挿話12 異世界詐欺師VS異国の詐欺師~決着~

「こちらへどうぞ」

「ありがとう」


 落ち着いた雰囲気の店内を、顔のいいウェイターに誘導され優雅に歩く。

 私はお気に入りの喫茶店、ラグジュアリーへとやって来た。ここのケーキを食べるのが、私の目的の一つでもあったからだ。

 人気店だけあって、入店するのに二時間近く待たされてしまった。

 空は夕闇が深くなり、間もなく夜になろうとしている。


 しかし、行列くらいで諦めるような、そんな生半可なものではないのだ、私のスウィーツ魂は!

 順番が来て店内に案内された時のこの優越感。この満たされた感覚が、待ち時間の苦労を帳消しにしてくれる。

 ……ただ、私が入店する直前にバタバタと店に出入りしていた連中がいたのは気になるけども……どこかの貴族が無理を通して順番でも抜かしたのだろうか……いや、でも裏に回っていたような気がするし……業者? あ、材料が足りなくなって急いで追加を頼んだとか……?

 まぁ、考えても仕方がない。いいではないか。こうして私の順番が回ってきたのだから。


 通された席は店内奥、窓側というとてもいい席だった。

 一人で落ち着いてケーキを食べるにはもってこいの場所だ。


 ふと隣を見ると、二人組の女子がケーキを食べていた。いいとこのお嬢様なのか、仕立てのいい服を着ている。どちらもまだ幼く見えるが、このラグジュアリーに来られるのだから、それなりの裕福層なのだろう。

 片方はトラ模様のネコ耳を生やした幼い少女。幼女と言ってもいいような年齢に見える。……の、割にはあまりに無表情過ぎる気もするけども。

 もう一方は…………なんだか普通の少女だ。これといった特徴がない。

 ただ、やたらとその声は耳についた。


「ん~……ここのケーキってイマイチですね」

「……凡作」


 はぁ!?

 なに言ってんのこの小娘たち?

 ここのケーキの美味しさが分からないなんて、バカなの? バカなのね!?

 まぁ、お子様にはあの高貴な味が理解出来ないんでしょうね、お気の毒様。


「あたしは、四十二区で食べたケーキの方が美味しかったです。なんて名前だったですかね……ほら、なんだか温かそうな名前の……」

「……陽だまり亭」

「そうそう! そうです、陽だまり亭! みんな大好き陽だまり亭! 口にしたくなるお名前陽だまり亭! エビバディ・セイ・陽だまり亭!」

「……ロレッタ、やり過ぎ」

「はぅ……ごめんです」


 無表情トラ耳少女に睨まれ、普通少女が肩をすぼめる。

 確かにはしゃぎ過ぎだ。何より、声がやたらと通るから耳に残る。

 ……陽だまり亭? どこかで聞いたことがあるような…………あ、アレだ。確か門のところで会った人魚がその店の名前を口にしていた。

『四十二区に行くなら、陽だまり亭がおすすめだよ~☆』――と。

 ……そんなに美味しいのだろうか?

 いや、でも、ここのケーキよりも美味しいなんてこと……


「……ロレッタ」

「なんです、マグダっちょ?」

「……陽だまり亭のケーキの美味しさを一言で表現すると、どんな感じ?」

「それはですね……こほん……まず何より夢があるです。スウィーツとは、女子が夢の世界の住人になれる、そんな食べ物であるべきなのです。まずは可愛らしい見栄え。真っ白なクリームでコーティングされ、その上に真っ赤な果物で飾りつけされたショートケーキ。輝くようなあんずジャムを纏った黄金色のチーズスフレ。落ち着いた色合いながらも細く絡み合ったクリームが可愛らしくもおしゃまな印象を与える心憎い演出のモンブラン……まず、テーブルに運ばれてきた時の感動が違います。そして、店内に漂う甘い香り……ケーキが目の前に来たらその甘い香りがふわっと香りたち、乙女のハートはきゅんきゅんです。そしてフォークを手に取るわけですが、ここで乙女なら誰しもが一つの葛藤に行き当たります。そうです! 『壊すのがもったいな~い』という葛藤です! それほどまでに完成度の高いケーキ。しかしながら、その中にギュッと詰め込まれた甘美な味に、乙女の葛藤も根負けしフォークを一刺し…………その瞬間、手に伝わる『ふんわり』としたあの柔らかい感触。スポンジケーキとはよく言ったもので、まさにスポンジ……いや、空に浮かぶ真っ白い雲をフォークで突いたような、そんな夢の感触が腕から全身に伝わるです。そして、いよいよ、ケーキを口に運ぶわけですが……すでに心は目一杯に満たされている……そう思っていた自分を鼻で笑うことでしょう。ケーキを一口、口に含んだ直後のあの感動……満足感……そして、この世に生まれてきたことを感謝せざるを得ない幸福感。それを知ってしまっては、もう他のケーキなど口には出来ません。甘い。えぇ甘いんです。ですがその甘さはただ単純な甘さではなく、幸せな甘さなのです。あたしは初めてケーキを食べた時に『あぁ、あたしが子供の頃から憧れていた夢の味はこれなんだ』と感涙したほどです。ふわふわのスポンジは口の中でふわっと溶け、甘い生クリームが滑らかに舌の上を通り過ぎ……そして、全身に甘さが広がっていく……世界の色が変わります。息を吸えば、空気が甘い。目に映るものはみな色鮮やかに輝いて…………」

