64話 レンガ職人の親子

「……ごめんなさいです。ちょっとばかり調子に乗っていたです。反省してるですから、レンガの上での正座やめてもいいですか?」


 俺は、ちょっとばかり調子に乗り過ぎたと言うロレッタを説教している。

 レンガの上に正座だ。

 何がちょっとだ。この無制限暴走娘め。


「でも、レンガ工房が潰れるのは可哀想です。それに、お祭りに出店してもらうことも出来なくなるです。お兄ちゃんも困るです」

「だからって、家族間のいざこざに首を突っ込んでいいことにはならんだろうが!」

「なんとかしてあげてほしいです」

「無茶言うな。他人が言ってどうこうなる問題じゃない」

「レンガがなくなれば、店長さんの花壇も作れなくなるです!」

「う…………」

「…………店長さん、あんなに楽しみにしてたですのに」

「………………」

「お花いっぱいで、お客さんに喜んでほしいって、キラキラした顔で言ってたですのに!」

「あぁっ! 分かったよ、うっせぇな!」

「それじゃあ!?」

「話聞くだけだからな!」

「さすがお兄ちゃんです! 話が分かるです!」


 ……こいつは、わざとやってんじゃないだろうな?

 ジネットを利用するなど、卑怯にもほどがある。

 だいたいあいつは、物凄く悲しいのに「平気です」とか言うからズルいんだ。

 そうでなければ、もう少しこう……慰めようもあるってのに、端っから慰める必要がないですみたいな態度を取るからこっちも手を打ちにくくてだな…………

 とにかく、ジネットを使うのは卑怯だ。

 ……今回だけだぞ、それで俺が動くのは。


「じゃあ、まずは各々の言い分を聞かせてもらおうか」

「では、お兄ちゃんはまずは親方さんの話から聞くです。若い方はあたしが先に話を聞くです」

「マンツーマンで話すのか?」

「そうです。その後で交代してそれぞれの話を精査するです」

「………………」

「どうしたです?」

「……イケメンと二人きりか………………危険だな」

「ほよ?」


 イケメンと二人きりになると、女子は不思議な毒にやられてイケメン至上主義病を発症してしまうことがあるのだ。

 どんなに偏った思想であっても、「イケメンさんが言うなら、そうに違いない!」という短絡的な思考にさせられる恐ろしい病なのだ。


「心配してるですか?」

「いや、別に、心配とかじゃないんだが……」

「おにぃ~ちゃんっ!」

「ぅおいっ!?」


 何を思ったのか、唐突にロレッタが俺に抱きついてきた。

 こいつがここまで露骨に甘えてくるのは初めてだ。ボディタッチが多いヤツだとは思っていたが……


「ど、どうしたんだよ、急に!?」

「もうもうもうっ! お兄ちゃん可愛いです!」

「はぁ!?」

「心配しなくても、あたしは、男の人の中ではお兄ちゃんが一番好きですよ」

「は、はぁっ!? お前、何言って……!?」

「取られちゃったりしないですよぉ~!」

「誰がそんな心配してるかっ!」


 俺はただ、ロレッタが深刻な病に侵されてしまったら傍迷惑だなとか、そういうことをだな……ただでさえロレッタは厄介な『気になったら首を突っ込みたくなる病』を患っているというのに……俺の手に負えなくなるから、そういうところを心配してるんだよ!

 ………………えぇいっ! ニヤニヤしながら顔をグリグリ押しつけるな!


