158話 現状把握と打開策

 手巻き寿司を堪能し、モーマットの野菜ごり押し企画のキャベツたっぷりちゃんちゃん焼きもあらかた食い尽くした(ベルティーナが)ところで、俺は河原を見渡す。


 よく見る顔ぶれが揃い、食休みがてらにあちらこちらで談笑している。

 ジネットとミリィが笑い合い、ハムっ子たちがノーマに群がりロレッタに叱られて、でもノーマはまんざらでもなさそうで、デリアとマーシャが海vs川の魚談議に花を咲かせ、ベルティーナは教会のガキどもに目をやりつつも食後の食事を楽しんでいる。……まだ食うのか、あいつは。

 それで結局、ガキどもの面倒を見ているのはエステラだ。あいつ、子供好きだよなぁ。発育状況が近いからシンパシー感じてんのかな? きっとそうなんだろう、うん。

 向こうでは、ウーマロとモーマットがなんともオッサン臭い雰囲気で食休みをしていて、マグダが前を通る度にウーマロのテンションが上がる。


 いつも通りの風景に見える。

 だが、ここにいる連中の多くはこの『いつも通り』を見失っていたのだ。


「なぁ~、ミリィ」

「なぁに?」


 とててっ、と、ミリィが駆けてくる。ちょっと聞きたいことがあっただけだから、その場でよかったのだが。

 ミリィに付いてジネットまでもが俺の前にやって来る。


「今日、よかったのか? 休憩って言ってた時からずっと付き合わせちまってるけど」

「ぅうん。付き合わせてるなんて……みりぃの方が付き合ってもらってるんだょ。元気、いっぱいもらったし」


 元気が出たのならいいことだけど。

 それでも、今生花ギルドは森の世話でてんてこ舞いしているはずだ。


 そんな中で若いミリィが抜けるのは痛手なんじゃないか。


「さっきね、じねっとさんのスープを持って森に行った時に、てんとうむしさんのこと、ぉ話したの。『心配して来てくれたんだょ~』って」


 いや、心配してたのはジネットやエステラたちなんだが。


「そしたらね、ギルド長さんがね、『今日はのんびりしてきなさい』って言ってくれて」

「無理をさせたんなら悪かったな」

「ぅうん。みんな喜んでたょ。『てんとうむしさんが動き出した~』『わ~い』って」

「俺はどこの正義の味方だ?」


 俺が動いたところで、状況がよくなるとは限らねぇっての。


「くすくす……でもね。てんとうむしさんやじねっとさん、えすてらさんに陽だまり亭のみんな……みんなが、心配してくれたってことが嬉しかったんだと思うの。これまで、孤独な戦いだったから」


 戦いか……。

 ミリィにしては物騒な表現だ。


「ぁ、ぁと…………ぇっと、これは、ギルド長さんと、大人のお姉さんたちが『絶対言いなさいよ』って、言ってたことなんだけど…………」


 もじもじそわそわとして、ミリィが長い前置きを語る。

 言い難いことを言う準備だろう……が、『大人のお姉さん』って…………要するにオバサンだろ? ないし、ババアか。


「ぁ、ぁの……みりぃが言ったんじゃないから、ね? 変な意味で受け取らないで、ね?」


 と、何度か念を押して。


「ぇっと……『みりぃのこと、しっかり守ってあげなさいよっ!』…………って」


 自分で言った後、首から上を真っ赤に染め上げる。

 きっと、『っ!』って強調するところまでしっかり言うように言われてきたんだろうな。

 ミリィは真面目なんだから、そういうことしてやんなよ。


 まぁ、大切にされてるってことか。職場環境は悪くなさそうだ。

 ……俺は御免だけどな、そういう面倒くさいタイプのお節介オバサンは。


「しょうがねぇなぁ。じゃあ、ミリィに悪い虫がつかないように見張っててやるよ」

「ぅん! ……ぇへへ。なんだか、ごめん、ね?」


 オバサンの戯言に付き合わせてしまって、という謝罪をしつつも、どこか嬉しそうに身をよじるミリィはなかなかに可愛らしく、まぁ、この顔を見られただけでも、オバサンのお節介も時にはいいものかもしれないなと思ってやってもいい気がしないでもない。


