80話 砂糖の行き先

「よう! 今日もメイクが決まってるな」

「うっせぇよ、あんちゃん」


 最早、すっかり通い慣れた四十区。

 俺はパーシーの砂糖工場へと来ていた。


 あの夜中の会談から中一日をあけて、今日は早速砂糖をもらいに来たのだ。昨日は一日、方々への通達や細々とした作業や準備に走り回っていたのだが、今日もこのあと予定が詰まっている。やるべきことはサクッと終わらせなければ。


「んじゃ、さっさと許可を取ってケーキの販売を始めるかね」

「なぁ、あんちゃん。ケーキってあれだよな? 大通りの向こうにある気取った店の……」


 以前エステラと行った店のことだろう。


「あれ……美味いか?」

「不味くはないが、ただあれは俺の求めているケーキではないな」

「あんちゃんの言うケーキってのはあれじゃないのか?」

「全然違うぞ。まぁ、完成したら食わせてやる」

「砂糖を使うんだよな? どんくらい甘い? オレ甘い物に目がないんだよなぁ、マジで」


 色々あり、色々考え、色々吐き出したせいだろう。パーシーは憑き物が落ちたようにさっぱりした顔つきになり、以前のようなチャラチャラした雰囲気が戻ってきている。

 もっとも、前みたいに相手の顔色を探るような卑屈さはなくなっているが。


「自分で作った砂糖をさ、こう、樽一杯『ザラーッ』っと食えちゃうくらい甘党なんだよなぁ」

「……お前、よく死なねぇな、そんな食い方して」


 普通の人間なら糖尿病一直線だ。


「そこまでバカみたいな甘さはないが……砂糖ダイレクトじゃ味わえない高尚な味わいがあるとだけは言っておこう」

「お……ぉおおっ! なんか分かんねぇけど、凄そうだなぁ……」


 パーシーの小鼻が膨らんでいる。どんだけ興味惹かれてるんだよ。


「よしっ! 後学のためだ! しょうがねぇ、うん、しょうがねぇ。オレ、付いていく!」

「お前……仕事しろよ」

「明日から頑張る!」

「うわ、コレ絶対頑張らないヤツだ」

「頑張るっての! オレ、男だぜ!?」

「先延ばし、カッコ悪い、男らしくない」

「うっさい! 甘いケーキが食いたい!」

「断言する姿勢だけは男らしいな。……内容を度外視すれば」


 まぁ、ケーキの美味さを知れば明日からの仕事に弾みがつくってんなら、食わせてやらんでもない。どっちにしろ、ワンホール焼くつもりだしな。

 ………………あ、絶対ワンホールじゃ足りないな。うん、そんな気がする。


「んじゃ行くか」

「モリーも呼んでくるっ!」


 子供みたいに輝く笑顔で駆けていくパーシー。

 つくづくシスコンである。そして、完璧に子供だ。昨日、暗殺未遂を起こした男とは到底思えない。


 意気揚々と駆けていったパーシーだったが、数分後戻ってきた時には肩を落とし、しょんぼりとしていた。


「……仕事があるから無理って」

「妹の方がしっかりしてんじゃねぇかよ……」


 妹にはお土産を持って帰るということで話をつけ、パーシーだけが付いてくることになったという。

 ……お前も仕事するっていう風にはならなかったんだな。


「んじゃ、行くか」


 俺はパーシーと連れだってアリクイ兄弟の畑へと向かう。

 砂糖大根の価値と今後の展望に関して、マグダとアッスントが説明をしに行っているのだ。


「あぁ、そうだ。二人っきりのうちに聞いておきたかったんだけどよ」


 俺がパーシーのもとへ一人で来たのは、聞きたいことがあったからだ。

 それも、出来るだけ内密に。


「闇市に流れた砂糖の行き先なんだが、お前は心当たりあるのか?」

「……なんでそんなこと聞くんだ?」

「いや……ちょっと気になることがあってな」


 闇市は行商ギルドに真っ向から盾突くシステムで、教会をはじめ貴族や住民にも認められていない、毛嫌いされるものだ。当然堂々と取引など出来ないし、取引があることが知れれば自分の名に大きな傷が付く。

