝にして殉教者よ。僕に力を貸してくれ」


 祈るような気持ちで呟き、僕は告げる。


「第三開放――リミットリリース!」


 瞬間、純白だった刀身に青白くて淡い燐光が宿る。それは、例えるならば生命のような戦列なる輝きだ。陽光の下、太陽の光にも決して負けないブラッドソード特有の命の光。


(使用回数は十五? ――さすが聖剣。ラシールの奴より多い。これなら――)


 大きく息を吐き出し、足を踏み出す。一歩、二歩と進むに連れて、彼女の戦場へと近づいていく。加速する身体は聖剣の加護によって通常のそれを更に凌駕する。恐怖がない、といえば嘘になるだろう。でも、僕には止まる理由はない。これは初陣ではないし、ラシールのブラッドソードを借りて振るったこともあるのだ。ただ、それでもこの身の毛がよだつ感覚には未だ慣れない。


「うわっととと。まったく、持ち主に似て本当に頑丈なんだから!」


 四度目の衝突で、吹き飛ぶ勢いと共に後方に飛んだラシールが悪態をつく。

一撃離脱を徹底し、彼女は絶対にドットレイの間合いに残らない。凄まじい速度で周囲を移動し、死角に回り込んでは暗殺者のように切りかかる。その険しい目には、いつもの飄々とした余裕はない。対するドットレイもそうだった。


「くそっ、相変わらず足が速い姉ちゃんだ」


 王女に向けていた余裕など既にない。軽口一つ叩かずに、死に物狂いでラシールを目で追っている。パワーは圧倒的に彼に軍配が上がるが、破壊力は遂に拮抗するどころか凌駕しているのだ。大陸の魔剣技術を不公平なまでに逸脱する神剣の、その使い手も今の彼女を相手にすればただではすまない。先にクリーンヒットを入れた方が勝つ。しかし、防御に徹する彼を今まで倒せたことは彼女にはない。追い払うことはできても、それ以上は攻撃回数の限界でできなかった。そう、これまでは。


「ドットレイ!」


 ようやく戦闘範囲に突入した僕は、マリアードで奇襲する。

 聖剣は正しく力を限定的に解放し、その威力を余すことなく神剣に叩き込む。ドットレイはそれを避けない。避けられなかったというべきか。しかし、それでもしっかりと袈裟切りを神剣で受け止め、忌々しげに舌打ちした。


 在り得ざる二本目。力を解放したブラッドソード。神剣に対抗しうるその魔剣は、ただ存在するだけで彼らに恐怖を与える。僕たちが神剣を恐れるように、剣を握っているからこそ彼らは対抗手段を恐れている。その恐れに漬け込んで攻めるのが上策だろう。だが、だからといって無理はできない。


 こちらも一撃で死ぬ可能性を孕んでいる以上、ようやく公平な勝負になったに過ぎないのだ。故に僕はその一押しに対して腕力で抗するような真似はしない。僕もまたラシールのように後ろへと飛ぶ。それを追撃しようとした瞬間、彼女が五度目の突撃を敢行する。


「背中ががら空きよ」


「まだだ、まだ終わらぬよぉっ!」


 矢のような速度で飛び込む華奢な身体を見て、ドットレイが強引に身体を旋回させ掬い上げるようにして剣を振るう。切っ先は地面に突き刺さりながらもそんな事実が無かったかのように跳ね上がって地面ごと切裂いて抜け、背後から迫るラシールの剣を叩き返す。だが、その代償は大きい。いつものように、ドットレイの神剣に皹が入ったのだ。

「げっ。またかよ――」


「今よ!」


 僕は着地した瞬間、彼女の声に従って前に飛び込んだ。振り下ろした切っ先は、しかし獲物を捕らえることなく虚空を過ぎて空振りに終わる。ドットレイはその巨体を驚くべき速度で跳躍させ、転がるようにして避けたのだ。咄嗟の判断とはいえ、凄まじい瞬発力だ。しかも奴は僕たちの包囲網から脱出していた。狙ったのか偶然かは分からないがしかし、この男はだからこそ厄介なのだ。


(くっ。千載一遇のチャンスを逃がすなんて!)


