177話 協力体制

「美味しいッス!」

「……マグダが、アッスントと交渉した」

「マグダたんえらいッス! 最高ッス!」


 コーンポタージュスープに感激しているウーマロ。……いや、『コーンポタージュスープを生み出したマグダに』かもしれないが。

 マグダはただアッスントにおねだりしただけなんだがな。


「しかし、凄い売れ行きだな、ポタージュ三種は」

「はい。嬉しいですね」


 正真正銘の生みの親といえるジネットは、この状況にとてもご満悦のようだ。

 出来のいいコンソメが必須となるこの料理、他の店ではちょっと真似出来ないだろう。


「では、わたしは、これから会議をされる皆様へ甘いものを作ってきますね」

「ほどほどでいいぞ」


 いそいそと厨房へ戻るジネット。

 新しいメニューが増え、今はちょうど作りたい衝動に駆られる時期なのだそうだ。

 隙あらば作ろうとしている。


 甘いものってのは、たぶんドーナツだろうな。


 マグダとロレッタも、最近厨房にこもるようになってきた。

 新しい料理を覚える楽しさみたいなのを覚えてしまったようで……どんどんジネット化している。


 今は俺たちしかいないからいいが、客が来たらちゃんと接客させなきゃな。

 ――んで、その『俺たち』というのは、ウーマロに、イメルダ、そしてノーマだ。


「ベッコさんを呼んできてくださいましっ!」


 さっきまで黙々とコーンポタージュスープを啜っていたイメルダが「くわっ!」っと両眼を見開いて立ち上がる。力強く拳を握りながら。

 ……コーンポタージュスープの食品サンプルとか、後でもいいだろうが。そんな地味なもん。


「はぁ~……まさか、カボチャのポタージュの上を行くものが現れるとは、驚きさね」


 唇をぺろりと舐め、妖艶に目を細めるノーマ。キツネっぽいその仕草は妙に色っぽい。

 おい、誰か! ノーマにおかわりをっ! ……あぁ、いや、違う。今日はこいつらに話があって呼びつけてんだった。趣味に走っている場合ではない。


「実はお前たちに作ってほしいものがあってな。金はエステラが出してくれるから、しっかりとしたものを作ってほしい」


 こいつは、四十二区を挙げての一大企画なのだ。


 俺は昨夜のうちに描き上げておいた設計図をテーブルに広げる。

 そこにはとてつもなく長い、頑丈な柱が描かれている。

 席を立ち、テーブルの周りに集まってきては設計図を覗き込む面々。


「ヤシロさん、これは一体なんなんッスか?」

「こいつは、『速達マシーン、とどけ~る1号』だ!」

「酷いネーミングセンスだね……」


 そんな言葉と同時に、エステラが陽だまり亭へと入ってくる。

 時刻は朝。いつもなら早朝に教会で合流するエステラにしては遅い登場だ。


「オネショの隠蔽は済んだのか?」

「してないわ!」

「まぁ、エステラさん。堂々と残してきたんですの?」

「オネショをしてないんだよ、ボクは! ルシアさんに手紙を書いていたの!」


 イメルダを一睨みして、俺の隣へとやって来る。


「朝から余計なことしか言わないね、君は」


 頬を膨らませて、エステラが俺を睨む。

 ただ、膨らんだ頬が微かに赤く染まっているので、そんな顔も迫力よりも可愛らしさが勝ってしまっているが。


「これが、マーゥルさんとの連絡ツールなのかい?」


 そう。これはマーゥルと迅速に連絡のやりとりをするために俺が考えたものなのだ。

 マーゥルの家を出る前に直談判し、設置の許可をもらった。


「これは一体、どういうものなんさね? 説明しておくれな」


 幾分わくわくとした表情でノーマが俺を見つめている。尻尾がふっくらと膨らんでいるあたり、やや興奮状態にあるようだ。


「四十二区と二十九区の間にある崖に、巨大な柱を設置するんだ。その柱に滑車を付けて、簡単な荷物を運べるようにする」


 ニュータウンにある滝のすぐ上はマーゥルの住む館の敷地だ。

 こいつが完成すれば、いつだって、超特急でマーゥルに連絡を取ることが可能になる。


「釣瓶の原理で荷物を上へ運べるようにするんッスね」

「あぁ。ただし、かなりの高さになるからな、万が一にも落下事故を起こさないような工夫を施したい」

「それが、この滑車部分の歯車なんさね?」


 滑車部分は金属で作製し、摩耗による破損を回避する。

 内部に仕込まれた歯車に逆回転防止のストッパーを組み込み、切り替え一つでストッパーを解除出来るようにしておく。

 カッターナイフの刃が一方向にしか進まない原理を応用し、下から荷物を上げる時は落下防止の役割を果たし、上から荷物を降ろす時はゆっくりと降りてくるような仕組みになっている。


