133話 たまには一人で

 本日、陽だまり亭分店は臨時休業である。


「ホームでの、パーティーやー!」

「「「飲めやー! 歌えやー!」」」

「こらぁー、お店の中で走るなですっ! すみませんです店長さん。あたしがきちっと叱るですから」

「いいえ。賑やかで楽しいですよ」

「……弟たち、妹たち、料理の手伝いを」

「「「「はーい!」」」」


 ハムっ子たちを呼んで、カレーお披露目会である。

 本格的に香辛料が手に入ったら教会のガキどもにも食わせてやらなきゃな。


 ……なんてのは、まぁ建前なんだけどな。


 これだけ賑やかなら、ジネットが寂しがることもないだろう。

 エステラは気にし過ぎだと言うが、あんな顔をされたら気になるっつうの。


「おにーちゃんはおでかけ?」

「あぁ。ちょっと四十一区までな」

「仕事と私とどっちが大事なのー?」

「……どこで覚えてくるんだよ、そういうの」


 ハムっ子たちの教育環境をもう一度見直した方がいいんじゃないだろうか……


「ヤシロさん。気を付けて行ってきてくださいね」

「おう」


 今回は敵情視察も兼ねて、色々とやっておきたいことがある。

 まぁ、どれもオフィシャルなものではないので、俺一人で行ってパパッと片付けてくるつもりだ。


 あとはまぁ……ちょっと一人になりたい気分でもあるしな。


「おにーちゃん! 四十一区に行くなら、僕らの力作みてきてー!」

「みてきてー!」

「みるべきー!」

「みろやハゲー!」

「おにーちゃんの、行く末やー!」

「誰の行く末が『髪が徐々に去りぬ』か」


 失敬発言をしたハム摩呂の頭をぐりんぐりんと強めに撫でる。


「ふぉぉぉお……お仕置き混じりの、お戯れやー……!」


 頭の毛がもはもはになったハム摩呂が、軽く目を回してふらふら歩いていく。

 いつまでも甘やかすと思うなよ。


「で、お前らの力作ってのはなんだよ?」

「「「精霊神様の彫像ー!」」」

「彫像なんか作ったのか?」

「……中央広場に設置されている。今大会のシンボル」

「精霊神様に見守ってもらえるって、向こうでは結構評判いいです」


 日頃から四十一区に行っているマグダとロレッタが注釈をつけてくれる。

 へぇ、そんなもんがあるのか。じゃ、ついでに見てくるかな。


「んじゃ、そろそろ行くわ」

「ヤシロさん」


 食堂を出ようとすると、いつものようにジネットがぱたぱたと駆け足で近付いてくる。


「お気を付けて」

「おう。あ、飯はリカルドあたりに奢らせるから、食ってていいぞ」

「お隣の領主様と、もう仲良くなられたんですか? 凄いです」


 いいえ。全然仲良くないです。

 けど、そうでも言っておかないと、お前は夜中まで飯を食わずに待っているだろう?

