174話 次期領主として生まれ……

「少し長いお話になるかもしれないから、お食事でもとりながらにしましょう」


 と、焼き菓子を食った直後の俺たちにマーゥルが嬉しそうに申し出てきた。

 なんでも、マーゥルが館に人を招くことはほとんどなく、通いの商人を除けばセロンたちくらいしかいなかったのだそうで、おもてなしをするのが楽しくて仕方がないとのことだった。


 親族もあまり立ち寄らず、同じ区の中に親しい者もいない。

 でも決して人嫌いというわけではなく、出来るなら毎日でも客を招待してお話をしていたい。


 ……そういう、人見知りで寂しがり屋な薬剤師に心当たりがあるな。

 あいつみたいなもんか。


 ただ、あいつと決定的に違うのは、マーゥルはとても行動派という点だ。

 レンガを求めて四十二区までやって来るような行動派で、庭の花も、気に入ったものが見つかるまでとことん探し回るらしい。

 そして、新しいものが大好きで、変わったものはさらにもっと好きなのだとか。


「見事な庭園ですね」

「あら、そ~う? ありがとうね」


 館の庭にも無数の花が植えられていたが、裏手にはさらに広い庭園が存在した。

 巨大迷路でも作れば一財産当てられんじゃないかというほどの巨大な庭園は、見渡す限り一面に広がっていた。


 川を見下ろす小高い丘だと思っていたこの館。

 館に入る前、庭から川を見下ろせるとエステラがはしゃいでいたが、そっちはオマケみたいなものだった。

 その川は、大きなカーブを描き裏庭の庭園へと延びていた。

 もっというならば、その先にある崖へと繋がっていたのだ。


 つまり、マーゥルの館の裏側にある庭園は、四十二区との境にそびえる崖の上に広がっていたのだ。


「ここから見える土地は全部、ウチの土地なの。家を出る時にわがままを言ってもらっちゃったのよ」


 もともと、川や滝という利権を生みそうな場所は、ことごとくすべて領主が管理しているらしく、川沿いにいくつか建っている水車は、すべて領主の所有物らしい。

 滝に水車を作る案もあったにはあったが、そこへ設置すると四十二区へ幾分はみ出すこととなり、領有権の争いが勃発する可能性があった。

 その上、領土の狭い二十九区は当然人口も少なく、小麦などの製粉のための水車もさほど必要ではないと判断され、滝には何も設置されていない。


 そんなわけで、遊ばせている土地であるにもかかわらず、他者に侵害されるわけにはいかない重要な場所という厄介な土地に家を建て、そこをマーゥルが管理するという条件で、先代領主はこの土地を譲ってくれたのだそうだ。

