新卒破壊

@ibn_shahr

第1話待望の春

東京メトロ半蔵門線がホームに入ってきた。まだ4月でホームに電車が来るときの独特の突風がホーム全体を包み込んでいた。小川徹はその気配を感じ取り駆け足でエスカレータを降りた。東京メトロ南北線から半蔵門線への乗り換えは急いでも5分はかかるほどの煩わしさだ。東京の地下鉄網は多数の路線が入り乱れ、乗り換え1つとっても地図がなければ迷子になってしまう。小川は今年で23歳になる新卒だ。去年の5月に内定をもらった会社に行くことに決めていた。といっても、その会社以外から内定を獲得できなかったので他に選びようがなかった。昔から自己主張が苦手だった。友達と遊ぶ時も自分から話かけることはあまりない。ただ、何か聞かれたらしっかりと答えることができる。人間関係に困ったことも高校生の時から記憶にはなかった。

大学3年生の時、小川は留学生を集めて日本の観光地を案内するサークルに入っていた。サークルメンバーは1年生から4年生まで合わせて150人もいた。学内でも大規模サークルとして有名だったので、その活動は度々学生新聞の取材対象となった。小川も1度取材を受けたことがあり、その時にインタビュアーに

「観光地を案内するときに注意することはありますか?」と質問された。

「地下鉄かな」

「地下鉄?」インタビュアーは不思議そうな顔を浮かべた。

「そうです。日本の地下鉄って海外のと比べて非常に乗り換えが難しくて、外国の観光客がよく迷子になってしまうんです」と小川は答えた。

「なるほど。私は海外に行ったことがないので気づきませんでした」

インタビュアーの反応を見て、小川はすぐにでもその場から離れたくなった。

そんなことも知らないなんて話し相手としてつまらないと感じてしまったようだ。

半蔵門線のドアが閉まるベルが鳴り止もうとしていた。小川はなんとか満員電車に押し入ることができた。隣のサラリーマンの汗が小川の背中に垂れてきた。今日は4月1日で入社式だ。いつもなら朝風呂などしないのに今日に限っては張り切って、眠気覚まし代わりにシャワーを浴びた。風が吹くと自分の体から石鹸の香りがする。だからこそ、見ず知らずのサラリーマンの汗に普段以上に嫌悪感を抱いてしまった。

小川の降りる駅は表参道駅で永田町からは5分もあればついてしまう。

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