 心底後悔し、僕はマリアード上段で構える。今なら絶対に引き結んだ唇が歪んでいるのが自分でもよくわかる。


「はっはぁ! そう簡単にやられるかよ坊主! 修行が足りんぞ修行が。後、筋肉もな」


「ラシールごめん。しくじった」


「いいわよ。言わなくても分かってるわ」


 隣に付きながら彼女は言った。恐らくは僕と同じ気持ちに違い無い。二人して無言で剣を掲げ、うんざりした顔でアイコンタクトを交わす。


「しかし、お前たちはよほど俺と縁があるんだな。さすがに腐れ縁という言葉では処理できない遭遇率ではないか。もしやお前たち、俺様のおっかけ――」


「「んなわけあるか!!」」


 僕たちはそれ以上言わさないように輝く魔剣を振り下ろす。瞬間、刀身から放たれた光が光刃となって奴を襲う。


「ぬぉ!?」


 それに血相を変えたドットレイは、神剣を振るって弾き変えそうとしてその刃を失った。


 神剣は一撃に耐え切れずに砕け散り、柄だけを残して残骸となる。だが、それだけの威力を見せ付けた一撃を持ってしてもドットレイの身体には傷一つ無い。なんという出鱈目だ。今のはエンチャントで防御を強化された城壁さえ切り裂く一撃だったというのに。しかも単純にいつもの二倍の威力があったのに無傷とは。頭痛を通り越して眩暈さえしてくる。僕はきっと今、悪い夢でも見ているに違い無い。


「不可解だ。なんであの男は絶対に傷つかないんだ」


「まったくだわ。生身で城壁よりも防御力があるとでも言うのかしら」


「ふははははは。とんだ邪魔が入ったが、まぁいい。久し振りにお前たちと楽しめた。王女の命を取れなかったのは残念だがお前たちならばしょうがない。出直そうではないか。アディオス!」


「二度と来るな!」


 叫びながらもう一度僕は聖剣を振るって光刃を飛ばす。だっていうのに、奴は柄を握り締めたまま崖に向かって跳躍して軽々と攻撃を避け、三角飛びで対岸へと上がって姿を消した。おかげで攻撃対象を失った光刃は大地に裂傷を刻んで明後日の方角へと飛んで行く。


 それにしても、相変わらずの逃げ足の速さだ。倒せないという意味では、あいつほど厄介な奴は未だかつて見たことがない。二人してブラッドソードを元に戻し、大仰にため息を吐いて空を見上げる。そんなアンニュイな僕たちの背中には、今頃説明を聞きたくてウズウズしている王女様とその護衛騎士一行の熱視線が集中している。


――嗚呼もう、本当に奴と出会うと碌な事がない。





 当然のことだが、僕たちはまたすぐに出発した。帝国がうろついている以上、第二派が来るかもしれないということで説明は馬車の中ですることになったのだ。


「さて、何から聞くべきか。そうだな……とりあえずは神剣使いとの戦い方だな。シルウィン殿、一体どうやった? リミットリリースとか言ったか。聖剣にあのような使い方があるなどとは父にも聞いていないのだがな」


 憮然とした顔でクリア王女は言う。


「んー、まぁそうかもね。アレはちょっとした裏技だから」


「裏技?」


「うん、裏技。あれ、使いすぎるとブラッドソードが消滅する方法だから知らない人の方が多いんだ」


「……なに?」


「ブラッドソードにはエンチャントの術式って刻まれてないよね?」


「ああ。しかし、それと裏技がどう関わってくる」


「神剣もそうみたいなんだけどさ、剣自体が力を持ってるんだ。エンチャントというか、この際『加護』って呼ぶけどその力は剣自体の力で発現しているんだ。普通の魔剣とは違ってね」


「つまり裏技はその剣の力を使った攻撃だから、消耗しすぎると消滅する?」


「理解が早くて助かるよ」


 スペルソードは所持者の魔力を、マジックソードは大気中の魔力を消費して効果を発動している。しかし、神剣と血剣はそうじゃない。それ自体が圧倒的な力を内包しているのだ。神剣はさすがにどうなっているかはよく知らないけれど、ブラッドソードはそうじゃない。その内包する力が完全に枯渇すれば存在が保てなくなって消滅する。


「だが、それだと使い切ればそれまでではないか」


「時間経過で力は回復するから、一度に使い切るようなことがなければ大丈夫さ」


 もっとも、回復しないのであれば今頃僕とラシールはあの世だっただろうけど。


「私にも出来るか?」


「剣に認められればね。マリアードは王家の聖剣なんだし、多分問題ないと思う。使いたいときに頼めばいい。剣が王女様を認めてくれるなら、語りかければ頭の中に使用回数を伝えてくれるはずさ」


