125話 参加者を押さえる

 ふと思ったのだが……


「参加させるつもりの連中に、一応確認を取った方がいいかもしれんな」

「……まさか、大会当日に言ってやらせるつもりだったのかい?」


 エステラが向かいの席でジトッとした目を向けてくる。

 いやいや、お前。さすがにそれはねぇよ。いくら俺だって、そこまで無計画じゃないさ。


「まぁ、前日に言っておけばいいか、的な?」

「無計画過ぎるよ!?」


 むぅ……そう捉えるヤツもいるのか……世の中色々だなぁ。


 昨日デミリーと話をしてきたエステラは、その報告がてら陽だまり亭で朝食をとっている最中だ。

 教会での朝食には間に合わず、自腹を切ってここで食っている。うんうん。いいことだ。今後もしっかり店に貢献しろ。……そもそも、寄付の時はエステラも金を払わないのはシステムとしておかしいような……


「金を払え」

「なんだよ!? ちゃんと払うよ、人聞きが悪いなぁ!」


 いや、今じゃなくてだな……


「今日はこの後リカルドに会いに行かなきゃいけないんだから、あんまり神経すり減らすようなこと言わないでよ」

「なんだよ。リカルドとはもう和解して、お互いわだかまりはなくなったんじゃないのか?」

「わだかまりはなくなったけど、好き嫌いは別さ。むしろ、わだかまりが消えた今、まっさらの状態で純粋に嫌いなんだよね」


 すげぇ嫌われようだな、リカルド。ご愁傷様。


「じゃ、そろそろ行こうかな……あ~ぁ……」


 どんだけ嫌なんだよ。

 またなんかやらかして話をこじらせてくるなよ?


「ま、なんかあったら俺んとこに来いよ。愚痴くらいは聞いてやるからよ」

「へ……」


 立ち上がりかけたエステラが目を丸くして俺を見る。

 なんだよ、ハトが豆鉄砲喰らったみたいな顔して。


「エステラ『ほろっほー』って言ってみてくれ」

「……ほろっほー」

「似てないな」

「なんの話だい!? 何かに似せなきゃいけなかったのかな!?」


 お、普段の顔に戻ったな。


「まったく。珍しく気の利くこと言ったかと思ったら……」


 腕を組んで横を向く。『不機嫌です』という分かりやすいアピールなのかもしれんが、俺には『こんなにペッタリ腕がくっついちゃうんです』という無い乳アピールにしか見えない。