「……ロレッタ」

「は、はい!? なんです?」

「……一言で」

「あぅ……あ、とにかく、幸せの味です! 乙女の食べ物です! 主食です!」

「……なるほど。それは是非食べてみるべき。食べたことのない女子は、乙女失格」


 ……な…………なんですって!?

 そんな食べ物が存在するというの!?

 それじゃあ、まるでラグジュアリーのケーキより美味しいみたいな……いや、まさかそんなことあるわけが……


「……そういえば、四十区の領主と木こりギルドのお嬢様が是非食べたいと、今夜特別に馬車を出すという噂が」

「あ、それあたしも聞いたです。なんでも~……え~っと……『期間限定のスペシャルケーキがあるらしく、それが、なんと、今日までで終了っ』するらしいです」

「……オシャレ女子の間では、食べずには死ねないというほどの美味らしい」

「あ~、食べたかったです~! でも、もう間に合わないです~! 今からじゃあ、馬車でもない限り間に合わないです~!」


 そ、そんな!?

 そんな美味しいケーキが今日までだなんて!?

 くそっ! さっきまで四十二区にいたというのに、どうして私は陽だまり亭に行かなかったのか………………はっ! いやいや、落ち着いて、私。

 それはあくまでも彼女たち、あのお子様の意見であって、私が食べて満足出来るという保証があるわけではない……そうよ。私はここのケーキを……このラグジュアリーのケーキを食べに来たのよ。

 何も迷うことはない。私は、私の望むものを……


「お客様」


 その時、この店のオーナーシェフ、ポンペーオさんが私の席にやって来てくれた。

 えっ!? なんで!? オーナーシェフ自ら!?

 ちなみに、私が彼の名前を知っているのは、私が彼の大ファンだからだ。大人の魅力、エレガントな微笑。私のドストライクなのだ。

 そんな素敵なオーナーシェフが、私に話しかけている。……ゆ、夢のよう…………やっぱり、ラグジュアリーに来てよかった。私は、何も間違ってなんかいなかっ……


「申し訳ございませんが、たった今ケーキが完売してしまいまして、お客様にお出しすることが出来なくなってしまいました」


 ……………………え?


「お飲み物だけのご提供なら、可能なのですが」

「え……ケ、ケーキは?」

「売り切れでございます」

「そ……そんな…………」


 目の前が真っ暗になった。ケーキが……ない?


「おや? 店の前に馬車が……」


 窓の外を覗き込むポンペーオさん。つられて私も窓の外へ視線を向ける。

 とても豪華な馬車が停まっている。あれは、明らかに貴族の乗り物だ。

 馬車に、豪華なドレスを着た金髪のお嬢様が乗り込んでいく。


「おや? あれは、木こりギルドのイメルダお嬢様ですね」


 ポンペーオさんがぽつりと呟く。

 ……あぁ、アレがさっき話に出ていた木こりギルドのお嬢様なのね…………と、いうことは、あの馬車は四十二区に向かう……?


「そうだ。私はお嬢様に顔が利きます。もし、お客様がお望みであれば、あの馬車に乗れるよう、特別に話をつけて参りましょうか?」

「……え?」

「四十二区にも、ケーキを出す店があるのです。今夜は、そちらへ行かれてはどうでしょう?」


 ポンペーオさんが、私のために、貴族に話を…………私が、特別……?