「あぁ……マグダっちょの気持ちが分かるですぅ……」


 どんな気持ちだ。


「むふっ! なんかやる気が出たです!」

「……俺はちょっと疲れちゃったけどな」

「それでは、元気よく事情聴取するです! お兄ちゃんはオッサンを頼むです!」


 なんだか妙にやる気が出てきたロレッタが、つやつやした顔で言う。

 じゃあ、まぁ、オッサンの話を聞くとするか。


「お兄ちゃん」

「なんだ?」

「…………オッサンに取られるのは、嫌ですよ?」

「誰が取られるか! さっさと行ってこい!」

「はいです! では、後ほどです!」


 ピシッと敬礼をして、ロレッタが作業場へと駆けていった。


「じゃ、俺は竈場の方だな」


 オッサンとイケメンにはそれぞれ作業場と竈場に待機してもらっている。

 イケメンのいる作業場は粘土をこねてレンガを成形する場所で、オッサンのいる竈場は成形したレンガを焼く竃のある場所だ。


 俺は竈場へと足を踏み入れる。

 大きさは公民館の会議室くらいか……思っていたよりも手狭な印象を受けた。

 周りには焼いた後のレンガや、レンガを焼くために使うのであろうよく分からない道具が置かれている。


「おぅ、よく来てくれたな。まぁ、座ってくれ」


 竃の前の低いレンガ塀を指し示される。

 スネくらいの高さで、そこに腰を下ろすと、竃の中を覗き込みやすくなるであろう低さだった。


 そんな低いレンガの上に、俺とオッサンは差し向かいで座る。

 ……何この光景。シュール。


「俺は、ボジェク・オイラー。見ての通りのレンガ職人だ」


 ボジェクと名乗ったオッサンは、顔に刻み込まれたシワを深くして笑みを零す。

 朴訥だが人の良さそうなオッサンだ。

 それがあんなに怒鳴るなんて、よほどのことがあったのだろう。


 俺は名を名乗り、今日ここに来た理由を手短に話した。


「ほぅ、精霊神様に感謝する祭りを」

「そこで、この工房のレンガを展示販売してもらえないかと思ってな」

「いいじゃないか! 面白そうだ! だが、ウチのレンガが売れるのかねぇ……」

「いや、販売数は今回は期待していない。あくまで知名度を上げるくらいのつもりで挑んでもらえればいいんだ。出店料は売り上げから決まった割合を領主に納めてもらうことになるが、今回は場所代はもらわないことにしてある」


 もし出店料を取られるとなれば、売り上げの見込みがない店は参加を迷うだろう。それでは困るのだ。初回はとにかく賑やかでないと。

 なので、出店料は取らない。

 代わりに、売り上げから定められた割合を税金として納めてもらう。

 こうすれば、金だけ取られて利益がない……なんて店はなくなるはずだ。まったく売れなくて黒字にならない店は店側の努力が足りなかったということだ。


「いやぁ、しかしなぁ……こういう話をすると卑しいように聞こえるかもしれんが、出店するなら売りたいじゃないか。ウチも、そう余裕のある工房じゃねぇからなぁ」


 レンガ工房は陶磁器ギルドに加盟する職人らしい。

 見たところ、あまり盛況なようには見えない。

 まぁ、四十二区だしな。道は土が剥き出しで、建物はほぼ木造。たまにある石造りの建物も、レンガは使ってはいない。

 四十二区内において、レンガの需要は極めて低いのだ。


「よくやっていけてるな」

「はは……はっきり言ってくれるなぁ」


 まぁ、取り繕ってお世辞を言うのも変だろうしな。


「正直厳しい。というか、もう限界だ。このままじゃ、このレンガ工房は閉鎖するしかない」

「花壇の需要があると聞いたが?」


 エステラがここのレンガを絶賛していた。


「まぁ、年に数回くらいだな。領主様んとこの花壇はデカいから、あそこからの依頼が入ると、これで今年もなんとか持ち堪えられるって安心するんだ」


 そんな、一つの顧客にすがるような経営状況なのかよ……


「けど、レンガの花壇を持っている家なんざ、数えるほどもないからな」


 確かに。見たことがない。

 カンタルチカのような儲かっていそうな酒場でも、店先に花の一つも飾っていない。

 ウクリネスの服屋はどうだったかな……? あの羊のオバサン、可愛い物好きだからなぁ……もしかしたらあるかもしれないな。

 ムム婆さんは花とか好きそうだが、きっと花壇を買う金など持ち合わせていないだろう。

 俺の知り合いの中で花壇を持っていそうなヤツなんて片手の指ほどもいない。


 そんな状態ではやっていけないだろうな。

 レンガ工房は、綱渡りの状況なのか。


「でもな! ここに来て、奇跡が起こったんだよ!」

「き、奇跡……?」


 突如、ボジェクが立ち上がり、腰だめに拳を構えてわなわなと力を溜め始める。

 ……なに、俺、殴られるの?


「逆玉の輿だぁー!」


 拳を突き上げ、天高く吠えるボジェク。

 ……逆玉の輿?