「箱状の荷台に物を入れ、釣瓶の要領で持ち上げる。で、上部に『カラビナ』と同じ構造のフックを取り付けて、到達した後は落下しないようにしておくんだ」


 カラビナってのは、登山なんかで使われるフックの一種で、一方向にだけ開く蓋のような仕掛けが付いていることで簡単に引っかけられて尚且つ外れないという優れものだ。


 それを応用してもっと手軽に、荷物がそばに来るだけで自然とロープが引っかかる、そんなフックを作る。大きな釣り針のような形状になる予定だ。


「それからもう一つ。フックに物がかかったらベルが鳴るように細工をしてほしいんだ」


 ベルの構造はサイクルベル――通称『チリンチリン』を参考にしている。

 荷物が天辺に到達するとカラビナに荷物のロープがかかり、それに連動して歯車が動き、鐘に内蔵された回転する二つの金属版が鐘本体を打ち鳴らす。

 デカい鐘なので、結構な音量で音が鳴ることになるだろう。


 その音を聞いて、上でも下でも荷物の到着を知るのだ。


 マーゥルの家の呼び鈴がベルだったから、こいつを思いついたのだ。

 そして、ノーマにこの構造を教えておけば、そのうち四十二区にも呼び鈴が誕生するだろう。


「しかし、かなり大きいッスね……」

「そこなんだよ、問題は」


 なにせ、高さが20メートル超の巨大建造物になるわけで、建てるだけでも一苦労、倒さないように維持するのでまた一苦労という代物だ。


「だからこそ、お前たち三人に協力を頼んだんだ」


 木こりギルドのイメルダが材料を揃え、トルベック工務店のウーマロが建造し、金物ギルドのノーマが内部構造と建造物の補助を担当する。

 三つの組織の力を結集させなければ、こいつは完成しない。


 設計自体は問題ない。俺はこう見えて、過去に建築関連の基礎を徹底的に脳みそへと叩き込み、数年をかけて技術を磨いたことがある。そして、その後様々な偽装をバレないように…………まぁ、いいじゃないか、過去のことは。


 ただし、この街には日本にあった材料がほとんどない。鉄骨も、コンクリートも、グラスファイバーもだ。

 だから、どこまで強度を保てるのか、確かなところは分からない。その点に関しては、この街のスペシャリストに聞く方が確かだろう。


 で、このメンバーだ。


「普段はアホみたいな顔でアホみたいなことしかしていない連中だが、やる時はやってくれると信じているっ!」

「声に出てるッスよ、おそらく心に留めておかなければいけないことがっ!」

「いちばんアホみたいなことをやってるんは、ヤシロさね」

「お顔も、なかなかにユニークですものね」


 三方向から言いたい放題言われてしまった。

 まったく、こいつらは……アホみたいな顔して。


「お前らの平均バストがEカップでなかったら説教しているところだぞ」

「なんでオイラまで入れたんッスか!? おいらを省けばGカップッスよね!?」


 Fから成長したイメルダは、現在ノーマと同じGカップになっている。見事だ、二人とも。

 ちなみにウーマロはAカップ計算だ。厳密に言えばAもないのだろうが……それを言い出すとエステラが…………エステラが…………っ!