 よし、今度からエステラは『真正面美人』と呼んでやろう。横向きはこう……悲哀のようなものを感じるからな。


「でも、まぁ……」


 そんな不機嫌フェイスがこちらを向き、ニコッと破顔する。


「ちょっとだけ気が楽になったから、お礼言っとくね。ありがと」


 さばけた、実に明るい笑顔だ。

 最近は無理して男っぽく振る舞うこともなくなり、ちょっとずつ女の子らしい口調に変わってきている。まぁ、まだ硬さは残っているけどな。


「そうだ。よかったらマグダたちを乗せていってあげるよ?」


 現在、四十一区へ向かう馬車が増え日に何本も走っている。

 フードコート付近に仮設の寮みたいなものもあるのだが、自宅に戻りたい者も多く、また食材の運搬等で区を往復する者が多いからだ。

 領主の援助のおかげで格安で馬車に乗ることは可能だが、回数が増えれば負担になることは確かだ。


 マグダもロレッタも、仕事が終わると四十二区に戻ってくる。ウチでないと落ち着かないのだそうで、向こうに泊まるくらいなら往復する方が疲れが出ないらしい。

 獣人族のスタミナは大したもんだ。


 だが。


「すまんな。今日、ウチの分店は休みなんだ」

「え、そうなのかい?」

「トルベックの連中のために、昼間に屋台は出すけどな」


 フードコートに出店している飲食店は、自由に休みを決められる。

 他にもたくさん店があるので作業員は困らないだろうという判断によるもので、本店の事情を最優先出来るとあって参加店は助かっている。


 陽だまり亭分店は朝一で出発しても十分間に合う十時開店で、遅くとも十八時には閉店している。

 カンタルチカなんかは酒場の本領発揮とばかりに、夜中まで営業しているようだがな。


「今日は俺が一日店をあけるからマグダには店にいてもらうんだ」

「ロレッタは?」

「あいつ一人で店が回せると思うか? お前が思ってる以上にアホなんだぞ?」

「酷いです! あたしアホじゃないですよ!?」


 テーブルを拭いていたロレッタが抗議の声を上げる。


「そうだよ、ヤシロ」

「エステラさん、言ってやってです!」

「ロレッタは、普通」

「それも酷いです!」


 良くも悪くも普通なロレッタは「むぅむぅ!」と布巾を振り回す。

 やめろ。水滴が飛んできそうで冷や冷やする。


「んじゃ、お前一人で店開けてくるか?」

「…………久しぶりに、本店の雰囲気を味わうのもいいもんです」

「寂しいんだね、ロレッタも」


 まったく。寂しがり屋ばかりだ。


「しかし、ヤシロがそんなことを許可するなんてね」

「ん?」

「『1Rbたりとも稼ぎを逃すな』とか言いそうなのにね」

「無理を続けるといつか破綻して、計り知れない損失を出すもんなんだよ、商売ってのは。自分たちのペースってのを崩さないことこそが、ゆくゆく大きな利益を生むことになるんだ」


 乗りに乗って支店を全国展開させた直後、あっという間に本店以外が潰れちまう……なんてことはままあることだ。


「わたしも、ヤシロさんの言う通りだと思います」


 ジネットがにこにこと近付いてきて、エステラにお水を手渡す。

「ありがとう」と受け取り水を飲むエステラに、ジネットは嬉しそうな顔で言う。


「自分の歩幅で無理なく歩いていくことが、長く続けていく秘訣だと思います。それに、みなさんと一緒にいられて、わたしは嬉しいですし……こんなこと言うと、店長としては失格なんですけどね」


 舌先をちろっと覗かせて、ジネットは子供っぽく笑う。

 ……まぁ、昨日あんなことを言っていたからな。『一人になると、不意に寂しくなる……』って。

 別に、だからってわけじゃないんだが。まぁ今日くらい休んだっていいじゃないか。

 今くらいはな。……お祭りみたいなもんだし、な。


「それじゃ、ボクはもう行くよ。ヤシロ、予選会は明後日でいいかい?」

「あぁ。お前の都合のいい日でいいぞ。四十二区の代表者選考だからな」


 領主代行が不在では決められないだろう。

 と、視線で送っておく。


「了解。それじゃ、またね」

「おう」

「…………」

「……なんだよ?」

「いや、何か言いたそうな顔をしているなぁって思ってさ」


 エステラが俺の顔を覗き込んでくる。

 別に言いたいことなんかないぞ?

 ……あ、そうか。これは催促か。そうなんだな? まったく、どいつもこいつも甘えん坊化しやがって。


「はいはい。気を付けて行ってくるんだぞ」

「なんだよ、それ?」

「優しいお見送りの言葉が欲しかったんだろ?」

「あのねぇ……ボクはそんな甘えん坊じゃ……まぁ、いいや。じゃあね」

「おう、行ってこい」


 エステラを見送ったところで、俺もそろそろ出発しなければいけない時間だな。


「それじゃあ、俺も行ってくる。留守を頼むぞ」

「はい。お気を付けて。あの……」

「ん?」


 声をかけられ振り返ると、ジネットがなんだかもじもじしている。


「漏れそうか? 見送りはいいから早く行ってこい」

「ち、違いますよ! あの……こういうことを言うと、ちょっとどうかと思うんですが……」


 半歩身を寄せて、ジネットは遠慮がちに囁く。


「お早いお帰りを……」

「……え?」

「いえ、あの……ヤシロさん、最近働き詰めですので……あまり無理をしないでほしいなぁ……って…………あの、すみません。なんだか、差し出がましいことを」


 ……ジネットが、甘えモードに入っている?

 俺は、何かフラグでも立てたのだろうか?


