238話 集まる罪人(?)

 早朝。まだ太陽すら昇っていない時間。

 ロレッタが「あたし、一旦帰って今日のお仕事の準備してくるです!」と一時帰宅のために店を出ていった直後、陽だまり亭に、麻袋に詰め込まれた人間が送りつけられてきた。


「おはようございます、英雄様」

「セロン……お前、いつの間に奴隷の売買を……」

『ち、違います、英雄様! 私です、ウェンディです!』


 大人がすっぽりと収まるくらい大きな麻袋……っていうか、大人が一人すっぽりと収まっている麻袋からウェンディの声が聞こえてくる。

 中に入っているのはウェンディか。


「お前ら……そういう特殊なプレイは家でこっそりとだな……」

『ち、ちち、違います! そのような特殊なプレイでは……!』

「え……っと、『ぷれい』とは、一体なんのことなんでしょうか?」

『はぅっ!?』


 懸命に言い訳をしていた麻袋(ウェンディ)が、セロンの純粋な言葉に射貫かれて蹲る。

 ふぅ~ん、そーかそーか。

 セロンは『そーゆーこと』にはあんまり詳しくないんだなぁ……ウェンディと違って。


「なぁ、ウェンディ」

『すみません。今はそっとしておいてください。どうか、掘り下げないでください……自分が穢れているようで…………いたたまれません』


 麻袋の中からすすり泣く声が聞こえてくる。……怖ぇよ。


「あ、セロンさん。おはようござ……きゃっ!? な、何事ですか?」


 セロンの足下に転がる泣く麻袋を見て、ジネットが悲鳴を上げる。

 まぁ、怖いわな、これは。


「店長さん、おはようございます。実は……」

「……中にいるのは、ウェンディ?」


 麻袋を観察して、マグダが問う。

 お前鋭いな。泣き声とか匂いで分かるもんなのか。


「はい。実は、事情がありまして……」

「……ウェンディ、重罪を犯した?」

「違いますよ」

『いいえ、セロン……私は罪深い女です……』

「ウェンディ、どうしたんだい!? 君に罪があるとすれば、僕の心を奪ったくらいだよ!」

「「ごふっ!」」

「ほにゃっ!? どうしたんですか、ヤシロさんとマグダさん!? 二人揃って」


 く……セロンめ、過去の傷を思い出させやがって…………

 あれは確か、セロンがウェンディにプロポーズするとかなんとか言っていた時に、俺がマグダに(すっごいせがまれて)冗談で言ったプロポーズもどきのセリフだ。

 ……覚えてやがったのか、自分でその境地にたどり着いたのか……どちらにせよセロン、よくもまぁ平然とその言葉を使えるな、お前。殴りたい。


「……マグダは、ちょっと、用事を思い出したので……部屋に戻る……」


 尻尾の毛をぶわっと膨らませて、マグダが厨房へと駆け込んでいく。

 なんとなく、マグダもダメージを受けているような……


「……むふーっ」


 あ、受けてるなダメージ。やっぱり。

 俺の言った冗談がトラウマになってなきゃいいんだが。……なってたらどうしよう。責任を感じるな。


「セロンが麻袋に詰められて出荷されるべきだと思う」

「なぜ僕が!?」

『あと英雄様、私も出荷される予定はありません』


 じゃあ一体、なんでこんな奇妙な格好になっているのか。

 それも、こんな早朝から。


「実は今、ウェンディは新しい光の粉の研究をしていまして」

「そういや、研究を再開したとか言って光ってたな、昨日」

「はい。それで、日中に光を浴びるわけにはいかないんです」

「夜中に眩しくて眠れないからか? 別のベッドで寝れば!?」

「英雄様、いきなりテンションを上げてお叱りになるのはやめていただけませんか? ビックリしますので」


 早朝に嫁を麻袋に詰め込んで持ってきた男に言われたくない。

 こっちは今現在絶賛ビックリし中だっつの。


『私は現在、蓄光レンガとは異なる、集光レンガを作ろうとしているんです』

「集光……ってことは、少ない光を集めて光るレンガか?」

『はい。日中でも日が届かない洞窟のような場所でも明るく輝くレンガを作れないかと』

「そんなレンガが作れるんですか? 凄いです!」


 無邪気にはしゃぐジネット。

 確かに、蓄光レンガだと、日に当てておく必要があるが、集光レンガならその必要がない。完全に光が入らない場所は論外としても、薄暗い洞窟内を照らすにはいい道具かもしれない。