「どっかの金持ちがお前の息子を見初めたってのか?」

「その通りだ! いや、見初められたのは、息子の技術なんだがよ? いやぁ、なかなかに見る目のある御仁だぜ! ウチが納品したレンガを見てよぉ、『このレンガを作ったのはどなた?』ときたもんだ。で、俺ぁ、正直によ? 『あ、それはウチの倅が作ったレンガでさぁ。なかなかの出来でしょう?』って言ったわけだよ! そうしたら!」


 パァーン! ――と、手を打って派手な音を鳴り響かせる。

 鼓膜がビックリして一瞬痙攣したかと思った。それくらいにデカい音が鳴った。


「『このレンガ職人をウチの専属にしてくださらないかしら?』ときたもんだ! 実際よぉ、倅の作るレンガはそこらのレンガとは格が違うんだ! レンガ一筋三十年の俺が言うんだ、間違いない! 親の贔屓目なんざねぇぜ? むしろ他より厳し目に見繕ってのこの評価だ!」

「その評価を客に向けて発信してりゃ、もう少しレンガの売れ行きも変わったんじゃないか?」

「バカだなぁ、お前さん。親父がよそ様の前で倅を絶賛出来るわけないだろう? あんただから話したんだよ」


 特別扱い痛み入るね。そりゃどうもと、言えばいいのか?


「でだ、その御仁はな、二十九区に住んでいる貴族のご婦人でな。生まれてからずっと花に囲まれて暮らしていたような心美しい御仁でよ。これまで浮いた噂は一つとしてなく、言い寄る数多の男に会いもしない、まさに深窓の麗人、高嶺の花と言われた淑女でな。彼女自身、生涯独身を貫くつもりだったらしいんだが、倅のレンガを一目見て、『このような素晴らしいレンガを作れる方になら、私の資産のすべてを差し上げてもいい』とまで言ってくれたんだよ! ウチの倅にだぜ? 母ちゃんを早くに亡くして、俺が男手ひとつで育て上げた、教養の欠片もない、石ころみてぇな身分のガキを、貴族様が拾ってくださるってんだ。こんな幸運なことはねぇだろ? なぁ、そう思うよな!?」

「ま、まぁ……滅多にあることでは、ないだろうな」

「だよなっ!? そう思うよな!?」


 興が乗ってきたのか、ボジェクはグイグイと迫ってくるようになった。正直暑苦しい。

 教養がないのはお前だけで、息子の方はそれなりに分別がありそうに見えたがな。

 それから、ご婦人のセリフの時に裏声使うのやめてくれる? 気持ち悪いんだ。あと、体をくねくねさせるのも。


「だってのに、あのバカ息子はっ! 『僕は、自分が作りたいと思うレンガ以外は作りたくないんだ。貴族と繋がりが持ちたいなら、父さんが再婚でもすればいいよ』とか抜かしやがったんだぜ! ぶん殴ってやったよ、俺ぁ!」


 息子のモノマネに悪意が感じられる。

 つか、俺の主観が父親より息子世代に近いせいかな……親父の言い分が滅茶苦茶に聞こえるんだが。

 どう考えても息子の方が正論だろう。

 顔も知らない相手といきなり結婚しろと言われ、それが金のためなんてのは……納得出来ないんじゃないか?


「なぁ、ボジェク。他に息子はいないのか?」

「あいつは一人っ子だ。母ちゃん……早くに逝っちまったからよぉ……」

「じゃあ、一人息子を貴族の婿に差し出したりしたら、このレンガ工房はお前の代で途絶えるんじゃないのか?」

「はっはっはっ! 大丈夫だ! 倅にガキが生まれるまで、俺は引退しねぇからよ!」

「倅の息子は貴族の子供になるから、レンガ工房なんか継がせてもらえるわけないだろう?」

「だったらたくさん生めばいい! 五、六人もいりゃあ、一人くらいはウチに回してくれるだろう!」


 ……ダメだ、こいつ。

 驚くほどに短絡的過ぎる。


「ホント……お前が再婚するわけにはいかないのか?」

「すまねぇが、俺ぁ、母ちゃんだけだって心に決めてるんでな」


 ……テメェが一番わがままじゃねぇかよ。


「作りたくないつってんだから、しょうがないだろう? 無理やり婿にして、不興を買う方がレンガ工房にとってマイナスなんじゃないのか?」

「大丈夫だ! 貴族のお嬢様だぞ? 絶対惚れるに決まってる!」


 誰が決めたんだ、そんなもん。


「それに、倅が反対してるのは、レンガがどうとか、仕事がどうとか、そういうことじゃねぇんだ」

「……どういうことだ? 納得したレンガ以外作りたくないから嫌なんだろ?」

「違う! 違うんだよ、ヤシロッ!」


 急に呼び捨てにするなよ。……ったく、これだから『一度認めた相手には』系の職人は……お前が認めても、俺はまだ認めてねぇっての!


