第43話 僕が9ボルト(8)

「まったく心配ばっかかけるんだから」

 寧色はひとりごちて自分を追いかけてくる機人を誘導する。寧色を追いかけるのはたこ焼き機を胴体とする蛸焼機人ゴハンモイショー。たこ焼きプレートをくるくると回しながら、たこ焼き機でできた足をベタンベタンを動かしながら寧色を追いかけていた。

 寧色は光輝からの連絡を受けて、美味イガグリ焼き公園へと機人へと誘導していた。

 ――懐かしいわね。

 かつてここで一度敵として、カンデンヂャーに立ち向かった寧色としてはなんともいえない思い出を持つ場所である。

 美味イガグリ焼き公園に入ると、左から次郎花が、右からレッドが見えた。レッドだけはいまだ変身が解けていなかった。

 そして中央。

 そこには9Vスパークが凛と立っていた。

 三人と9Vスパークが出会い、誘導された三体の機人――精米機人モミヌッカーに、蛸焼機人ゴハンモイショー、そしてカキ氷機を巨大化させたような氷欠機人アタマッキーンが鉢合わせる。

 三体の機人はようやく自分たちがここに誘導されたのだと知った。しかし絶縁体の強化によりカンデンヂャーの攻撃は効かないとわかっている三体はだからどうしたというような面持ちで慢心していた。

「じゃあ見せてもらおうかな、キミの作戦とやらを」

 9Vスパークに向かって次郎花が言う。

「豪語するからには倒せるんでしょうね?」

 寧色から期待の眼差しを向けられる。

 レッドは何も言わず腕を組み、仁王立ちしていた。9Vスパークのやることを見守るつもりだろう。

「任せてください」

 9Vスパークは自信に満ちた声で答え、疾走。

 気合の入った掛け声とともにスタンブレイドにL.E.D.を装着。

「サンンダアアアアアア!! リベレイショオオン!!」

 言うや、スタンブレイドを振り下ろす。

 傍から見れば見当違いの場所で空を切ったようにも見える。

 しかし振り切った瞬間、稲妻が放たれた。

 太く長い幹から枝が分かれたように電撃が三体の機人へと襲いかかる。

 それが危険だと電気機器の本能的に悟った機人たちは方々へと逃げる。しかし光速で迫る死神の鎌は、彼らにすぐに追いつき魂を掠め取るように彼らの絶縁体を抉り取る……はずだった。

 しかしマスクプレートに《電池切れ》と表示され、三秒後、9Vスパークの変身が解ける。

 そのせいで出力が低下し、絶縁体を完全に焼き切るには至らない。

「くそっ!」

 思わず毒づく光輝。電池残量を気にしなかった自分のミスだった。9ボルト電池は残念ながら予備を持ってない。

「グワハハハハ! トドメとは言えないが決定打だ。よくやったぞ、光輝!」

 レッドは高笑いしながら光輝の横をすり抜けていく。そのとき、光輝は気づいた。レッドが自分の名前をあの珍妙なニックネームではなくきちんと呼んでくれたことを。

 自分が倒せなかったという悔しさが込み上げながらも、そのなかで少しでも認めてもらえたという嬉しさを噛み締める。

 レッドは機人の正面でもなく、おおよそ見当違いの位置にたどり着くと地面を抉るように鎚を打ちつけ、砂鉄を鎚面にはりつけ、勢いよく横に振りかぶる。

「アイアンサンドチャージ!」

 直後、電磁砲化した砂鉄が流星群のようにモミヌッカーを襲う。三体の機人は9Vスパークのサンダーリベレイションでショートはしなかったものの、強い衝撃を受けて動けずにいた。

 避けることも逃げることもかなわないモミヌッカーは電磁砲によってショート。さらにゴハンモイショー、アタマッキーンの体を貫いていく。

 レッドは三体が一気に倒せる場所に位置して必殺技を振るっていた。ベテランらしい倒し方だ。

 直後、レッドの変身も解ける。

「グワハハハハ、正義は勝ーつ!!」

 大笑いする伴を尻目に、

「来るのが遅いっつーの」

 寧色に小突かれ、光輝は「すいません」と笑う。

「少しは反省しなさいよ。勝手に帰ってさ。本当は契約が切れても、またあんたを契約しようってみんなで決めてたのよ。なのに、あんたってば、契約が切れたらさよならするとか、ホント何考えてんのよ」