 もっとも、領主が一声かければ即時没収される可能性は十分にあるようだ。

 滝の利用方法が見つかれば有無を言わせず奪われるだろうと、マーゥルも諦め気味だった。



 ――と。

 エステラが美しい景色に、俺が金や利権の話に意識を向けっぱなしになっているのは……食卓に並ぶ料理から目を逸らせ現実逃避したいからに他ならない。


「そなたら。いい加減現実と向き合え……いや、違うか」


 大きく開口を持たれた窓から裏庭を眺める俺たちの背に向かってルシアが声をかけてくる。

 テーブルをこんこんとノックしながら、意識をそちらへ向けさせようと働きかける。

 しょうがないので振り返ると……


「この、大量の豆と向き合うのだ」


 テーブルの上、約六割を占める大量の豆料理が網膜に焼きついた。……この光景、しばらく夢に見そうだ。


「ごめんなさいね。『招待客に食事を振る舞う際は、料理の六割以上に豆を使用すること』という決まりがあるのよ」

「……誰が決めたんだよ、そんなもん」

「もちろん、各区の領主たちよ。『BU』と言い換えてもいいわね」


『BU』で取り決められたルール。

 豆を他人へ押しつけるためのルールだ。……見直せよ。


「これは残してもいいからね。どうせ、こんなに食べられるわけはないのだから」


 マーゥルは、ルールに則った上で、俺たちをきちんと歓迎しようと考えているらしく、出される料理の量が通常よりもはるかに多かった。

 要するに、『全体の六割は豆だけれども、豆は無視して他の料理を楽しんでね」というわけだ。

 豆を除いた四割だけで、通常の一人前程度の量になっている。


 通常の飯だけで一人前にするためには、その分だけ余分な豆を食卓に並べなければいけないということになるわけで、豆が無駄に浪費されている。

 通常の飯の1.5倍の豆がテーブルに『積んである』――と、表現したくなる有り様だ。

 いくつかは湯がいてあるようだが……ほとんどが生のままのソラマメだ。


「なるほど。調理さえしなければ、次回にも使い回せるってわけか」


 生の豆を「サラダ」だとでも言ってテーブルに並べて置き、それには一切手を付けずに『残り物』として下げる。

 当然、手付かずなのだからそいつはただの豆であり、残飯にはならない。

 あとで食べるなり、どこかへ売るなり出来るというわけだ。


「まぁ、そんなやりくりをしても、この大量の在庫をもらってくれる人なんていないのだけどね」


 寂しそうに呟くマーゥル。

 少しでも食べ物を無駄にしまいと考えた方法なのだろうが、それでは在庫が減らない。

 倉庫に豆が溢れ返れば、いつかは傷んで廃棄せざるを得なくなる。


 友人の少ないマーゥルには、これほど大量の豆をさばき切る術はないのだろう。

 どうしても食べ物を無駄にしてしまう。

 そんなことに、心を痛めているような表情だ。


 ……それは、かつてジネットが見せていた、やるせない表情に少しだけ似ていた。


「いらないなら、俺が無償で引き取ってやってもいいぞ」


 気が付くと、そんなとんでもないことを口走っていた。

 ……くそ。

 あいつはその場にいなくても俺の中の、米粒よりも小さなお人好し心を刺激しやがるのか。

 崖が近いから、四十二区の空気がちょっと流れ込んできているのかもしれないな。


「でもね、他のところと違って、ウチにはソラマメしかないのよ」


 二十九区の名産品はソラマメだと聞いている。

 喫茶店や他の商店ではピーナッツや枝豆なんかを出していたが、領主の血縁者という立場上、やはり名産品であるソラマメを出さなければいけない、みたいな縛りがあるのだろう。

 そういえば、この区でソラマメを寄越してきたのは領主だけだったな。


「ソラマメは、茹でて食べるくらいしか方法がないから、もらう方も、調理する方も困るのよね」

「喫茶店なんかだと、お客さんに残されても困るから、食べ切ってもらえるような物の方が好まれるんでしょうね」

「聞くところによると、『BU』でのルールは、『客には豆を出せ』らしいからな。よく捌ける豆の方がウケがよいのだろう」


 マーゥルの話を聞き、エステラとルシアがこの区の状況を推測する。

 おそらく、そう外れてはいないだろう。


「お店で出す豆の割合と、領主とその血縁者が招待客へ出す割合、それ以外も、様々な状況によって豆を出す割合は変わるの。一応、無理のないようにとの配慮なのだけれど……『お客さんに豆を出しなさい』という時点でおかしいわよね」


 自分たちが置かれた歪な状況を、自虐的にくさすマーゥル。

 それは、住民を雁字搦めにするおかしなルールに対する苦言というよりも……


「だから、ね。そんな無理はしなくていいのよ、ヤシぴっぴ」


 ソラマメをすべてもらうと言った俺に、気を遣わせまいとする、細やか過ぎて度が過ぎた配慮のようだった。


 ……まったく。俺が親切心から言ってると思うか?

