157話 河原に集う

「みんなで来ちゃいました」


 デリアやミリィと共に、再び川の上流へと移動する道すがら、ジネットは「てへへ」と笑いながら言った。


「その『みんな』の範囲がすげぇことになってるけどな」

「……ごめんなさい、ヤシロ。どうしても行くって聞かなくて……ロレッタが」

「にょにょっ!? マグダっちょ。あたし置いて行かれる候補に入ってたですか!?」

「……空気の読めない娘で……」

「そんな空気、読んでやらないですよ!?」


 いつものように賑やかに、適度に騒がしい陽だまり亭一行。

 その様を見て、ミリィはくすくすと笑い、ジネットも楽しそうに笑みを零していた。


 こっちの二人は元気が出たようでよかった。


「空気の読めない、姉やー!」

「うるさいですよ!? あたしちゃんと読めてるです!」

「水浴び嫌いの、姉やー!」

「誤解を招くこと言わないでです! あたしは家でちゃんと湯あみしてるです! あんたたちみたいに外で水浴びしないだけです! 乙女ですし!」

「すっぽんぽん嫌いの、姉やー!」

「それはここにいるみんながそうですよ!?」

「バカ、ロレッタ! 俺はすっぽんぽん大好きだぞ!」

「ヤシロ。君の言っている『好き』は意味が違う」


 すっぽんぽんに意味も何もあるか!