「まぁ、今日は参加予定の選手に話をつけに行くだけだ。そんな大変な用事じゃねぇよ」

「そう、ですよね。あはは……わたし、なんだかダメですね」

「疲れてんじゃないのか? 今日はマグダたちがいるんだから、ちょっと休ませてもらえ」

「はい。そうします」


 疲れていると人恋しくなるものだからな。


「……ヤシロ」


 噂をすれば、マグダがすすっと俺に近付いてきた。

 ジッと俺を見上げて、小さな口をパカッと開けてこんなことを言う。


「……またね」

「…………なんだよ、それ? いってらっしゃいだろ、普通」

「……いってらっしゃい」

「おう、行ってくる。ジネットと店をよろしくな」

「お兄ちゃん! あたしもいるので安心していいですよ!」

「あと、あいつの暴走も止めておいてくれな?」

「……心得た」

「酷いですよ、二人とも!? あたし、暴走なんてしないです!」


 そうやって賑やかに送り出され、俺は一路ミリィのもとへと向かった。






 店の前で、ミリィがちょこちょこと花の世話をしている。


「よう。精が出るな」

「ぁ……てんとうむしさん。いらっしゃいませ」


 剪定バサミをエプロンのポケットにしまい、手を拭いて俺のもとへと小走りで近付いてくる。


「花束を頼みたい。あまり嵩張らないヤツで」

「ぅん。……プレゼント?」

「あぁ。ちょっとデリアにな」


 デリアとは二人きりでデートという約束をしているのだ。

 デートと言えば花束。それが、四十二区での定番になりつつある。


「…………ぃいなぁ」

「ん? どうした、ミリィ?」

「ぁ……ぅうん。なんでもないよ。選んであげるね」


 にこりと笑い、ミリィが花をいくつか見繕い始める。

 俺がここで花を買う時はミリィにお任せで花束を作ってもらうようにしているのだ。

 ミリィはセンスがいいからな。受け取る方も、どうせならセンスの光るものの方が嬉しいだろう。


「こんな感じで、どう、かな?」


 少しだけ不安そうに、ミリィが花束を見せてくれる。

 うん、申し分ない。


「じゃあ、それを頼む」

「ぅん…………ぁ、ちょっと待っててね」


 少しボーっとした後で、ミリィは慌てて店内へと入り花をラッピングしてくれる。

 ……もしかして、花を提供するばかりで、ミリィは花束をもらったことがないのかもしれない。以前俺がミリィにやったのだって、ミリィからもらったものをそのままプレゼントしただけだ。こう、他所で手に入れた花束をミリィに……っていうのはハードルの高いことなんだろうな。

 そういうのも、やっぱり寂しいもんなんだろうかね。

 ……今度、デートにでも誘ってみるか………………いやいや。普通に断られるだろう。ミリィにだって選ぶ権利がある。

 ま、機会があれば花でも贈ってやるくらいがちょうどいいかもな。


「ぉまたせしましたぁ」

「ありがとう」


 花束を受け取り、さり気なく聞いておく。


「そういえば、この辺に咲いてる草花って、やっぱ生花ギルドの管轄下にあるのか?」

「ぇ? ……ぁ、ぇと……森、は、生花ギルドの管轄下だけど、他は、特に」


 河原に綺麗な花が咲いていたんだよな。

 アレを花束に出来るなら、ミリィを驚かせることが出来るかもしれない。


「ぁの……てんとうむしさん」


 そんなことを考えていると、ミリィが俺に控えめな視線をチラチラと向けてきた。

 料金の督促かと思いきや、そうではなかった。


「また……みりぃと一緒に……もり、行ってくれる?」


 森へ?