「使用回数? では、それを超えたら消滅するというわけだな」


「そういうこと。だから、絶対に一撃分は残さないといけない。気をつけてね」


「まっ、使わないに越したことはないけどねぇ」


「何故だ?」


「大々的に使ってるとさ、帝国が暗殺しに来るのよ。まっ、もう遅いでしょうけど」


 神剣に限定的とはいえ対抗できる武器はブラッドソードだけだ。魔剣王の国に攻め入った帝国は、そこで心底ブラッドソードの力を恐れた。その教訓か、彼らは彼の国を占領した後は内政の充実に勤しみながらも魔剣狩りを行っている。それも他国に忍び込んでこっそりと、だ。


 無論見つかって抗議されても知らぬ存ぜぬだ。戦争になっても勝てるって思ってるからやりたい放題。大規模な軍勢は派遣しないが、それでも最近は量産したらしい神剣使いなどを投入して動かしていた。あのドットレイもその一人だ。


「そういえば、高名な魔剣を持っている者の家が賊に襲われる事件がいくつか在ったな。それも奴らの仕業か。妙に手が込んでいるという話だったが……」


「多分、戦争を見据えて王国の戦力を削りに来てるんでしょうね」


 王女として看過できない話だろうがもう遅い。帝国の連中はどこまでも本気なのだ。本気で大陸の支配を目論んでおりそのために蠢動している。


「城に着いたらすぐさま警告しなければいけないな」


 神妙な顔で呟くクリア王女は、眉を顰めてマリアードの柄をそっと握った。

神剣の理不尽さに対抗できる聖剣は答えない。けれど、僕にはその剣に宿る意志が確かに応えたような気がした。


「話は変わるがあの回収した神剣の残骸、アレを打ち直せば神剣にならないだろうか?」


 僕たちが連中と知り合いなのは、ブラッドソードを所持しているためだと納得した王女は素朴な疑問をぶつけてきた。当然の疑問だと僕も思う。もし、それが可能なのだとしたら神剣使いに神剣を持って対抗できることになる。技量の差だけが勝敗を左右する勝負に持ち込めるなら、連中の優位性を潰すことも不可能ではない。しかし、それは無理だ。


「できないよ。ドットレイの神剣は量産品らしいんだ。あれはもうただの残骸なのさ」


「それは可笑しくないだろうか。量産しているのだから、同じ材料で作れないはずがない。製法が特殊なのか?」


「えーと、クリア王女は神剣の定義って知ってる?」


「エルフの母から聞いたことはある。『神が与えた剣』の総称なのだろう?」


「定義の一つではあるね。昔、僕が誰かに聞いた話だとそこに更に『神を封じた剣』、もしくは『神で作った剣』っていうのも加わるそうだよ。三つのうちのどれかを満たせば神剣って呼ばれるんだって」


「つまり、普通には絶対無理だということか?」


「うん無理。そもそも神様が関与してる時点でお手上げだよ」


 何せ、普通は出会えないから手に入らない。これらの条件の内のどれかを満たすとするならば、実在する神を見つけるところから始めなければならなくなる。


「確かにこの世界には神様を信仰する風習はある。例えば怪我を治したりする慈悲魔法。アレは『慈悲の女神』に願い請い、その奇跡の御技を魔法として与えられた者だけが使える魔法だって言われてる。でも、神に直接会って力を授かったっていう話は聞いたことがない。そういうのは教会の経典ぐらいにしかいないんだよね」


 本当か嘘かはこの際置いておくとして、結局はそういうことなんだ。オラクル〈神託〉を受けて巫女が声を授かるだとか、そういうのがあるとしても直接面と向かって会ったなどという話を僕は知らない。秘匿されている可能性もあるけれど普通はお手上げなわけだ。


「それに神剣をポンポン神が人に与えていたらさ、今頃は一家に一本神剣が配られてるはずさ。在れば色々と便利でしょ。力仕事とかにさ」


「ははっ、それはそうだな。街道の整備や農作業などがグッと楽になる」


 僕の冗談がツボに入ったのか、王女が笑う。馬車に乗っている業者や騎士も、思わず苦笑するほどの会心のジョークだ。何故かラシールには受けていないが。


「とはいえ、だ。シルウィン殿、では実際帝国はどうしているのだ? 今の話だと帝国が神に謁見して神剣を貰っているということになるぞ」


「それは僕にも分からない。でも、分かっているのは神剣が確かに帝国の手に落ちているということ。そして量産できるようになったのは帝国が戦争を一時的に止めた後ってことなんだ。重要なのはそこだよ」