 騒ぐハムっ子姉弟に、イメルダが理解出来ない生き物を見るような視線を向ける。

 今日も今日とて、日傘をくるくる回転させている。


「ロレッタさん。あなた、外で肌を露出させる趣味がありますの?」

「ないですよ!? 酷い誤解です!」

「「「ウチの家族は、みんなすっぽんぽんー!」」」

「あたしを入れないでです!」

「「「父も母もー!」」」

「余計なことは言わないでいいです!」


 弟妹たちを叱りつけた後、ロレッタはイメルダに対し必死の弁解を始める。

 譲れない、自分の中の何かを守るかのように。


「あ、あのですね、近くに川があるです。そこで水遊び兼水浴びをしているですよ、弟たちが!」


 妹もしているようだが、そこは触れないらしい。

 一応女の子だしな。


「お気を付けなさいまし。あの付近には……ロリコンのキツネ大工が住んでらっしゃいますので」

「ちょーっと待つッス! オイラ、ロリコンじゃないッスよ!?」


 と、あさっての方向を向いて反論するウーマロ。

 ……お前、まだイメルダを直視出来ないのかよ。


 その後、ウーマロが「いかに自分はマグダたん一筋であるか」ということを、あさっての方向に向かって切々と語っていたのだが、大した内容ではないので聞き流しておく。

 イメルダも、ウーマロがあさっての方向を向いてるのをいいことに完全無視してたしな。


 しかし。

「ウーマロが羨ましい」「ライバルだ」と言っていたイメルダだが、今はどう思っているんだろうか。

 イメルダがウーマロと、こうやって同じ場所にいるのは結構珍しいかもしれない。

 ましてこの後一緒に飯を食うなんてな。


 まぁ、嫌い合ってるわけではないし、特におかしなことでもないのだが。


「ワタクシ、今日はウーマロさんよりも楽しんでみせますわ!」


 ……あ、張り合ってる。しょーもないことで。


「で、なんでイメルダ他一名が付いてきてるんだ?」

「ウーマロッスよ!? わざわざ省略する意味が見つからないッス!」


 他一名がうるさい。

 俺に文句言う時だけバッチリこっちを見やがって。


「……ヤシロたちが出た後、イメルダがお茶を飲みに来た」

「そして、ワタクシがいると聞き、ウーマロさんが駆けつけたんですの。対抗心から!」

「関係ないッスよ!? オイラはいつでもどんな時もマグダたんのためだけに陽だまり亭に行ってるッス!」

「その後でモーマットさんが来たです。お兄ちゃんに用があったみたいですけど……」


 と、ロレッタがモーマットに視線を向ける。

 それにつられて、一同の視線がモーマットへと向かう。


「…………」

「…………」


 俺らの見つめる先で、モーマットとデリアが、微妙な距離を保ったまま無言で歩いている。

 互いを意識しつつも、お互い視界に相手を入れないようにしている。


 デリアの表情は硬い。

 こちらで、どんなバカ話をしようと一切入ってこない。


 そしてモーマットはというと、ちらちらとデリアを窺っては視線を落とし、時折ため息を漏らす。

 ……なんだよ、鬱陶しい。思いの丈を打ち明けられない、初恋男子でもあるまいに。


「モーマット」

「お、おう!? な、なんだよ?」


 急に声をかけられて驚いたのか、モーマットが必要以上に挙動不審に慌てふためく。

 小学校付近に出没したら一発で通報されるな、こいつ。

 慌てて、焦って、それを隠そうと無理矢理薄ら笑みを浮かべ、口元を引き攣らせている。

 完全に変質者である。


「どんだけデリアをチラ見すんだよ、お前は」

「おぅ、お、お、お前、バカッ……そんなこと、俺は別に……っ!」

「見てたろ?」

「む…………ん……ま、まぁ……」

「デリアの横乳は有料だぞ?」

「ア、アホかっ!? 誰が見てるか、そんなもん!」

「……そんなもん、だと?」

「だぁあ! いや、違う! 違うぞデリア! デリアのは悪くない! むしろいい!」

「うわぁ……モーマット、変態」

「どぅうぇい!? そういう意味じゃねぇよ、ヤシロ! っていうかお前、わざとやってるだろ!?」


 当たり前だ。

 お前が辛気臭い顔をさらしている方が悪い。


「言いたいことがあるならはっきり言えよ。ワニだろう?」

「ワニは関係ねぇだろ!?」

「男だろ」

「…………むぅ。まぁ……」

「おい、口ごもったぞ」

「……女の可能性が微レ存」

「んなわけあるかっ!」


 マグダ、ナイスアシストだ。だが、……どこで覚えた、その言葉?

 あと、通じるんだな。頑張り過ぎだぞ『強制翻訳魔法』。


「いや、まぁ……だからよ」


 もともと低い声をしている上に、口ごもってぼそぼそしゃべるから、不機嫌なように聞こえる。

 モーマットの性格を知っていれば、どうってことのないこういう素振りも、「自分が悪いのかも」「嫌われてるのかも」と疑心暗鬼になっている者にとっては恐怖を与えてしまう一因だ。


