97話 何も言わなくても……

 十二月十六日。地面をアイスピックでつつこうにも、地面が一切見えない銀世界。

 誰だ、こんな世界を構築しやがったのは……


「わは~! 雪の上を歩けるですよ~!」

「……沈まない」


 みんなで作ったかんじきを履き、ロレッタが大はしゃぎしている。マグダは一歩一歩確認するように雪の上を歩いている。


「凄いですね、ヤシロさん。雪に足が取られないなんて、魔法みたいです」


 ジネットが目をキラキラさせている。が、こんな古来よりの伝統が魔法呼ばわりされるとはな。北関東以北の人はビックリだろう。


「まるで、雲の上を歩いているようです」


 ぎゅぃっ、ぎゅぃっと、雪を踏みしめながら歩くジネット。心なしか、足取りが軽やかに見える。


「そりー!」

「ひくー!」

「笠地蔵のマネっ子やー!」


 弟たちが、食材を載せたソリを引いている。

 車輪で動く荷車は使えなくとも、ソリならいける。雪上の運搬に、これ以上の重宝する物があるだろうか。

 つか、笠地蔵の話、広まってんのか?


「……寒い。ヤシロ、抱っこ」

「雪の上でふざけんじゃねぇよ」

「……大真面目」

「…………もうちょい頑張ってくれ」


 俺はお前みたいに体力に自信があるタイプじゃないんでな。

 寒いのはとことん苦手なようで、マグダはずっと大人しい。多少はかんじきに興味を示してはいるが、はしゃぎ回るようなことはしない。弟たちは三人で協力してソリを引いてくれている。


「わっほ! わっほ! 雪、恐れるに足りずでぇ~っす!」


 ……なので、ロレッタ一人が大はしゃぎしているわけだ。


「お前も少しは手伝え!」

「わぶっ!?」


 拳大の雪玉がロレッタの顔面に命中する。

 ふむ。やっぱり俺の肩はまだまだ健在だな。さすが、ハンドボール投げクラス記録保持者だ。


「むゎっ! やったですね、お兄ちゃん!」


 ロレッタが瞳をキラリと輝かせて特大の雪玉を作り始める。

 が、俺の隣には「どんくさい」の代名詞、ジネットが歩いているのだ。俺がよければ確実にジネットが雪玉の餌食になる。


「……ジネットに当てたら朝ご飯抜きな」

「はぅっ!?」


 雪玉を取り落とすロレッタ。あぁ、無残……雪玉はパッカリと割れて小さな塊となり果てた。


「か、帰ったらリベンジです!」

「あぁ、帰ったらな」


 どうせ客も来ないんだ。雪合戦でもして遊ぶとしよう。


 畑の前に差しかかるも、当然モーマットは出てきていない。

 この雪じゃ、畑仕事も不可能だろうからな。


 俺は、畑に積もったまっさらな雪の上に飛び降り、足跡で『モーマットのバ~カ』と書いてやった。


「……もう、ヤシロさん」


 道へ戻ると、困り顔のジネットに諭された。

 まぁまぁ。これくらいの遊びはいいじゃないか。


「どうせ、俺が書いたってバレやしねぇよ」

「いや、たぶんソッコーでバレるですよ」


 自信たっぷりにロレッタが言う。なに、お前モーマットの生態に詳しいの? モーマット博士なの? 


 ふと見ると、マグダがロレッタにくっついている。

 耳がぺた~んと寝て、元気がない。


「マグダ」

「………………むぅ」


 返事も最小限だ。相当つらいらしい。


「教会に着いたら、いい物作ってやるから。もうちょい頑張れな」

「…………むぅ」


 ぺったりと寝てしまった耳を手で覆うように温めてやる。

 耳が冷たいのってつらいんだよなぁ。

 噛み合わせが痛くなってくるよな、耳が冷たいと。


「ヤシロさん。先ほど準備されていたのは、その『いい物』なんですか?」

「ん? あぁ。教会のガキどもも喜ぶと思うぞ」


 かんじきとソリ作りに時間を食われるかと思いきや、弟とロレッタののみ込みが早く、丸投げすることが出来た。

 なので、俺はあいた時間で『いい物』の準備に取りかかったのだ。

 もち米を蒸して、小豆を茹でた。


「あとはこれをもう一度煮込めば、お汁粉になる」

「おしるこ……というのは、スープなんですか?」

「スープ……と、言えばスープか」


 お汁粉のポジションってどこらへんなんだろうな?

