178話 杭と馬車

 設計図の話をした後、なんだかんだと細かい話をして、その日のうちに契約は締結された。

 そして、善は急げとばかりに、各々が行動を開始した。


 そして、数時間後。

 太陽が天辺を過ぎて随分低い位置で輝き、もうしばらくしたら空が赤く染まっていくだろうなという時間になった頃、ニュータウンに、巨大な杭が持ち込まれた。


「最上級のカラマツの杭丸太ですわ。思いっきり打ち込んでも大丈夫ですわよ」


 外の森に生えていたという極太の松を加工した巨大な丸太。

 こいつを今から地中に打ち込むそうだ。

 これが基礎となれば、巨大な建造物も支えられるだろう。


 しかし、デカい。

 日本で見たボーリング車の鉄杭みたいな立派さだな。


「……オレ、杭、打つ!」


 トルベック工務店ナンバー2のウマ人族、ヤンボルドが巨大な木槌を担ぎ上げて「ブルルルルッ!」と嘶く。


「こういう時だけ馬キャラを演出するんですよね、ヤンボルドさん……」


 グーズーヤが白けた顔でヤンボルドを眺めている。

 演出なのかよ……


「つか、ウーマロ。あんな5メートル以上もある杭をどうやって打つんだよ?」

「ジャンプして『ドン!』ッスよ」

「……分かりやすい説明ありがとよ」


 なんかもう、この街の住人はなんでもありだな。

 重機が開発されていない理由が分かった気がする。必要ないんだもんな、獣人族がいれば。


「………………すっ、はぁぁああああああっ!」


 短く息を吸い、ヤンボルドが気合いの雄叫びを上げる。

『超ヤンボルド』に変身でもしそうな勢いだ。凄まじい迫力に、大地が少し振動している。

 面長の顔に、常時すっとぼけたようなくりっくりの瞳をしたヤンボルドからは想像も出来ないような迫力だ。


 グッと首を持ち上げ、高く聳え立つ巨大な杭丸太の先端部分を睨み上げるヤンボルド。

 筋肉ムッキムキの大工が四人がかりで支えるその杭に向かって、ヤンボルドが突進していく。


 十数メートルの助走の後、地面を蹴って大ジャンプ。

 図体のデカいヤンボルドが空を舞い、腕の筋肉をこれでもかと盛り上がらせて、巨大な木槌を振りかぶる。

 そうして、街中に轟きそうな咆哮と共に振り上げた木槌を巨大な杭丸太へと叩きつけた。


「ン……メェェエエエエエエエッ!」


 爆発音のような爆音とともに、巨大な杭丸太が地面へとめり込んでいく。

 たった一回の打撃で5メートル近くあった杭が四分の三以上も埋まってしまった。

 そんな恐るべきパワーを目の当たりにして、俺たち観衆は一斉に声をあげた。


「「「「「なんで羊だっ!?」」」」」


 ここ一番でボケんじゃねぇよ! 素直に感動しづらいだろうがっ!


「あの杭をもとに、とどけ~る1号を建てるんだな?」

「いや、アレはすぐ抜くッスよ」

「は?」

「まずは地質調査が必要ッスから。大きなものを建てて耐えられる地盤かどうかを見極めるッス」

「……じゃあ、最悪、立てられない可能性も?」

「そこは、まぁ……でも最大限なんとかするッスよ」


 そうか、地質とか調査してんだ、こいつら。

 なんか、アホみたいに上物うわものだけ「うわ~い」って建ててるんだとばかり……「上物」だけに「うわ~い」……


「ダジャレか!?」

「なんッスか、いきなり!? とりあえず、理不尽に怒るのはやめてほしいッス!」


 滝のそばということもあり、地質調査は入念に行うのだそうだ。

 まぁ、水辺は地面が緩かったりするもんなぁ…………温泉とか出たら一儲け出来ないかな……?