 パーシーも、もう触れてほしくない話題なのだろうが、これだけはどうしても聞いておきたかった。


「モリーは今年で十三歳だっけか?」

「そ、そうだけど……やらねぇぞ?」


 怖い目で睨むな、シスコン。


「そのモリーが生まれて間もない頃、お前が工場を引き継いだとして……普通に商売をしていて子育てと仕事を両立出来たとは考えにくい。お前、バカだし」

「ひでぇ!? オレ、超頑張ったつぅの!」

「随分と前から闇市に砂糖を流していたんじゃないのか?」


 並んで歩き、なるべく顔を見ないように話しかける。

 話しにくいことは、顔を見られると一層話しにくくなるしな。


「まぁ…………もう、八年くらいになるか……でも、最初はまっとうにな……っ!」

「分かってるよ。しょうがないことくらい、生きてりゃいくらでもある」


 俺は闇市を利用したことを責めているんじゃない。

 そんなことはどうでもいいんだ。


「八年もの間砂糖を流し続け、それなのに一般に砂糖が行き届いていない。四十区の一流ケーキ屋ですら黒糖を使っている有り様だ。となれば、どこかが流れてきた砂糖を買い占めていると考えるのが妥当だろう」


 むしろ、パーシーに砂糖を流させるように働きかけていた可能性すらある。

 一昨日聞いたところによると、パーシーは今年二十歳だそうだから、八年前ということならまだ十二歳。そんな子供を騙すのは容易なことだろう。不安を煽ってやれば一発で落とせる。


 そこまであくどいことをやったかどうかは知らんが、この八年砂糖を不当に手に入れ甘い汁を啜っていたヤツがいる。これは間違いない。


「まぁ、あんちゃんの言う通りなんだが……さすがに、ここでオレがそいつの名前を言うのは……」

「今川焼き……」

「――っ!?」

「…………だよな、やっぱ」


 言い渋るパーシーに俺の予想をぶつけてみると、見事に正解だったらしい。パーシーの瞳孔がこれでもかと言わんばかりに見開かれた。

 やっぱそうだったか。


 あの今川焼きに使われていたあんこは黒砂糖では再現出来ない味だった。

 あの店では昔から上白糖を使用していたんだ。パーシーの作った『新砂糖』をな。

 俺もずーっと気付いていなかったのだが、今川焼きの店は四十区にあるらしい。祭りの際はエステラが『特別枠』として出店を依頼していたそうだ。

 どうりで、四十二区を歩き回っていた時に見かけなかったわけだ。……さり気に探していたのに…………いや、ほら、最初にジネットから奪っちゃったし……祭りで返せたからいいけどさ。