「悪い虫の親玉が何か言ってるみたいだね」

「誰が節足動物の多足類だ?」

「えっ、『悪い虫』って昆虫じゃないの?」


 多足類の方が悪そうじゃねぇか。

 ヤスデとかムカデとか。


 そんな虫を想像したのか、エステラは一瞬眉を顰めて、自身の二の腕をさすった。


「まぁ、毒をもって毒を制するって言葉もあるしね。親玉がそばにいれば悪い虫も寄ってこない可能性は否定出来ないよね」

「みりぃに、そんなの寄ってこないよぉ」


 くすくすと笑い否定するミリィ。

 その前に、俺が親玉じゃないってところを否定してほしいかな、俺的には。


「でも……」


 ふと、ミリィの笑顔に影が差す。


「明日は、今日の分まで頑張らなきゃ」


 小さな手で拳を作り、きゅっと力を込める。

 いつまで続くのか分からない気の遠くなるような作業。

 けれど、仲直り出来たからまた頑張れる。……そんなところか。



 ふむ。明日か……



「なぁ、ノーマ」

「なんさね?」


 やんちゃ坊主を一人捕まえて、お仕置きでもしていたのだろう体勢でノーマがこちらを向く。小脇に抱えられたやんちゃ坊主が暴れる度に、とろける乳房がぷるんぷるん……


「そのアトラクション、何分待ち?」

「アトラクションじゃないさね!」

「ヤシロさん。……子供はそういう目で見ていませんので、同列になろうとしないでください」


 ぷくっと頬を膨らませてジネットが俺を睨む。

 わぁ、可愛い。どこのゆるきゃら?


 ……と、そうではなくて。


「金物ギルドはどうなんだ? 水不足、苦労してるのか?」

「そりゃあねぇ。板金にせよ、鋳造、鍛造……なんにせよ、水は大量に使うからねぇ。あと、仕事中は汗をよくかくから、水もよく飲むさね」


 鍛造だと、熱して打った鉄を水につけて急激に冷やしたりするんだっけな。


「ウチの若いもんが毎朝川まで汲みに来てるんさよ」

「いつもはどこの水を使ってるんだ?」

「裏通りに溜め池があるんさよ。ほら、モーマットの畑を通る水路があるだろぅ? あれの行き着く先がその溜め池なんさよ」


 ってことは、あそこの水路が復活すれば、そっちも丸く収まる感じか……

 農業ギルドや生花ギルドほどではないにせよ、やはり水汲みの労力はかなりのものだろう。なくせるならなくしたいはずだ。


「ウーマロは?」

「オイラたちも割と使うッスよ。木材を洗ったり、膠(にかわ)を溶かしたり……あと、泥をこねたりもするッス」


 大工も水は使う、か。


「まぁ、オイラんとこは、ニュータウンの川があるッスからそんな困ってないッスけど」

「あぁ。ロレッタの妹がすっぽんぽんで水浴びしてる、ウーマロ行きつけの川な」

「その二つの事象は事実かもしれないッスけど、そこに因果関係はないッスよ!?」

「たまにロレッタも出没する」

「しないですよ!?」


 大工は特に困ってないようだ。


 ちなみに、他の三人はどうだろうか?

 こいつらは全員門の外での仕事だが……


「イメルダ。木こりギルドはどうなんだ?」

「支部内で使用する水は井戸のものですし、それ以外は門の外にある湖で調達していますわ」

「湖なんかあるのか?」

「……ある。マグダもたまに利用する」


 狩猟ギルドも、そこを使っているらしい。

 しかし湖か……


「そこから水を持ってこられればいいんだけどな」

「……魔獣が跋扈する森の中で、水の運搬をするのは非常に困難」

「そうですわね。狩猟ギルドのメドラギルド長がいらっしゃれば、話は別でしょうけれど」


 四十二区の外は、森の深層部だ。生息する魔獣のレベルも高い。

 そこでの水運搬は確かに難しいかもな……メドラでもない限りは。


「マーシャはどうだ?」

「あ、私は海水でも平気~☆」

「…………あ、そう」


 人魚は海水でも生きていけるのか。

 逆に、真水に浸けたら苦しむのかな?


「モーマットとミリィは言わずもがな……か」

「まぁ、な」

「ぅん。たくさん使う、ね」


 やはり水路を復活させる必要があるな。

 なんてことを考えていると……


「マーシャぁ、ヤシロがあたいにだけ聞いてくんない!」

「う~ん、デリアちゃんのとこは聞くまでもないレベルだからねぇ☆」


 なんだかデリアが寂しそうにこちらを凝視していた。

 いやいや。

 デリアは水がいるもなにも、水がなきゃ始まらねぇじゃねぇか。


「ヤシロさん。とりあえず、聞いてあげてはどうでしょうか?」

「えぇ……」


 ジネットの耳打ちが耳にくすぐったくて……俺は少しだけ寛容な心でデリアに言葉を向ける。


「デリアのところは、水、使うか?」

「使う! 超使う! 一番使う!」


 ……だろうねぇ。


「……無益だ」

「まぁまぁ、ヤシロ。今日は少しくらい甘やかしてあげてもいいんじゃないかな?」


 そうは言うがな、エステラ。

 人は甘やかされると、次からもそれを期待するんだぞ?