「ヤシロさん、ウーマロさん」


 ひらりひらりとスカートをなびかせて、イメルダが近付いてくる。日傘をくるくる回して。


「足場の木材が届きましたわ。こちらで保管してくださるかしら?」

「もちろんッス。任せてほしいッス……と、伝えてほしいッス」

「……だ、そうだ」

「ウーマロさん! ワタクシの顔を御覧なさいましっ!」

「オ、オイラ、ちょっとヤンボルドに用があるッス! じゃあ、またッス!」


 イメルダに顔を覗き込まれかけたウーマロが、身の危険を感じて一目散に逃げ出した。

 あいつは、もう……病気だな。


「棟梁、ホンット慣れないんですよねぇ。こんな美人の顔を見られないなんて……もったいない」

「あら。そちらの細長い大工さんは美的感覚が一般的ですのね。あなた、お名前は?」

「は、はい! グーズーヤと申します!」

「長いですわ。覚えられる気がしませんわね」

「光栄ですっ!」


 光栄なのか?


「グーズーヤは、元ジネットファンで、現在デリアに夢中な、単なる巨乳マニアだ」

「それはヤシロさんでしょう!?」

「……最低ですわね」

「はぁあ……蔑んだ目で見られてしまった……っ!?」


 グーズーヤは、ウーマロやヤンボルドとは違い、美人とはお近付きになりたいタイプの人間らしい。…………うん、モテないタイプだな、こいつ。


「まぁ、いいですわ。ホソイーヤさん。ウーマロさんに『仕事はしっかり頼みますわよ』とお伝えくださいな」

「はい、伝えます! グーズーヤですけど!」

「では、お行きなさい、ナガイーヤさん」

「はい、行きます! グーズーヤですけど!」


 元気よく返事をして、グーズーヤがウーマロとヤンボルドのもとへと駆けていく。

 デリアにチクってやろうか…………あぁ、いや。デリアはそんなことで怒ったりしないもんな。「へぇ~。で?」みたいな反応を見ても面白くないし、やめとくか。


「ところでヤシロさん。二十七区へ行かれるそうですわね?」

「あぁ。ちょっと領主に会ってくる」

「出発はいつですの?」

「今、エステラがアポを取ってくれてるんだが、それが取れ次第だな」


 おそらく、三日ほどはかかるのではないかと予想している。

 マーゥルからの紹介状があるから門前払いということはないと思うが、格下の領主からのアポとなれば、随分と蔑ろにされてしまいそうだ。

 まぁ、のんびり待つさ。


 ――なんて思っていると。


「ヤシロー!」


 エステラが、なんだか手紙的なものを握りしめて駆けてきた。

 ……すげぇ既視感。

『BU』からの呼び出しの手紙が来た時とよく似た光景だけに、ちょっと嫌な予感がする。

 そういえば、場所もこの滝のそばだったっけな……


 滝のそばに立つ俺たちのもとへと駆けてきたエステラは、一度膝に手を突いて呼吸を整えた後、

ガバッと顔を上げて言い放った。


「アポイントが取れたよ!」

「はぁっ!?」


 アポが取れたって……


「手紙出したの、今朝だよな?」

「早馬で返送してくれたみたいだよ。『是非会いたい』って」


 二十七区の領主が、四十二区の領主に『是非会いたい』?

 会いたいは社交辞令だとしても、わざわざ早馬を使って返事を寄越すか?

 ……なんかおかしい。違和感があるな、この反応。


 一番考えられるのは…………マーゥルか。

 マーゥルが裏から手を回してくれたのか……はたまた、二十七区の領主はマーゥルに弱みでも握られているのか…………早馬を使ってまでその日のうちに返事を寄越してくるあたり、弱み説の方が信憑性ありそうだな。


「……マーゥルさん、何かしたのかな?」


 エステラも同じことを考えたらしい。

 ……なんか、最近エステラと意見が被り気味だな…………不愉快な。


「それで、いつ会えるんだ?」

「明日の正午。ランチに招待されたよ」

「……また豆か」

「まぁ、豆は出てくるだろうけど……あ、でも。マーゥルさんから紹介状と一緒に免除の証明書をもらってきたからね」

「二十七区の領主からもらう豆を、マーゥルの証明書で免税してもらえるのかよ?」

「『BU』の規定で問題ないと定められているらしいよ。ほら、懇意にしている人が攻撃されても守れるようにさ」


 例えば、ある区とは懇意で、ある区とは険悪な重要人物がいた場合、険悪な区から嫌がらせのような課税を受けたりして、その重要人物が『BU』から離れてしまわないように手を回せる救済措置、ということなのだろう。