「お前を省くことは、エステラの人権を剥奪することと同義だろうが……っ!」

「同義じゃないから、泣かないでくれるかな? とてつもなく不愉快だよ」


 飛散する俺の涙を、煩わしそうに手ではたき落すエステラ。相変わらず凄まじい動体視力だ。

 ただな、手が濡れたからって俺の服で拭くんじゃねぇよ。


「みなさ~ん、お待たせしました~」


 皿に載ったドーナツを持って、ジネットが厨房から出てくる。

 そして、知らぬ間に増えていたエステラを見つけ、嬉しそうに笑顔を咲かせる。


「エステラさん、おはようございます」

「おはよう、ジネットちゃん。あとでボクにもこのコーンポタージュをくれるかな?」


 イメルダの食べかけを指さしてエステラが言う。

 昨日、話だけは聞いていたから食べたくて仕方ないのだろう。

 ……またナタリアに文句言われるぞ、「自分ばっかりズルい」って。


「マグダさ~ん、コーンポタージュスープ一つで~す!」


 厨房に向かって声をかけるジネット。

 マグダが温め係でもしているのだろう。

 なんだかこれまでと立場が逆転しているな。ジネットが注文を取ってマグダが作るとか。まぁ、温めるだけだからな。というか、もう温まっているから皿によそうだけだ。


 オーダーを通した後、ジネットはこの場に残り、俺の隣へとちょこんと立った。

 参加したいのだろうか。聞くくらいはいいけど。


「わぁ、これが『とどけ~る1号』さんの設計図なんですね」


 と、設計図を覗き込むジネット。

 まさかの、建造物にさん付けである。


「こんなに大きな物を建てて、倒れたりしないんでしょうか?」

「そこが心配なんだよな」


 日本では、ワイヤーを使って補強したり、地中深くまで杭を打ち込んで安定させたりするのだが、どちらもこの街では難しそうだ。

 ワイヤーでの補強というのは、電柱の横に斜めにワイヤーが張ってあったりするあの『電柱支持ワイヤー』のようなもので、柱にかかる力を下と斜めの二方向へ分散する役割を持つ。

 だが、それには強靭なワイヤーが必要となるため、この街で再現するのは難しいだろう。

 また、地中深くに杭を打つための『ボーリングマシン』も、この街にはないだろうしな。


 そこをどう補うか……


「支持ワイヤーで掛かる力を分散するから問題ないさね」

「地中深くまで杭を打ち込めばしっかりと安定するッスよ」

「えっ、あんの? そういう技術」

「当然ですわ。この街の外壁は、かなり高度な技術で作られていますのよ?」


 あぁ、そうか。

 魔獣を防ぐ巨大な外壁を作るために、建築技術的なものはかなり発展しているのか。

 だったら、街の中の建物も、もう少し近代化していてもいいような気がするんだが……


「ウチのヤンボルドは、杭打ちの名人なんッス。手先も器用ッスけど、やっぱりウマ人族はパワーがあるッスからね」


 などと、ずっと俺を見て話すウーマロ。

 ……質問したのはジネットなんだが?


「……と、ジネットさんに伝えてほしいッス」

「大丈夫だ。聞こえてるみたいだから」


 ジネットがくすくすと笑う。

 さすがにウーマロの扱いにはもう慣れたようで、無駄に話しかけたりはしない。

 常連の扱い方は、個別にきちんと把握する。これは結構大切なスキルだったりするわけだ。


「いい加減、目を見てお話しなさいまし、ウーマロさん!」

「のはぁあ!? オイラの視界に入らないでほしいッス!」

「ワタクシから目を逸らすとはなんたる無礼!? あなたくらいですわよ、そんな態度をお取りになるのは!」

「だから、回り込んで視界に割り込もうとしないでほしいッスって!」


 もっとも、そんな個人の事情など知らんというスタンスのヤツもいるわけで、イメルダは不機嫌そうにウーマロに絡んでいる。

 ウーマロの顔を覗き込んでは逸らされ、逸らされては覗き込みということを繰り返し、二人でくるくる回転している。……それくらいにしとけよ、お前ら。


「どっちも落ち着くさね。子供みたいにはしゃぐんじゃないさよ」


 余裕の表情で煙管を弄ぶノーマ。

 食堂内は禁煙なので、指でいじるに止めているようだ。


「あら、さすがノーマさんですこと。枯れた意見ですわね」

「アタシはどこも枯れてないさよっ!?」


 イメルダに熱い灰攻撃をしようと煙管に刻み煙草を詰めようとするノーマ、――の腕を押さえる。

 禁煙だっつの。


 そんなユニークな三者を見て、エステラが両腕を広げて肩をすくめる。


「やれやれ……このメンバーでうまくやっていけるのかい?」

「おい、エステラ。イケメン顔で『やれやれ……』とか言うなよ。主人公みたいだろうが」

「久しぶりに言われたね、その『イケメン』という不愉快な言葉……」


 そういえば、最近エステラを男と間違えるヤツが急激に減っていると、ナタリアが言っていた。なんでも、「エステラ様はここ最近とても女性らしくなられましたので…………私に憧れて」ということらしい……まぁ、「私に憧れて」は、ヤツの勝手な思い込みだろうが。