 それはまぁ、構わんが。


「また、俺が食虫植物に食われるところでも見たいのか?」

「ぁぅ……ち、ちがうよぉ」


 わたわたと手を振り、困った顔を見せるミリィ。

 しばらくは大会の準備で時間が取れそうにないからなぁ、返事に困るぜ。


「あ、そうだ。ミリィってどれくらい飯食うんだ?」

「ぇ……ごはん? ふつうだよ?」


 まぁ、ミリィがドンブリ三杯も四杯も食うようなイメージはないからな。

 期待薄だな。


「明後日、大食い大会の予選をやるんだ。よかったら見に来いよ」

「ゎあ、面白そう。見に行きたいなぁ」

「参加してもいいぞ?」

「みりぃ、そんなに食べないもん」

「そっか。じゃ、花、ありがとな」

「ぅん! ばいばーい!」


 大きく手を振るミリィ。

 俺は見送られて、花屋を後にした。







 昨日ベルティーナと歩いた川への道を、今は一人で歩く。

 すると、ちょうど昨日ベルティーナと話をした川辺に目当ての人物を発見した。

 丸っこいクマ耳を頭に生やしたそいつに、俺は手を振って声をかける。


「お~い! デリアー」

「ん? おぉ! ヤシロー!」


 大きな岩に腰掛けて釣り糸を垂らしていたデリアが立ち上がり俺のもとへと駆け寄ってくる。

 懐いている大型犬のような動きだ。

 思わず首周りとかお腹を「あ~よしよしっ」って撫で回したくなる。ま、しないけど。


「釣りか?」

「あぁ。しばらくは漁も休みだからな」


 大食い大会に合わせ、川漁ギルドは漁の回数を減らしている。準備期間は四十二区から多くの人が消え消費が抑えられる。反面大会当日は大食いの材料の一つに鮭があるため、大会前日に一気に漁をするつもりらしい。今は、エネルギー温存中なのだとか。


 という話を聞いていたので、デートに誘いに来たのだ。

 今日は陽だまり亭の手伝いもないと言ってあったしな。


「デリアも釣りなんかするんだな」

「暇潰し程度にな。意外と上手いんだぜ? エサに寄ってきた魚を右手で『バシャーッ!』って!」

「……デリア、それ釣り違う」


 とんだ力技だ。魚の方も『えぇーっ!?』ってなってることだろう。


「それで、今日はなんだ? 何か手伝うことあるのか?」


 デリアの耳がピクピクと動く。

 こいつは自分が頼りにされることを非常に好む。きちんと話をすれば大会には出てくれるだろう。

 だが、その前に約束を果たさなきゃな。


「ほい、デリア。これ」


 背中に隠していた花束をさっと差し出す。

 差し出された花束に、デリアはきょとんと目をまんまるくする。


「ぉあ?」


 子獣みたいな、拍子抜けする声を漏らし、小首を傾げるデリア。

 どうも状況が理解出来ないらしい。


「前に、ほら、四十一区の視察に行った時に約束したろ? 二人きりでデートしようって」

「…………えっ、ヤシロ、あれ……覚えてたの……か?」

「当たり前だろう。だから、ほら。ちゃんと誘いに来たぞ」


 そう言って、もう一段回、花束をデリアに近付ける。胸に花弁が触れるくらいに近付き、それに合わせてデリアの視線も移動し、アゴが引かれる。

 俯くような感じで、胸元に迫った花束を見つめるデリア。……と。


「…………ぐすっ」


 デリアの瞳から大粒の涙が音もなく零れ落ちた。


「おっぉいっ!? ど、どうした!?」


 なぜ泣く!?


「あ、いや……悪いっ! 違うんだ、そういうんじゃなくて……!」


 慌てて顔を上げ、手のひらの、親指の付け根付近で乱暴に涙を拭う。


「あの、あた……あたい、……こんなだから……その、こういうの……今まで全然なくて…………こう……女の子みたいな、扱い…………ってさ、ヤシロしか、してくれなくて……」


 だとしても、泣くほどのことか?