『BU』では、良くも悪くも個人的な感情で行動を起こすことが難しいようだ。

 守る方が楽なのは、現状維持の方が波風が立たないからだろう。「逃がした魚は大きかった」なんてことはままあることだからな。

 どんなヤツが相手にせよ、切り捨てるにはそれ相応の理由と決断が要求される。一度切れてしまった縁は、そうそう元に戻るものではない。


 そんなわけで、マーゥルの厚意で俺たちは『BU』からの攻撃を受けにくくなったというわけだ。

 もっとも、マーゥルがいつまでも無償で俺たちを庇い続けてくれるかといえば、それはそれで疑問だけどな。

 今はボーナスステージだって気持ちで、厚意に甘えておこう。


「適当な時間に呼んで、応接室で話だけ――っていうことだって出来たはずなんだよ」


 二十七区から来たという手紙を見つめ、エステラは言う。

 警戒心が滲み出している視線で、意見を窺うように俺を見る。


「わざわざランチに誘うだなんて……マーゥルさんって、実は怖い人なのかな? あ、いや、だってさ……二十七区の領主がボクをここまで厚遇してくれる理由が他にはないからさ」


 まるで、ぼっち男子がクラスの可愛い娘に優しくされた時のような挙動不審さだ。エステラの心拍数が毎秒上がり続けているのが分かる。心臓が痛くてうっすら汗を浮かべているほどに。


 確かに、二十七区の領主が他区の……それもかつては最底辺と言われた四十二区の領主をもてなす理由などどこにもない。


 ディナーではないとはいえ、ランチに招待するというのも結構な厚遇だ。

 区を挙げてもっと懇意にしていこうという意思の表れがディナーへの招待だとすれば、ランチへの招待は、もっと気軽に、フランクな関係を築こうという意思表示と言える。


 現在の四十二区が劇的な発展を遂げたといっても、いまだ体面を気にして上下関係に執着しているような『BU』の加盟区だ。

 対等とも取れるこの扱いは不自然としか思えない。


 ――マーゥルが暗躍しているという理由以外ではな。


「まぁ、用心はしておいた方がいいだろうな」

「だよねぇ……」


 心臓が痛むのか、エステラはずっと胸を押さえている。


「どうしたエステラ。一向に育たない胸に嫌気がさして押さえつけてるのか?」

「心臓が痛むから押さえてるんだよ!」


 あぁ、しまった。

 頭ではそう思っていたのに、口が視界からの情報を優先させて勝手なことを……


 が、エステラの心臓痛は今の怒りで忘却の彼方へ行ってしまったようで、いつものぷりぷり怒った表情に戻っている。つまりまぁ、あれだ。俺って親切なヤツだな、ってことだ。


「ヤシロさん、エステラさん。それでは明日、二十七区へ行かれるということですのね?」


 俺たちの会話を黙って聞いていたイメルダが改めて尋ねてくる。

 そういえば、さっきもいつ行くんだって気にしてたっけな?