「デリアに文句があるなら拳で語れ!」

「無茶言うな!」

「男だろ? ファイトファイト!」

「瞬殺されるわ! される自信あるわ!」

「いや、でも。さっきデリアが『モーマットはしゃべり方ムカつくからぶっ飛ばす』って言ってたぞ」

「ふぉぉおお!? 嘘だろ!? なぁ、デリア!? 嘘だよな!?」

「…………」

「返事がねぇ!?」


 モーマット、死の宣告を受けた瞬間である。


「ち、ちちち、違うんだ! 俺はその……ここ最近忙しくて、おまけに仲間連中からも不満が出ててな? それでこう……イライラってしててよ……」

「つい、デリアにケンカを吹っかけてしまった……と」

「吹っかけてねぇよ!?」

「……つらい現実から逃亡したくなった?」

「マーグーダー!? 縁起でもねぇこと言うなよなぁ!? お前、ホント最近ヤシロそっくりになってきてるからな!? 気を付けろよ!?」

「あ、あ、じゃあ、イライラして八つ当たりしちゃえーってなったですねっ!」

「お、おぅ……まぁ…………そんなとこだ」

「むはぁあ!? 当たっちゃったです!? 違うこと言って『オィイ!』って言われたかったですのに!?」

「……ロレッタだからしょうがない」

「はうっ!? それ、お兄ちゃんにしか適用されない慣用句なんじゃないんですか!? あたしにも使われるですか!?」

「お前ら……俺で遊ぶなよ」


 モーマットが重たいため息を漏らす。

 自販機に入っていたら『おもた~い』って書かれそうなくらい重たいため息だ。


「けどまぁ、さっきジネットちゃんによぉ、その……聞いちまったからよ……」

「あ、はい。わたしが戻るちょっと前にモーマットさんが来店されていて、なんだか悩んでいらっしゃるようでしたので、差し出がましいとは思いつつも……それで」


 それで、俺たちとの会話を教えてやったということだろう。

 デリアがつらい立場にいると、そういう話を。

 俺の予想は概ね当たっていたわけだし、モーマットはジネットを通じて真実を知ったことになる。


「俺も、自分らのことばっかりで、デリアたち川漁の連中のこと全然考えてなかったなぁって、思ってよ……反省したんだ、これでも! だからほら! デリア、見てくれ! 野菜だ!」


 マグダが曳く陽だまり亭七号店には、採れたての野菜がどっさりと積み込まれていた。


「侘びって言うと、ちょっとアレだが…………な、仲直りの印に………………って、ダメか?」


 不器用ながらも、モーマットが笑みを浮かべる。

 …………う~っわ。ワニの笑顔、怖っ!?