 それまでは、神剣の担い手は皇帝だけだったという話だ。でもそれならドットレイは皇帝ではないので持っているのは不自然だ。勿論、奴が皇族だというのであれば話は変わるが、彼以外にも神剣使いに会ったことがある。それに、僕だけが知りうるヒントを組み合わせれば答えは出た。


「これは推察だけど、多分今現在帝国に完全な形の神剣は存在しないんだと思う」


「それはまた、突拍子もない話だな」


「とりあえず最後まで聞いてよ。大事なのはこの先さ」


 もったいぶる必要はない。ここはぶっちゃけておこうか。


「奴らは多分、神剣を魔剣王に砕かれたんだ。だからその残骸を利用して神剣をでっち上げてるんだ」


「でっち上げる……だと?」


「普通に量産は不可能だと思う。でも、砕けた神剣の破片を普通の剣や魔剣に組み込んでその力を発現させるだけなら出来るのかもしれない。ドッドレイはいつも剣を破壊されれば逃げる。でも、残骸は拾わない。なら刀身に細工は無いはずだ。となれば、奴が絶対に捨てない柄の中が怪しいと僕は睨んでる。今回もやっぱり捨てていかなかったしね」


 恐らくだがそういうことだ。相手は神剣だ。砕かれて力を失うなんてことはないのだろう。それが奴らの量産化の秘密に違い無い。


「筋が通るようには聞こえたが、ならどうして奪わなかった」


「ああ見えて剣技は一流だ。体格も凄く戦士向きだし神剣を振り回されるとどうしてもそんなことをする余裕はなかった。だから、殺すつもりで斬りかかったんだけどあの様だった。あいつから奪うのは無理だと思った方がいいかもね」


 あの男は絶対に引き際を見誤らない。厄介なのは奴が絶対に無理をしないこと。そして柄だけでも神剣の恩恵があるせいか加護が無くならないことだ。刀身を破壊して不利を匂わせ、追い払うのが関の山なのだ。今回はマリアードが在ったから押し切れるかとも思ったが、無理だった。


「では、神剣使いを倒して柄を入手できたら試してみるとしよう。こちらにも神剣が欲しいからな」


「うん、試してみてよ」




 王都リスティーナに到着した頃には、既に日が暮れかけていた。

でも、それでも王都の賑わいは衰えない。夕闇に紛れて出ている出店や、露天商が未だに威勢の良い声で客引きをしている。そこへ夕飯の買出しに出撃してきた主婦、宿に戻る旅人たちが入ればストリートは見事な賑わいとなって完成する。


 馬車の窓から外を見れば、民の活力を確かにこの目で確認できた。そして、この国の最大の特徴である多種族の多さも。妖精の行商人が居て、人間の傭兵が居る。出店で串焼きを口いっぱい広げて頬張る獣人が居れば、ダークエルフのエンチャントスミスに武器のエンチャントを頼んでいるドワーフも居た。人間の数が一番多いが、それでもここほど節操なく多種族が交わっている国を僕は知らない。


 リスティン王国は大陸最古の歴史を誇る国だとも言われている。その長い歴史の中で国が得た教訓というのが、この王都の光景なのだとクリア王女は教えてくれた。


 やがて、僕たちは城門へと到着し王城へと通された。護衛騎士は捕らえた数人を連れて消え、一人を残して消えていく。僕とラシールはそのままクリア王女の案内で彼女の弟という王子の部屋へと向かっていた。行きかう人々が王女の後ろを歩く僕とラシールを見て怪訝な顔を向けてくる。やり難いことこの上ないが、どこの城も部外者には敏感だ。そういうものとして受け取り、とにかく一刻も早く用事が終わることを願う。


「なんで聖剣のお礼をしてもらうのに王子様とやらの部屋に行くの」


「お礼の話を言い出したのが弟だからだ。是非とも会ってお礼が言いたいとな」


「ふーん」


 帰ってきた言葉に、興味なさげに返すラシールだったが、目を細めて僕を見た。僕は肩を竦め、「知るもんか」と呟いて返す。僕だって、早く彼女たちと別れてしまいたかったのだ。帝国に居場所がバレた以上はのんびりとしているわけにもいかない。と、そんな僕の焦りなど露とも知らずにクリア王女は立ち止まる。どうやら、到着したようだ。