 今日はちょっと動き回るからな。俺のことはいないものとして、普通に過ごしていてほしい。


「じゃ、行ってくる」

「はい。お気を付けて」


 改めて挨拶をして、俺は陽だまり亭を出る。


 まずは会場の様子を見に行って、リカルドにも会えれば会って、それから魔獣のスワーム退治に行くメドラにも会っておきたい。

 ついでに、以前マグダとロレッタが言っていた『物凄く食う男』ってヤツの情報も欲しいところだ。

 成果を最優先で考え、今日は奮発して馬車で行こうと思ったのだが、……それがまずかった。


「お、敵情視察か? 頼もしいな、ヤシロ!」

「いよいよ本格的に動き出したんだな。頼りにしてるぜ、大将!」

「バカねぇ。ヤシロさんが動いてるってことは、これはもう勝ったも同然ってことよ」

「じゃあ、そろそろ祝勝会の準備でも始めとくか?」

「さすがにそれは早いだろう!?」


 ガハハハと、馬車の中が賑やかになる。


 大会までの間、各区の領主の金で運用される乗合馬車には、今日も四十一区へ向かう者たちがたくさん乗っていた。

 ……どいつもこいつも、キラキラした目で俺を見やがって。


 適当に話をはぐらかしつつ、四十一区までの数十分間、俺は引き攣った笑みを顔面に貼りつけ続けた。

 頬の筋肉が軽く痙攣しちまったぜ……ったく。



 こうやって期待されんのは……やっぱ、なんか居心地が悪いな。



 そう、こんなのは俺らしくない。

 俺はもっと、こう……良識とかとはかけ離れた場所にいて……罵られ、蔑まれ、忌避されて、蛇蝎のように嫌われるくらいがちょうどいい男なんだ。


 かつて、何人もの人間を苦しめてきた、最低最悪の詐欺師なんだからよ。


 今更、いい人ぶったところでな……


 称賛されるなんておかしいんだ。

 期待されるなんてあり得ないんだ。

 俺はお前らが思っているような人間じゃない。

 いいヤツだなんてのは錯覚で、お前ら全員騙されてるんだ。


 罵れよ。

 人を騙す最低なヤツだと、俺を罵れよ!

 ……誰か、俺を…………罵ってくれよ。調子が狂って、仕方ねぇぞ。


 四十二区の連中はバカがつくほどお人好しばっかりで、人を疑うということを知らない。

 とにかく俺のすべてに批判的で、やることなすことイチャモンをつけて、そのくせこっちの意見など聞く耳すら持っていないような性根の腐ったイヤなヤツでもいてくれりゃ、俺のことを非難し、罵ってくれるだろうか……とはいえ、そんな性根の腐った、うじうじねちねちしたヤツなんて…………一人しか知らねぇ。