 何かある度に、訴えかけるような視線を向けてくるようになるのだ。


 ちょうど、困ったことがあると俺を見つめてくるジネットのようにな。


 ……こいつも、一回ガツンと言ってやる必要があるかもしれないな。


「ジネット。俺はボランティア精神に溢れる善人ではない。だから、いつもいつも人助けをするとは限らない。というか、するつもりはいつもない。たまたま、助かるヤツが出ているだけだ」


 だから、何かある度にいちいち俺に期待を寄越すんじゃない。


「俺は、俺が心底大切だと思うものにしか労力を割くつもりはないんだ。そこんとこ忘れんなよ」


 少し強めに釘を刺しておいた。……つもりなのだが、なぜかジネットがくすりと笑った。


「それは、『みんなを助ける』と言っているようなものですよ」

「いや、どこがだよ?」

「だって……、ヤシロさんは、みなさんのことをとても大切にしてくださってますもの」


 とんでもない勘違いだ。

 大切じゃないヤツだっていっぱいいる。というかほとんどがそうだ。

 例えばだな…………………………大切じゃないから名前も出てこない、そんなヤツが多数だ。別に、考えてもパッと思いつかなかったわけではない。いっぱいいるさ、大切じゃないヤツなんか。


 ……けどまぁ、今回だけは特別に。


「モーマットんとこだけ飛ばして、水路が復活出来ないかを考えてやるよ」

「俺も大切にしてくれぇい、ヤシロォォオ!」


 ……んだよ、うっせぇワニだな。

 冗談だよ。お前んとこを通らない水路を考える方がメンドウクセェっつの。


「けど、どうする気だい? 有効そうな手段は軒並み否定されてしまっているけれど」


 エステラの言う『有効そうな手段』ってのは、川を堰き止めるだとか、入水口を深く掘るだとか、そういうことだろう。


「水はまだあるんだし、川から水路に汲み上げてやればいい」

「あ~、でもな、ヤシロ。あたいもそう思ったんだけど、オメロのヤツ、ヤシロが思ってるほど使えないぞ?」

「……俺はオメロを使うつもりねぇよ」


 肉体労働は問答無用でオメロに回ってくるシステムなのか、ここは?


「ハムっ子、ガキども」

「「「はーい!」」」

「「「ぅはーい!」」」


 手を上げ元気に返事するハムっ子に、それに負けじともっと元気に返事するガキども。


「労働力はこいつらでいいだろう」

「ヤシロ!? 君はこんな幼い子たちを酷使しようというのかい!?」

「それでしたら、私が引き受けます。子供たちに無理を強いるくらいなら……労働中の食事を三食きちんと提供していただけるのであれば!」

「いや、ベルティーナ……それ、たぶん誰か雇うより金かかるから……」


 肉体労働をするベルティーナが、果たしてどれだけのものを食うのか……想像もしたくない。


「発想が逆なんだよ」

「逆……ですか?」


 ジネットがガキどもを見つめて首をひねる。


「大変なことをガキにやらせるんじゃない。ガキでも出来るような簡単な方法で水を汲み上げるんだ」


 もっとも、俺は絶対にやりたくないという方法ではあるがな……俺、そういう面倒くさいこと嫌いだし。


「子供たちでも出来る…………あっ! 分かりました!」


 ぱぁっと顔を輝かせて、ジネットが自信満々で自分の意見を言う。


「子供たちがみんなで川に入れば、その分水位が上がります! 子供たちは水遊びが好きですから、遊んでいるうちに水路に水がどんどん流れ込んでいくというわけですねっ!?」