「倅はなぁ! あの怪しい女にたぶらかされてんだ!」

「怪しい女?」

「俺ぁ見たんだよ! 倅が昼間、こそこそと工房を抜け出して、人目を避けるように歩いていくからよ、俺ぁ気になって後を付けたんだ」


 なにこのストーカー気質の父親。きもーい。


「そうしたら、この先の廃墟が並んでるところあるだろ? あの付近で、全身真っ黒の服を着た、陰気くせぇ女と密会してやがったんだ!」


 拳を震わせるボジェク。瞳には恨みの炎がメラメラと燃え上がっていた。

 人目を避けて会うような間柄なら、女の方が黒い服で目立たないようにしていても、そして廃墟の並ぶ人気のない場所で密会していても、さほどおかしいことではない。

 しかし、息子がその女にたぶらかされていると思い込んでいるボジェクにとっては、怪しい女に映ったのだろう。


 ……正直、この手の話には関わり合いたくない。

 他人の色恋になんぞ興味はないし、関わるとろくなことにならないし、万が一上手くいこうものならこの世にリア充が一組増えることになるのだ。

 ……けっ! 無視だ無視! 俺には関係ないね!


「だからよ! あの怪しい女さえいなくなれば、倅は喜んで貴族の婿になるはずなんだよ! な? そう思うだろ!?」

「あ~……まぁ、なんというか。恋愛は当人同士の思うところが大きいからな。俺が口出しするわけにはいかねぇよ。んじゃ、俺はこの辺で……」

「親方さんっ! その話詳しくですっ!」

「ぬぉっ!?」


 俺が立ち上がると、背後から突然ロレッタが現れて、ボジェクに詰め寄っていった。

 ……いつの間に背後に? 


「イケメン職人と貴族の恋……そこに現れた怪しい謎の女…………凄く興味深いですっ!」

「お前は、話をまぜっかえすな! すまないな、ボジェク。このバカは無視してくれて構わな……」

「それじゃあ聞いてもらおうか、お嬢ちゃん! 俺が倅を尾行して作った全267ページの極秘調査報告書の内容を!」

「えぇ! じっくり、たっぷり、ねっとりと!」


 …………あ、ダメだこれ。

 止まらないヤツだ。


 んじゃ俺は離脱して息子の方に行こうっと。

 大まかな理由は把握出来たし、息子側の言い分を聞けばある程度は見えてくるだろう。


「じゃ、お前らは仲良く恋バナでもしててくれ」


 俺の言葉に見向きもしないロレッタとボジェク。

 すでに二人は恋バナモードに入っており、ボジェクが息子の異変に気が付いた辺りから事細かに説明をし始めていた。


 ……うん、もういいや。放っておこう。


 俺は竈場を後にし、作業場へと向かった。


「ようこそ。適当な椅子を使ってください。なんのお構いも出来ませんけど」


 作業場に入るなり、息子が爽やかな笑顔を俺に向けてくる。


 作業場は竈場よりもずっと広く、ダンスホールくらいはあるだろうか。

 大きな作業机が部屋の中央に置かれ、成形したレンガを乾燥させておく棚が壁一面に設置されている。そして、赤土や粘土が山のように積まれていた。

 土の匂いがする。どこか落ち着く空間だ。


 そんな作業場で、イケメンは粘土をこねながら俺に椅子を勧める。

「作業をしながらですみません」なんてことを言いながらな。

 うん。この段階で、この息子がボジェクよりも教養があることが分かった。


「自己紹介をしておきますね。僕はセロン・オイラー。レンガ職人です。と言っても、父に免許皆伝をもらったのは去年の暮ですから、まだまだ駆け出しですけど」

「お前の作るレンガは評判が良いそうじゃないか」

「研究だけはずっとしていましたからね。それこそ、幼い時からずっと粘土に触れて、遊びながら試行錯誤していたくらいですよ。僕の生活の一部なんですよ、最早」

「研究することはいいことだ。伝統を守りつつ、新しいものを開拓していく。それが重要だな」


 適当な椅子に腰を掛け、若人に説教などを垂れてみる。

 ……まぁ、見た目的には俺の方が若く見えるんだろうけどな。セロンは二十代っぽいのに対し、俺はまだ、十六だ~から~。


 少し鼻に突くことを言ってしまったかと思ったのだが……セロンは俺の顔をジッと見つめ、そして瞳をキラキラと輝かせ始めた。


「そう! そうなんですよ! それがイノベーション! 大切なのは、イノベーションなんですよ!」

「イ……イノベーション……?」


 なんだか、背中にじったりと嫌な汗をかいてしまうワードだ。

 …………こいつ、あの時大通りにいたのか?