『それで、私自身が光っていると、夜間の研究に支障が出ますので……』

「じゃあ、もう家から出てくんなよ」

『ですが、私たちの結婚式が原因で四十二区が危機に瀕しているのに、家でじっとなんて……!』

「それは違うって言っているじゃないか」


 麻袋(ウェンディ)の訴えを、エステラが遮る。

 毎度のことながら、絶妙のタイミングで陽だまり亭へとやって来たエステラ。

 もう、店の前に待機して出るタイミングを見計らっていたとしか思えない。


「セルフプロデュースの上手いヤツめ」

「たまたまこのタイミングになっただけだよ」


 俺を指さしてそう言った後、エステラは麻袋のそばにしゃがんで優しい声をかける。


「君たちに責任はない。だから、『BU』とのことはボクたちに任せてくれないか? 領主であるボクと、連帯責任者のヤシロに」

「ちょっと待て、こら」

「なにさ。主犯格って表現の方がよかったかい?」

「勝手に黒幕に仕立て上げんな」

「ボクが知る限り、事件の中心にはいつも君がいたと思うんだけど」


 何が事件だ。

 今回の一件で俺は、完全なる被害者じゃねぇか。

『BU』に難癖付けられて、お手上げ状態のお前に泣きつかれて、気が付いたら人一倍走り回っている………………


「……俺、実はいいヤツなのかも」

「そこは否定しないけど、なんてそんな死にそうな顔して言うかな?」

「あの、ヤシロさんはいい人ですよ!」

「ジネットちゃん。それ励ましのつもりだろうけど、ヤシロにとどめ刺してるから」

「そんなつもりは……あぁっ!? ヤシロさんがなんだか溶けかけているようにだらり~んとしています!?」


 ……俺は、目の前で仲間が食われても見て見ぬふりを貫く、貝になりたい。


「とりあえず、セロン。何かあったら話してやるから、ウェンディを連れて帰れよ」

「しかし、英雄様……」

「このままじゃ、ウェンディが何か重罪を犯した罪人みたいに見られるぞ」

「あはは、そんなことは………………」


 セロンの言葉が止まった。

「そう言われてみれば、そう見えなくもないかも……」とか思っているのだろう。


『……セ、セロン?』

「はっ!? そ、そんな風には見えないですよ、英雄様!」

「頑張ったなぁ、セロン。でも、嘘はやめとけ。な?」


 いつ俺がお前らの敵になるか分かんないんだからよ。

 なにせ、俺、来世は貝になる予定だから。


「でも、陽だまり亭に来てくださる方は、みなさんいい方ばかりですし、罪人になんて見えませんよ。ね?」

「それは早計思う、私は」


 ドアの向こうからギルベルタの声が聞こえ、そして、ドアが開け放たれる。

 ゆっくりとした足取りで、店内へと入ってくるルシア。


 そのルシアは、ゴザを体に巻かれ、その上からロープでぐるぐる巻きにされていた。

 す巻きだ。


「犯罪者が増えたな……」

「誰がだ! 口を慎めカタクチイワシ!」


 どんなに威嚇してみても、す巻きじゃ迫力に欠けるぞ、ルシア。


「なぁ、エステラ。どういう状況なんだ、これは?」

「いやぁ、それが……」

「それは、私が説明いたしましょう」


 ルシアの後ろからギルベルタと共にナタリアが入ってくる。

 お前か、こんなことをしでかしたのは。


「昨夜、三十五区の生花ギルドの寮へ宿泊したミリィさんのもとへ、再三侵入を試みた不届き者がおりまして」

「おい、給仕長! それは違うぞ! 私は呼ばれたのだ、ミリィたんの魂に! この耳でしかと聞いたのだ、『るしあさんと添い寝したい、よぅ』という、ミリィたんの心の声を!」