 今川焼きの店が四十区にあるというのであれば納得だ。


「な、なぁ! そのこと……誰かに話す……のか?」

「いや。むしろ緘口令を敷きたいくらいだ。お前も絶対誰にも言うな」


『新砂糖』が一般に普及すれば、今川焼き屋も今後は正規品を使うようになるだろう。味も変わることはない。

 俺たちが黙っていれば、誰もその過去を知ることはない。


 ジネットの好物が、闇市を利用して作られていたものだったなんて、わざわざ知らなくてもいいことだ。

 食べ物に罪はないのだ。

 下手に、いい思い出に泥を塗る必要など、どこにもないのだ。


「……ヤシロ」


 畑に向かっていた俺たちの前に、マグダがひょっこりと現れた。

 アッスントはいない。


「どうした? 一人か?」

「……マグダの務めは終わった。あとはアッスントが今後の話をする」

「そっか」


 これからあの畑をフル活用して、他の農家へ砂糖大根を広げていくのだ。権利や運営方法など、アッスントが説明をするのだろう。


「……モーマットも来ていた」

「アッスントに呼ばれたんだろうな」


 四十二区にも砂糖大根の畑を作るつもりだと、アッスントは言っていた。

 四十二区農業ギルドのモーマットが呼ばれたのも納得だ。あとは四十区農業ギルドのギルド長とも話をつけて、砂糖大根の生産量を今の何十倍にも膨れ上がらせる予定だ。


「……アリクイ兄弟、凄く喜んでいた」

「そっか」


 自分たちの作っていた物が認められ、それが凄く価値のある物だと知らされたのだ。それは嬉しいだろう。


「……でも、砂糖大根の価値については、昨日『いい人』が教えてくれたって」

「お前、会いに行ってたのか」

「あぁ。謝ってきた」


 俺たちが出向く前に、パーシーがアリクイ兄弟に話したらしい。


「逆に感謝されちまったよ……『いい人が砂糖にしてくれていたから、新しい道が開けたんだ』ってな」


 利用されていたことを、『そのおかげで可能性が生まれた』と思えるのは……相当のお人好しな気がするが……ま、あいつらならそうかもしれないな。


「なんかまだモヤモヤするんだけどなぁ……」

「なら、盛大に稼がせてやれよ」

「あぁ。そうなるように頑張るよ、オレ」


 マグダと合流し、今度は大通りを進む。

 領主の館の前まで行くと、そこにエステラがいた。


「やぁ。今ちょうど終わったところだよ」


 エステラは領主に砂糖大根の生産拡大と、砂糖流通に関する協力を要請してきたのだ。


「結果は上々。砂糖大根の価値を知った時のオジ様の顔と言ったら……」


 くすくすと笑うエステラ。

 相当上手く話が進んだようで、上機嫌だ。


「貴族の抑え込みに全面協力を約束してもらってきたよ。たぶん一ヶ月は大丈夫だろう」

「四十区には木こりギルドとトルベック工務店があるからな。貴族も下手に暴れることは出来ないだろう」


 貴族に対抗出来る勢力が領内にあるというのは相当な強みだ。

 しかも、今後はここにパーシーの砂糖工場に、アリクイ兄弟の砂糖大根大農場まで追加されるのだ。……無敵じゃねぇか、四十区?


「オジ様が驚いていたよ。『よくこんな物の価値を見い出せたな』って」

「まぁ、確かに。知らない人間は絶対口にしない物だからな」


 俺は知識として知っていたが、パーシーはよく砂糖大根から砂糖を作る方法を編み出したものだと感心せざるを得ない。


「いや……実はさ、まだガキだった頃は工場が上手く回せなくてさ……」


 頭をかきながら、パーシーは照れくさそうに話す。


「金が無くて、安くて買える物を探してたら臭ほうれん草に行きついて……」

「無理して食ったのか?」

「……あぁ。根っこは美味そうに見えたから挑戦したんだが……臭くてさぁ」

「それでも挑戦し続けたんだな」

「だってよぉ、他に食う物もなかったしよぉ……で、スゲェ高温で焼けばにおいが和らぐことを発見してな」


 砂糖大根に含まれる泥臭さの成分は、ウナギの持つ泥臭さの成分と似ていて、高温によって分解される。かば焼きのウナギが泥臭くないのはそのためだ。


「で、臭みがなくなってみれば……『あれ、これ砂糖作れんじゃね?』って思ってな」

「そこで砂糖に結びつけられたのがお前の勝因だな」

「はは、褒めてんのかそれ?」

「適度にな」


 パーシーが顔をクシャッとさせて、満更でもなさそうに笑う。


「まっ、結局オレは砂糖を作るしか能がないからな。その分、砂糖に対しては誰よりも敏感なんだよ」

「あぁ。農業も料理も一切出来なさそうだもんな」

「うっせぇな! モリーがいるからいいんだよ!」

「嫁に行ったらどうすんだよ?」

「嫁になんかやんねぇよ!」

「いや、やれよ!」

「絶っ対、イヤッ!」


 ……こいつ、重症だ。

 モリーの今後の人生が不安だよ、俺は。


「あ、そうそう。帰りはオジ様が馬車を出してくれるんだって」


 砂糖の情報が相当嬉しかったようで、領主のデミリーが優遇してくれたようだ。

 気が利くなぁ、あのハゲ。


 用意されていたのは、それはそれは豪華な馬車で、パーシーはポカーンとしていた。


「こ、こんなのに、オレ……乗っていいのか?」

「お? 並走するか?」

「出来るかよ、んなこと!」


 毛並みのいい大きな馬が馬車を牽引してくれるらしい。

 どれ、挨拶でもしておくか。


「よろしく頼むな、ツルピカ号」

「ヤシロ……馬車を没収される前にやめてくれるかい?」


 こんなに礼を尽くしているというのに、何が不満だというのか……理解に苦しむ。


 そんな豪華な馬車に揺られ俺たちは四十二区へと戻ってきた。

 四十二区に入ったところで降ろしてもらい、俺はもう一件用事を済ませてから陽だまり亭へ戻ることにする。


 俺が向かった先は……


「よぅ、ネフェリー」

「あ、ヤシロ」


 ネフェリーの養鶏場だ。

 ケーキを作るには、新鮮な卵が必要だからな。

 早く帰って卵を冷やさなければ。ケーキ作りには冷えた卵が必須だ。冷えていないとメレンゲが上手く泡立たない。


「今日はいい卵が採れたんだよ~。自信作」


 胸を張ってカゴいっぱいの卵を渡してくれるネフェリー。

 うん。確かに大きくて形のいい卵ばかりだ。


「悪いな。お前もあとで陽だまり亭に来いよ。美味いもの食わせてやるから」

「え、なになに!? 何を食べさせてくれるの?」

「ケーキだ」

「ケーキ!? ……ステキ。一度食べてみたかったんだぁ……」


 さすが、流行に敏感なオシャレ女子ネフェリーだ。ケーキのことも当然知っていたようだ。だが、お前の思っているそれとは全然別物だから。


「あ、あんちゃん! なぁ、あんちゃんって!」


 ウィスパーで叫び、パーシーが俺の服を引っ張る。


「なんだよ?」

「あ、あ、あぁあ、あの、あの女の子…………知り合いか?」

「ネフェリーか? まぁ、知り合いっつうか……」

「付き合ってるのか!?」

「付き合ってねぇよ! 色々、商売する上で協力し合っている、仲間みたいなもんだ」

「……か、彼氏……いるのかな?」

「え…………お前、まさか…………」

「…………マブい」


 マジか!?