「僕の幼馴染に聞いた話なんですが、先日大通りに英雄が現れたんです。ご存知でしたか?」

「いやぁ……『英雄』なんてのは、知らねぇなぁ……」


 口の上手い詐欺師が大立ち回りした話なら知ってるがな。


「僕は英雄の言葉を聞いて、全身を雷に打たれたような衝撃が走ったんです!」


 にしてはピンピンしてるよなぁ。雷に打たれた人間はただでは済まないんだぜ? ってことは、そんな大袈裟な衝撃じゃなかったってことだ。精々、変な体勢で寝ていて『落ちるっ!』って錯覚して体が『ビクンッ!』ってなった程度の衝撃だったのだろう。よくあることだ、そんなものは。


「まぁ、又聞きなので説得力に欠けるかもしれませんが……」


 セロンは恥ずかしそうに頬を染め、前髪を摘まんで玩ぶ。

 なんだよ、俺に「あれ、こいつ可愛い?」とか思わせたいのか?

 そうそう簡単に思ってやらねぇからな?


「けれど、ずっと抱えていた、心の奥のモヤモヤした感情が晴れた気がしたんです。伝統あるレンガ作りももちろん大切ですが、それよりも、僕は今までにない、新しい……世間があっと驚くような、そんなレンガを作りたいんです!」


 世間ってのは、レンガにそんな驚きは求めてないと思うがなぁ……


「だから、僕は貴族の婿にはなれません。ずっと屋敷にこもって、花壇のためのレンガを焼き続ける一生なんて……僕には耐えられないんです」

「その貴族のお嬢さんが好みのタイプじゃないから、適当な理由で逃げてんじゃないのか?」

「違います! タイプとか、タイプじゃないとか……そんなものは、僕には最初から関係ないんです!」

「好きな女がいるからな」

「――っ!?」


 図星か。

 ま、そうだろうな。


「……父から、何か聞いたのですか?」

「いや、大したことじゃないさ。それよりも、お前がさっき自分で言った『幼馴染』……そいつが、お前の初恋の相手であり、現在の思い人だ。…………違うか?」


 俺の指摘に、セロンは目を丸く見開いて口をぽかんと開ける。

 こういう驚いた間抜けな表情も、イケメンだとちょっと可愛く見え…………て、堪るか!

 ……危ない、危ない。俺は今、何を考えていた?

 しっかりしろ、俺…………くそ、イケメンパワー、凄まじいぜ……っ!


「凄いですね。おっしゃる通りです。まじない師の方ですか?」

「いや。ただの食堂従業員だ」

「食堂……?」


 己の秘密を言い当てられて、心底驚いているようだ。

 つか、分かりやすく顔に書いてあったつうの。

「幼馴染に聞いた話なんですが」とか言いながら英雄の言葉を語っていたが、こいつが感銘を受けたのはその言葉を発したのが『英雄』なる人物だからではない。自分が認めている『幼馴染が、英雄と認めた』人物だからだ。

 結局、セロンは自分が認めた幼馴染が認めた人物を認めただけなのだ。


 じゃあなぜそんな素直に見ず知らずの者を認められるのか……単純なことだ。惚れた女が心酔している相手だからだ。

 もし、滅茶苦茶好きな彼女の好物が『ドネルケバブ』だったとする。そうした時、これまで一度も口にしたことがない『ドネルケバブ』に対し、好印象を持つ者がほとんどだ。そして、好印象を持ったまま初めて口にした『ドネルケバブ』は、悪印象を持って口にした時より確実に美味しく感じる。人間は先入観の生き物だからな。