「……変質者がにやにやと薄着のデリアを見つめている」

「マグダー!? お前はもっと優しいいい娘のはずだろ!? 思いやってくれよ、俺をよぉ!?」


 諦めろモーマット。お前はウーマロ、ベッコ、パーシーに次いで弄りやすいキャラなんだから。

 マグダに睨みを利かせた後、モーマットはご機嫌を窺うようにデリアの顔を覗き込む。


「な、なぁ、デリア……どう、かな?」

「モーマット」


 静かに顔を上げ、デリアがモーマットを見つめる。

 そして――


「話が長い。つまりなんだって?」

「えぇええっ!? 今のもう一回言わせんのか!? 凄く言いにくいことだから口数増えたってのに、それを端的に!?」

「なんか聞き取りにくいんだよモーマットの声……『ワニは関係ねぇだろ』あたりからよく覚えてねぇよ」

「すげぇ最初の方じゃねぇか!? っていうか、本題に入る前だな、それ!?」

「だからよぉ、つまりなんなんだよ?」

「ぐ……っ!」


 拳を握り奥歯を噛みしめる。

 そして、……自分の非をきちんと認めているからこそ出来ることなのだが……改めて、デリアに向かってこう言った。


「俺も大人げなかった! すまん! この野菜をたらふく食って、遺恨を水に流してくれねぇか!? 頼む!」

「野菜くれんのか? なんで?」

「いや、だから…………ヤシロ」


 諦めんなよ、堪え性のねぇ……

 ったく、お前もエステラも、困ったらすぐ俺に丸投げしやがって。


「デリア。モーマットは、イライラしてお前に八つ当たりしちまったんだと」

「あたいの真似か?」

「真似じゃないが、まぁデリアと同じ気持ちだったんだな。向こうは向こうで大変なんだ」

「まぁ、大変だよなぁ。ウチも大変だもんな」

「で、ケンカみたいになったから、美味い飯を一緒に食って仲直りしようってさ」

「なんだ、そういうことか!」


 そういうこと以外には聞こえない話だったと思うんだが……


「だったら気にすんなよ。あたいも悪かったしさ…………モーマット、怒ってないか?」

「全然だ! 無茶言って、悪かった」

「じゃあ、おあいこだな!」

「お、おう! そうだな!」

「んじゃ、あたしも鮭食わせてやるよ! 美味いんだぞ、今の鮭!」

「ははっ、そりゃ楽しみだ!」


 話せば分かり合える。

 こいつらは、やっぱり根っこの部分でお人好しばかりなんだろうな。


「で、殴り合いはいつするんだ?」

「しねぇよ!?」

「あれ? 拳で語るんじゃなかったっけ?」

「それはヤシロの戯れだ! 真に受けんな!」

「なんだよぉ……どうやって攻めようか考えてたのに……」

「それで黙ってたのか、さっき!? おっかねぇ! こいつマジでおっかねぇ!」


 まぁ、デリアなら、作戦なんて立てなくても一撃でKO勝ちだろうな。


「……デリア。いざという時は、加勢する」

「デリア一人でもオーバーキルなのに、マグダまで加勢したら、俺細胞も残らねぇよ!」

「……平気。モーマットには、ウーマロ、ベッコ、パーシーを貸与する」

「俺をそいつらのグループに混ぜんな!?」

「どういう意味ッスか、このワニ!? こっちこそ願い下げッスよ!」

「もぅ~、オッサン同士でケンカすんなよ。デリアに殴ってもらうぞ?」

「仲直りしようぜ、ウーマロ!」

「そうッスね、モーマット!」


 爽やかな笑顔で握手を交わすモーマットとウーマロ。

 命を救うための、尊い握手だ。


「ょかった……でりあさんが、仲直り出来て」


 ミリィが、小さな声で呟く。

 心底安堵したような、穏やかな表情でデリアの顔を見つめている。


 デリアも、それを見つめるミリィも、もう顔に薄暗い影は落ちていない。

 いつもの、こいつららしい表情を取り戻していた。


「あっ、殴り合いといえば……」


 人差し指をピンと立て、ロレッタが思い出したように言う。


「ノーマさんも陽だまり亭に来てたです」

「なんで殴り合いで思い出した!?」


 ノーマには一切そういうイメージがないんだが!?


「あ、いや。この前、ノーマさんと『殴り合いをするなら場所はどこがいいか』って話で盛り上がろうとして失敗したです」

「失敗したんかい!?」

「ノーマさんが全然ノッてくれなかったです……」


 振る話題、もうちょっと選べよ……


「なんでもマーシャさんと待ち合わせしてたみたいです」

「ノーマがマーシャと?」

「船で使うイカリを発注したみたいです」


 あぁ、それでノーマなんだな。

 デリアを励ましに来たついでに、いろいろと用事を片付けているのか。

 ……せめて、デリアの元気が出てから個人行動してくれりゃいいのによ。


「あとから来るです。『絶対行く』って言ってたです」

「ジネットが誘ったんだろ?」

「な、なんで分かったんですか!?」


 いや、分かるよ。

 だって、ジネットだからな。


「あ、あの……マーシャさんがいれば、デリアさんも元気が出るかなぁ……と、思いまして」


 チラチラと、俺とデリアに視線を向けるジネット。

 怒りゃしねぇよ、俺もデリアも。


「ありがとな、店長。気ぃ遣わせて悪いな」

「いえ。わたしのお節介ですから」


 なんだか、気に入られてしまったのだろうか……『お節介』。

 実に嬉しそうに口にしているけど。


「それに、大勢で食べた方が美味しいですしね」

「そうだな。その分の代金は領主に請求すればいいし」

「惜しいね、ヤシロ。河原での出店は、今回許可が出てないから『振る舞う』に留めておかないと違反になっちゃうよ」


 分ぁーってるよ。これまでも散々無償提供してきたろうが! ……うっせぇヤツだ。

 四十二区内で自由に移動販売出来る許可とか下りねぇかな?

 二号店七号店も大通りと、決まった場所でしか売れないし……


 と、そんな話の途中で、いつもの川遊びスポットへと到着した。

 ここは河原と堤防の段差が比較的低く、荷車や屋台を降ろすのが楽なのだ。

 そして、十分に広い河原は平坦で料理も作りやすい。

 川の流れはやや速めだが危険のない範囲で、水深の浅い部分と深い部分があって各種の水遊びに最適な場所だ。


「では、準備を始めましょう!」


 河原に降りるなり、ジネットがぽんと手を打つ。

 それを合図に、陽だまり亭七号店の収納が開かれる。

 食材や調理器具を入れておけるそこそこ広い収納が本体に内蔵されているのだが、そこからどんどんと食材が運び出されていく。

 今日の七号店は鉄板モードだ。ちゃんちゃん焼きでもするのだろうか。


「デリアさん、テーブルをお借りしますね」

「あぁ。板持ってくるか?」

「では、お願いします」

「任せとけ!」


 この付近は、デリアたち川漁ギルドが休憩などに利用している場所で、河原に川漁ギルドの備品をしまっておく小さな小屋があったりする。

 普段は、平らな大きな岩、通称『テーブル』を利用して飯を食ったりするのだが、今回みたいに人数が多い時は、似たような大きさの岩の上に板を渡して簡易テーブルを作ったりもするのだ。