「いかがでしょう?」

「是非、お願いします!」

「では、こちらへ」


 真摯なポンペーオさんにエスコートされ、私はラグジュアリーの中を優雅に移動していく。


「見るです。あのお客さん、きっと『特別』なお客さんです」

「……ポンペーオさんとあんな親しく、きー、くやしいー」

「……マグダっちょ、棒読みにもほどが……」

「……くやしーわー」


 ふふん、羨望の眼差しが心地いい。

 優越感に浸り、私は店の外へと出た。


 待ち時間に反して、滞在時間は凄く短かった。

 けれど、それが何? 私は特別なお客様なのよ。


 そうして、特別な私は、貴族の特別な馬車に揺られ噂のお店、陽だまり亭へと到着した。


「…………なんなの、ここ?」


 そこは、夜だというのに光に満ち溢れた素敵なお店だった。

 庭に設置されたレンガが眩いばかりに光り輝いていた。

 こんなお店が、四十二区にあっただなんて……


「ようこそ、陽だまり亭へ」


 店員らしき爆乳の美少女が店先で出迎えてくれる。…………デカいわね。


「どうぞ、店内へ。素敵な出会いがありますように……」


 笑顔の店員に案内され、店内へと足を踏み入れる。

 内装は、……まぁ、普通、かな。

 しかし、大量の花が飾られている。まるで、花園のようだ。甘い香りが店内に満ちている。


 席に着き、店内を見渡す。

 落ち着いた雰囲気。客数もそれなりだ。

 客の着ている服が、みんな高級そうだ。

 領主に貴族の娘……そのクラスの人物が来るお店なのだろう。

 いわゆる、隠れた名店というやつだ。……これは、いい発見をしたかもしれない。


「ご注文はお決まりですか?」


 席に着いてしばらくすると、店員が注文を聞きに来た。この店では、店員の方が聞きに来てくれるらしい。立たなくていいのはなんだか特別扱いされているようで優越感に浸れる。


「期間限定のケーキってヤツを一つ。あと、飲み物も」

「飲み物はセットでおつけしております。紅茶をこちらの中からお選びください」


 なんと……紅茶がセットでついてくる?

 しかも、四種類の中から選べ……いや、ホットとアイスがあるから八種類だ……しかも、ケーキの種類も八種類……これって、組み合わせが無限大なんじゃ…………なに、なんなのこの店? グレード高過ぎじゃない?


「じゃ、じゃあ……普通ので」


 正直、紅茶の種類なんて分からない。適当に注文をする。…………こんな注文方法でいいのかな? 笑われたりしないだろうか?


「かしこまりました。では、アールグレイのホットをお持ちしますね」


 よかった……伝わったようだ。


 店員がいなくなり、ホッと息を漏らす。

 緊張した…………さすが、四十区のお嬢様が噂するお店だ……あの店員にしても、凄まじいプレッシャーを与えてくる。

 これは、気が抜けない。


 しばらく待つと、香りの良い紅茶に続いて……待ちに待ったケーキが運ばれてきた。


「な、…………なんなの、これは…………っ!?」


 それは、まさに乙女の主食と呼ぶに相応しい、夢のようなケーキだった。


 純白のクリームに包まれ、その上に真っ赤な果実とトロッとしたジャムが彩られたとても可愛らしい外観。ケーキの上にミントの葉がちょこんと載せられ、それがまた堪らなく乙女心を刺激する。ミントって気付けの時に思いっきり噛み締めて「にがっ!? うわ、スーッとする!?」ってなるための葉っぱじゃなかったの? こんなに愛おしい葉っぱだったのね、あなたは。


 そして、フォークを手に、いざ、一刺し…………ふわっ。

 あぁ……あのお嬢様たちが言っていたことは真実だった。こんな心地いい感触、初・め・て。


 高鳴る鼓動を抑えつけ、いよいよ一口……口へと運ぶ。


「…………んんっ!?」


 あ………………あ、まぁ~~~~~~~いっ!

 美味しい! 美味しいよ! 美味し過ぎるよこれ!?

 これに比べたら、ラグジュアリーのケーキなんてパンだ!

 なんてことだろう……私が世界で一番美味しいと思い込んでいたあのケーキは、甘いパンに過ぎなかったのだ。


「これが……ケーキ……」


 震える手で二口目を口に運ぶ…………あぁ、私はこれを完食する前に心臓が摩耗して死んでしまうかもしれない。

 美味しい。そして……幸せ…………これが、幸せの味……


 と、その時、厨房の方から目つきの悪い、いかにも小悪党然とした、「あ~、こいつモテないのに自分では結構イケてるとか思い込んでそうだなぁ」みたいな風貌の男が慌ただしく飛び出してきた。

 折角の雰囲気がぶち壊しだ。

 イタイ男……イタメンはこの世から消滅すればいいのに。


 イタメンを無視して、三口目を食べようとした時、こともあろうにそのイタメンが私の前へとやって来た。

 ……な、なに? なんなのよ?