「――などと意味不明な証言を繰り返しておりましたので、ギルベルタさんと協議した結果、このようなことになりました」

「うん……報告ありがと。すげぇ目に浮かぶよ、その光景」

「違うぞ、カタクチイワシ! いいから聞け! ミリィたんが、浴衣だったのだぞ!?」

「聞きたくもねぇから黙ってろ、犯罪者」


 やっぱり、ナタリアを同行させておいてよかった。

 三十五区は危険な街だからな。


「ギルベルタも手伝ってくれたのか。ありがとな」

「当然思う、止めるのは、主人の不祥事を」

「主人をす巻きにするのは当然ではないと思うぞ、ギルベルタ!」

「触角禁止令を出す、少し黙らないと、ルシア様」

「よし黙ろう! お前も黙れカタクチイワシ」

「巻き込むな」


 ナタリアから事情を聞いて、朝一で駆けつけた……わけじゃないんだろうな、ルシアは。

 きっと「ミリィたんともっと一緒にいたい」とか言って同じ馬車に乗ってきてしまったのだろう。

 それで、す巻きか。

 ミリィ、トラウマになってなきゃいいけど。


「な? 犯罪者も来るんだから、この店」

「あの、ヤシロさん……っぽく見えたとしても、決して犯罪者では……」


 っぽくは、見えるんだな。

 ジネットも素直になったものだ。


「ヤシロ氏! 見てくだされ、渾身の揚げたこ焼き(食品サンプル)が出来たでござる! この照り、ツヤ、まさに珠玉の逸品でござる!」

「あ、犯罪者が増えた」

「いや、ヤシロ。彼は特に拘束されているわけでもないのに見た目で判断するのはどうなんだろうか」


 見た目で判断したって断言出来る時点で、お前も同類だぞエステラ。

 つかベッコをどこかのカテゴリーに振り分けようとしたら『犯罪者』か『犯罪者予備軍』かのどっちかだろうに。


「わぁ、見てくださいヤシロさん! まるで揚げたてのたこ焼きみたいですよ!」

「いや、はしゃがなくていいから」

「揚げたてのたこ焼きだと!? それはどんなものだ!? 私は食べたことがないぞ! どういうことだカタクチイワシ!」

「お前もはしゃぐんじゃねぇよ、うるせぇよ」


 それぞれが話したいことがあるようで、結果全然話が進まない。

 一度落ち着かせる必要があるな。


「ジネット。ルシアとギルベルタに揚げたこ焼きを食わせてやってくれ。で、マグダを呼び戻して手伝わせろ。セロン、その状態じゃ落ち着かないからウェンディを袋から出してくれ」