「というわけで、リカルド。俺を罵ってくれ」

「帰れ!」


 俺の知り合いの中で、ぶっちぎりのイヤなヤツ。四十一区の領主、リカルド・シーゲンターラーだ。


 アポを取ってないんで、門番に追い払われたのだが、「ちょっと頑張ったら忍び込めるかなぁ~?」って思って、ちょっと頑張ってみたら、まんまと忍び込めてしまった。

 現在俺は、リカルドの屋敷の、執務室にいる。


「どうやって入ってきやがった。コバエみたいなヤツめ」

「おいお~い! 誰がコバエだよ~。怒るぞ、こんちきしょう~」

「ニヤニヤすんじゃねぇよ! 気持ち悪い!」

「き、気持ち悪いって……そういう時は『キモッ』って短く吐き捨てる方がダメージ大きいんだぞ!? 美少女の放つ蔑んだ目が合わさればさらに威力が倍増してだな……!」

「熱く語るな! 変態かテメェは!?」

「誰がお前の同類だ!?」

「俺は変態じゃねぇ!」

「――などと、訳の分からないことを申しており……」

「テメェ、ホント、何しに来たんだよ!?」


 リカルドは怒鳴り、こげ茶色の重厚な執務机を乱暴に蹴り飛ばす。

 ゴットッ……と、重たい音を上げて、執務机が若干移動する。


「短気だなぁ。あんまイライラすんのは体によくないぞ?」

「誰のせいだ!?」

「両親の遺伝子が……」

「テメェだ! テメェが目の前でちょろちょろするからだ!」

「誰が目の前でぶらぶらさせてるって!?」

「言ってねぇ! お前は耳までもがおかしいのかっ!?」


 執務机にバンバンと拳を振り下ろしては打ちつける。

 お前、もしその執務机に意思が存在したら確実に訴えられるぞ。


「侵入したことは不問にしてやる。用がないなら帰れ!」


 こめかみに青筋を立てながらも、リカルドは随分と寛大な処置を下す。

 へぇ……不問にねぇ……


「やっぱアレか? 最近遊んでくれる人がいなくて寂しかった派か?」

「自警団を呼ぶぞ?」

「なんだよ、心配してやってるのに」

「テメェの心配なんざいるか!」


 仕事を諦めたのか、リカルドは椅子の背もたれに体を預け、ぐるりと真後ろを向く。


「テメェを見てると調子が狂うんだよ!」

「うわぁ……フラグだぁ……このあと急激にデレるフラグだぁ……」

「誰がだっ!?」


 椅子から身を乗り出し、こちらに牙を剥くリカルド。

 だが、すぐさま顔を顰めて椅子に座り直すと、また俺に背を向けた。


「テメェはなんなんだ? ふざけてるのかと思えば、きちんと核心を見つめてやがる。かと思えば常識的に考えてあり得ないバカな行動に出やがる」

「……ふむ。褒められてる気がするな」

「……チッ!」


 まぁ、図星だったのだろう。キレーな舌打ちが返ってきた。

『小学四年生・よい子の舌打ち』とかいう教材があれば、お手本として収録されそうな、模範的な舌打ちだ。


「だいたいな、領主の館に不法侵入するなんざ、極刑もんだぞ!? しかも、これから派手に戦争をおっぱじめようって時にだ!」

「大食い大会が戦争って……ぷぷぷ」

「テメェが言ったことだろうが! こいつは戦争だって!」

「過去にこだわる男だなぁ」

「テメェが適当過ぎるだけだろうが!」


 こいつは、なんか本気で怒ってるみたいでおっかないよな。

 ギャグなのにさぁ。


「主様! 一体何事で……やややっ!? 貴様は四十二区の!? どうやって忍び込んだ!? 兵を集めろ! 侵入者じゃっ!」


 以前、俺たちを案内してくれた慇懃無礼なクソジジイが、ポックリ逝くのも厭わないという勢いでまくしたてる。

 屋敷のあちこちからドタバタと無数の足音が響いてくる。


「いい! 構うな!」


 だが、そこからとんでもない一大事に……ってことにはならずに済みそうだ。

 リカルドが立ち上がり、慇懃・オブ・クソジジイに鋭い視線を向ける。


「放っておけ。俺の客だ」

「し、しかし、主様……」

「二度言わせるな!」

「…………はっ」


 ジジイは頭を垂れ、短く返事を返す。

 それを聞き、集まっていた兵士たちはぞろぞろとこの場から離れていった。

 全員が全員、俺に恨めしそうな視線を送りながら。


「怖ぇ~」

「訓練された兵というのは、ああいうものだ」


 兵士を見送りながら漏らした俺の言葉に、リカルドはそんな言葉を返してきた。

 あ~、いやいや。そうじゃなくてな。


「怖いのは、お前だよ」


 どんな理不尽もたった一言で突き通すその態度。

 今の場合、クソジジイの意見の方が絶対的に正しい。

 にもかかわらず「俺に逆らうな」と匂わすだけですべての兵士が身を引いたのだ。


「この区は、お前がこければ全員がこけるな」

「俺がそんなヘマをするかよ」

「すげぇ自信だな」

「俺たちは狩猟民族だからな」


 誇らしげに、リカルドは言う。


「ギルドにこそ入っちゃいないが、親父も俺も、狩りの腕なら狩猟ギルドの連中にも引けを取らないレベルだ。まぁ、お前んとこのウッセ程度じゃ、俺の足元にも及ばねぇだろうな」


 四十二区の支部を任されているウッセを超えると豪語するリカルド。

 確かに、筋肉の付き方が一般人とはかけ離れている感じはするが……ちょっと盛り過ぎじゃないか?