「お客様、申し訳ございません!」

「……え?」

「期間限定のスペシャルケーキと間違えて、猛毒ケーキを出してしまいました」

「ぶふぅっ!?」


 なんだか分からないものが体内から込み上げてきて気管に詰まった。ゴホゴホと咳が出て止まらない。

 こいつ、今なんて言った?

 も、猛毒!? このケーキが!?

 そんなバカなことがあるわけない。こんなに甘いのに!?」


「ごほっ! ごほっ! ……じょ、冗談はやめて! おこ……ごほっ! 怒るわよ!」

「冗談ではありません!」


 イタメンはとても真面目な顔で、とても焦った様子で、こんな説明をし始めた。


「このケーキは……猛毒を持つ物しか使われていない非常に危険なケーキで、シェフですら触るのを嫌がるほどの凶悪な食べ物で、一口食べれば一月後には絶命し、二口食べれば丸一日で確実にあの世行きな危険極まりない、全世界が、『オイそれ食っちゃダメだろ』と認めた最強最悪の毒物の塊という恐ろしいケーキ……略して猛毒ケーキなんです!」

「なんでそんなものが間違えて出てくるのよ!? そもそも、ここにあること自体がおかしいじゃない!」


 さては、これは嫌がらせね?

 たまにあるのよね。店の品格を守るためとかいう訳の分からない理由で格の落ちる客を追い出そうって店が……あ~あ~、そうですか。ここもそういう店なんですか。


「バカバカしい。私は出て行かないからね」


 イタメンを無視して三口目を食べようとしたのだが……フォークを持った腕をイタメンにがっしりと掴まれてしまった。


「ちょっと! 食べられないじゃない! 触らないでよ、痴漢!」

「なんとでも罵っていただいて結構! ですが! 三口目を食べた瞬間……お客様は…………」

「…………ど、どうなるよの……?」


 私の問いに……イタメンは、答えなかった。

 ただ泣きそうな顔で視線を外し、俯いてしまった。……じょ、冗談でしょ?


「……もし、俺の言葉が信じられないというのなら……どうぞ、『精霊の審判』をお使いください」


 イタメンが、私を見ずに言う。腕を掴んでいるイタメンの腕が小刻みに震えている。

 それはそうだろう。この街の住民が最も恐れているもの――それが、『精霊の審判』なのだ。……それを、使えと言うの?


「いいわ。使ってあげる。嘘だと認めるなら、今のうちよ?」

「…………」


 イタメンは何も答えない。

 ……しょうがないわね。

 息をついて、私は腕を伸ばし、イタメンを指さす。


「『精霊の審判』!」


 途端に、イタメンの全身を淡い光が包み込む。

 ふん。カエルになって反省するがいいわ…………


「…………うそ、でしょ?」


 しかし、イタメンはカエルになることはなかった。

 数十秒で淡い光が消失した後も、イタメンは俯いたまま、変わらない姿で私の前に立っていた。

 ……ということは…………


「ほ、本当に…………猛毒ケーキ、なの?」

「……申し訳ありません」

「も…………申し訳ありませんじゃないわよ!」


 私…………死ぬの?

 冗談じゃない!

 なんで、こんなことで!?


「あ、あの……っ!」


 そこへ、先ほどの爆乳店員が駆けてくる。


「こちらの不手際で……お、お代は結構ですので……」

「そんな程度で済まされると思ってるの!? どうするのよ!? どうしてくれるのよ!?」


 嫌だ……死ぬなんて、絶対嫌だ!


「…………キノコ……」

「は?」


 俯いたまま、イタメンが何かをほざきやがった。

 何よ?

 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!


「か、乾燥したキノコがあれば、浄化出来ます!」

「乾燥キノコォ!?」


 こいつは何を言っているの!?


「お客様が口にしたものは、キノコに含まれる食物繊維で体外へと排出されます! 今すぐに……遅くても、明日の昼までに乾燥キノコを粉末にして、400グラムほど飲むことが出来れば、浄化出来るかもしれません!」


 そ、そんなもの、一体どこに……………………あっ!?


「赤髪…………」

「……お客様?」

「赤髪の少女!」


 そうだ!

 私が今日赤髪の少女に売りつけたあの薬! あの粉末は、私の町で採れるキノコを粉末にした物!

 量もちょうど400グラム!

 これは運命? いえ、そんなことどうでもいいのよ!

 もし、あの赤髪が今日の分だと言って一本でも飲んでいたら…………


「こうしちゃいられないわ!」


 今すぐにあの赤髪の少女を見つけ出してすべてを回収しなければ!