「まさか、お前も付いてきたいってのか?」

「残念ながら、ワタクシは木材の選別をしなければいけませんのでお供出来ませんわ。馬車内平均カップ数が悲惨なことになるでしょうけれど、我慢してくださいまし」

「やかましいよ、イメルダ」

「ナタリアさんだけでは、絶望的なマイナスに立ち向かうのは大変だと思いますけれど」

「あれ、聞こえなかったかな? やかましいって言ってんるんだけど?」


 淡々とした口調で応酬される罵声。お前ら、ぽんぽんとよく言葉が出てくるな。逆に仲良く見えるぞ。


「お父様が馬車と馬を提供したいとおっしゃっているのですわ」

「ハビエルが?」

「えぇ。『BU』の中には、お父様の馬のファンもおりますし、乗り込むのであれば箔が付くだろうと言っておりましたわ」


 ハビエルは、木こりギルドのギルド長だけではなく、名馬を数多く育てている名馬主としても有名だ。

 ハビエルの馬は貴族連中にも人気で、交渉の材料になるほどだ、とか、前に言ってたっけな。


「明日の朝に出るというのであれば、今から手配すれば間に合いますわ」

「ミスターハビエルの馬車なら、ウチの馬車で行くよりも早く着けるだろうね」

「お前も、もうちょっといい馬車を買えよ。いつも他人の馬車借りてんじゃねぇか」

「じ、自分の持ち物は後回しにして、街のためにお金を使ってるんだよ、ボクは! ……それに、あの子はお気に入りの馬だし……」


 エステラは、自分が育てたナントカカントカという長ったらしい名前の馬をとても愛している。こよなく愛している。ちょっと引くくらいに執着している。

 ……ただ、こいつがひ弱なんだよな。おかげで、エステラの家の馬車は遅い。

 せめて二頭立ての馬車を用意すればいいものを……


「ヒンニュウペタペタ号だっけ?」

「そんな名前付けるわけないだろう!? 可愛い愛馬に!」

「キョニュウナリソコナイ号ですわよね?」

「なり損なってないよっ! あの子の名前は――」


 なんか、哲学ぶった長ったらしい名前なので脳が一切受け付けない。

 とりあえず、エステラのドヤ顔が滑稽だな。


「とにかく、ソレ号をせめてもう少し鍛えとけよ」

「名前覚える気、皆無だね、君は!?」


 とりあえず、ハビエルから馬と馬車を借りられるのはいい。

 ハビエルの馬だと分かれば、多少は威嚇にもなるかもしれないしな。

 下手なちょっかいをかけてハビエルの馬に怪我でもさせれば、その貴族は一生ハビエルの馬を手に入れることは出来なくなるだろう。

 貴族でなくても、何か事故があれば、その区の治安に問題があるとして、領主の責任を少なからず問える……と、いうような威嚇をすることも可能だろう。


「それじゃあ、よろしく頼むよ、イメルダ」


 ただ、領主が一ギルドのギルド長に馬車を借りてるってことを大々的に宣伝することになるんだが…………まぁ、エステラはそういうの気にしないだろう。

 むしろ、木こりギルドと懇意にしているってアピールをした方が、『四十二区の領主』には箔が付くか。


「ヤシロさ~ん! ちょっといいッスかー?」


 杭丸太のもとへと向かったウーマロがこちらに手を振って俺を呼ぶ。

 何か問題でもあったのだろうか。


 一度エステラと視線を交わし、俺たちはそちらへと向かう。


「ちょっとこれを見てほしいッス」


 ウーマロのもとへとたどり着くと、いつの間にか地中深くに打ち込また杭丸太が抜き取られていた。打つのはもちろん、こいつを引き抜くのも相当に難しいだろうに、あっさりとまぁ。