「狩猟民族は、絶対的に頼れるリーダーに惹かれるんだ。だから四十一区の領主は、誰よりもパワフルで、頭が切れて、即断即決出来る強い男でなけりゃいけねぇのさ」

「じゃあメドラじゃねぇか」

「バカヤロウ! 女に領主が務まるか!」


 うわぁ……エステラ全否定だよ……

 あと、日本で言おうもんならいろんな団体からクレームが来ていたことだろう。

 よかったな、異世界人で。


「とにかく。俺が先頭に立ち、行く道を示してやることで、領民たちは迷わず前に進めるんだ。領主ってのは、そういうもんだろうが」


 先頭に立つお前が、行き先を間違えていなければな。


「俺は、テメェに勝つぞ、オオバヤシロ」


 リカルドが、真っ直ぐに俺を睨みつける。

 明確な敵意を向けられている。だが、真正面から、正々堂々としたそれには、不快感を覚えることはなかった。


「俺は、勝つための戦いをする。テメェが何を企み、どんな策を弄しようが、俺はそれを力でねじ伏せてやる。覚悟しておくんだな」


 清々しいまでの宣戦布告だ。

 こいつは、実は凄く真面目なヤツなのではないだろうかと思えてきた。


「お前が勝つべきは、俺じゃなくてエステラだろうが。四十二区の代表者はエステラだぞ」

「ふん、エステラなど、俺の相手じゃねぇ」


 鼻で笑い、ビシッと俺に指を突きつける。


「俺が相手にするのは、真に強いヤツだけだ。……テメェだよ、オオバヤシロ」


 それはきっと、俺を評価しているということなのだろうが……

 もしそうであるならば尚のこと、お前はエステラと戦うべきなのだ。

 本当に脅威なのは強い手駒ではなく、その強い手駒を自在に操れるプレイヤーなのだから。


 直面した困難に臆せず立ち向かう勇気は、こいつの持ち味なのかもしれないが、それがこいつの欠点でもある。

 最高のプレーヤーがいいコーチになるわけではないように、歴戦の勇者がいい領主になれるわけではない。

 むしろ、戦いには身を投じず一歩引いた視点で物事を見ることが出来る、そういうヤツの方がそういうポジションには向いているのだ。


 少なくとも、リカルドが脅威だと認めたオオバヤシロという男は、エステラという領主でなければ助力を得ることは出来なかっただろう。

 お前自身が警戒すべきだと言った男を引き摺り出したのは、お前が歯牙にもかけていないエステラなんだぜ? そこに気が付けないようじゃ……足をすくわれちまうぜ。


 これから争い合おうって相手の前ではいきり立つな。常に冷静を心がけ、どんな些細なことにも心を乱してはいけないのだ。

 平常心を欠けば、そこからほころびが生じるからな。


「それに、お前がエステラとくっつきゃ、結局お前が領主になるんだろうが」

「にょーんっ!?」


 平常心が脆くも崩れ去った。


「ぽっ、ぽまぇ!? なに言っちゃってんの!? なんで俺がエステラと!?」

「なんだよ。惚れてるから力を貸してるんじゃねぇのかよ?」

「た、単純だなあ、君は! 心がピュアなのかい!? 純粋に下世話なのかなぁ!?」

「ちょ、……落ち着けよ」

「お、おおおおちちついてるさぁ! エステラには突けるほどのお乳は無いけどな!」

「だぁっ! 落ち着けつってんだろ!」


 だってよぉ! お前がよぉ!


 リカルドは若干イライラしながら髪を掻き上げ、短い息を吐いた。


「なんだよ、違うのかよ。俺はてっきりそうだとばかり………………はっ!? ってことは、まさか、テメェ!? ……やっぱり、メドラみたいなのが……いいのか?」

「だから、汚物を見るような目で見んじゃねぇっつってんだろ!」


 一気に落ち着いたわ。

 浮かれた気分も激萎えだよ!