「そういや、エステラは昔みたいな男っぽい仕草をしなくなったさねぇ」

「え、そうかな?」

「確かに、以前にも増して可愛らし表情をよくされるようになりましたよね」

「ちょっ、やめてよジネットちゃん…………可愛らしいなんて……がらじゃないよ」

「うふふ。そういうところも、可愛いですよ」


 ジネットにからかわれて照れるエステラ。

 うむ……確かに女子っぽい。

 昔のこいつは、もっとキザな男みたいな所作が目立ったのに。


「というか、ボクってそんなに男っぽいことしてた?」

「あぁ、してたぞ。大きなおっぱいをついつい見ちゃったりな」

「それは君だけだよ、ヤシロ!」

「いや、エステラ……あんたの視線も結構感じるっさよ」

「えっ!? う、嘘でしょ!?」

「残念ながら……本当さね」

「ワタクシも、たまに感じますわね」

「あの…………わたしも、たま~に」

「ジネットちゃんまで!?」


 エステラも結構な頻度で巨乳に視線をやっているようだ。……ただし、俺とは違う思いを込めて。

 呆れ顔で俺とエステラを見つめるノーマとイメルダ。ジネットは困り顔で笑っている。


 ……っていうかさぁ。


「そんなでかいおっぱいしてたら、普通見るっつーの!」

「そ、そうだよね、ヤシロ! 見ちゃうよね!?」

「……エステラ。あんた、そこでヤシロと意見合っちゃっていいんかい……?」


 ノーマがエステラにドン引きしている。エステラに。

 俺にじゃない、エステラにだ。


「ドン引かれてるぞ、エステラ」

「君にだよ!」

「人のせいにするなよ、この、おっぱいマニアめ!」

「君にだけは言われたくないね、そのセリフ!」

「そんなことよりも、ナイモノネダリーナさん……もとい、エステラさん」

「物凄い間違いだね、イメルダ!? 悪意しか感じないけど、何か用かな!?」


 ドヤ顔のイメルダと、般若顔のエステラ。

 うわぁ……なんて低レベルな睨み合いだ。


「予算に余裕があるのでしたら、とっておきの木材をご用意出来ますわよ」

「余裕って…………ちなみに、その木材って、いくらくらい、かな?」


 冷や汗を浮かべて、エステラがイメルダに耳を向ける。

 こそこそと耳打ちをされたエステラの髪の毛が一瞬逆立つ。

 ……相当な金額を言われたのだろう。それでいて、出せなくはないような額を。


「…………ちょっと、考えさせて」

「では、ご用意いたしますわ!」

「あぁ、もう! 結局そういうことになるとは思うけど、一回持ち帰らせてよ!」


 いくら領主と言えど、一存で大金をぽんぽん使うわけにはいかない。

 最悪でも、ナタリアと話し合うくらいはしたいのだろう。


 …………この街、給仕長が権限持ち過ぎてねぇか?


「まぁ、今回はマーゥルも金を出してくれるっつってんだ。なんとかなるだろう?」

「そのお金を当てにしても躊躇うような額だったんだよ!」


 イメルダ……お前、いくら吹っかけた?


「雨風に強く、曲がらず、折れず、それでいて燃えにくい、この建造物に打って付けの木材があったのですが……仕方ないですわね、ワンランク下の木材を用意させますわ」

「待って! マーゥルさんとの共同出資だから、中途半端なものは作れないんだよ」

「失敬ですわね。ウチで扱う木材は、ワンランク下げても一流の木材ですわよ」

「それでも、超一流があるならそっちを使いたいんだ」

「要するに、負けろってことだよイメルダ」

「いや、違うよヤシロ! ボクは別に、そんなつもりでごねてるわけじゃないんだ…………けど、負けてもらえるなら、嬉しい……かも」

「やめてくださいまし……エステラさんの上目遣いを見せられても、怖気が走るだけですわ……」


 エステラのおねだり光線を浴びて、イメルダが自身の両腕を抱きかかえる。寒気を覚えているようだ。

 甘えるのって、やっぱ相手を選ぶよな。


「……エステラのおねだりは、なっていない」


 突如、俺たちの背後にマグダが出現した。

 ……なぜ厨房にいたはずのこいつが背後から現れるんだ……相変わらず気配のないヤツめ。


「……エステラのおねだりは、マグダレベルのおねだりには程遠い」

「マグダレベルのおねだりって…………出来るの?」


 まぁ、マグダは基本無表情だからな。

 おねだりって言葉はピンと来ないのだろう。……俺もこねぇもん。


「……実は、エステラのコーンスープをよそうついでに、もう一杯余分によそってしまった」


 マグダが指を鳴らすと、お盆を持ったロレッタが厨房から出てきた。お盆には皿が二つ載っている。

 そして、ロレッタはわざとらしく困った顔をしている。


「あぁ、余分によそってしまったです……このままではスープが一人前無駄になってしまうです。経営を圧迫して、陽だまり亭の大ピンチですっ!」


 ……なに、この猿芝居?