 まぁ、そんなわけで。嬉々として語っていた英雄の言葉をこいつに教えた幼馴染が、こいつの好きな女であろうと推測したまでだ。


「彼女は、僕なんかよりもずっと凄くて……幼い頃からずっとずっとイノベーションを追求していて……僕が伝統とイノベーションの狭間で揺れ動いていた時も、彼女は迷うことはなくて…………憧れているんです。女性としてはもちろん、人間として」

「だったら親父にそう言えばいい。『好きな女がいるから結婚はしない』と」

「そんなことを言ったら、あの人のことだから……彼女に危害が及ぶかもしれない」


 信用されてねぇなぁ、あのオッサン。


「……ここだけの話なんですが…………ウチの父は、ちょっとストーカー気質なところがありまして……」

「うん、知ってるよ」


 俺の認識と齟齬があるとすれば、アレは「少し」なんてもんじゃないってことかな。


「あなたは……ヤシロさんは、なんでもお見通しなんですね…………凄い人だ」


 いや、お前ら親子が分かりやす過ぎるだけだからな?


「で、その彼女はどんなイノベーションを追求してるんだって?」

「花です。いまだこの世界に存在しない花を生み出すための研究を、もう十数年間続けている人なんです」


 そう語るセロンの瞳は、空にかかった虹を見上げる無垢な少女のようで……あぁ、これは何を言っても無駄なんだろうなと俺に思わせるのに十分な説得力を持っていた。

 こいつは、その幼馴染以外の女のことなんか見ちゃいない。

 何がイノベーションだ。

 何が納得出来るレンガ作りだ。

 結局、惚れた女のために人生のすべてを使いたいってだけの、尽くし男じゃねぇか。


 んで、俺はそういうバカな男のことが、…………割と嫌いじゃない。

 そこそこに応援くらいはしてやりたくなるほどに、な。


「お前の気持ちは分かったよ、セロン。微力ながら、俺も協力をしてやろう」

「本当ですか!?」

「あぁ。……とりあえず」


 俺は近場にあった、レンガを砕き割るための鉄槌を拾い上げる。


「……お前の親父、どこに埋める?」

「いやいやいやいや! それはちょっと勘弁してもらえませんか!?」


 なぜだ?

 それが一番手っ取り早いというのに?


「金銭面で、ウチの工房が困窮していることも分かっているんです。このままじゃ、工房が無くなってしまうことも……」

「そうしたら、お前の幼馴染は自分の責任だと、そう考えるような女なんだな?」

「……本当に、何もかもお見通しなんですね」


 セオリーってヤツだ。

 でなきゃ、こんな工房やめてやる! って手法が取れるし、セロンはそういうことを平気でやってしまいそうなタイプだ。だがしていない。なぜか?