 自動販売機に入ってるから『飲み物』と言えなくもないし、『スープ』と言われればそうかもしれないが……やはりどちらもしっくりこない。

 お汁粉は結局『お汁粉』なのだ。それ以上でも以下でもない。


 そういえば、昨日の川遊びにパーシーは大量の砂糖を持ってきてくれていた。……もしかしたら、これは賄賂なのかもしれない。……ネフェリーと上手くいくように仲を取り持てって感じの……ま、言われてないから知ったこっちゃないけどな。


 そんなわけで、お汁粉の準備は万端なのだ。

 餅は、ついている時間がなく、おはぎみたいに軽く潰しただけの簡単なものになったが……まぁ、美味さに違いはないだろう。


 これでマグダが元気になってくれればいいのだ……がっ!?


「マグダっ!?」


 突然マグダが雪の中に倒れ込んだ。

 前のめりで、バターンと。


「どうした? 限界か?」


 慌てて抱き起こすと、マグダは小刻みにぷるぷる震えていた。

 これは、まずいんじゃないのか!?


「……は、はな……」

「花?」


 マグダが震える声で言う。

 なんだ? 何が言いたいんだ?


「……鼻を、かぷって……してほしい」

「………………は?」

「………………して、ほしい……」


 鼻を、かぷ?


「……鼻を、かぷってすればいいのか?」

「………………そう」

「………………臭いぞ?」

「……平気」


 いや、歯磨き粉とかないしさ、一応口をゆすいだりはしてるけど…………え、マジで?


「…………ヤシロ……」


 いつもの無表情ながら、どこか弱々しい瞳で俺を見上げてくる。

 俺の服を掴む手に力が入る……が、いつものマグダからは想像も出来ないような弱々しさだ。


 こいつがしてほしいと言っているんだ。きっと、何か意味があるのだろう……

 何より、こんな状況でふざけるとも思えない…………


「分かった。じゃ、じゃあ……行くぞ」

「…………」


 すぅ……と、息が漏れただけだった。

 なんだか、今にも眠ってしまいそうだ……そのまま目を覚まさない感じの眠りに……


 嫌な想像に、一瞬背筋が冷える。

 鼻をかぷってすることになんの意味があるのかは分からない。分からないが……


「………………かぷ」


 俺は、そっとマグダの小さな鼻を噛んだ。

 ちょっと、キスするみたいでドキッとしたが、相手はマグダだ。間違って唇が触れても、子供だからセーフと言える。


 さぁ、鼻をかぷってしたぞ。……これで、どうなるんだ?


 ――と。


 ゾクゾクゾクッ! と、マグダの身体が振動した。

 水に濡れた後、犬が水しぶきを飛ばすような、人間には真似の出来ない、あの超高速振動だ。


 な、なんだ? 

 そんなに臭かったか、俺の口!?


「…………ママ」

「……え?」


 マグダがギュッと俺にしがみついてくる。

 俺の胸に顔を埋めて頭をこすりつけてくる。


 マグダの腕に、力が戻っている。


「…………にゃあ」


 小さく鳴いて、動きが止まる…………


「………………はぅっ」


 突然耳がピンと立ち、ぴるぴるぴるっと小刻みに震え、そしてまたピンッと立つ。

 耳は、俺の方を向いている。


「……マグダ?」

「……ちょっと………………待って」


 俺の胸に顔を押しつけ、なんだかもじもじと体をよじる。

 落ち着きなく、忙しなく、グリグリと頭をこすりつけてくる。


「…………ママ親に甘えるような真似を…………恥ずかしい……」


 どうやら、照れているようだ。

 ……で、ママ親って……


「…………マグダ、もう大人なのに」

「まだ未成年だからセーフだろ」


 どうやら、極度の寒さに精神の方が参っていたようだ。

 心細かったのかもしれない。

 鼻かぷをした後、マグダの腕にはしっかりとした力がこもっている。


 もしかしたら、マグダたちトラ人族にとっての鼻かぷとは、親が子にする愛情表現の一環なのかもしれない。で、そうされた子供は頭をこすりつけたり、柔らかいところを揉み揉みしたりするわけだ。今、マグダが俺にしているように。