 杭の先端はべったり汚れており、深さによって異なる質感の土が付着しているのが分かった。


「やっぱり少し地盤が緩いッスね」


 ここの土は少し水気を多く含んでいるらしく、ウーマロが険しい顔をしている。

 土を指でなぞり、すんすんと匂いを嗅ぐ。


「え、そんなんで土質分かんの?」

「オイラ、鼻がいいんッスよ、こう見えても」


 いや、鼻がよさそうとか悪そうとか、見た目じゃ分かんねぇし。

 つか、どっちかって言うと鼻良さそうに見えるぞ、そのキツネ顔。


「で、無理そうか?」

「いや。砕石を敷き詰めて基礎をしっかりすれば問題ないッス。ただ、人が何人も乗り降りするような建造物となると少々危ないかもしれないッス」


 人が何人も……ってのは、ここに塔でも建てて、二十九区への通り道を建設するなら――みたいな発想から来たのだろう。

 だが、そいつはどっちみち作れないから問題ない。


「ここに建てるのはあくまで『手紙運搬用』の柱だけだ。それが建つなら問題ねぇよ」

「それなら、なんとかなりそうッス」


 安心したような表情を浮かべるウーマロ。

 だが、グーズーヤはいまいち納得出来ないような表情を浮かべている。


「なんで『手紙運搬用』なんです?」


 おそらく、それはウーマロや他の大工たちも感じている疑問なのだろう。

 要は、「マーゥルに用があるなら、人間が上り下り出来る塔なり道を作ればいいじゃないか」という疑問だ。


「以前、ハムっ子たちがここの崖を崩して川の流れをよくしようと言っていたことがあるんだが……」


 水不足で滝が細くなった時にそう言っていたと、ロレッタに聞いたことだ。

 その時、エステラはその行為を全力で止めていた。――戦争になるからと。


「この崖の上は二十九区の領地だ。他区の土地を勝手に変形させる行為は、その区への侵略と取られても文句は言えない。領土を奪うことになるからな」


 だから、この崖に手を加える行為は、四十二区の一存では出来ない。

 ……まぁ、崖下の洞窟は、二十九区に影響を及ぼしていないのでグレーゾーン……ギリギリセーフだと思っておこう。……バレたら問題になるかもしれんがな。


「だが、ここに巨大な建造物を建てることは、四十二区の領内での出来事なので他区に何を言われる筋合いもない」


 もっとも、ここに地上百階建ての高層ビルを乱立させる、とかいうことになれば話は別だろうが、建てるのは柱一本分の些細な建造物だ。

 マーゥルの土地に隠れて、誰の目にも付きはしない。

 マーゥルが協力してくれるのであればトラブルは回避出来るだろう。


「だが、もしそいつが『人の行き来が可能な建造物』であったなら……どうなると思う?」

「え……どうって…………便利に、なる……んじゃないですかね?」

「そうだね。とても便利になるだろうね」


 グーズーヤの回答に、エステラは一定の理解を示す。

 そして、分かりやすく解説を始める。


「だからこそ、そういった建造物は建てられないんだよ。『便利になる』から。二十九区は『通行税』で利益を得ている区だからね」


 税の徴収をするために道幅を変え、馬車の通れる道を制限までしている二十九区に、そんな『抜け道』のようなものを作ったりしたら、最悪戦争になる。

 二十九区の死活問題にかかわる事態に発展する危険があり、その可能性は極めて高い。


「こちらに、二十九区の利益を妨害する意図がなかったとしても、『その可能性のある抜け道を作った』という事実は十分過ぎる挑発行為になるし、協力してくれたマーゥルさんの立場も危うくさせる」

「マーゥルが四十二区と組んで、現領主へ反旗を翻そうとしている――なんて言われても反論出来なくなるからな」

「それは……マズい、ですよね?」


 ようやく理解したらしいグーズーヤは、顔色を失い、真っ白になっている。唇もカッサカサだ。

 軽々しく口にしたことが、思わない大事になって焦っている。そんな感じだろう。


「あ、でも。荷物はいいんッスか?」


 これから作ろうとしているとどけ~る1号は、ソラマメの運搬も視野に入れている。


「そこはほら、マーゥルが『免税証明書』発行の権利を持ってるからな」


 二十九区まで取りに行って『免税証明書』を発行してもらうか、『免税証明書』付きのソラマメを四十二区に送ってもらうかの差でしかない。

 結果一緒なら、無駄な時間を短縮した方がお得だろう。


「まぁ、限りなくグレーゾーンではあるけどね」


 エステラは、ソラマメの運搬に関してはあまり賛成していない。だが、俺とマーゥルとで話を強引に進め、了承させたのだ。

 マーゥルはソラマメを処分したがっているし、俺はソラマメ欲しいしな。ウィンウィンの関係というヤツだ。誰も損をしない。ほら、みんなハッピーだ。


「ってわけだから、いかにも『人はさすがに乗れないよなぁ~』くらいの強度とクオリティで頼むな」

「分かったッス。ノーマのパーツが来たらすぐにでも建てるッス」


 今回一番時間がかかるのはノーマだろう。

 なんだか難しいパートを振られて少し嬉しそうにしていたから、大丈夫だとは思うが。

 終わったら、ちゃんとケーキをご馳走してやろうっと。



 それから地質や木材の話を少しして、俺たちはニュータウンを後にした。

 空にはまた雲が広がり始め、夕闇をより濃い色へと染めていく。


 イメルダの馬車が明日の朝、陽だまり亭へと来てくれるらしいので、それを待って二十七区へと出向くということになった。


 マーゥルとは懇意になれたが、あいつは領主ではない。

 次に会うのは『BU』の一角を担う領主だ。


 何かいろいろと解せない部分もあるヤツだ……気を引き締めていこう。


 なにせ、今回の『BU』との騒動は――いたるところから金の匂いがするからな。多少は張り切ってやっても、いいだろう。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る