「ここが弟の部屋だ。――私だ、入るぞケニス」


 ノックの後、王女は返事も待たずに扉を開く。そのあんまりな所業には、さすがに僕も驚きを隠せない。だが、ふと姉弟とはこういうものかと思いなおす。ラシールなんてノックさえしない。それと比べればノックがあるだけマシだろう。


「姉上!」


 勉強でもしていたのか、扉の向こうのデスクの上では分厚い本の山が載っているのが見える。その間に挟まれた銀髪の少年がケニス王子なのだろう。


 聞いた話だと王女の四歳下。つまり12歳になるそうだ。だが、どうにも少年とも少女とも見分けが付かない容姿をしていた。姉と共にドレスを着て並べば、勘違いする者が続出するに違い無い。


 王子は姉と同じ青い瞳で僕とラシールを見た後、人懐っこい笑みを浮かべて僕たちを迎えた。護衛の騎士は一礼して去っていく。その扉が閉まる音がした後、彼は名乗る。


「ケニス・リスティンです。えと、貴方がグリシュテン殿の弟子の方ですね?」


「みたいなものです。僕は――」


「名乗りは不要ですカリス殿」


 ニコニコとした笑顔で、王子は言った。


「ん? ケニス、人違いではないか? 彼はシルウィン殿だぞ」


「ああ、今はそう名乗っているのでしたね。ではそうお呼びしたほうがいいですか?」


 彼の表情は変わらない。僕の内心の動揺など知らぬとばかりに王子は笑う。その、無邪気そうな微笑みは王族貴族特有の腹芸か。王女と比べるとよほど王族らしい少年だ。


「人違いですケニス王子。僕はシルウィンです」


「じゃあ、試してもいい?」


「試す?」


「姉さん、マリアードを貸して」


「よくわからんがいいぞ」


 聖剣を鞘ごと渡し、小首を傾げる王女をよそに王子は席を立って僕の前にやってくる。王子は聖剣を鞘から抜くと、僕の前で聖剣を振り上げて躊躇なく降ろす。その、全く微塵も躊躇のない一撃を前にして、僕はただただ呆れるばかりだった。おかげで避ける余裕などない。すると、そんな僕を見かねてラシールが即座に割って入った。


「ここの王族はお礼で客人を切り殺すのが流儀なの?」


 間一髪のところでマリアードを防いだラシールが嗜める。防がれると思わなかった王子は一瞬目を瞬かせたがすぐに口を開いた。


「姉上は慈悲魔法の使い手ですから大丈夫です。即死でなければ大抵どうにでもしてくれます」


「そうなの?」


「傷の深さにもよるな。腕をくっつけるぐらいならなんとかできるが、胴体となるとさすがに厳しい。が、弟の頼みなら挑戦はしよう」


「ふーん。まぁ、それはいいとしてなんでこんなことをするのよ」


「魔剣王はブラッドソードで斬られても死なないと、古い書物に記述されていたからですよ。そうなんですよね、カリス・アーカイバ王子殿」


「だから、人違いだってば」


 何が何でも僕を王子と名乗らせたいようだ。今更そんな名前で言われても困る。僕には王家再興の野心もなければ、魔剣王の遺児として活動する気はまったくないのだ。


「貴方を呼んだのは他でもありません。仕事を依頼したかったからです」


「おい、あんたの弟はなんでこんなマイペースなんだ」


 会話が成立しない。なんだこの流れは。思わず敬語を忘れて突っ込んだでしまったよ。


「可愛い過ぎる弟のすることだからな。大目にみろ」


 フフンッと何故か自慢げにふんぞり返るそのブラコンは、ケニスを後ろから抱きしめた。一見すると仲睦まじい姉弟の一幕だが、弟の唇が邪悪に歪んでいるのが非情に気になる。そしてその弟は俺を見て自慢げに言うのだ。