「俺は、俺のためにこの大会に参加する。勝たなきゃいけない理由も、個人的なものだ。だから、立ちはだかるヤツは俺の責任で排除してやる」

「上等だ。返り討ちにしてやるぜ」


 獲物を狙うハンターの目を向けられる。

 楽しそうな顔しやがって。


 お前が俺に気を取られてエステラを見られていないというのであれば、俺たちに勝機はある。

 ゲームってのは、大将が無事なら他が全滅しても逆転出来るもんだからな。

 四十二区の大将は俺じゃない、エステラだ。


 俺は、ただのゲストだよ。


「さて……俺は忙しい。そろそろ帰れ」

「あぁ。お茶も出なかったが、期待してなかったから文句だけに留めておいてやろう」

「文句言ってんじゃねぇよ。誰がテメェなんぞに茶を出すか」

「お客様には礼をもって接する、そういう心のゆとりは必要だと思うなぁ、俺は」

「礼を欠いたヤツにまで礼をもって接するのは愚者の行いだ。物乞いと王族を同列に扱うことが素晴らしい人間のすることか?」

「いいや。そいつはただのバカだな」

「なら、茶はテメェの家で飲むんだな」


 もしかしたら、この街で一番話が合うのはこいつなんじゃないかと、そんな錯覚をしてしまいそうになった。

 単純に、腹の黒さが似ているだけなんだろうがな。……ふふ。


「ちなみにだが、リカルド」

「なんだ?」

「お前、乳首は何色だ?」

「帰れっ!」


 椅子っ!?

 あいつ、あのクソ重たそうな椅子を投げてきやがった! 信じられねぇ!?

 ドアにぶつかって「ガッゴン!」って音してんじゃねぇか!?

 っていうか、部屋の隅から入り口まであの椅子を投げ飛ばせる腕力、地味に怖ぇ!?


 こんな凶暴な連中がたむろしている危険地帯には、もう一秒たりともいられない。

 俺はさっさとリカルドの館を後にしたのだった。







「おぉ……こうなったかぁ……」


 思わず口を開けて、その通りを眺めてしまった。

 四十一区の大通りが、滅茶苦茶綺麗になっていた。

 道が舗装され、店が整理され、外観も煌びやかに、華やかに変わっている。


 荒野のあばら家みたいだった武器屋はすっかり影を潜め、オシャレなギャルがルンルン気分でウィンドウショッピングに勤しみそうな明るい街並みになっている。


 そんな大通りのど真ん中。

 大きく開けた中央広場に、なんだかよく分からない奇妙な物体がそびえたっていた。

 そいつは、鼻の穴の中に大量のメンソレータムを塗り込まれて悶絶しているブナシメジのような形をした彫像だった。


「……精霊神の像、か。相変わらずのキノコ具合だな、精霊神は」


 そして、デカい。

 全長は5メートルを優に超える、威風堂々としたブナシメジだった。

 ハム摩呂たちめ、なんて無駄な労力を。


「ん?」


 こんな巨大な悶絶ブナシメジなんか誰もありがたがらないだろうと、思っていたのだが……


 巨大ブナシメジ像の前に膝をつき、真剣に祈りを捧げている半魚人がいた。

 筋骨隆々でおそらく190センチ以上はあるであろう巨体を小さく丸め、瞼を閉じて祈りを捧げる半魚人。……魚ってまぶたあったっけ?


「………………」


 結構な数の人が行き交う中、一切心を乱すことなく、真剣に祈りを捧げる魚顔の大男。……おそらく、敬虔なブナシメジ教の信者なのだろう。


 あ、精霊神なんだっけな、この彫像。三秒ほど見てると忘れそうになる。ほら、人間って視覚からの情報が八割っていうじゃん? どう見てもブナシメジなんだもん。


「おい、あれ」

「あぁ……」


 俺の後ろにいた通行人AとBがこそこそと会話を始める。


「グスターブのヤツ、また祈りを捧げてるぜ」

「この街で一番信仰心が高いんじゃないかって言われるだけのことはあるよな」


 グスターブという名前らしいな。


「有名人なのか、あの大男は?」

「誰だ、あんた?」

「通行人Cだ」

「……AとBはどこにいるんだよ?」


 お前らだよ。

 んなことはどうでもいいから、誰なんだよ、あいつは?