 あ、まさか、『花束=プロポーズ』っていう昔ながらの習慣だと勘違いしてんのか? なら、泣くかもしれないな……


「あのな、デリア、コレはアレだぞ? そんな重い意味合いはないからな? もっと軽い気持ちでな……」

「分かってるよ! デートだろ? 最近の流行りくらい、あたいだって調べたりしてんだからなっ」


 頬を膨らませようとしたらしいデリアだが、口元が緩んで上手くいかず、結局泣き笑いのようなくしゃくしゃの顔になって、照れくさそうに「えへへ」と笑った。


「これ、もらうな」


 そう言って、俺の手から花束を大切そうに受け取る。両手で抱えて、花に鼻を埋める。


「いい匂いだなぁ……女の子の匂いだ」


 今のセリフ、俺が言うとアウトなんだろうなぁ……

 だが、デリアが口にすれば途端に乙女チックになる。


「ありがとう、ヤシロ。すっごく嬉しいっ!」


 そんな豪快な笑顔すらも、今は少女のように見える。

 こいつは、ネフェリーといい勝負するくらいに乙女思考なのかもしれないな。


「えへへ~、お花~。お花、もらっちゃったぁ~」


 花束を掲げ、くるくると回り始めるデリア。

 今までに見たことがないくらいに尻尾がピコピコ動いている。

 ネコがいたら間違いなく飛びつきそうだ。ネコまっしぐらだな。


「じゃあ、ケーキでも食べに行くか」

「うん!」


 全力で頷いて……


「……え?」

「へへ……たまには、いいだろ?」


 羞恥に顔を染めながら、デリアが腕を組んできた。俺の腕にデリアの腕が絡みつく。

 俺より背の高いデリアは背中を丸めて、まるでしがみつくようにギュッと身を寄せてくる。

 ……こういうぎこちなさに、不慣れな感じが出るんだな。…………えぇいくそ、可愛いじゃねぇか。あと、ヒジおっぱい最高っ!

 なんだ、この川辺に来るとおっぱいを押し当ててもらえるイベントが発生するお約束でもあるのか?

『女子+川辺=おっぱい』なのか?


「それで、どこに行く? 陽だまり亭か?」

「う~ん、そうだなぁ……」


 陽だまり亭なら、色んなケーキがあってデリアも満足してくれそうなんだが……今日は二人でデートって約束だからな……


「『檸檬』とか行ってみないか?」

「おぉ! レモンパイだな! あたい食べてみたかったんだよなぁ、それ!」

「じゃあ、決まりだな」

「おう! 行こう行こう!」


 こんなに威勢のいいデートがあるものなのだろうか。まぁ、俺たちらしくて、いいとは思うけどな。


 大通りの奥、中央広場のそばに店を構える檸檬は、落ち着いた雰囲気の喫茶店だ。

 かつてはお茶を提供していた店だけあって、若干和風な佇まいである。こっちの世界でも、お茶を扱うと和風な内装にしたくなるもんなのかね。


 引き戸を開けて店内へ入る。


「おや、ヤシロさん。いらっしゃい」


 人好きしそうな朗らかな笑みを浮かべる年配のオーナーが出迎えてくれる。

 檸檬は四十一区のフードコートへは店を出していない。

 元々オーナーと奥さんの二人でやっている店だ。分店にまで手を広げる余裕がないのだそうだ。


「委託販売の件、考えてみますよ。出来ることなら、多くの方に食べていただきたいですからね」


 俺は檸檬のレモンパイを委託販売してみてはどうかと持ちかけていた。他の店に頼んで一緒に売ってもらう方式だ。もちろん、その分の手数料は発生するが。 

 店の人出を割かなくてもフードコートで売ることが出来る。

 ただ、オーナーとしては、自分の目の届かないところで商品が売られることに懸念が拭えないらしい。万が一にも食中毒なんて出そうもんなら、一気に店の名が地に堕ちる。

 よほど信頼出来る相手でないと、委託販売はお願い出来ないのだ。


 と、今日はその話をしに来たわけではない。


「悪いなオーナー。今日はただの客なんだ」


 俺が言うと、オーナーは俺の隣で背中を丸めているデリアに視線を向けて「ほぅ、そうですか」と、嬉しそうに顔のシワを深くした。


「では、奥のお席をお使いください。幾分かは、静かにお過ごしいただけるでしょう」


 そんな気遣いを受け、俺たちは店の奥へと案内される。

 席に着くと、デリアは花束を大切そうに机の上に置く。花がよく見えるように、少し自分の方へと向けて。


「一生大切にするんだぁ~」

「いや、一週間くらいしか持たないからな?」

「根性で乗り切らせる!」

「……花にそれを求めるなよ」


 あとでドライフラワーの作り方でも教えてやるか。


「デートの前に、一つ頼みたいことがあるんだ」


 このまま有耶無耶になっては困るので、先に話を切り出しておく。


「今度開催される大食い大会に、四十二区の代表選手として参加してくれないか?」

「え、あたいが?」

「あぁ。お前の力が必要だ。頼む」


 机に手をつき、頭を下げる。

 デートの目的はこれだったかのかと、ガッカリされるだろうか?