 ジネットのお人好しオーラの悪影響が多少あったとしてもだ、俺は善良なる心根でもって困っている人を助けてやろう、手を差し伸べてやろうなんて発想は持っていない。

 俺が親切に見えるなら、そいつは、その先に利益が見え隠れしている時だ。


「二つ、言っておく」


 なので、勘違いで俺を気遣うマーゥルに言ってやる。


「俺は、食い物を粗末にすることが嫌いだ。それから……これをもらえれば、俺はおいしい思いが出来る」


 もちろん、ソラマメを食べて「美味しい~!」なんてことじゃない。

 ソラマメは現在、豆板醤になるための着々とした準備が進められている食材だ。

 計画が動き出してから必要な分を掻き集めるよりも、前もって入手出来るものをストックして即使えるようにしておいた方が効率がいい。それだけだ。


「税金対策さえなんとかなれば、丸儲けだからな」

「あぁ、それなら。これを持って行くといいわ」


 マーゥルがシンディに指示を出し、一枚の紙を持ってこさせる。

 それは、『これは領主からの贈り物で、税金を免除するように』という文面が書かれた証明書のようなものだった。

 これがあると、豆を持ち出す際に税金がかからないらしい。


 考えてみれば当たり前だ。

 豆に限らず、領主なら懇意にする相手に贈り物くらいするだろう。

 時には、目上の者に貢物をすることだってある。

 そんな贈り物にまで税金をかけたのでは、贈り物が逆に仇となって相手との関係にヒビを入れることになる。


 税金免除は、当然あってしかるべき制度だ。

 どうせ税収が領主の懐に入るのだし、「取らない」だけなら領主的には痛くもかゆくもないだろう。


「ふふ。ヤシロも随分と優しくなったものだね」


 からかうように、俺の前髪をよしよしと撫でてくるエステラ。

 えぇい、不愉快な。前髪を触るな。こそばゆい。


「アッスントが本気を出すと言ったんだ。豆板醤の製造は決定したも同然。なら、すぐに生産に入れるように素材を集めておこうというだけの話だ。タダで手に入るなら万々歳だろうが」

「へぇ。君がそこまでアッスントを信頼しているなんて、知らなかったよ」


 くっ……あぁ言えばこう言う。


「金が絡むと、あいつほど信頼出来るヤツもいないだろう。好き嫌いには関係なくな」

「ふふ、そうだね。うんうん」


 その知ったかぶりフェイス、今すぐ辞めないと崖から四十二区に向かって「ぺった~ん!」って、登山家みたいに叫ぶぞ、コラ。

 やまびこに「ぺったん」「ぺったん」言われてみるか?


「その、とうばんじゃん、ってなぁに?」

「あぁ……説明は難しいんだが、調味料の一種でな……いずれ機会があればご馳走してやるよ」

「あら、それは楽しみね」


 これだけ大量のソラマメをくれるんだ。それくらいはしてやってもいいだろう。……持ち込む際の税金免除も世話してくれるならな。

 でなきゃ、陽だまり亭に食いに来い。


「さぁ、準備が整いましたよ」


 ナタリアとギルベルタを従えて、料理の準備をしていたシンディが俺たちに声をかける。

 庭園を楽しそうに眺めて、こっちを完全無視して二人っきりの世界に浸り、きゃっきゃうふふとイチャついていたセロンとウェンディの首根っこを掴んで席に座らせ、俺たちも着席する。


「あ、あの、英雄様……僕たちは別にイチャついてなどは……」

「は? 『綺麗なお花~』『君の方が綺麗だよ』『……嬉しい』とかやってたんだろ!?」

「それくらいは、新婚なら誰でもします!」

「やってたのかよ!? 否定してほしかったなぁ、そこは!」


「そんなことしてませんよぉ」って言葉を期待したのになぁ!


 次からは絶対連れてくるものかと心に誓い、出された料理に手を付ける。

 味はかなりのもので、焼き菓子を食った後だというのに箸が進んだ。……まぁ、使ってたのはフォークとナイフだけども。

 貴族特有の気取った料理ではなく、異国の家庭料理のような、珍しい中にも懐かしさを感じさせる味付けで、俺は結構気に入った。


「なんの話からすれば、伝わりやすいかしらね」


 そんな中、マーゥルがパンをちぎりながらため息を漏らした。

 おかしなルールに縛られる『BU』と、それに逆らうことが出来ない二十九区。もしかしたら、そんな状況を甘受している領民たちのことも含めてなのかもしれないが、それらの者を憂いているような、そんな重たいため息だった。