「狩猟ギルドのグスターブ。大会で活躍間違いなしの、この街一番の大飯ぐらいさ」

「あいつが?」

「あぁ。あいつの日課は、あぁやって精霊神様に祈りを捧げることと……仕事上がりにフードコートの食い物を食い荒らすことなんだ」


 ……マグダたちが言っていたのは、あの野郎のことらしいな。


「やっぱ、狩猟ギルドが中心になるんだろうな、この街の代表は」

「中心も何も、全員が狩猟ギルドから選ばれてるさ」

「全員か?」

「あぁ」

「へぇ~、そうなのか」


 リカルドは、勝つための戦いとか言っていたが、……全員か。


「大方、大会で勝利出来るよう、精霊神様に祈りを捧げてるんだろう」

「筋肉ムッキムキのオッサンのくせに、信心深いこったな」

「バッカ、お前。男も女も関係ねぇよ。精霊神様を敬う気持ちは、誰だって同じようなもんさ」


 ってことは、あのひょうきんなブナシメジ像に、筋肉ムキムキのオッサンが真剣な表情で祈りを捧げているこのシーンは、笑うところではない――と、いうことだな?


「狩猟ギルド以外のヤツは何も言わないのか?」

「まぁ……領主様の考えることだからな」


 通行人Bの言葉は、半ば投げやりに聞こえた。


「狩猟ギルドがあって、俺ら領民がいる。この街は、そうやって成り立ってんだよ」

「そうだそうだ。俺らはただ、黙って結果を待ってりゃいいんだよ」


 ……諦め……悟り…………どっちも違う。

 こいつらにとっては、それが常識。当たり前のことになっちまってるんだ。


 上手くいくのも、しくじるのも、みんな他人のおかげで他人のせい。


 やっぱ、一朝一夕でその凝り固まった人生観は覆せないか。


 じゃあもし、リカルドが惨敗しちまったら…………お前らどうするんだよ?

 暴動でも起こすのか?

 甘んじて、すべての不幸を受け入れるのか?


 リカルド。

 お前やっぱ、ちょっとだけでもエステラを見習った方がいいんじゃねぇか?


 おそらく、四十一区はリカルドと狩猟ギルドで『勝つための作戦』をガッチガチに固めてきてるのだろう。選手も、そしてたぶん料理も、狩猟ギルドに寄せたものになっているはずだ。

 勝ちにこだわり、勝たなければいけない立場での判断と見れば、悪くはない選択かもしれんが……


 結構な賭けだ。

 俺なら、リスクが高過ぎてベットは出来ない。


「で、あの半魚人は、そんなに食うのか?」


 さり気な~く、探りを入れてみる。

 ほらほら、通行人のよしみで教えてくれよ。


「半魚人じゃねぇよ。ピラニア人族だ」

「分かりにくいわ!」

「俺に言うなよ!」



 通行人の弁によれば、「食うなんてレベルじゃねぇ」らしい。

 どれ……いっちょお手並み拝見といこうか。


 グスターブを尾行して、飯を食うところを見せてもらおう。

 今もなお続く熱心な祈りを、少し離れた場所から眺める。

 すげぇ長いな。欲張りか! ……って、そういえば、お祈りってお願いごととは違うんだよな、確か? お賽銭、あげないもんな。


 ……それにしても長い。敬虔過ぎるにもほどがあるだろう。

 グスターブが祈りを捧げている間にも、わらわらと人は集まり、そこかしこでブナシメジ像に祈りを捧げる姿が見られた。

 ブナシメジ教、すげぇな…………あ、精霊神だっけ? もうブナシメジ教でいいじゃん。


 正味、三十分もの間、グスターブは祈りを捧げ続けていた。

 なんかさぁ……もっとお気楽な神様なんじゃなかったっけ、精霊神って?