「ねぇ、イタメン!」

「イ……イタメン?」


 イタメンが顔を引き攣らせる。

 何よ? ドジでグズなあんたなんかイタメンで十分でしょう!?


「この辺で赤髪の少女を知らない!?」

「赤髪……ですか…………心当たりは……」

「よく思い出しなさいよ! 胸が悲しいほどぺったんこな女よ!」

「あぁ、それでしたら心当たりがっ!」

「なんでそのワードで思い出すんだいっ!?」

「お嬢様! まだ早いです! 早く隠れてください!」


 今一瞬、入り口付近が騒がしくなったような気がするが……今はそんなことどうでもいい!


「心当たりがあるなら、その女の居場所を教えなさい!」

「実はですね。その女性は本日、この後ご予約をいただいておりまして…………そろそろご来店されるんじゃないかなぁ~……っと」


 イタメンが、なぜが遠くへ言葉を飛ばすような言い方をする。

 こいつ……私のことをバカにしているの? 地獄のカカト落としを喰らいたいのかしら?


 私がイタメンのつむじに狙いを定めていると、食堂の入り口が開いた。


「あ、噂をすれば」


 イタメンの視線が入り口へと向き、私も追うように視線を向ける。

 そこにいたのは、黒い服を着た格式高そうなメイドを従えた、とても美しい良家のお嬢様だった。煌びやかなドレスを身に着け、楚々とした足取りで店内へと入ってくる。

 確かに赤髪だが、私が探しているのはこんな美人ではなく…………と、視線が良家のお嬢様の胸元に向き……私は唖然とした。

 胸が、悲しいくらいに真っ平だったのだ。微かに抉れているのではないかと錯覚するほどに……

 あの胸……あの垂直バストは……


「あ、あなた!」


 私は思わず駆け出していた。

 そして、赤髪の少女の手を取り、懸命に訴えかけた。


「ねぇ、私のこと覚えてる!? 今日会ったでしょ!?」

「あら。あなたは、あの時の……? ご無沙汰しております」

「そんな挨拶いいから! ねぇ、まだ一本も使ってないわよね?」

「えぇ。ここでケーキをいただいてから一本目を服用しようとしていましたので」

「よかったぁ! 悪いんだけどその薬、全部返してくれる!? どうしても必要になったのよ!」

「そう言われましても……」

「お願い! お金は全額返すから!」

「ですが……」


 あぁ、もう! イライラする!

 なんなのよ!? 私が売ったものを私に返せって言ってるだけじゃない!

 何が問題なのよ!


「ボクは、未来への希望を購入したワケで、それを奪うというのであればそれ相応の対価を支払ってもらわないと……」

「はぁ!? なに、お金取る気なの!? 私の薬よ!?」

「現在は、『ボクの』薬です。それが無理なのでしたら、交渉は決裂で構いません。ボクは希望を見たいのです」

「あのね! 言っとくけど、アレ、全っ然効かないからね!」

「そんなことありませんよ」

「あるのよ! 私が言ってんだから間違いないの!」

「ですが、『精霊の審判』はそう判断しませんでした」

「あれは、『精霊の審判』に引っかからないように……」


 と、そこまで言ったところで、私の目の前にナイフが突きつけられた。


「なっ!? 何よ!?」


 思わず飛び退く。と、赤髪の少女を庇うように格式高そうなメイドがナイフを構えていた。


「あなたのお話を伺っていると、まるで……あなたは『お嬢様を詐欺にかけた』と言っているように聞こえるのですが?」

「う……っ」


 しまった。余計なことをしゃべり過ぎたか……


「もしそうであるのでしたら……お嬢様に狼藉を働いた者として統括裁判所へ突き出し、しかるべき罰を受けてもらうことになります。良家の子女を詐欺にかけた罪は、おそらく……死罪となるでしょうが」

「やっ! ち、違う! 詐欺だなんて! そうじゃなくて! あの、体質によって効き目が変わるっていうか……!」

「でしたら、お嬢様にだって効果があるかもしれないではないですか」

「だから、そうじゃなくて…………あぁ、もう! 分かったわよ! 買い取るわよ! あなたの希望を薬ごと全部買い取るわ!」

「では、4万Rbになります」

「よ……っ!?」


 このお嬢様……バカなのか?


「4万Rbって……、売値の倍じゃない!?」

「はい。それが、何か?」

「それが何かって…………」

「では、交渉は決裂ということで……」

「分かった! 払う! 払うわよ!」


 そうよ!

 この損失分は、バカなミスをしたこのイタメンに補填させればいいのよ!