「…………大人になれば、こんなことは……なくなる」


 どうも、マグダ的に今のこの甘えん坊モードは恥ずかしいらしい。

 普段から割と甘えてきているような気もするが……頭をこすりつけたり、俺の腹をぷにぷに揉んだりするのは初めてか。……なんか、止まらないっぽいな、これ。


「…………でも、今は未成年だから……」

「はいはい。そうだな」

「…………ヤシロだから」

「はいはい」

「………………ありがとう」

「ん」


 こいつは、もしかしたら雪に嫌な思い出でもあるのかもしれない。

 トラウマが蘇ると、急に意識を失ったり倒れたりすることがあるらしいしな。

 まぁ、追及するつもりはないが、気には留めておこう。


 で、こいつがおかしな行動を取っていたら、こうやって甘えさせてやろう。

 こいつにはきっと、そういうもんが絶対的に足りていないんだ。


 そうしていれば、こいつもいつかは……馬鹿笑いしたりするようになるのかね。ちょっと見てみたい気がするな、それは。


「ヤシロさん」


 ジネットが、俺の背後から声をかけてくる。

 マグダの後ろから来なかったのは、きっとマグダに配慮してのことだろう。きっと今のマグダは警戒心が強まっているだろうからな。


「大丈夫そうですか?」

「あぁ。腕に力も入ってるし、顔色もよくなってきている」


 心なしか、体温も上がってきている。


「もう平気だな、マグダ?」

「…………むぅ。あと五分」

「だ、そうだ」

「では、わたしは先に教会へ行って、火を起こしておきますね。すぐに温かいものが食べられるように」

「そうだな。よろしく頼む」

「はい」


 ジネットはゆっくりと弟たちのもとへ戻り、そして先に教会へ向かった。


「マグダっちょ、平気です?」

「……平気。あと七分で完全復活」

「二分延びてんじゃねぇか……」


 ロレッタがマグダの顔を覗き込もうとするが、マグダは頑なにそれを拒む。

 ロレッタが動く度に、マグダの顔が俺の胸に押しつけられる。ちょっと痛いからいい加減やめてほしいんだが。


「なんなら、あたしも鼻かぷしてあげるですよ?」

「…………でも…………」

「遠慮しなくていいですよ!」

「…………臭いから」

「臭くないですよっ!?」


 辛辣なマグダの言葉に、ロレッタがショックを受ける。

 こんだけ冗談が言えるようになればもう大丈夫だろう。


「ロレッタ。お前も先に行ってお汁粉を温めておいてくれ。作り方は……」


 俺はロレッタにお汁粉の作り方と、沸騰した際の差し水のタイミングや砂糖の分量などを言って聞かせる。

 こいつが覚えきれるなんて思っていない。


会話記録カンバセーション・レコードを見ながらやれば失敗しないはずだ」

「分かったです! ドドーンと任せるです!」


 ロレッタが得意げに胸を張る。普通サイズの膨らみだ。

 会話記録カンバセーション・レコードがあればレシピの伝達は楽でいい。

 アホのロレッタでもちゃんと完成させてくれることだろう。


「それじゃ、お兄ちゃんたちも早く来るですよ!」

「へいへい。あ、それから、ロレッタ」

「なんです?」

「転ぶなよ? 『絶対』転ぶなよ?」

「そういう『振り』やめてですっ! 転ばないですよ!?」


 一瞬、転んだ方がいいのかと悩んだ後、結局転ばずにロレッタは教会へと駆けていった。


「…………さて」


 俺はマグダの頭に手をポンと載せる。


「もう、俺しかいないぞ」

「…………そう」


 まぁ、なんつうか。珍しいこともあるもんだ……

 そうだよなぁ、人生なんていろいろだよなぁ……


 胸んところが温かくなって、今は冷たくなっている。

 だから、俺だけは気が付いていたんだ。