「羨ましそうに見ても姉上はあげませんよ。姉上は永久に僕の姉上ですからね」


「……」


 こっちはシスコンか。一部の隙もない関係だなぁおい。


 思わず眉間に手を当ててため息を吐いた。そんな僕の気など知らぬとばかりに王子は追撃をかけてくる。偉い奴は他人の都合など考えないというが、本当らしい。


「それで、ああそうでした。依頼内容の話でしたねカリス王子」


「そんな話は断じてしてなかったはずだが……」


「知っての通り、帝国の神剣使いは強力です。それも複数居ることは間違いない。ですので、対抗するためにブラッドソードを作って欲しいのです」


「人の話を聞く気がないな! そうだな、おい!」


「はい」


「聞いてるじゃないか!」


 思わず突っ込むが、相変わらず顔色一つ変えずに微笑み続ける王子は取り合わない。


「かつては北の弱小国でしかなったという帝国があそこまで大きくなったのは、間違いなく神剣の力です。一応説明しておきますけど、あいつらは人間族以外を支配することに傾倒している。ここで止めなければどこへ逃げても同じですよ。そうですよね、姉上」


「うむ。中央三国が防波堤になってはいるが、既に詰みかけているからな」


 中央三国。帝国の東に隣接している北から南に並んでいる三国のことだ。


「最北にある獣人の国ムッカは今現在東西に分かれて内乱中です。噂では西側の獣人が帝国の助力を受けているとか。その南のエルフたちは僕たちリスティンと同盟関係にありますが、こちらに増援を送っている間に攻められることを考えれば迂闊には動けない。元々長命ではあるけど数が少ないですしね。リスティンが落ちれば次は内乱で疲弊したムッカを落とし、北と西と南からエルフの森を焼き払えば三国は壊滅。残った商業国では一国になった時点で終わりです。状況は分かりましたか? どこまで逃げても奴らは貴方の前にやってきます。つまり大陸にはもう貴方の逃げ場なんてないわけですね」


「逃げ場ならジパン列島や南の大陸がまだあるじゃないか。それに帝国の西には竜と魔族の国もある。ここで踏ん張らなきゃいけない理由はないね」


「ですが、所詮戦いは数です。三国が落ちればその兵数は膨れ上がる。そして、その国力に神剣の力が加わればいずれはその二国も落とされるでしょう。そうなれば結局は同じことです」


 理路整然と紡がれる論理には、確かに将来の未来絵図が描かれていた。でも、それが分かっていながら僕は乗り気にはなれなかった。


 そもそも神剣や血剣に頼った戦いが間違いなのだ。あんな物に頼る戦いというのは、その時点で既に狂っている。


 ヒトの戦いに神の力なんかが介在するのは架空の御伽噺だけで十分だ。だって、肩入れされた方が勝つに決まってる。そんなのは争いでさえないただの虐殺だ。


「もう一度お願いします。ブラッドソードを作ってください」


「断る。話がそれだけなら僕たちは出て行くぞ」


 背を向け、僕は扉へと向かう。と、取っ手を握った瞬間誰かが僕の外套を引っ張った。ラシールだ。その瞳が、僕に何かを訴えている。


「まさか、ラシールまで仕事を受けろって言うのか? 僕がそういうの嫌いなんだって知ってて」


「そういうわけじゃないけど……」


 煮え切らない表情を浮かべ、困ったように頬をかくラシール。彼女が何を言いたいのか、僕には分からない。強要することを彼女はしないし、いつも僕に決めさせてきた。だから今回も同じだ。だっていうのに、戸惑ったままのその顔が、今の僕には無性に腹立たしく思えた。


「専属侍女さんは分かってるってことじゃないかな。その方が賢明だって」


「黙れ。軽々しくブラッドソードを作ってくれなんて言う奴の仕事なんて、死んでも受けるものか」


「カリス!」


「作らせたいなら西の魔族に頼めばいい。誰か一人ぐらいなら作れる奴が居るはずだ。アーカイバの遠い親戚が居ると父に聞いたことがある。そいつらを当たればいい」


「それでは遅いんだ。連中は恐らく、一月以内に攻めてくる」


 時間がない、ということか。どうやってそれを知ったのかは疑問だが、そう言うからには確定なのだろう。ここで嘘を吐く意味は薄い。でも、それは僕には関係ない。


 正直に告白すれば、神剣と同じぐらい僕はブラッドソードが嫌いなのだ。だから作りたいと思わない。だが、それは僕の理由だ。ケニス王子には理解できない話であることは間違いない。そして向こうは引けないのだから、僕にこうして頼んできている。これを断るのは難しい。最悪、身柄を拘束される可能性もあるだろうし、ラシールを人質に取られたら僕は手も足も出なくなる。だから、その可能性を潰す。