 そして、少し考えた後、ちらりと俺へ視線を寄越し、納得したように頷いた。


「そうね。ヤシぴっぴの質問に答えるのが先ね」


 食事をとりながら、マーゥルは静かに語り出す。

 領主の娘として生まれ……そして、この館へ住むようになるまでの過程を。


「私は、領主の娘として生まれ、この区を治めるためにありとあらゆることを学び、教え込まれ、与えられて……同時に、それ以外のすべてを奪われたの」


 決して非難の色を込めず、ただ当然とそこにあった事実を淡々とした口調で言葉へと変えていく。


「母が、あまり丈夫な人ではなかったから、私以外の子供は望めなかったの。私が無事生まれたことですら、奇跡と言われたわ」


 昔、エステラが言っていたが、この街では貴族であっても重婚をよしとする者は少ない。

 二十九区も同じように、領主は生涯一人の者へ愛を貫くのだそうだ。

 セロンとウェンディがぽ~っとした目でその話を聞いていた。……あとで爆ぜろ。


「私が六歳になる頃から、婿候補はひっきりなしに館を訪れていたし、贈り物もたくさんもらったわ。けど、そのどれも、私の手元には届かなかった。私が受け取れば、それが誤った返事として相手方に伝わるから」

「既成事実を作ってでも、領主の娘婿に収まりたい……そんなヤツが大勢いたってことか」

「そうね。必死だったのでしょうね。でも、その必死さが、まだ幼かった私には恐怖に映ったのよ。私は、男性を怖いと思い始めていたわ」


 余計な口を挟まぬよう、誰もが静かにマーゥルの言葉に耳を傾ける。

 時折、相槌代わりに質問を投げかけたりしながら、基本的には聞き役に徹していた。


「成人を迎える頃には、私は生涯独り身でいようと決心していた。生涯を賭してこの土地を守る――それだけを考えていた。……若かったのね。その後のことにまで考えが及んでいなかったのよ。どうすればいいかも、知らなかったし」


 マーゥルが生涯独身を貫けば、二十九区領主エーリン家の血は途絶える。

 六歳の頃から、男性恐怖症になってしまうような環境にいたのなら、恋愛観が歪になっても仕方ないし、正しい知識など持ちようもない。

 ある種の好意的な興味がなければ、人は未知のものを学ぼうとはしない。


 マーゥルは、子孫を残すことの意味や重大さはもちろん、子供の作り方すら知らなかった可能性が高い。

 箱入りなんてものじゃない。鉄の牢獄に自ら閉じこもった鉄壁のお嬢様だ。


 セロンの父ボジェクの語ったマーゥルの印象が、まさにそれだった。

『一生を独身で貫くと決めた、深窓の令嬢』

 マーゥルのそんな思いは、館の内外を問わず有名だったのだろう。


「父は焦っていたわね。お家断絶の危機ですものね。……でも、私は婿を取るつもりはなかった。このままいけば、エーリン家は途絶える。誰もがそう思い、周りの貴族たちが騒がしくなり始めた頃、事態は急変したわ」


 おそらく、先代の領主――マーゥルの父は相当焦っていたのだろうな。

 年齢的なことや世間体というものを考えれば、かなり無茶な行動に出たもんだ。


「私に、弟が生まれたのよ」


 それは、ここいら一帯の貴族たちに、相当な衝撃と絶望を与えたことだろう。

 マーゥルを――言い方は悪いが――落とすことが出来れば領主の血縁になれる。

 そうでなくとも、マーゥルが領主を継げば、やがてエーリン家は途絶え、他の貴族が領主を継ぐことになる。


 そのどちらかに備え、各貴族たちはかなりの時間と金をかけて準備をしていたはずだ。

 それが、まさかの子息誕生。


 エーリン家は、自らの力で跡取りを得たのだ。


「私が二十歳の時だったわ。両親はそれなりに高齢で……私のわがままが無理をさせてしまったのでしょうね……母は、弟を生んで間もなく他界したわ」


 元から体が丈夫ではなかったマーゥルの母。それが、マーゥル誕生から二十年後にもう一度出産をしたのだ。体にかかる負担は計り知れない。


「跡取りが誕生してから、私の世界は一変した。息が詰まるほど私に張りついていた人たちは一斉にいなくなり、期待も、責任も、重圧も、何もかもが一瞬でなくなった。私の居場所も、生涯を賭してやるべきだと信じて疑わなかった使命でさえも」