 被った苦痛の賠償と合わせて、骨の髄までしゃぶりつくしてやるわ! ふっふっふっ……


「……3…………4万っと。確かに、受け取ったよ」

「さぁ、その薬を全部寄越しなさい!」


 とにかく解毒! 解毒が済んだらイタメンを……


「いや~、よかったなぁ」


 イタメンが、神経を逆撫でするような間抜けな声を発する。

 ……イラァッ!


「何がよかったのよ!? こっちは死にかけるわ、大損するわ……っ! 見てなさい! この埋め合わせは絶対にしてやるんだからね!」

「ん? なんでお前が割って入ってくるんだよ?」

「『お前』……? ちょっと、ふざけんじゃないわよ!? 割って入るって何よ!? どういう神経してんのあんた!?」

「だから、割って入んなよ」


 詰め寄る私を乱暴に腕で押し退け、イタメンは赤髪の少女の前へと歩み寄る。


「よかったなぁ、エステラ。『ただの乾燥キノコの粉末を豊胸の秘薬だなんて言われて騙し取られたお金が取り返せて』」


 …………え?


「おまけに、『ムム婆さんのしみ抜き代として渡されたカードを悪用されて被った海漁ギルドのマーシャの損失分まで取り返せて』」


 …………汗が、止まらない。


「おまけに、『ラグジュアリーで二席ほど席をあけてもらった分の費用と、売り切れさせるために買い占めたケーキ代、それと四十区領主の専用馬車をチャーターした分、あぁそうそう、そこに一人一般人を乗せた運賃も合わせて請求出来て』」


 …………ま、まさか…………こいつ、最初から全部…………


「ヤシロさん」


 木こりギルドのお嬢様が立ち上がり、腰に手を当てて尊大に言い放つ。


「木こりギルドの大スター、このイメルダ・ハビエルの特別出張費と超プレミアム出演料もお忘れなく!」

「あぁ、はいはい。『じゃあ、それも含めて』な」


 ……イタメンが、くるりとこちらを振り返る。

 とても邪悪な笑みを浮かべて……


「最初の2万Rbと合わせて、締めて4万Rbだ。まいどあり」

「あなた……あなたは…………」

「あ、そうそう。ウチの店長が言ってたように、ここでのケーキ代は取らないでおいてやるよ」


 店長……あの爆乳娘が…………『お代は結構ですので』……って、そんな小さいサービス、どうでもいいのよ!?


「あなた、何者なの!? 最初から全部分かってやっていたの!?」


 全部嘘だったっていうの……? でも、『精霊の審判』はイタメンの言葉に嘘は無いと判断した……分からない。何が嘘で、何が本当なのか……


 心臓が軋む。

 息苦しい気がする。

 これは毒の影響? それとも、気のせい?


 真実を見極めようと、私はイタメンを睨む。

 表情、仕草、声……どんな些細な変化も見落とさず、相手の感情を瞬時に汲み取れる。それが一流の詐欺師というものだ。

 こいつの考えくらい……私の観察眼にかかれば…………


「ケーキに毒が入っていたっていうのも、嘘なのね?」


 肯定? 否定?

 どちらでもいい、あんたの意見を聞かせなさい。

 そうすれば、あんたの考えてることが露呈するんだから……


 だが、イタメンはうっすらと笑みを浮かべただけだった。


 …………読めない。

 こいつが何を考えているのか……まるで分らない。

 うすら寒さが全身を覆い尽くす。……吐きそうな、気持ち悪さが込み上げてくる。


「……なぁに。キノコを飲んでりゃ大丈夫さ」

「――っ!?」


 今のは警告? 挑発?


 くそっ! バカにして!

 すべてはこいつの思い通りだったってこと!?

 私は、こいつの手のひらの上で踊らされていただけだっていうの!?


「一体どこからあなたの仕組んだことだったの!?」


 木こりギルドのお嬢様がグルということは、四十区から?

 ……いや、だとすればラグジュアリーでのポンペーオさんの発言もおかしい……あんなにタイミングよく馬車が店の前に着いて…………はっ!? そういえば、私が入店する前に馬車が着いてドヤドヤと人が裏口から駆け込んでいったような…………


「まぁ、親切に全部を説明してやる必要もないんだが……一個だけ、いいことを教えといてやる」


 イタメンがグッと私に身を寄せ、耳元で囁く。静かでよく響く……鼓膜に突き刺さるような恐ろしい声で…………


「俺のテリトリーで好き勝手遊んでんじゃねぇよ……このド三流が」


 堪らず、身を引いた。

 条件反射のように、体が後方に飛んだ。

 テーブルにぶつかり、激しい物音が響く。


 声を注ぎ込まれた耳が熱い……鼓膜が疼いている…………こ、こいつ…………



 こいつは、一流の詐欺師だ……



 目が、普通じゃない。

 発するオーラが別格だ。

 どうして今まで気が付かなかったの?