「……条件がある。これを履行できるなら依頼を受けてやってもいい」


「それは良かった。条件はなんですか? この際できる限りのことをしますよ」


「剣を求める本数分、リスティン王家の命と民の命を僕に差し出せ」


「――な!?」


 それは、到底承諾できない条件だったに違い無い。微笑みを表情から消し、ケニス王子が唖然とした顔で僕を見る。それはクリア王女も同じだった。言葉の意味が脳髄に浸透した段階で僕を強く睨みつけてくる。


「それは、まさか冗談じゃあないですよね?」


 取り繕った笑みを浮かべるケニス王子に、俺は言う。


「こんな面白くもない冗談を言えるほど、僕の笑いのツボはズレていないさ」


「ならば何故、そんなふざけた条件を出すのですか!」


「そもそも君たちは勘違いしているんだ。ブラッドソードがなんなのかを」


 そうだ、知っていたら軽々しく頼めやしない。きっと彼らの中では、架空の物語と同じ都合の良い武器なのだろう。そんな都合の良いだけのものなど、この世にあるはずがないというのに。


「血を鍛えて作るのではないのか? 死なない程度になら皆から少しずつ集めれば――」


「違うよ王女様。アレは了承した犠牲者の血と肉と魂、命を鍛えて作るんだ」


「そんな馬鹿な!? ではマリアードもそうだと言うのか!?」


 僕は狼狽してた叫んだ彼女に頷き、王子に言う。


「僕に作って欲しいんだろう王子様。ならいますぐ本数分の犠牲者を用意してくれ。ただし、最優先は王家の人間だ。理由は聖人・聖女、王家の者。こういう特殊な者ほど強力な剣になるからさ。ブラッドソードで勝ちたいんだろう? だったら、いの一番に犠牲者になってくれ。君ならきっと良い材料になる」


 許諾はできまい。王家の人間だからこそ尚更に。そして、この時点で王子一人の裁量でどうこうするレベルを超えた話になった。現国王を無視して決めることはできず、かといって受諾したとしても最優先は王家の人間。一本作るとして最も必要の無い人間といえば決まっている。市井の身に墜ちた僕でさえ分かる構図だ。


 それを想像し、顔色を悪くしているケニス王子。顔色は既に青を通り越して白い。元々白い肌が、更に色を失ったかのように白くなった。


「それは……できない」


 搾り出したその言葉の先には、姉の顔がチラついているに違い無い。なぜなら、彼女が最初の犠牲者になるのが必然だからだ。


 これは単純に消去方の問題で、王子は世継ぎとして生き残らせなければならないが、王女は違う。王女というのは政略結婚の道具となることが多い。王子が居るなら尚更だ。エルフの王妃は不可能。エルフとの同盟の要であり、王子と王女を二人とも魔剣化したとしてもその後に世継ぎを生んでもらわなければならないからだ。そして王を犠牲にしては、帝国の侵攻の前に王国の基盤が揺れる。確実に士気は落ち、戦争の準備にさえ悪影響を出す。故に消去法で真っ先に切り捨てれられるのは王女なのだ。


「ケニス、私は――」


「駄目だ! 姉上を犠牲にすることはできない! 誰か代わりを用意すれば――」


「ふざけるな!!」


「ッ――」


「条件は変えない! 犠牲者は王家が優先だ。なまくら作ってもしょうがない。勝つために必要なら、そのために最高級品を作る。それだけの話だ。多分、神剣は帝国に百本もない。王家を含めて百人。有能な者や特殊な者を集めろ。それで勝てるぞケニス王子!」


 ブラッドソードの力は犠牲者の命の力。だから僕はアレが好きではない。神剣の理不尽さに抵抗するにはそれほどのモノを捧げないといけない。この事実は今の僕にはとても重い。それはきっと代償なのだ。神の力に人の身で抗うための。でも、だからといってそれを認めることが嫌で、僕は逃げている。逃げ続けている。


 勝つための代償に仲間の命を犠牲にして、それで勝って何になる。普通の魔剣なら良かった。それだけなら僕は喜んでエンチャントする。けれどこれは駄目だ。本末転倒だ。


「行こうラシール。彼らは条件を満たせない。ならこの話は無しさ」


「……うん」


 外套の手を離し、ラシールが悲しそうな目で僕を見る。その目は、いつものあのやらしい目なんかじゃなくて、どこか痛ましいものがあった。何故、そんな目で僕を見る。止めてくれ。僕はそれが嫌だから逃げているんだ。この先もずっと、逃げ続けてやるんだ。君と一緒にどこまでも。