「わけじゃ、ないな」

「ふぇえっ!?」


 お前は何日間ガキを川に浸け込んでおく気だよ。

 流れが止まったら水路はまた枯渇するんだよ。


 まぁ、もっとも、夜間は流れを止めて、日中だけ水を汲み上げるって感じになりそうだけどな。

 それでも、溜め池に水が溜まれば、少しは楽になるだろう。


「そんなわけで、ウーマロ。作ってほしいものがある」

「はいッス! 四十二区の大ピンチッス。否も応もなく手伝わせてもらうッス!」


 ウーマロがなんの躊躇いもなく、まさに否も応もなく返事をくれる。

 こいつ、なんかいろいろな感覚がマヒしてるんじゃないだろうか? まぁ、俺にとっては都合がいいけどさ。

 あぁ、これもあれかな。

 陽だまり亭に充満しているジネットのお人好しオーラに全身蝕まれた結果かもしれないな。


「ジネット、怖ぇ~……」

「えっ!? な、なんでですか!? わたし、何かしましたか!?」

「ウーマロが『無料でなんでもやってくれるマン』になった」

「それはわたしのせいじゃないですよね!?」

「あ、あの、ヤシロさん! 無料じゃないッスよ? 工費はきちんとエステラさんからもらってるッスからね?」


 なんだと!?

 こいつは裏でこそこそと金を請求してやがったのか!?