「なにっ!? その袋の中にいるのはウェンたんなのか!? ラ、ラララッ、ラッピングされているではないか!? ついに、お持ち帰り出来るのか!?」

「で、ナタリアとギルベルタはそこの変態を取り押さえといてくれ」

「かしこまりました」

「かしこまる、私は」

「う~ん……領主付きの給仕長がすんなりとヤシロの言うこと聞くこの状況ってどうなんだろう……」

「エステラは、面白いことで悩んでないでこの手紙を読んでくれ」


 俺は、朝一番で届けられた手紙を差し出す。


「これ……マーゥルさんからの手紙かい?」

「あぁ。今朝一番で手紙を送ろうと思ったら、ハムっ子がそれを持ってきてな」


 どうやら、『BU』がトレーシーへ通達を送った直後に、トレーシーはマーゥルに宛てて手紙を書いていたらしい。

 その手紙を読んで、マーゥルは俺たちへ手紙を書いたのだ。

 行動が早くて助かるぜ。


「ねぇ、この『トレーシーさんへの伝言は一度だけ受け付けます』って、どういうことかな?」

「マーゥルはトレーシーから相談の手紙を受け取った。それに返事を書けるのが一回きりだってことだろうな」


 トレーシーがマーゥルへ助けを求めるのは想定済みだろう。

 だからこそ、マーゥルは一度しか手紙を出せないのだ。


「マーゥルの立場的に『力になれない』って返事を書く機会が一度だけあるってことだ」

「なるほど。マーゥルさんの立場で何度も手紙のやりとりをしていれば、内部からの転覆を謀っていると取られかねないってことだね」

「外患誘致は重罪だろ」

「区によるだろうけれど……極刑も免れないかもしれないね」


 日本でも、外患誘致は裁判無しの極刑だ。

 敵と通じ、国家転覆を謀る行為は、それだけ罪深いということだ。


「お目こぼしは一回。その一回に限り、伝言を書き添えてくれるってわけか」

「それも、万が一手紙の内容を見られても平気な分量……ってことになるだろうな」

「事細かに指示を出したりは出来ないんだね」

「構うものか。分厚い紙の束を送りつけてやるがいい」


 ルシアが、「出来るはずがない」と分かりきった顔でそんなことを言う。

 相当頭にきているようだ、今回の『BU』のやり方に。

『BU』の内部にいるマーゥルやトレーシーに対しても、あまり穏やかではいられない程度には。


「たった一回の伝言……なんて言えばいいのかな…………」

「『好きにしろ』と伝えるのだな。所詮は『BU』の中の人間だ。こちらがどう言ったところで、逆らうことなど出来はしまい」


 す巻きのくせに鋭いことを言う。

 少々癪ではあるが、俺もルシアと同じ意見だ。


「トレーシーには、自分の意思で動いてもらうのがベストだな」

「それが、ボクたちを追い詰めるような判断であっても、かい?」


 当然、俺たちにトドメを刺すような行動は控えてほしいところだが――トレーシーを動かすよりも、そうならない状況をこちらが作り上げる方が安全だと言える。


「トレーシーには『くれぐれも、自分たちの利益になるように動け』と伝えておこう」

「『くれぐれも』、かい?」

「あぁ、『くれぐれも』だ」


 迷うことなく、自区に都合のいい方についてもらう。

 その方が行動が読みやすいからな。


「結局は、急ごしらえの仲間など信用出来んということだ。我々だけでねじ伏せるぞ、『BU』を。エステラよ、覚悟を決めよ」

「え……」

「なんだ、覇気のない! たとえ二対七であろうと、私は『BU』ごときに屈するつもりはないぞ」

「いえ、それはボクもそうなんですが……ルシアさん」

「……なんだ?」


 エステラの顔が、徐々ににやけていく。

 そんな様を不気味に思ったのか、す巻きのルシアが引いている。

 けどまぁ、エステラがにやける気持ちも分かる。あいつは好きだからなぁ、仲間とか友達ってのが。


「ボクたちのことを、そこまで信用してくださっているんですね」

「は、はぁ!? な、なんだ、今さら」

「利害関係にあるので協力をしてくれているんだと、それくらいには親しくなれたとは思っていたんですが…………ふふ……いつの間にか、隣に立って共闘出来るくらいに認めてくださっていたんですね。あの、ルシアさんが」

「う……うるさいっ!」


 エステラは、最貧区四十二区の、新米領主だ。

 デミリーを除けば、領主の中に親しい者もおらず同性や同年代の友達もいない。

 そこへ、同性の中でも頭一つ抜け出したルシアがそこまでの信頼を見せてくれたんだ。そりゃ嬉しいだろうよ。

 ルシアにしても、他に親しい領主なんかいないだろうし。

 こいつらはお互いにとって特別な存在ってわけだ。


「わ、私はっ、ミリィたんや、ウェンたん、それにハム摩呂たんがいる四十二区が…………す、好きな、だけだ」

「にやにやにや……」

「えぇい、にやにやするでない! そんな不気味な顔はカタクチイワシだけで十分だ!」


 なんか酷いこと言われてるー。

 でも、照れ隠しだと思えば可愛いもんだ。

 にやにや……


「えぇぇえい! にやにやが溢れておるぞ、この店は! 換気せよ! よくない空気だ!」


 す巻きのままじたばた暴れるルシア。

 顔が真っ赤だ。指摘されて、自分の振る舞いを顧みたのだろう。照れてやがる。


「ルシアさん。ボクも好きですよ、ルシアさんが」

「わ、私が好きだと言ったのは四十二区がだ!」

「では、わたしたちのことも好きでいてくださるんですね。ありがとうございます、ルシア様」

「ジネぷーまで何を言い出すのだ!? そ、そういう意味では……な、くはない、が……えぇい! やめるのだ、その顔を!」

「俺も好きだぜ、花園の花とか、金になりそうで☆」

「貴様は心底黙れ、カタクチイワシ。虫唾が走るわ」


 ふふん、それもどうせ照れ隠し…………だよ、な?