 えっ!? こいつ、マジかっ!?


「な、なんて獣特徴のハッキリした女性なんだ……」


 あ、こいつ……自分が獣特徴全然ないから、真逆のタイプに憧れてやがるな。

 つか、獣特徴出まくりなのは男っぽいんじゃなかったっけ?

 すげぇ女っぽいパーシーと、すげぇ男っぽいネフェリーってことだろ?

 いいのか、それで?


「あ、ああぁ、あのっ!」

「ん? どなた?」

「パッ、パーシー・レイヤードですっ! 『パー』っと花咲く『シー』ラカンス、パーシーと覚えてくださいっ!」


 おいおい。シーラカンスは咲かねぇよ。


「あ、あは、あはは、なんだろう……あ、汗、かいちゃって、あははは!」


 パーシーの額からダラダラと大量の汗が噴き出し、流れ落ちている。

 ……どんだけ緊張してんだよ…………ニワトリだぞ? よく見ろ。よく見なくてもニワトリだけどな。


「オ、オレ……そ、その……いやぁ、今日は暑いですねぇ」


 流れ落ちる汗をグリグリと拭い、パーシーが乾いた笑いを零しまくる。

 落ち着け。汗かいてるのお前だけだから……あ~ぁ、ほら、折角のメイクが完全に落ちちまってるぞ。


「あれ? その目……」

「え? …………あっ!?」


 パーシーは両手についた墨を見て声を上げる。

 目の周りの黒いメイクはすっかり落ち、普通のチャラいややイケメンになっていた。


「いや、これは、その……っ!」

「獣特徴全然ないんだねぇ」

「そ、そんなことは…………」

「それでメイク?」

「あ、あの……す、すぐに! 明日にでも獣特徴が『ブワーッ!』って出来るんじゃないかと……」

「私、そういう男っぽくない人、ちょっとダメだなぁ……」

「んがっ!?」


 ネフェリー……お前、なんつぅド直球な…………


「もっとしっかりしなさいよ。男はやっぱり、男らしくないと」


 ネフェリーがパーシーの二の腕をポンポンと叩く。

 ボディータッチもなんか昭和だな、お前は。


「……ネフェリーは獣特徴の出ている男子が好み?」


 マグダの問いに、ネフェリーは微かに頬を染め、しかし恋バナを楽しむ女子のような楽しげな笑みを浮かべてこくりと頷いた。


「そりゃ、やっぱり……女子としては男子には頼り甲斐とか、男らしさを求めちゃうからさぁ」

「……ヤシロは?」

「ふぇっ!? な、なんで、そこでヤ、ヤシロが出てくるのよ!?」

「……ヤシロは獣特徴皆無」


 いや、マグダ。それ、当たり前だから。


「やだもう。だって、ヤシロは獣人族じゃないもん。獣特徴がないのは当然でしょう」


 そうそう。ネフェリーの言う通り。……なんだけど、『獣人族』って俺が作った造語だよな? いつの間に浸透してたんだ?


「……ヤシロは、例外?」

「ぅえっ、あ、いや……その…………も、もう! 変なこと言ってないで、早く帰ってケーキ作ってよ! わ、私っ、絶対食べにいくらか! じゃ、じゃね! 頑張ってね!」


 真っ赤な顔をして、ネフェリーは鶏舎へと駆け込んでいった。


「キャー! もうもうもう!」


 なんて、女の子らしい悲鳴を上げながら、顔を両手で覆って。……トサカを、揺らしながら。


「……そういうわけだから、パーシー」


 マグダが、「ドッゴォォォォオオオオン!」と落ち込んでいるパーシーの肩に手を載せる。

 慰めるつもりであんなことを聞いたのか?

 だとしたら、マグダのヤツ……


「……完全に脈なし」


 ……鬼だな。


「オ…………オレッ! 男らしくなってやるぅぅぅぅうっ!」


 哀れなり、パーシー。

 まぁ、頑張れ。


 つか……後天的に獣特徴って現れるもんなのか?

 ある日突然、全身タヌキになったりすんのかよ?

 そしたら絶対、認識出来ない自信があるぞ、俺は。



 おそらく叶わないであろうパーシーの絶叫を聞きながら、俺はそんなことを考えていた。






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