「まだお人好しオーラが足りんようだな! マグダ、ロレッタ! ジネットのお人好しオーラをウーマロに浴びせかけろ!」

「……了解」

「任せるです!」


 手巻き寿司で使用したウチワを持って、マグダとロレッタがジネットごしに風を送る。


「あの、お二人とも、やめてください! こんなので何も変わりませんから!」


 照れたような焦りを見せて、ジネットがマグダたちに訴えかける。

 いやいや。お前のオーラを浴びれば、大抵の人間はお人好しになってしまうはずだ。


「もしもそれでお人好しになるなら、その風はヤシロにこそ浴びせるべきじゃないかな?」

「……それもそう」

「一理あるです」


 エステラがいらんことを言って、マグダとロレッタが体の向きを変えて俺にジネットごしの風を寄越してくる。


「えぇい、やめろ! お人好しがウツる!」

「ウツりませんもん!」


 先ほどよりも顔を赤く染めてジネットが頬を膨らませる。

 ……というか。


「なんか、酸っぱい匂いがするな……」

「ふにょっ!? お、お寿司の匂いですよ!? さっきの酢飯の匂いがウチワについているんです! わたしが酸っぱいわけじゃないですからね!?」


 いつになく必死の形相で訴えてくるジネット。

 沽券にかかわることなので必死だな。


 なんてことをしている俺たちを、な~んとなく不機嫌そうな目で見つめているヤツがいる。

 俺たちっていうか……ウーマロを、かな。


「イメルダ」

「な、なんですの!? ワタクシは酸っぱくありませんわよ?」

「わたしも酸っぱくないですよ!?」


 ジネットが必死だ。

 が、今はそんな場合ではない。話を戻す。


「力を貸してくれるか?」

「え……っ?」


 目を見張り、イメルダが一瞬固まる。

 そして――


「……店長さんの酸っぱさが、何かの役に立ちますの?」

「酸っぱくないです! もう、お二人とも、もう仰がないでくださいっ!」


 ジネットが涙目だ。

 いやぁ、珍しい光景だなぁ……でも、そうじゃねぇんだ。


「お前の力が必要なんだよ、イメルダ」

「……ワタクシの?」

「というか、お前の頑張りにかかっていると言っても過言ではない。ちょっと大変かもしれないが……引き受けてくれるか?」

「ヤシロさんが、ワタクシを必要と…………」


 無意識なのか、手で口元を隠し、もう片方の手で胸を押さえる。

 そんなに動揺するなよ。


 イメルダは以前、ウーマロが羨ましいと言っていた。

 何かある度に頼られる、ウーマロのような人間に、いつかなりたいのだとも。


 今回も、ウーマロの力を借りることになるわけだが……その前にイメルダの力が不可欠となる。

 場合によっては、かなり無茶なことを頼むかもしれない。場合によっては、な。


「やりますわっ。なんなりと申しつけてくださいましっ」


 頼もしい返事がもらえたところで、今回の計画の全容を明かしておくか。

 順を追って……


「よし。じゃあ、イメルダ。ヒバの材木を用意してほしい」

「ヒバ……ですの? それなら、ウチにもいくつか乾燥済みのものがありますわね」

「出来れば、なるべく年輪の詰まった反りにくいヤツがいいな」


 途中で変形されては困る。

 それに、年輪が詰まっていると水に強くなる。


「ウチで扱っている木材はどれも高品質のものばかりですわ。言われるまでもないことですわ」


 不機嫌さを装ってそっぽを向くイメルダ。だが、嬉しいのか小鼻がひくひく動いている。


「今から見に行っても構わないか? なにせ、急を要するんでな」

「問題ありませんわ。もし気に入るものがなければ、お父様のところにある木材を融通してもらうことも可能ですわ」


 木こりギルドの全面協力か。なら、材料に関しては問題ないだろう。


「ウーマロ。水車は作ったことあるか?」

「あるッスよ。二十九区の貴族に依頼されて、小麦粉を打つための大きな水車を作ったことがあるッス」


 過去の功績を誇らしげに語るウーマロ。

 水車の経験があるなら話は早い。


「四十二区にも、水車を作りたいんだ。それも足漕ぎ水車をな」

「足漕ぎ……水車、ッスか?」

「なんなんですか、それ?」


 耳に馴染まないものらしく、ジネットが興味を引かれたらしい。


「その名の通り、足で漕いで動かす水車のことだ」

「それは、水車なのでしょうか?」


 まぁ、確かに。

 水車っていうのは、水の力で動く物だからな。


「ん~……簡単に説明するとな、水路の入水口に設置して、足で漕いで水を汲み上げるための水車なんだ」


 水車の側面に水を汲み上げるための箱状のパーツを取り付けて、それを使って川の水を汲み上げるのだ。水車が回転すれば、その箱が水中に沈み、回転に合わせて水を汲み上げ、頂点付近ですべての水を落としてくれる。その水を水路へと引き入れようってわけだ。


「水車の羽の向きを逆にすれば、川の流れで勝手に水車が回ることもなくなり、必要な時にだけ水を汲み上げることが可能になる」


 これで、水量が増した時に不必要な水を水路に引き入れなくて済む。


「水車の技術があるなら、少し改良するだけで形になるだろう」

「なんか面白そうッスね! 是非作らせてほしいッス!」

「水車に使用するからヒバですのね。確かに、腐敗に強い木材ですわ」


 木材担当の二人はそれぞれ納得してくれたようだ。

 で、あとはこっちだな。


「その足漕ぎ水車っていうのを、子供たちにやらせようっていうのかい?」


 ベルティーナに代わって、エステラが不安材料をぶつけてくる。

 そう心配すんな。


「跳ね板を踏むだけだし、ウーマロに言って転落防止処置は万全にしてもらう。何より……」


 そこで俺はガキどもに向かって挑発的な笑みを向けてやる。


「お前ら、好きだろ? 全力で走るの?」

「「「「「好きー!」」」」」


 日本でも、観光地などに足漕ぎ水車が置かれていることがある。

 そういう場所では、ガキんちょが我先にと群がって水車を漕いでいたもんだ。


 ガキ共には楽しいおもちゃになることだろう。

 水の抵抗は地味に足腰に負担が来るから、俺は好きじゃないけどな。


「きっと、楽しいぞ~……当番制にして、一日中遊び続けろ」

「「「「「「うんー!」」」」」」


 これで、日中だけ水路に水が供給され続けるというわけだ。


「二本の腕で水を汲み上げるのは重労働以外の何物でもないが、足で漕ぐだけならもっと楽に出来る。それに、こいつらのパワーにかかれば遊びにすらなり得る」


 最初に張り切って水を汲み上げ、溜め池にある程度貯水が出来ればしめたものだ。


「あとは、溜め池全体を覆えるような大きなシート……布じゃなくて、獣の皮みたいな水を通さないヤツを用意してほしい」

「溜め池に蓋をするのかい?」

「あぁ。水は毎秒蒸発し続けているからな。密封してやれば水蒸気はその中に留まり、水滴となってまた溜め池に還元される」


 実際、アメリカで大規模な水不足に陥った際、巨大な湖の湖面すべてをプラスチックボールで覆うという対策が取られたことがある。ボールだから浮かんでいるだけで、船が通れば勝手に避けてくれる。