 マグダの状況に。


 顔を上げたマグダは、泣いていた。

 こんな時も、無表情なんだな、お前は。


「…………変?」

「いいや。俺も一時期車に乗るのが怖かったからな」

「……くるま?」

「馬車みたいなもんだ。そいつで事故に遭ったことがあるんだよ」

「……馬車、怖い?」

「今は全然平気だ。とっくに克服した。だからよ……」


 この時、俺の頭の中には――降り積もる雪の夜に、独りぼっちで「みぃみぃ」鳴いている子猫の映像が浮かんでいた。


 ……寒かったろう。もっとこっち来て温まれよ。


「急がなくていいし、焦らなくていい。んで、心配もしなくていい」

「…………」

「全部、いつかは過去のことになる。そうすりゃ、意外と大丈夫になったりするもんだ」

「……大人になれば……?」

「いや。年齢じゃねぇよ」


 トラウマやがんじがらめになっちまってる煩わしいもんが、大したことのないもんだって思えるようになるのは……


「たぶん、自分の居場所が見つかった時だ」

「……居場所…………」

「寒い夜だって、家に帰りゃ暖かいだろ? 帰る場所があれば、人は強くなれるもんさ」

「………………そう」

「そうだ」

「…………そう」

「ん」

「………………………………そう」


 マグダの過去に何があったのかは知らん。聞く気もないし、もしかしたら一生知ることはないかもしれん。けど、それでいい。

 こいつの過去がどうだったかを知らなくても、こいつの今を、俺は知っている。

 こいつのこれからを、一緒に見てやることが出来る。


 それだけで十分だ。


「……むぅ」


 膨れた頬で不満げな声を漏らし、マグダが再び俺の胸に顔を埋める。

 ぎゅ~っと、力いっぱい抱きつかれる。


「…………ヤシロは、たまにカッコよくて………………ズルい」

「だろ? 狙ってやってんだぞ、実は。そのために毎日お茶目なヤシロ君を演出してんだよ」

「…………それはない。あれは素」


 へいへい。どっちでもいいさ。

 お前が思いたいように思っておけ。


 ただ一個だけ。


「困ったら、俺を頼れよ」

「…………うん」


 マグダの身体がじ~んわりと温かくなる。

 安心でもしたのだろう。子供特有の温かい体温だ。


 俺たちはしばらくそこに座って、寒過ぎる風にさらされていた。

 冗談じゃねぇってくらいに寒かったのだが……マグダが落ち着くまではこうしててやろうと、思った。







「あ、ヤシロさん。マグダさん!」


 教会に着くと、ガキ共がもう飯を食っていやがった。

 早いっつの。

 ……いや、結局三十分くらい外にいたから、しょうがないっちゃしょうがないか。


「寒かったですよね? 温かいスープをどうぞ」

「サンキュウ」

「……感謝」

「……あ。…………マグダさん。ヤシロさんの持ってきたお汁粉、凄い食べ物ですよ、期待していてくださいね」


 マグダの顔を見て、ジネットが微かに反応した。

 涙の跡に気が付いたのだろう。

 その後、いつもの笑顔でマグダに優しく語りかける。

 こういう気配りが出来るあたり、こいつは実にいいヤツだと思う。


「お兄ちゃん! 味見をお願いするです!」

「おう。レシピ通り作ったんだろうな?」

「ばっちりです! 全部店長さんがやってくれたです! あたしはかき混ぜてただけです!」


 ……それで、なんでそんなに自慢げな顔が出来るのか……

 ロレッタに続いて厨房に行くと、デカい鍋から湯気が立っている。

 そして小豆の甘い香りが立ち込めていた。


 厨房の作業台の上に、粗く潰したもち米を一口大にまとめた「なんちゃって白玉」が並んでいる。「なんちゃってモチ」の方がしっくりくるか?