 そうなったら美味しいケーキでご機嫌を取って……


「任せとけ!」


 静かな店内の空気を、すべて押し出すような大きな声で、デリアははっきりと言う。

 顔を上げると、キラキラした笑顔が俺を見ていた。


「ヤシロがあたいを頼ってくれるなら、あたいはそれに応えてやる!」


 ドンッと、胸を叩き力強く言ってくれる。

 頼られて嬉しい。

 掛け値なしに、溢れんばかりの好意を向けてくれるデリアに……少しだけ照れてしまった。

 こんなに信用されて、いいのか……この俺が。


 なので、照れ隠しに冗談なんかを言ってしまうわけだ。


「今、おっぱいがすげぇ揺れたな」

「なっ!?」


 清々しい笑顔は、途端に真っ赤に染まり、怒りとも喜びとも取れそうななんとも微妙な表情で、デリアは「もぉう!」と吠えた。


「人が真面目に話してる時に冗談やめろよなぁ!」


 指をかる~く握った、女子がスキンシップでよく使うネコパンチが飛んできて、俺の額に触れた瞬間……ネコだと思っていたものは獰猛なクマであったことを知らされた。


「ンゴッズッ!」


 これまで発したことがないような音が喉と鼻から漏れていく。

 ……冗談やめてほしいのは、こっちだぜ…………これは、冗談のレベルをはるかに超えている……


「むぁっ!? だ、大丈夫か!? つい、オメロにする時の力加減でやっちまった……」


 オメロ……お前、毎日こんな2トン車の衝突みたいな衝撃に耐えてたのか……ちょっと、尊敬しそうだ…………あの世で。


「で、でも、今のはヤシロが悪いんだからなっ!」

「あ、あぁ……俺が悪かった…………危機管理能力の欠如と言わざるを得ない……」

「あはっ、分かってくれたらいいんだけどさ」


「あはっ」で済ませられる、可愛らしいダメージならよかったんだけどな……


「あっ、でもさ。あたい、そこそこは食べるけど……そんな言うほどじゃないぞ? ヤシロも知ってるだろ? 陽だまり亭で賄い食べてるの見てるんだから」


 確かに、デリアは人より少し食うくらいだ。

 だが。


「甘い物に限定すればどうだ?」

「甘い物……?」

「そうだ。お前の大好きな甘い物。普段は食べ過ぎないようにセーブしている甘い物だ」

「ど、どうしてそのことを……」


 デリアは、甘い物を暴食するとタガが外れると危惧しており、いつも一人前程度に留めている……つもりで三人前くらい平らげているのだ。


「そのリミッターを解除したら、どうなる?」

「……そ、そりゃあ……人よりかは…………かなり、食う……いや、甘い物なら誰にも負けない!」

「ベルティーナでもか?」

「…………いやぁ……アレはなぁ……」


 クマ人族の表情を曇らせる食欲。パネェぜ、ベルティーナ。


「おやおや。随分と盛り上がっておりますね」


 檸檬のオーナーが水を持ってやって来る。

 四十二区の飲食店では、浄水器で綺麗にした水を無償提供するのがスタンダードになりつつあった。酒場なんかは『水飲んでる暇があったら酒を飲め』って感じだけどな。

 檸檬の水は、やはりというかなんというか、爽やかに香るレモン水だった。


「陽だまり亭さんには感謝しています。レモンの可能性を見せてくれましたから」

「たまたま知っていただけのことだよ。仰々しく考えんなって」

「いえいえ。その『たまたま知っていたこと』の数々が、我々を、この街を、大きく変えてくれたのです。感謝の言葉もありません」

「よせって。気持ち悪ぃよ」

「ははっ、ヤシロは謙虚だなぁ」

「そういうんじゃねぇから!」


 そういうのはジネットに言ってくれ。俺の担当じゃないんでな。


「本日は是非、サービスさせてください」

「おっ、やったな、ヤシロ! まけてくれるってさ」


 いやいや、デートで割引って……


「オーナー。サービスはいいからさ、ちょっと協力してくれねぇか?」

「と、おっしゃいますと?」

「レモンパイを二十人前ほど焼いてくれ」

「にじゅっ……二十人前、で、ございますか?」


 爺がポックリ行きそうなほど驚いてやがる。