 日光も遮られないので湖の生き物にも悪影響はない。誤飲の危険性もないし、最終的に回収しやすいので環境的にも問題がなかった。

 そんな思いきった対策で、日に数十トンもの節水に成功したのだ。


 こっちは溜め池で、生き物は生息してないし、湖面ほど広くはないのでシートで覆うことも可能だろう。当然、船も通らないし。

 狭くとも、水面から水はどんどん蒸発していく。それを防ぐだけでかなりの節水にはなる。


「あとは、各ギルド、近隣住民がそれぞれ節水を心がけることだな」


 洗濯の回数を減らすとか、使い回せる水は使い回すとか、そういう努力を呼びかける必要がある。不便はあるだろうが、水不足が解消されるまでの間だけだ、我慢してもらおう。


「そ、それで、川を堰き止めなくて済むのか?」

「まぁ、やってみなきゃ分からん部分は多いが、現状よりかはマシになるだろう」


 水車の出来がどんなものになるのかは、まだ未知数だからな。


「ヤシロさん。ワタクシ、今から戻ってヒバの用意を進めておきますわ。ですので、ヤシロさんはウーマロさんと設計図に関する話を済ませてくださいまし」


 こっちで話をしている間に木材を用意しておいてくれるつもりのようだ。

 その方が無駄が少なくて助かるな。


「それじゃあ、最高の木材を用意してもらえると仮定して設計を開始するッス」

「当然ですわ。ワタクシが携わる以上、材料の心配など不要ですわ。ですので……」


 ウーマロを指さして、イメルダはまるで宣戦布告のような口調で言う。


「最高のものをお作りなさい! ウチの木材を使って凡作以下のクオリティでしたら、ワタクシ、承知いたしませんわよ」

「わ、わわわ、わか、かかかてるッスよ!」


 イメルダの顔こそ直視出来ないが、ウーマロもプロの大工としてきちんと言い返す。

 うん。上手く回り出したようだな。


 くるりと踵を返し、威風堂々と胸を張って歩き出すイメルダ。

 その背中は、まるでギルド長ハビエルのような頼もしさを感じさせた。


「イメルダ。頼りにしてるぞ!」


 声をかけると、イメルダはビクッと肩を震わせ、その場に立ち止まる。

 そしてゆっくりとこちらを振り返って、微かに朱に染まる頬を嬉しそうに膨らませて、相変わらずの尊大さで言い放った。


「当然ですわ」


 それだけ言うと、イメルダは堂々とした足取りで優雅に……いや、気持ちちょっと小走りで……時折「ひゃっほぅ」とジャンプなんかを織り交ぜつつ、先に帰っていった。


 楽しいヤツめ。


「んじゃあ、ウーマロ。ちょっと時間くれるか?」

「はいッス! 陽だまり亭に戻って詳しく聞かせてほしいッス!」

「じゃあ、ボクも行くよ。どういうものなのか、理解しておきたいからね」

「では、片付けはわたしたちに任せて、お先に戻ってください」

「……子供たちはマグダが守る」

「ほらほら、あんたたちも片付けを手伝うですよー!」


 それぞれに役割が割り振られていく。


「ミリィ」

「なぁに、てんとうむしさん?」

「お節介焼きな『大きなお姉さん』たちに言っておいてやれ。もうちょっとの辛抱だってな」

「ぅん! 伝えておくね。きっと、みんなよろこぶと思うょ」


 さっさと帰って伝えてやればいいと思ったのだが、ミリィはジネットたちを手伝ってから帰ると言う。

 ならばと、俺たちは先に河原を離れることにした。


「ヤシロ」


 堤防へ上がる前に、デリアに声をかけられる。

 美味い飯を食って、仲のいい連中と話をして、少しは気分が落ち着いたのか、俺のよく知っているデリアらしい表情に戻っている。


「ありがとな!」

「まだ何もしてねぇよ。上手くいってからにしてくれ」

「分かった! じゃあ、またその時に言う!」


 分かりやすい、潔い性格だ。


「ヤシロ君。デリアちゃんの悩みを解消してくれてありがとね☆」

「いや、だからまだ何も……」

「だ~ってぇ。デリアちゃん、今、凄く楽しそうなんだもん。朝とは大違い。だから、私は今、ありがとうなんだよぉ☆」


 マーシャにとっては、四十二区の水不足はさほど重要なことではないのだろう。

 マーシャが重要視するのは、自分の友達がつらそうにしていた、そういう事実なのだ。


「ねぇ、ヤシロ」


 そして、マーシャの水槽を押すノーマが何かを訴えるような目で俺を見てくる。


「……アタシ、何か手伝うことないかぃね? なんか、今回……アタシ、完全に空気な気がして仕方ないんさよ……何か、作ってほしいものないかい? なんでも言っておくれな、ねぇ?」

「いや、まぁ……じゃあ、いいイカリを作ってやれよ」


 寂しがるなよ、そんなことで。

 本業に勤しめ。


 こうして、俺たちは各々がやるべきことに向けて、それぞれ一歩を踏み出した。






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