 二十歳になったマーゥルは、跡取りが誕生した瞬間『用済み』になったのだ。

 もしかしたら、母の他界も関係しているのかもしれないが……マーゥルは、館から追い出されることになったという。


「あっけなかったわ。それまで私の物であったものが、少なくとも私はそうだと思い込んでいたものがすべてなくなったの。残ったのはこの体一つだけ。……信頼出来る人なんて、一人もいなかった」


 だが、領主になるために受けていた教育と、持ち前の度胸がマーゥルの中に『武器』として残った。


「跡取り問題でずっと手付かずになっていたこの土地を、私が管理するという条件で、私は自分の居場所を作ったの。ここは、私の城よ」


 娘が父を相手に交渉をする。

 貴族であるならば、それは生意気とも無礼とも取られる行為かもしれない。

 だが、先代領主はそれを受け入れた。


 下手に拗らせて、おかしな男とくっつかれるよりはマシと判断したのかもしれない。

 マーゥルを追い詰めて、近隣区の領主に嫁いで領土問題や跡継ぎ問題が持ち上がりでもしたら目も当てられない。

 ある程度は好きにさせて、その場所に閉じ込めておくのが領主としては最も都合がよい判断だったのだろう。


「私、領主になることだけを考えて生きていた幼少期に、一つだけ好きなものがあって、羨ましいと思っていたことがあったの」

「それが、庭園か?」

「そう」


 領主の館には、手入れの行き届いた庭園があった。

 あの庭園が、少女らしいことは何一つ出来なかったマーゥルの心を唯一慰めてくれたものだったのだろう。


「絶対にあそこよりも美しい庭園を作ろうって、凄く意気込んでいたの。負けず嫌いみたいに……そんな時に、私はシンディと出会った」


 己の話に触れられ、シンディが照れくさそうに顔をしかめた。


「シンディと二人で庭園を作るのは凄く楽しくて、その日から私の生き甲斐は庭園作りになったの。他の物なんて、何もいらないと思ったわ」


 そうして作り上げた庭園は、領主の館にあったものとは比べ物にならない規模であり、比べ物にならない美しさであり、比べ物にならない素晴らしさだった。


「実家があんな感じだったからかしらね。自分の腕を信じて独自路線を迷わず突き進んでいたセロンさんのレンガに、凄く惹かれたのよ」

「きょ、……恐縮です」


 肩をすぼめ、焦って頭を下げるセロン。

 凄く距離を感じるなぁ、その対応……もっと雄大に構えてろよ。

 真意はどうあれ、求婚して振られたマーゥル相手に、「あなたとはこんなに距離があるんです」みたいな態度は、さすがにちょっと気の毒な気がするんだが……まぁ、そこら辺を卒なくこなせないのがセロンという男か。女子を手玉に取るセロンとか、想像も出来ないしな。


「あの、マーゥルさん」


 エステラが身を乗り出して、遠慮がちに口を開く。


「先ほどの、ご実家に対する『あんな感じ』というのは……自由がなかった、ということですか?」


 マーゥルに決定権はなく、拒否権もなく、すべては先代領主とその周りの者が決めていた。

 自由を奪い、散々弄び、挙句にあっさりと見捨てる。

 そんな実家は『あんな感じ』と唾棄されても仕方ない……


 マーゥルの言った『あんな感じ』という言葉が指す意味は、そんな冷徹さにも似た独善的なものを指す。と、普通はそう思うだろう。

 だが、エステラが表情を曇らせているのは、もし冷徹さの話であるならば、『独自路線うんぬん』という言葉が宙に浮く、というか、不自然だ。


 そしてその読みは正しかったようで、マーゥルはもう一つの問題点へと話を移行させた。


「そういうことではないわ……そんなものじゃなくて、人間らしさを欠いているのよ、あの人たち……いいえ、この街の人たちは、みんな」


 やがて領主になると信じ幼少期を過ごしたマーゥルは、きっと、この区のことを幼い瞳で見つめ続けてきたのだろう。


「この街ではね、多数決がすべてなの」


 そんな制度を破壊したい。そう思っていたのかもしれない。


 そしてマーゥルの話は、この異常なルールを作り上げた『BU』の実態へと移行していく。





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