 うわぁ、すげぇ真顔。


「口を開けば話している、四十二区のことを、ルシア様は」

「ギ、ギルベルタ! 余計なことは口にするな!」

「………………情報を集めさせている、給仕に、四十二区の最新情報を」

「なぜ深く考えた末に、それが余計ではない情報だと思い至ったのだ!? その辺のことを黙っていよと言ったのだ!」


 どうやら、四十二区が大好きらしいな、ルシアは。

 赤く染まった顔を向こうへ向けようと、す巻きのまま身をうねらせる。

 イモムシか、お前は。吊るしたらミノムシだな。


「ふ、ふん! 不愉快だ! これはちょっとやそっとでは機嫌は直らんぞ!」

「つまり、早く食べたいと催促している、揚げたこ焼きを、ルシア様は」


 ちょっとやそっとじゃ機嫌が直らないから、揚げたこ焼きで自分のご機嫌を取れってか? 随分と分かりやすい性格になったもんだな、ルシア。


 ……って、あれ?


「なんでジネットがここにいるんだ?」


 さっきも普通にルシアと話してたけど。


「揚げたこ焼きは、マグダさんが作ってくださってますよ」

「いいのか? 作りたい魔神のお前が」

「魔神って……もぅ、酷いです」


 少しむくれて、でもすぐに微笑みを浮かべる。


「マグダさん、もう少しだけ時間が欲しいそうで……それで、どうしてもと」

「時間が欲しい? なんのだ?」

「なんでも、『復活するまでの時間』……だ、そうですよ」


 あぁ……俺のせいってわけね。

 一応照れたりするんだな、マグダも。あの時は、そこまで照れてたような記憶はないんだけどな…………あれ、そういやあの時、マグダって何してたっけ?

 途中からマグダの記憶がないな…………いたっけ?


「……へい、お待ち」


 そんな話をしていると、タイミングよくマグダが戻ってきた。

 美味そうな揚げたこ焼きを持って。


「お、マグダも上手いな。さすが、たこ焼きはお手の物か?」

「………………」


 じっと俺を見つめた後、無言で揚げたこ焼きを一皿差し出してきた。

 ……ノーコメントかよ。


 そして、ルシアのテーブルへ向かう途中で――


「…………むふっ」


 ――と、息を漏らした。

 嬉しいは嬉しいんだな、褒められて。


「おぉ、これが揚げたこ焼きか。美味しそうな香りだな。早速いただこう」

「ギルベルタ。ルシア、手ぇ使えないから食べさせてやればどうだ?」

「おぉ! たまにはいいことを言うではないか、カタクチイワシ! そうだ、食べさせてもらおう!」

「ダメですよ、ルシアさん!? 熱過ぎて死にますよ!? ヤシロはこういう場面で善意を見せることなんてないんですから!」


 という、エステラの妨害により、熱さにもんどり打つミノムシ(=ルシア)を拝むことは出来なかった。……残念だ。


 ルシアがす巻きから解放されて、軽く俺に蹴りを入れに来て、席へ戻って揚げたこ焼きを食べる。

 ……蹴んなよ。


「美味いな! タコの食感がいいアクセントになっている」

「絶品思う、私も、この揚げたこ焼きを……はふはふ」

「おぉ、タコと言えば」

「はふはふ……」


 ずっとはふはふしているギルベルタとは対照的に、熱いたこ焼きを一口でぽんぽん食っていくルシア。あいつの口の中は、熱湯に近いお茶を好んで飲む江戸っ子の爺さん並みに熱さへの耐性があるのだろう。


「マーたんが後で来るそうだ」

「マーシャが?」

「うむ。カタクチイワシへのクレームを言いに来るそうだ」

「後日にしてくれ、そんなもんは」


 クレームは冗談で――それが、ルシアの冗談なのか、マーシャの冗談なのか判別は出来ないが――俺たちと話し合いたいことがあるのだろう。


 海漁ギルドが味方についてくれるなら、心強いんだが………………ん?

 んん?