 これが随分デカいテーブルになるのだ。


 ロレッタとマグダが川で食材を洗い、調理の準備を進める。

 俺も手伝おうかと思ったのだが……


「……手伝いは不要。手は足りている」

「お兄ちゃんは、あっちの濃い人たちの相手をお願いするです」

「そっちのが手伝いよりメンドクサイんだけど……」


 ハムっ子たちがきびきびと手伝いをしているおかげで、俺は出る幕がない。

 ジネットの隣にはミリィがいて、あっちでも俺は必要とされてなさそうだ。

 しょうがないので、ウーマロあたりを弄って遊ぶとするか。


「ヤシロさん。岩に座るのはお尻が痛いですわ! ふっかふかの岩はありませんの?」

「あるわけないだろう……」


 イメルダほどアウトドアの似合わないヤツも珍しいよな。

 レジーナほどではないけれど。


「お~い、おいお~い☆」


 遠くからのーてんきな声が聞こえてくる。

 見ると、大きな水槽を押したノーマと、その水槽の中で元気よく手を振っているマーシャが見えた。

 今日もたゆんたゆんだな、二人とも。


「ヤシロさんは、視力がよろしいんですのね」

「なんでだよ?」

「この距離で、もう顔がにやけていますわ」


 マジでか!?

 まぁ、これくらいの距離なら十分に堪能出来るけども!


 そんなこんなで、それから数十回ほど揺らしながら、ノーマとマーシャが俺たちのもとへとやって来た。


「ヤシロ……見えていたさよ。少しは自重するさね」

「俺も見てたぞ!」

「それを自重しろと言ってるんさね」


 煙管で額をこつんと軽く小突かれる。

 ふふん。俺は知っている。こういう反応をするノーマはさほど怒ってはいない。

 まだまだガン見出来……あ、目がちょっとマジになった。もうやめとこう。


「ねぇねぇ、ヤシロ君。なんか美味しいもの食べさせてくれるんだって?」

「さぁな。美味いかどうかはジネットに聞いてくれ」

「店長さんの料理なら絶対美味しいよぉ~☆」


 こういう席にはあまり参加したことがないマーシャ。

 そのせいか、いつもよりも随分と楽しそうだ。


「あっ、デリアちゃん! なんか元気が出たみたいだねぇ」

「マーシャ……まぁ、な。悪かったな、心配かけて」

「な~に言ってるのぉ? 水臭いよ~☆ ……あ、水臭いのは私かぁ~…………臭い?」

「臭くない! 臭くないから、そういうのを俺に聞くのやめてくれ」


 水に浸かっているから~……っていうギャグだったんだろうが、不意に不安になったんだろうな。真顔で聞くなよ。それも、男の俺に。


 ちゃぷんちゃぷんと水音をさせて、マーシャは自身の腕の香りを嗅ぐ。

 だから、大丈夫だって……


「イカリを発注したんだって?」

「うん☆ 今度ちょっと遠出しようと思ってねぇ。大っきいやつを作ってもらうんだぁ~☆」

「あたしも、あんなデカいものを作るのは久しぶりだからね。腕が鳴るさね」


 何気に、腕はいいんだよな四十二区の職人たちは。

 貧乏なのに技術は高い。

 もしかしたら、貧乏で道具が揃えられないから、腕の方を磨くしかなかったのかもしれないが……


「結構かかりそうか?」

「そうさねぇ……まぁ、そこそこだね」

「そっか」


 まぁ、今回作るヤツはノーマがいなくてもなんとかなるし、問題はないな。


「また何か作るんかい?」

「あぁ、ちょっとな」

「なになに? なに作るのぉ~☆」


 興味津々なマーシャ。少し気が早いが、簡単に説明でもしてやるか……と、マーシャを見ると、全然違う方向を向いていた。

 ……俺に言ったんじゃないのかよ。


 マーシャの視線を追って振り返ると、テーブルには色とりどりの食材が並び、その真ん中に、大きな木桶に入った白米があった。……いや、あのつやつやさは……酢飯か!?