 俺にとっては、「おっぱい」って言う度に懺悔させられる相手だから、全然ありがたみが湧かないんだよなぁ。


「さぁて、お祈りも済んだし、お昼ご飯でも食べに行こうかな!」

「ぶふっ!」


 ピラニア人族のグスターブが口を開く。

 が、予想外の声の高さに思わず吹き出しそうになった。

 甲高ぇよ、声!

 千葉県の夢の国のあのキャラクターか、お前は!?


 幸い、グスターブには気付かれなかったようだが……気を付けよう、気を抜くと笑いそうになる。そのギャップは卑怯だ。


 時刻は十一時過ぎ……飯を食ってから仕事に行くのか。

 なんか変な時間に休憩を取ってやがるな。あ、あれかな。昼食時の混雑を避けるためにローテーションでもしてんのかな。


 そんなことを考えながら、軽い気持ちでグスターブを尾行した俺は……その後で激しく後悔することになる。


「おかわりを」

「す、すみません! もう、食材が……」

「この店もですか……しょうがないですね。夕方までに補充しておいてくださいよ。また来ますので」

「ま、また来るんですか!?」

「えぇ。では、また」


 フードコートをまるごと食い尽くして、涼しい顔をして店を出ていく。

 ……正直、見ているだけで食欲がなくなった。つか、奪われた。

 あいつ、周りの人間の食欲を自分の体内に集める能力でも持ってんじゃねぇのか?


 少し納得してしまったのだが、あいつが昼飯時に現れると街中が混乱してしまう。

 飯を食おうにも、食材が無くなってしまうのだ。

 だから、あえて先に昼飯を食わせているのだろう。

 食材切れの店は閉店を余儀なくされるが、最初から閉まっているならば客は他の店を選べばいい。混乱は最小限に抑えられる。


 グスターブを飯時より前に解き放っているのは、交換条件ってところだろうか。

 誰もいない時間帯に、好きなものを優先的に食べても構わない。その代わり、昼飯時には大通りをウロつかないでくれ……とかな。


 とにかく、とんでもないバケモノがいやがった。

 なんだ?

 精霊神への信仰心が高いほど胃袋がバカになる呪いにでもかかるのか?


 こいつは、ベルティーナと同じか……それ以上に食いやがる。

 なにせ、限界が見えないのだ。

 ベルティーナですら、過去に一度経験した、胃袋の限界……グスターブには、それがあるのだろうか。


「安全策は、あいつに負け要員をぶつけることなんだが……そうすると、一勝分は余裕が欲しいよなぁ……」


 しかし、四十一区には……いや、狩猟ギルドには、もう一人脅威となる人物……いや、バケモノが存在している。


「……メドラ。マグダをぶつけて抑え込めるのだろうか………………」


 フードコート一気食いのグスターブ。

 そして、すべてが規格外のメドラ。

 この二匹のモンスターに、俺たちは太刀打ち出来るのか…………


「考えてても仕方ねぇ。ちょうどいい時間だ。……メドラの食欲を視察しに行こう」


 情報が欲しい。

 くそ、ここに来て妙に焦り始めてしまった。

 昨日まではやたらとのんびりしてたってのに……俺、ちょっと弛み過ぎてたかもしれないな。


 俺は駆け足で大通りを抜け、四十一区の街門へと向かった。

 目的地はそこではなく、街門のすぐそばに立つ狩猟ギルドの本部だ。


 上手くアポが取れればいいんだが…………


 どこかの監獄を思い起こさせるような巨大な門の両サイドに、これまた脱獄不可能な監獄にうじゃうじゃいそうな、筋肉だらけの大男が一人ずつ立っている。

 門番すら怖い。狩猟ギルド、堅気の仕事だっていうのがイマイチ信じられないんだよな。


「誰だ?」

「なんの用だ?」


 門に近付くと、門番が素早く詰め寄ってくる。

 すげぇ圧迫感……っ!