 いや、違う……今の今まで、私は『騙されて』いたんだ……


 この一流が、凡人であるだなどと……騙された…………


 詐欺師は、己のテリトリーを荒らされるのを何より嫌う。時には……命を奪うことだって…………



 ――ゾクッ!



 途端に背筋に寒気が走った。


 ……ダメだ。こいつに……この一流詐欺師に逆らっては……この世界で生きていけなくなる…………


「ゎ、わた……わたし…………かっ……かえ……かえ、る…………」


 ダメだ、声が出ない…………


「そうか。帰るのか」

「ひ……っ!?」


 この男の声が、まるで凶器のように私の心を切り刻む……


「ジネット、お客様のお帰りだ。お見送りしろ」

「はい。では、こちらへ」


 あぁ……この人はなんて温かいんだ……この恐ろしい場所から私を救い出してくれるのか…………陽だまり亭の店長…………せめて、あんたの名前だけでも知りたかったわ…………


「……じゃま、したわね」


 震える足で、店のドアをくぐる。

 外はすっかり夜になり、風は冷たかった。


 …………助かった。生きて、出られた…………


「あ、あの……」


 ふらつきながらも、早くこの場所を去りたい。そんな私を、陽だまり亭の店長が呼び止める。

 振り返ると、少し寂しそうな顔をした店長がこちらを見ている。


「もしよろしければ……、また、ご来店ください。その時は、全身全霊でおもてなしさせていただきますので」


 そう言って腰を直角に曲げ、深々と頭を下げた。


「ありがとうございました」


 …………ダメだ。格が違い過ぎる。

 敵うわけがない……こんな、『バケモノが二人もいるような店』……今の私には分不相応過ぎる。


 でも……


「この店に相応しい人間になれたら……」


 そうなった時には……


「また、お邪魔させてもらうわ」

「はい。またのお越しをお待ちしております」


 夜空に浮かぶ月より明るい、まるで陽だまりのような温かい笑顔に見送られ、私はその店を後にした。



 そこからの記憶はあいまいだが、気が付いた時、私は実家に戻っていた。

 それでも、たった一つはっきり覚えているのは……あのケーキが最高に美味しかったっていうこと…………


「あぁ……今さらだけど、実家のキノコ栽培でも継ごうかな……」


 そんなことを思ってしまうほどに、あの出会いは衝撃的だった。

 またいつか……あのケーキが食べられるように…………私は………………



「よしっ! とーちゃん! かーちゃん! ちょっと話があんだけどさ~ぁ!」






 ――一方、その後の陽だまり亭。


ヤシロ「なぁ、マグダ。ちょっと台を持ってきてくれ」

マグダ「……そう言うと思って、すでにここに」

ヤシロ「気が利くなぁ、お前は……よいしょっと」

マグダ「……撫でてもいいよ」

ヤシロ「……うん、これが終わったらな? もう上っちゃったし」

ウーマロ「ヤシロさん、何してるッスか?」

ヤシロ「ん? あぁ、超期間限定の新メニューの札を外そうと思ってな」

ウーマロ「えっ!? そんなのがあったんッスか!? 食べてみたかったッスねぇ……どんなメニューだったんッスか?」

ヤシロ「これだ、これ。読めるか?」

ウーマロ「うっわ!? 小さい字ッスねぇ………………え~っと、なになに…………『猛毒を持つ物しか使われていない非常に危険なケーキで、シェフですら触るのを嫌がるほどの凶悪な食べ物で、一口食べれば一月後には絶命し、二口食べれば丸一日で確実にあの世行きな危険極まりない、全世界が、『オイそれ食っちゃダメだろ』と認めた最強最悪の毒物の塊という恐ろしいケーキ――略して猛毒ケーキ』……って、なんなんッスか、この禍々しい名前のケーキは!?」