「……こんな時、マグダレベルのおねだりを使用すると……」


 と、マグダはゆっくりと体の向きを変え、俺たちに背を向ける。

 そして、がくりとうな垂れた。


「…………しゅん………………………………………………ちらっ」

「オイラがいただくッスー!」

「……このように」

「ウーマロにしか通用しないじゃないか、そのおねだり!」

「……アッスントにも効果があった」


 エステラが、事の真偽を確かめようとこちらへ視線を向ける。

 ……あれはおねだりが功を奏したわけではないが…………まぁ、頷いておくか。


「ほ、本当、なのかい……?」

「……マグダは……小悪魔だから」


 オレンジの髪をさらりと掻き上げ、虚ろな半眼で流し目らしきものをしてみせる、マグダ。


「……あはーん」


 凄まじい棒読みだ。

 しかし、俺のすぐそばで末期患者のキツネが胸を射抜かれて床へと沈んだ。……もちろん、そのキツネはウーマロの方だ。


「…………おかしい。今のはヤシロを狙ったのに」

「あぁ、悪い。俺の場合、胸を寄せて谷間で照準取らないと当たらない仕様なんだ」

「…………むむ、手強い」


 谷間が出来るようになってから出直すんだな。

 ……で、そっちの赤い髪の谷間ナッシングガールは何を真剣に悩んでいるんだ?


「…………よし! イメルダ!」


 何かを決意した様子で、エステラがイメルダに向かって体をくねらせてみせる。


「あはーん」

「マグダさん並みの棒読みですわね。それはさておき、殺意を覚えますわ」

「やっぱり谷間かっ!?」

「違いますわよ、エステラさん。それはヤシロさんの攻略法ですわ」


 うん。

 とりあえず、エステラがテンパってるのはよく分かった。

 お金は厳しいけど、イメルダの提案した超一流の木材が欲しくて仕方ないんだな。


 ……ここ一番って時に頭が回らなくなるんだから、こいつは。


「なんの話です?」

「あ、実はですね……」


 ロレッタは、エステラとウーマロの前にコーンポタージュスープを置き……本当にウーマロに食わせるんだな。まぁ、いいけど、ウーマロだし……お盆を抱きしめるように持って、ジネットの隣へと移動する。

 ジネットはそんなロレッタにドーナツを差し出し、これまでのあらましを説明してやっていた。


「それじゃあ、足りない分はみんなでちょっとずつ出し合えばいいです」


 素晴らしいことを思いついたという顔で、ロレッタが言う。

 迷いのない声だ。


 しかし……カンパ、か。


「お断りだ!」

「まぁ、ヤシロならそう言うだろうと思ったけどね」


 コーンポタージュスープを啜りながら、エステラが憎たらしい笑みを浮かべる。

 なんだよその顔? 最初から期待してませんでしたよ~、みたいな顔しやがって。


「けれど、マーゥルさんとのやりとりに使う物だから、あまり大勢の人に関わってもらうのは好ましくないんだよ」


 金を出したんだから俺にも使わせろ!

 ――みたいなヤツが出て来ても困るからな。行き先は、マーゥルの館一ヶ所のみなのだから。


 金は、関係者のみで捻出することが好ましい。


「それに、材料費ばかりにお金をかけるわけにも行かないからね。ウーマロとノーマにも、結構高度な技術を求めることになる以上、相応の報酬はしないと」


 そう。

 材料費の他にも施工費がかかるのだ。


「ウーマロは、マグダの『ふぅ~ふぅ~』四回分で支払うとして……」

「それは凄く魅力的ッスけどっ!? ウチの大工も何人か使わないといけないッスから、ちゃんとお金でほしいッス!」

「……『あ~ん』もつける」

「あぁっ!? 心が揺れ動くッス! オイラの中の天使と悪魔がぁ……っ!」


 たぶんだけど、ウーマロの中にいるのは『天使と悪魔』じゃなくて、『大工と変質者』なんじゃないかな?