「いや、ちょっと、ギルド長に面会を……」

「不許可だ」

「帰れ」


 すげぇ冷たい。

 いや、これくらいで当然なのか。マグダでさえ、陽だまり亭で会うまでは一度も会ったことがないと言っていたんだ。

 支部長のウッセですら年に一度会えるかどうからしいし、アポなしの部外者には面会の許可なんか下りるはずもない。


 それだけ、重要なポストにいる人物なんだろう。

 特に今は、魔獣のスワーム討伐直前だ。

 警備が厳しくなっていて当然。


 ……しょうがない。今日は諦めるか。


「じゃあ、すまないが、『オオバヤシロが、スワーム討伐の激励に来ていた』ってだけ伝えてくれるか? たぶんそれで分かるはず……」


『はずだから』と言い終わる前に、門番が「びしぃ!」と背筋を伸ばし、突風を巻き起こしそうな勢いで回れ右をした。

 そして、本部の窓に向かって、街宣車がウィスパーボイスに思えそうなほどの大音量でこう叫びやがった。


「ママぁー! ママの言ってた『オオバヤシロ』が、ママに会いに来たよー!」

「ママの言ってた通り、スワーム討伐前に、ママをデートに誘うために来たんだねー!」


 って、おい!? 

 デートってなんだ!?

『ママの言ってた通り?』

 一体、何が起ころうとしてんだ!?


 そんな疑問を口にする暇もなく、本部の建物がぐらぐらと振動し始めた。

 ……メドラが、廊下を走っているのだろう…………倒壊するっ、倒壊しちゃうから! 廊下は走らないでっ!


「ダァーーーーーーリィーーーーーーンンンンンッ!」


 モンスターが現れた。

  どうする?

   → 逃げる

     逃げる

     逃げる

     諦める


 しかし、敵に回り込まれた!!


「もう! 遅いじゃないかい、ダーリンッ! アタシ、ずっと待ってたんだからねっ!」


 俺は、丸太のような二本の腕に拘束され、ぶんぶんと無遠慮に振り回された。

 やめろ……背骨が粉々になる……背骨ふりかけになっちゃうからっ!


「やっぱり、か弱いアタシが危険な狩りに行く時には、心配して来てくれると思ったよ! さすがアタシの見込んだ男だ! ギリギリまで焦らすなんて、意地が悪いじゃないかっ! ……でも、その分嬉しさも倍増だよっ! きゃっ! なに言わせんだい、恥ずかしい!」


 恥ずかしさのあまり人を殺めるのは遠慮してもらいたい……つか、そろそろ、マジで……死ぬ…………


「あんたたち!」

「「はっ!」」

「アタシはこれから、ダーリンとランチデートに行ってくる! 折角誘いに来てくれたんだ、断っちゃあ女が廃る! そうだろう!?」

「「はっ! 廃ります!」」

「アタシが留守の間、しっかりと本部をお守り!」

「「はっ! 命に代えて!」」

「おかしなマネをするヤツがいたら…………かまいやしないよ、ふりかけにしてやんな!」

「「はっ! 粉々にしますっ!」」

「じゃあ、ちょ~っとラブラブしてくる、にゃん☆」

「「はっ! いってらっしゃいませにゃんっ!」」


 ……あれ、なにここ? お化け屋敷?


「さぁ、ダーリン。お腹空いたろう? アタシの行きつけで、美味しいお店があるんだ。一度ダーリンと行ってみたいと思っていたんだよ。付いてきてくれるかい?」

「あ、……あぁ、行く。行くから……解放してくれ……」

「う~れ~し~い~! じゃあ、大急ぎで行くよっ!」

「ちょっ!? 解放……っ!」


 ドン!――と、空気が破裂する音がして、俺の鼓膜は仕事を放棄した。

 何も聞こえないし、何も感じない。

 ただ、流れていく景色が速過ぎて……「あ、音速超えてるかも」と、ぼんやりと考えることしか出来なかった。



 俺、やっぱり弛み過ぎだわ……



 危機回避能力が『OFF』になってるな、これは……絶対。






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