 本当は百人前とでも言いたかったのだが、そのレベルのバケモノは『アノ二人』くらいのものだろう。

 とりあえず、デリアにはどれくらいいけるかを見せてもらうだけでいい。

 食いきれなきゃ、お土産として持って帰るさ。


「ははぁ、なるほど。大食い大会の練習ですな」

「まぁ、そんなところだ」

「ふむ……確かに、ケーキのような甘い物であれば、男性より女性の方が有利かと……考えましたな、陽だまり亭さん」


 俺を陽だまり亭さんと呼ぶんじゃねぇよ。代表はジネットだから。


「デリア、無理しない範囲でいいから食べてみてくれ」

「い、いいのか!? いつも一切れで我慢してんのに、今日はいっぱい食っていいのか!?」

「あぁ。俺の奢りだ。じゃんじゃんいってくれ。お前の食いっぷりに、四十二区の未来がかかっていると思ってな」

「お……、おぉ……なんだ、今日は怖いくらいにいいこと尽くめじゃないか……あ、あたい、明日死ぬのか? 死んじゃうのかな!?」


 大袈裟だっつの。


「では、丹精込めたレモンパイを二十人前、お持ちいたしましょう」

「無茶を言ってすまんな。よろしく頼む」

「プルルルルルハァーッ!」

「「――っ!?」」


 オーナーが謎の叫びを残してカウンターの奥へと消えていく。……なんだったんだ今のは? すげぇ巻き舌だったけど……


「ヤ、ヤシロ……今のが、『ギャップ萌え』ってやつか?」

「萌える要素が皆無じゃねぇか」


 と、とにかく、爺さんがちょっとテンション上がっちゃっただけだと思おう……深く考えたら負けな気がする。常人が極端に少ない四十二区だもんな、ここは。


 レモンの爽やかな香りと、カスタードクリームの濃厚な甘い香りが店内に立ち込め、香ばしく焼ける生地の香りが食欲をそそる。


「お待たせいたしました」


 大きな皿に載ったレモンパイが2ホール運ばれてくる。


「これでひとまず十六人前でございます」


 ワンホールを八等分して一人前だから、そうなるのか。

 二十人前って、中途半端なこと言っちまったな。


「数が半端になるな」

「んあ? あ、そうだな」


 既にレモンパイに視線が釘付け状態のデリアも、そのことに気が付いたようだ。


「キリが悪いのもアレだよな」

「そうだよな」

「んじゃあ、十六人前で……」

「オーナー、二十四人前に変更な」


 上に行きやがった!?


「承りました! 丹精込めたレモンパイを、もう八人前お持ちいたします! プルルルルルハァーッ!」

「「――っ!?」」


 またしても奇声を上げて、オーナーがカウンターの奥へと姿を消す。


「……あれ、決まりなのかな?」

「俺がオーナーなら、今すぐやめさせるんだがな……」


 次のレモンパイが焼けるまでに、目の前にある分を食べてしまおう。


「じゃあ、食うか」

「あたい、ワンホール食いに憧れてたんだよなぁ! いただきまーーすっ!」


 フォークを突き立て、デリアがレモンパイに齧りつく。


「ん~~~~~っまいっ!」


 お気に召したようで、がつがつと物凄い勢いで掻き込んでいく。

 あぁ……こりゃ二十人前余裕だわ。


 俺が一人前もらうとして、デリアには二十三人前にチャレンジしてもらおう。

 それだけで十分だろう。

 ……つか、もう既にワンホールの半分くらいなくなってるんですけど?


「デ、デリア。もうちょっと落ち着いて食え。喉に詰まるぞ?」

「大丈夫! 甘いものは別喉だ!」

「うん、ねぇから、そんな喉」

「オーナー! おかわりぃ!」

「いいんだっつの、二十三人前で!」

「プルルルルルハァーッ!」

「追加を承るなっ!」


 結論――デリアは、甘い物なら、すげぇ食う。

 そして、大食いの代表の力量を見るのは、領主の金でやるべきだ。……そこまで食わなくても……あ、4ホール平らげたよ、デリアのヤツ。まったく、わんぱくさんだぜっ☆……くすん。






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