ヤシロ「俺が作ったケーキだからな、どんな名前を付けようが俺の自由だろ」

ウーマロ「それはそうなんッスけど……センスがあまりにも……」

ヤシロ「何言ってんだよ。この名前を思いついた時、俺は自分が天才なんじゃないかと思ったね」

ウーマロ「えぇ~……」

ヤシロ「この名前じゃなきゃ、あの詐欺師は引っかかってくれなかったろうよ」

ウーマロ「あぁ、その時のケーキッスか。納得ッス」

マグダ「……このケーキの正式名称を口にしただけだから、ヤシロは『精霊の審判』をかけられてもカエルにならなかった」

ヤシロ「それに、ちゃんとメニューとして存在しているという証拠に、ここに札を掛けてあったしな。なかなかフェアだろ?」

ウーマロ「……そんな小さい字で書いといて、フェアも何も……」

ヤシロ「だってお前。こいつだけやたらデカい札に書くわけにはいかないだろ? 同じサイズに収めようとしたら、『自然と』こんなサイズになったんだよ」

ウーマロ「……自然と……ッスか?」

ヤシロ「で、まぁ。今日でこの札もお役御免なわけだ」

ウーマロ「ところで……、本当に猛毒を使ったわけじゃないんッスよね?」

ヤシロ「当たり前だ! 俺は食べ物で遊ぶヤツが一番許せないんだ! リア充の次に!」

ウーマロ「一番じゃないじゃないッスか!?」

マグダ「……あの時は、ウーマロもよく頑張った」

ウーマロ「むっはぁ! マグダたんに褒められたっ!? お安い御用ッス! 馬車で四十区に乗りつけてポンペーオに席をあけてもらって、一芝居打ってくれるように頼んだだけッスから!」

マグダ「……おかげで、あの詐欺師を陽だまり亭へ誘導出来た」

ウーマロ「マグダたんの演技が光ってたからッス!」

マグダ「……あれくらい、普通」

ウーマロ「謙虚なところに惹かれる、痺れるぅ!」

マグダ「……光っていると言えば、ウェンディもお手柄だった」

ウーマロ「あぁ。顔を知らない詐欺師を探す際、ウェンディさんの発光塗料が目印になったんッスよね」

マグダ「……馬車の停留所でウェンディが詐欺師に触れていたおかげで、詐欺師の手が夕闇の中で光っていた。すぐ見つけられた」

ウーマロ「何が何に役立つか分かんないもんッスよねぇ」

ヤシロ「よし、この札もういらねぇから、ウーマロにやる。記念に自室に飾っとけ」

ウーマロ「うわぁ……凄くいらないッス……」

ヤシロ「マグダ、釘抜き取ってくれ」

マグダ「……そう言うと思って、ここに」

ヤシロ「ホントに気が利くな、マグダは」

マグダ「……撫でればいい」

ヤシロ「うん……だから、これが終わったらな」

ウーマロ「それで、これって、本当はどんなケーキなんッスか?」

ヤシロ「中見は普通のストロベリーレアチーズケーキだよ」

ウーマロ「美味そうッスね!」

マグダ「……食べる? ウーマロは頑張ったから、特別に期間延長して提供してもいい」

ウーマロ「本当ッスか!?」

マグダ「……死ぬほど食べるといい……『猛毒ケーキ』……」

ウーマロ「……なんか、そう言われると…………遠慮したいッス」

ヤシロ「本当に毒が入ってるわけじゃないから心配ねぇよ。死ぬまで食ったって死にゃしねぇよ」

ウーマロ「いや……死ぬまで食ったら死んじゃうッスよね!?」

ヤシロ「たらふく食って、売り上げに貢献しろ」

ウーマロ「けど、甘いものの摂り過ぎもある意味毒なんッスよね? コレステロール的に」

ヤシロ「なぁに、いざとなりゃ、キノコを摂ってりゃ大丈夫だ」

ウーマロ「なんなんッスか、それ? キノコ?」

ヤシロ「キノコに含まれる食物繊維が、過剰摂取したコレステロールを体外に排出してくれる……ま、バカみたいに食い過ぎなきゃ問題ねぇよ」

ウーマロ「そんなの、ケーキに限ったことじゃないじゃないッスか」

ヤシロ「物は言いようってことさ…………よっと、これでよし」

マグダ「……お疲れ様」

ウーマロ「それで、あの。この札、どうすればいいッスか?」

ヤシロ「さぁ、今日も頑張って働くかぁ!」

ウーマロ「あ、無視ッスか……」

マグダ「……ヤシロ」

ヤシロ「どした?」

マグダ「…………じぃ~」

ヤシロ「…………分かったよ。頭貸せ」

マグダ「……むふふ」

ヤシロ「はい、もふもふもふっと」

マグダ「……むふー!」

ウーマロ「あぁっ! むふーってしてるマグダたん、マジ天使ッス!」





 ――こうして、異国の詐欺師の詐欺計画はヤシロによって打ち破られました。

 異国の詐欺師も改心したようで、めでたしめでた……



エステラ「……はぁ」



 ――あ、もう少しだけ続きそうな予感……






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