 絹のようななめらかな輝きを放つお汁粉を一口啜る。

 …………ん。普通!

 普通に普通のお汁粉だ。


「さすが、ロレッタがかき回していただけはあるな。すげぇ普通だ」

「関係ないですよ!? 味付けは店長さんですからね!?」

「美味いよ。上出来だ」

「えへへ……です」


 こいつも、マグダのために何かをしたかったのかもしれない。

 陽だまり亭で一番の仲良しはマグダっぽいからな。


「じゃあ、飯が終わったらデザートにこいつを……」

「「「「「ごちそーさまでしたっ!」」」」」


 言い終わる前に、談話室からガキどもと、それからひと際大きなベルティーナの声が聞こえてきた。

 ……早ぇよ、食い終わるの。


「あの、ヤシロさん……シスタ……みなさんが待ちきれないようなのですが?」

「……それで大急ぎで飯を食ったのか…………」


 ここのガキ共、将来ベルティーナみたいな大人にだけはなるなよ。いや、マジで。


「んじゃあ、ガキ共にくれてやろうじゃねぇか!」

「「「「わぁぁああー!」」」」

「シスターは!?」


 俺が声を張り上げると、歓喜の声が上がった。

 約一名のシスターを除いて。


「ジネット、ロレッタ。手伝ってくれ」

「はい」

「はいです!」


 と、お汁粉を盛りつけようとした俺の服の裾を引っ張る者がいた。

 マグダだ。


「……マグダもやる」

「出来るか?」

「…………愚問」


 愚問と来たか……んじゃ、完全復活した様を見せてもらおうか。


「よし! ではミッションだ! ベルティーナに奪われないようにガキどもにお汁粉を配れ!」

「はい」

「はいです」

「……了解」


 器に入ったお汁粉を持って、陽だまり亭のメンバーが厨房を出ていく。

 出たところでジネットがベルティーナに捕まりお汁粉を奪われていたが……ミッション失敗。



「おいしー!」

「あまーーーい!」

「あっつぃ!?」

「おもちー!」

「甘みの革命児やー!」


 あ、ハム摩呂も食ってやがる。


 ざっと見渡す限り、お汁粉は大盛況なようだ。

 今度、教会で本格的な餅つきでもやってみるかな。あんこと……あ、ジネットが大豆を大量に買ってたからきな粉も出来るじゃねぇか。よしよし。餅つき大会はほぼ内定だな。


「……ヤシロ」

「おう、マグダ」


 ガキ共にお汁粉が行き渡り、陽だまり亭のメンバーもお汁粉に舌鼓を打っている。

 マグダも食べているようで、頬を薄ピンクに染めてほくほくしている。


「美味いか?」

「……肯定。ヤシロの甘さ」

「俺の甘さってなんだよ」

「……その甘さが、いつか命取りに……」

「甘さ違いだし、恐ろしいこと言ってんじゃねぇよ」


 冗談が言えるくらいには元気になったぞ、と、わざわざ言いに来てくれたように俺には思えた。

 頭に手を載せると、外ではぺったりと寝ていたケモ耳が微かな抵抗を持って手のひらを押し返してくる。もふもふだ。


「折角だからよ、思いっきり楽しんでやろうぜ、雪」

「……そうする」


 前向きに。

 マグダの目は、しっかりと前を向いているように思えた。


「……雪合戦とやらに、全力で参加する」

「『赤モヤ』は禁止だからな?」

「……その略称は失礼。それはトラ人族の由緒ある……」

「冷めるぞ」

「…………ずずっ…………ぷはぁ」


 雨降って……ではないが、大雪のおかげでマグダはまた大きくなれたのだろう。

 お汁粉を美味そうに啜るその横顔は、昨日よりも少しだけ大人びて見えた。


 ……なんてのは、気のせいかもしんないけどな。






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