第4話 災難少年

 「小学校の遠足、俺は絶対に忘れないぜ!」


 トモは嫌なことを思い出したというように頬を膨らませて、あの日の災難を語りだした。


 あの日のことは、オレはトモや当時の同級生から聞いたことしか知らない。

 オレは、その遠足に行けなかったのだ。

 普段健康体のオレが、その日の朝だけ急にお腹が痛くなり、遠足に行くのを諦めなければならなくなった。


 「遠足に行く楽しみを手放した代わりに、あの恐怖体験をしないで済んだんだろ?ホント、ジンは強運の持ち主だよな。」


 オレの行けなかった遠足は、突然の悪天候や事故に見舞われ、泣き叫ぶ子ども達の声が今でも耳に残るほど、まだ幼かった彼らに酷く辛い記憶を刻み込んだ。


 「でも怪我人一人も出なくて、無事にみんなで帰って来れたじゃないか。不幸中の幸いってやつだろ?」 


 宥めるように言ったオレに、トモは顔を真っ赤にしながら声を荒げた。


 「何を言ってるんだ!俺はあの日、野犬に追い掛け回されたんだぞ。今でも犬とかそういった類のものは恐怖の対象でしかない。」


 そう言った後、トモはふと思い出したように話を変えた。


 「そういえば昨日、変な奴に追いかけられたんだよ。」


 さっきまでの興奮した表情からは少し落ち着いていたが、少し引きつったようにポツリぽつりと話し始めた。


 「小さい子どもなんだけどさ、なんか犬みたいなんだよ。」


 そこまで聞いて、少し笑いながらオレは冗談交じりにトモに呟く。


 「トモって、子どもに好かれるタイプだったっけ?」


 厳しい強張った表情を浮かべ、トモが言い返す。


 「冗談じゃなく、怖かったんだよ。笑っているのに、殺意のある目なんだ。人間の子どものはずなのに、獣と錯覚するような。人間のはずなのに、銀色の毛並みに覆われているような。なんて言ったらいいのかなぁ。とにかく、必死で逃げたんだからな。」


 トモの表情は恐怖を浮かべていた。


 「で、どうやって振り切ったの?」


 「昨日、お前のペンを探しに行った帰り・・・夕暮れ時に出会ったんだけど、走って逃げているうちに完全に日が暮れて、辺りが暗くなったときにはその子どもはいなくなってた。やっぱり子どもだから、暗くなったから家に帰ったのだろうか。」


 夕暮れ時に知らない子どもに追い掛け回されたら、確かに恐怖だよな。


 「ホント俺、犬とか苦手なんだよ。」


 ふーっと深いため息をついて、どことなく遠くを見ながらトモは呟いた。


 「お前が強運の分、俺が災難を引き受けてるみたいだよな。」

 

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