「んじゃあ、やっぱ材料費は抑え目だな」

「う……うん…………」

「二つくらいランクを下げても、耐久性は保たれると思いますわよ」

「ふ、二つも下げるの!?」

「それでも、一流の木材ですわ! ご心配なく!」

「ちょっと待って! ……今計算するから」


 エステラがこめかみを押さえてテーブルをジッと見つめる。

 記憶の中の各種書類を引っ張り出して、暗算でもしているのだろう。

 こいつは何気に計算がすげぇ得意だったりする。暗算の速さではたぶん勝てない。

 そして、記憶力もかなりいいのだ。


 どうにかやりくりして、超一流の木材を使えないかを考えているらしい。


 まぁ、どうしようにもなくなった時は、俺がなんとかしてやっても…………なんてことを考えていると、思いがけない救世主が現れた。


「そのお金、僕たちにも出させていただけませんか!?」


 陽だまり亭のドアを開けて入ってきたのは、セロンとウェンディだった。


「セロン……それにウェンディも」

「領主様。どうか、僕たちにも協力させてください」


 食堂に入るなり、脇目も振らずエステラに接近し、訴えかけるセロン。

 突然現れて、そして事情を完璧に把握しているようなこの素振り……


「マーゥルから、何か連絡があったのか?」

「はい、先ほど。英雄様と領主様が大きな塔を建設しようとしているという内容の手紙をいただいたのです」


 マーゥルめ。どうしてもこいつを完成させたくて、保険をかけやがったな。

 セロンたちは、光るレンガの大ヒットでかなりの収入を得ている。

 こいつらが協賛してくれるなら非常に助かる。


「塔ではないんだが、協力してくれると助かるよ」

「聞いた、セロン? 英雄様が許可をくださったわ!」

「あぁ、ウェンディ! 英雄様の寛容さにはいつも心をぐもぅっ!」


 ぺらぺらと鳥肌ものの賛辞を述べるセロンの口にドーナツを二つ、無理矢理ねじ込んでやった。……お前は、俺をネフェリーにする気か? すげぇ鳥肌立ったわ。


「分かった、言い方を変える。テメェらは関係者に近しいんだ、儲けてる分の金をさっさと寄越せ」

「「はいっ! 喜んで!」」


 ……なんで喜んじゃうんだろう、この二人…………こいつら、新種のウィルスにやられちゃってんじゃねぇだろうな?

 …………つか、セロン。もうドーナツのみ込んだの? すげぇなお前。口の中ぱっさぱっさにならねぇの?


「いいのかな……」

「いいんじゃないか、本人たちが納得してんだし」


 不安げなエステラを安心させておく。

 どの道、これはマーゥルの仕掛けたことだ。俺らはまんまとそれに乗せられておけばいいんだよ。


「たぶんだが、セロンもマーゥルのために何かしたいんだろう。自分を認め、今も尚期待を寄せてくれる他区の貴族にな」

「……うん。そうかもね」

「そして、今回の一連のごたごたが自分たちの結婚式をきっかけに動き出してしまったことも気にしているんだろうな」


 あれは難癖であり、セロンたちは槍玉に挙げられただけだ。

 だが、事実以上に、本人たちの心の問題として、こいつらはずっとモヤモヤしたものを抱えていたのだろう。理屈じゃなくて、感情の面で。


「これが免罪符になるなら出させてやりゃあいいし、何かしらの利益を生むようなら還元してやればいい」

「そうだね。それじゃあ、協力を頼むとするよ」


 これで、四十二区、レンガ工房、マーゥルの共同出資が決まり、『とどけ~る1号』の制作はスタートを切ることが出来た。

 上手くすれば、この『とどけ~る1号』を使い、マーゥル経由でソラマメを手に入れることも出来るだろう。


 しかし、完成まで少しかかる予定なので、その前に二十七区へと出向くつもりだ。

 足並みを揃えている――ように見える――『BU』を突き崩してやらなきゃいけないからな。


「それじゃあ、みんな。よろしく頼むね!」

「任せてほしいッス!」

「いい物を作ってみせるさね」

「ご期待以上の物を用意してみせますわ」


 意気込みを見せる面々を眺めつつ、俺はドーナツを口へと放り込んだ。






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