「今日はみなさんで、『手巻き寿司』というものをしたいと思いますっ」

「俺、それ、昼食った!」


 今日教えたものを、もう実践するのかよ!?

 昼夜連続だわ!


「凄く美味しくて、とっても楽しかったので、是非みなさんでと思いまして!」


 すげぇ意気込んでる。

 それでいいのかと、マグダやロレッタを見やると……向こうは向こうで、「私、知ってますから」的な余裕のオーラを醸し出して悦に入ってやがる。ドヤ顔さらしてからにまぁ。


 そしてエステラはというと……


「途中から真面目な話になって、しっかり食べられなかったからね。ボクは嬉しいよ」


 なんてことを言っている。

 ……別に俺も不満があるわけじゃねぇけどよ…………


「ぁの、みりぃ……どんなお料理なのか、すごく楽しみ」


 ミリィは並べられた食材を、キラキラした目で見つめている。

 そんな様を見て、ジネットが嬉しそうにくすっと笑う。

 そして、背筋を伸ばして静かに口を開く。


「それにですね、この手巻き寿司は、今だからこそ食べたい料理なんです」


 真剣な顔で、ジネットが言う。

 その場にいる全員を見渡すように視線を巡らせて、大きく息を吸ってから、静かに話し始める。


「ここに並んでいる食材は、わたしたちがこの一年の間に知り合い、分かち合ってきた方々が育て、育み、育成してきたものばかりです。その方たちとの思い出が、絆が、信頼と友情があるからこそ、この料理は完成したんです」


 海苔も米も魚も卵も野菜も……みんな、俺たちが直接話し、交渉し手に入れてきたものだ。

 単純な料理だが、単純故に食材に大きく左右される。

 満足のいく食材を手に入れるためには、一朝一夕ではいかなかった。

 様々な連中と出会い、時に衝突し、苦悩し、泣いて、怒って……様々な苦労を乗り越えてようやく完成したのが、この手巻き寿司だ。


 こいつは、この一年の集大成と言える。


「異常気象で多くの方が苦労し、みなさん、それぞれに悩みや不安を抱えられていると思います。ですが、忘れないでほしいんです。わたしたちは、誰しも一人ぼっちではないということを。わたしたちには、素晴らしい仲間がいることを、どうか忘れないでください」


 胸の前で腕を組み、地上に舞い降りてきた天使のような笑みを湛えてジネットが言う。


「異常気象に見舞われてとても大変なこんな時だからこそ、わたしはみなさんとこの手巻き寿司を食べたいと思ったんです」


 まるでシスターベルティーナのような、凛とした空気を纏って。

 なんだか、ジネットならシスターとしても上手くやっていけそうな気がする。


「その通りです、ジネット。人は皆、どこかで誰かと繋がり、助け合い、支え合って生きているのです。そんな温かい絆から生まれたこのお料理を、みなさんで一緒に、感謝しながらいただきましょう」