 解・彼女の方がそれを良しとしないからだ。


「つまり、貴族の援助無しで工房を存続させることが出来ればいいわけだな?」

「はい。この先やっていける目途が立てば、貴族の方には僕の方からお断りに出向きます。土下座でもなんでもして、誠心誠意、理解してもらえるよう思いを伝えます」


 まぁ、それだけの思いがあれば向こうも分かってくれるだろう。…………貴族の性根が腐っていなければな。


「じゃあ、なんとかならないか、知恵を絞ってみるよ」

「本当ですか!? あなたのような方が味方についてくれると心強いです!」

「よせよせ。過度な期待はするなよ」

「はい! しません!」


 真っ直ぐなヤツだなぁ……


「協力していただけるなら、僕はどんなことだってやります! なんでも言ってください! ですから、どうか、よろしくお願いします!」


 九十度に腰を曲げ、セロンが頭を下げる。

 なんか、こう……体育会系のノリは父親譲りなのかね? ちょっと絡みにくい。


「まぁ、祭りまでに売れそうな商品を作ってもらうのと、今後、ちょっと色々無茶なことを頼むかもしれないから、そん時は便宜を図ってくれ」

「はい! よろこんで!」


 ぅえ~ん……イケメンが顔を近付けてくるよぉ……ちょっといい匂いするのがムカつくよぉ……


「あぁ、それから、ウチの食堂に花壇を設置したいなぁって……」

「承ります! いくらでも! 何平米でも!」


 熱い……熱いよ、熱意が。熱過ぎて俺の心が萎れちゃう……


「ん?」


 と、グイグイ来るセロンをかわしていると、壁の棚に変わったものを見つけた。

 いや、変わったというか……レンガでこんなの作れるのか? ってヤツだ。


「なぁ、あれ……花瓶、だよな?」

「え? あ、はい。プランターや鉢は昔からあったんですが、もっと簡単に花を楽しめるようにと、試行錯誤して先日ようやく完成したんです」

「水、漏れないのか?」

「はい! 苦労しました!」

「重さは?」

「可能な限り軽量化しました!」

「へぇ……」


 ……花瓶、かぁ。


「なぁ、アレ売ってくれないか?」

「差し上げます!」

「いや……売ってくれ」

「…………どうして、ですか?」

「色々あるんだよ」

「そう……ですか。はい、分かりました! では、格安でお譲りいたします!」


 うむ。

 いい買い物が出来たなっと。


「もう時間も遅いから、また今度改めて顔を出すよ」

「はい! お待ちしています!」

「……次は、もうちょっと声のトーンを落としてくれな」

「はい。分かりました」


 実に素直な男である。

 イケメンに爽やかな笑顔を向けられて、俺は満更悪い気はしていなかった。


「セロン! セロンはいるか!」

「父さん!? ……なに? 僕に何か用?」


 突如、作業場にボジェクが乱入してくる。

 途端にセロンの表情が冷たくなる。……これは相当こじれてるな……


「お前に、どうしても話したいことがある」

「後にしてくれないかな。今は大切なお客様がいるんだ」

「いいや! 今でないとダメなんだ! すぐに済むから聞いてくれ!」


 ボジェクの勢いに気圧され、セロンがちらりと俺を見る。

 俺に聞くなよ……とは思いつつも頷いてやると、セロンは仏頂面で「どうぞ」と言った。


「実はな…………父さん…………ロレッタちゃんと再婚しようと思う!」

「「はぁっ!?」」


 なに言ってんの、こいつ!?


「いやぁ、ロレッタちゃん、可愛くてなぁ! 母ちゃんが死んでもう十六年も経つが、父さん、ついに新しい春を見つけちゃったかもしれ……」

「ロレッタぁ!」

「はいです! お兄ちゃん!」


 ボジェクの後ろからぴょこんと飛び出してきたロレッタの首根っこを掴まえて部屋の隅へと強制連行していく。


「お前、あのオッサンに何をした?」

「いやぁ、話を聞き出そうと色々持ち上げていたら、なんだか勘違いされちゃったです……困ったですね」

「お前の頬袋を水でパンパンに膨らませてやる!」

「ダ、ダメですっ! 水は! お腹たぷたぷになってちょっと気持ち悪いですから!」

「セロォーン! 彼女が新しいママだ! さぁ、ママと呼んでごらんなさい!」

「何考えてるんだ、父さん!?」


 あぁ、もう! バカばっかりだ!


 俺はロレッタをレンガの上に正座させ、暴走するボジェクを鉄槌で威嚇し、平謝りするセロンを宥め、花瓶を買ってからレンガ工房を後にした。

 ……最後の最後でどっと疲れた…………もう、早く帰って寝てしまいたい。


「お兄ちゃん。ボジェクさんから色々聞き出したですよ、セロンさんをたぶらかす怪しい女の素行を! 聞きたいですか!?」

「どっちかって言うと聞きたくない。明日にしてくれ」

「実はですね、その怪しい女が目撃されるようになったのは、さかのぼること十数年前……」

「明日にしろつってんだろ!?」


 しゃべり出したら止まらないロレッタの口を塞ぐ。羽交い絞めにして完全に黙らせてやる。


「キャーです! お兄ちゃんのエッチィですぅ!」

「やかましいわ! 俺は疲れてるんだ! さっさと帰ってもう寝るの!」


 工房で時間を食い過ぎたせいで、空は真っ暗。もう、完全に夜だ。

 体力気力共にもう限界。

 これ以上は、これっぽっちも余力など残っていないのだ。

 あとは帰って寝るのみ。



 そう、思っていたのに…………



「あの……」


 人気のない、廃墟が並ぶ寂れた細い路地で……不意に声をかけられた。

 …………背後から、か細い…………女の声に。


 俺の脳内に、これまで散々聞かされてきた忌まわしい噂話が一気によみがえってくる。

 心臓が破裂しそうに早鐘を打ち、嫌な汗が全身から吹き出してくる。


 そして、恐る恐る振り返ると…………



 そこに、淡くぼんやりと光る……真っ黒い影のような女が立っていた………………




「…………………………ぎゃあああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!」




 俺、出会っちゃった…………






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