 待てよ…………


「なぁ、エステラ。鉱山を掘ってるギルドがあるんだよな?」

「うん。四十二区のそばにはいないけどね」

「じゃあ、石の切り出しとか加工とかは誰がやってるんだ?」

「石の……誰もやってないけど? 家を建てる時には、必要な分だけ買ったり、材料調達は大工に任せているよ」


 そっか、近隣にはいないのか…………ってことは、多少派手なことやっても怒られないかもしれんな。怒るヤツがそばにいないなら。


「ベッコ。お前、彫刻は出来るよな?」

「もちろんでござる! 金銭的に経験はあまり豊富ではござらんが、拙者は本来彫刻こそが使命だと思っているでござるよ」


 ベッコなら、石の加工も出来るかもしれない、か。


「ウェンディ」

「はい」

「集光レンガって、どれくらいで実用化出来る?」

「え…………っと、粉の研究はほぼ完成していまして、あとはレンガとの相性をテストしなければいけませんので…………あとひと月かふた月くらいは……」

「明日までに試作品を作ってくれ」

「えぇっ!? で、ですが、それだとセロンが……」

「大丈夫だよ、ウェンディ。英雄様の頼みとあらば、僕は寝ずにレンガを完成させるよ!」

「でも、セロン……」

「なぁ、ウェンディ。四十二区のために額に汗して働くセロン……カッコよくないか?」

「……きゅんっ!」


 よし、陥落。

 これで、集光レンガを一定数確保出来れば……実用化はもう少し後でもいい。大々的にプレゼンが出来ればそれで…………


「ウーマロとロレッタは、いちいち確認取らなくてもあごで使えるとして……」

「独り言がえげつないよ、ヤシロ」


 エステラの茶々をするっとスルーして、残りのピースをかき集めていく。

 これが全部噛み合えば、ひっくり返せるかもしれない、くだらない『BU』のルールを。


「マグダ」

「……なに?」

「メドラに会いたいんだが」

「………………プロポーズ?」

「縁起でもないこと口にすんじゃねぇよ。メドラの前では冗談でも言うなよ。……あいつ、都合のいいことしか聞かねぇから」


 ハビエル然り、メドラ然り、この付近を職場としている連中にも確認を取らなければいけない。

 まぁ、多少無理矢理にでも了承を得るつもりではあるが……最悪、何か見返りが必要になるかもしれない。


 で、一番文句を言いそうなのが、ルシアなんだよな…………こいつを納得させることが出来れば、あとはなんとかなりそうな気がするんだが、果たして…………


「なぁ、ルシア」

「なんだ、改まった顔をして」


 こいつは試金石だ……いっちょ試してみるか。


「マーシャを俺にくれねぇか?」

「なっ!?」

「えっ!?」

「はぁっ!?」

「……なんと」

「あっと驚く、わたしは」


 なんだか、ルシア以外の女子たちも驚いてしまった。

 いやいや、そういうことじゃなくてだな……


「四十二区に、小さな港を作りたい」


 そうすることで、大きく変わるんだよ、『流れ』が。


「……それを、私が許可するとでも思っているのか?」

「してもらう。意地でも。ついでに、三十七区の領主にも話を付けてきてくれ」

「話にならんな。血迷ったとしか思えんぞ、カタクチイワシ。海漁ギルドの港は、我が区の生命線だ。それを揺るがすような提案を、この私が受けるとでも思っ……」

「ニュータウンに、お前の別荘を建ててやる」

「…………………………………………むぅ」

「悩むんですね、ルシアさん!?」


 エステラが元気なツッコミを入れたところで、俺は手応えを感じていた。

 ルシアの物言いは、一見すると反発のように見えるが……あの目は聞きたがっている目だ。詳細を。勝率を。勝算を。


 切羽詰まった状況であることを承知し、その打開策を模索しているのはルシアも同じだ。

 痛みを伴わない改革などあり得ない。

 それを承知した上で、あいつは聞きたがっている。俺のもたらす秘策を。


「詳しく聞かせてもらおうか……『BU』を組み伏せる方策を」


 語ってやるさ。

『BU』の中の誰もが確信している勝利が、いかに脆くて、いかに見かけ倒しかということを。

 そして、その幻影を一気にかき消す作戦を。


 たこ焼きでも食って、しっかりと聞いてやがれ。




 その後、半日を使って、俺は頼れる連中に声をかけて回った。

 残された二日間でなんとしてでも仕上げなければいけないものを仕上げるために。






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