「唐突に現れ、さらっと入り込んできたぞ、このシスター!?」


 いつの間にか、ジネットの隣にベルティーナが立っていた。

 まぁ、河原で飯を食うとなれば寄ってくるだろうなとは思っていたけども……


「シスター」


 ジネットも、その辺の予想はしていたようで……



「今日は、たくさんありますから、子供たちも一緒に」

「えぇ。きっと喜ぶでしょう。ありがとうございます」


 ……そのつもりだったらしい。


「じゃーぼく呼んでくるー!」

「一人では不安ー、お供するー!」

「二人でも不安ー、はせ参じるー!」

「「「はせ参じー!」」」


 ハムっ子たちが凄まじい速度で駆けていく。

 ……はせ参じるの使い方間違ってるからな。


「それでは、先にみなさんでいただきましょう。子供たちの分はちゃんと取ってありますから」

「やったー! 飯だー!」


 デリアが両腕を上げて吠える。

 なんだか、久しぶりな気分だ。こんな元気なデリアの声を聞くのは。


「なんか……柄にもなく悩んでたからさ、変に腹減っちゃった」


 照れくさそうに頬をかくデリア。

 今、ちょっと無理をして元気を出しておけば、きっと明日からはもっと自然に笑えるようになるだろう。


「あ~、見て見て、デリアちゃん。あの綺麗な色の切り身ね、ブリだよブリ。すっごく美味しいから食べてみてね☆」

「何言ってんだよ、マーシャ。そんなん食ってる暇があったら鮭を食え」

「海魚も食べてよぉ~!」

「はいはい。鮭の次にな」


 デリアが持ってきたデカい簡易テーブルを囲み、思い思いに腰を下ろす。

 適度な大きさの岩を見つけて椅子代わりにする。


 最初に、ジネットが作り方を説明して、それを見よう見まねで各自が好きな手巻き寿司を作っていく。


「ヤシロさん。作ってくださいまし」

「自分で作れよ。楽しいから」

「しょうがないですわね……」


 言いながらも、海苔を手に載せた瞬間瞳の色を変えるイメルダ。

 こいつ、物作りにはこだわるタイプだからな。


「大変ですわ、ヤシロさん! 海苔が届きませんわ!?」

「お前もか!?」

「ヤシロ~、海苔が小さいぞ?」

「私もぉ~☆」

「揃いも揃ってか、お前ら!?」

「ヤシロさん。ご飯の量が少ない気がします」

「木桶を見つめながら言う言葉か、それが!? 自重しろよ、ベルティーナ!?」

「……はい、ウーマロ」

「マッ、マグダたんが作ってくれたッスか!? はぁあああん! 感激ッス!」

「……手巻き寿司(プレーン)」

「素飯だけじゃねぇか!?」

「至高の味ッスぅぅうう!」

「それでいいのかウーマロ!?」


 なんだかんだと賑やかな食卓となり、ふと、あることに気付いた男が立ち上がる。

 その男は、陽だまり亭七号店へと近付くと、屋台の上に積み上げられた野菜を見て声を上げる。


「俺の野菜、出番ねぇじゃねぇか、今回!?」

「……気付かれたか」

「手巻き寿司にキャベツとか使わないです」

「食えよ! 持ってきたんだから! なんか作れんだろ、ヤシロ!? ほら! 鉄板もあるし!」

「ぅぇぇ……メンドクセェ……」

「ぁの、みりぃ、お手伝い、する?」

「じゃあ、マーシャのホタテを取ってきてくれないか?」

「ホタテね、ぅん、分かっ…………ぅぇえ!? ダメだよぅ、てんとうむしさん!?」

「ヤシロく~ん、ミリィを使って間接セクハラするのはダメだよぉ~☆」


 胸のホタテを押さえて可愛らしく舌を覗かせるマーシャ。

 小悪魔的な微笑が心臓付近をくすぐる。


「じゃあ、ヤシロ。ちゃんちゃん焼きしないか? あたい、鮭用意するぞ」

「いいですね、ヤシロさん! やりましょう、ちゃんちゃん焼き!」

「シスター、落ち着いて」

「シスター。食事中はお行儀よく座ってくださいね」


 はしゃぐベルティーナが両サイドのエステラとジネットに腕を押さえ込まれ強制着席させられている。

 ……あいつがいるからなぁ。ガキが来る前に料理を増やしておかないと、食い物がなくなっちまうか。


「しょうがねぇーなぁ」


 ここでの労働は、きっちり領主に請求させてもらうからな。

 支払方法は、そうだな……水不足対策にかかる費用を負担する、って方法になるんじゃないかな、たぶん。



 それから教会のガキどもとハムっ子が合流し、俺たちは河原でたらふく夕飯を食らったのだった。






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