 視線を振りきり、無言で僕は部屋を出る。王子たちから静止の声はない。王に話していれば勝つためにどうしたか気にはなるが、どちらにしてもこれで終わりだ。

僕は作らない。彼らは条件を受諾できない。これでこの話はおしまいなのだ。

 そうして、今度こそ僕は扉を開けて部屋を出た。


――十分な数のブラッドソードが国内で見つからなければ、リスティン王国はラルガス帝国に滅ぼされるだろうと知りながら。







「ラシール」


「なに?」


「帝国に復讐したいのなら残ってもいいよ」


 城を後にし、城門を潜って街に出た辺りで僕はふと心にもないことを言った。


「王女はブラッドソードを持ってる。そして使い方も知った。君も居れば、単純に二人は神剣使いを倒せるかもしれない。なら、後はその神剣を奪いながら戦えば勝てるかもしれない」


 恐らく、商業国も秘密裏にリスティンを支援している。リスティンは最後の防波堤だと理解しているはずだから。それに、リスティンも王女がもたらした情報を元にブラッドソードをかき集めるだろう。それが間に合えば戦況は分からない。


「この馬鹿リス」


 ゴツンっと言う音と共に、僕の後頭部が悲鳴を上げた。ラシールの拳骨だ。いきなりのそれに、僕は振り返って彼女を睨む。


「いきなり何するんだよ!」


「私が何時帝国に復讐したいなんて言ったの」


「それは……でも憎んでるんだろう。帝国を」


「そりゃ憎んでるわよ。兄さんが死んだのは確かに帝国のせいだもの。でもねカリス。それがなんで貴方の子守から外れてここに残ることに繋がるのよ」


「今までと違って、勝てる可能性があるから?」


「なんでよ」


「剣が最低二本。それ以上手に入る可能性もまだある。このまま僕の封印が解除されるのを待つよりは現実的だよ」


「馬鹿リス」


 ゴツンと、二発目が飛来した。今度は額だった。とても痛い。篭手のせいで最悪だ。装備のエンチャント効果が無ければ絶対に頭蓋骨が陥没したに違い無い。


「そんな期待なんて私は貴方にしたことないわ。どういう勘違いなのよ」


「痛たた。そんなこと言われたって……大体、さっき僕に剣を作らせようとしてたじゃないか」


「アレはそんなのじゃないわ」


「じゃあ何だったのさ」


「残って一緒に戦わないのかなって思ったの。いつまでも逃げ続けるのはダルいしね」


「冗談じゃない! なんで自分から進んでラシールに危ない真似をさせないといけないのさ!」


「は? じゃなんで残るか聞いたのよ」


「僕の意志と君の意志じゃあ事情がまったく違うんだよ!」


「私の意志? んん? ああ、なるほどそういうことかぁ」


 出た。またあのやらしい目だ。言うんじゃなかった。絶対に言うんじゃなかった!


「なるほどなるほど、そうかそうか。お姉さんが心配だから巻き込みたくない。でも、私の意志だと止めたくないから好きにしろと。そういうことかな少年」


「違わないけど、止めろよ頭撫でるのはさ!」


 しかも夕方とはいえ人通りが多い街中だ。なんだこれ。周りを歩いている買い物帰りの奥様方が興味津々な目で見てくるじゃないか。僕を羞恥心で悶絶させる気か!


「本当、馬鹿なんだから」


 ぼそりと呟いて、僕が振り払う前にまたも離れると、ラシールは笑って僕の手を引っ張った。


「それじゃ、行きましょうカリス。今日の宿を探さなきゃ」


「うん。あ、そういえばさ」


「ん?」


「結局、聖剣のお礼ってもらってないよね」


「あちゃー、旅費が楽になるかと期待してたのになぁ」


 正直、聖剣を修理したお礼だからかなりの報酬を期待していたのだ。まぁ、僕たちを拘束しなかったことを報酬と思うことで納得するしかないのかな。そう思ってラシールと歩いていると、ふと彼女は思い出したかのように言った。


「報酬もそうだけどさカリス」


「なに?」


「マリアードを開放したご褒美を忘れてたわ」


「え?」


 気づいたときにはもう、僕の頬にラシールの柔らかな唇が押し当てられていた。僕が驚くよりも先に離れた彼女は、ハミングしながら先を行く。このとき、僕は時刻が夕刻だったことを感謝した。


――赤い夕日が、真っ赤になった僕の顔を少しは隠してくれただろうから。

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