 何度も、何度も寧色に小突かれる光輝。

「そのぐらいにしときなよ」

 見かねて次郎花が寧色に忠告すると、ようやくその手がとまる。

「で、なんなのよ、さっきの? あんなものがあるだなんて聞いてないわよ」

 手がとまったら口が動くのが、なんとも寧色らしい。

 光輝はそれはですね、と光暉が説明書を渡し忘れていて、それに載っていたことを伝える。

「なによ、それ……」

「けど、もしそれを最初に渡していたら、9Vスパークの必殺技に対応した絶縁体が作られていて、もっとピンチになっていたかもしれないよ?」

「そう考えたらそうだけど、最初からそれがあったら、こうはならなかった可能性だってあるわよ」

「グワハハハ、それは可能性の話だろう。今は倒したことを喜ぶべきではないか?」

「そうね。あと、あんたが戻ってきたことにも」

 その言葉は当然、光輝に向けられたものだ。寧色ももうすでに光輝が9Vスパークでそして仲間だという認識になっていた。

「ぶっちゃけるとグレイスはね、夏休みが終わってもキミに9Vスパークをやってもらえないか打診しようとしていたんだよ」

 つまりね、それはどういうことかわかる? 次郎花の問いに光輝ははっきりと頷く。

「僕以外が9Vスパークなのはありえない、ってことですね」

「そういうこと」

「でもそういうことを自分で言っちゃうのが生意気よね」

 寧色はそんな光輝の態度を見て苦笑する。けれどそれが光輝にとって心地いい。

「グワハハハ、感動の再会はここらへんで終わりにしよう。で光輝、尋ねなくてもいいかもしれないが、この後どうする?」

「……当然、もう一度〈奇機怪械〉を攻めます」

 強い意志の込められた光輝の言葉に、当然誰も反対なんてしない。

「ならついてこい」



「おー、光輝クーン!! ワタクシは信じておりましたヨー、寧色クンやジロウクンが、光暉クンにツンデレ全開でL.E.D.を使うのを拒んだときカラ、キミがきっと帰ってくるト!」

「なに、変なこと言ってるのよ」

「さすがに今のはボクでも殴るよ」

 それぞれがグレイスを殴り、グレイスは思わず頭を抑えて呻く。

 光輝は伴たちに連れられ、移動基地へと来ていた。

 はじめは逃げ出したことを怒るのではないかと思っていた光輝だったがすんなりと受け入れてくれて嬉しくなる。

 それだけじゃない。

「戻ってきたか」だの「宿題がたまってたからって勝手に帰るなよ」など、昨日あったことをまるで知らないような口ぶりで光輝を迎えてくれる桃山たちの姿を見て、光輝は痛感する。

 僕はもう、仲間なんだ。

 光輝はどことなく一ヶ月で終わったらそれっきりだと思っていたが、彼らからしてみれば何日だろうと一度でも戦えば仲間なのだ。

 そして仲間が戻ってくれば嬉しいのは当たり前だ。

「さて、光輝クン。ここで聞くのも野暮なんですが、またヒーローをやってもらえるということでいいのでしょうカ?」

 その問いに光輝は間髪入れず、大きく頷く。

「グワハハハ、当然ではないかグレイス。9Vスパークは光輝以外に考えられん!」

「似たようなくだり、さっきやったから」

 寧色が伴の言葉にツッコミながらも、やはり顔は妙に嬉しそうだ。

「ではではさっそくサインを!」

 光輝はグレイスに出された書類にサインした。バイトのときとは少し違う。正規ヒーロー契約書だ。高校卒業までまだ一年以上あるが、学生ということで色々優遇されるので、ヒーローとして問題なく働けるはずだった。

「それも重要だけどさ、グレイス。9Vスパークの必殺技を使えば、ボクたちは今の機人を倒せるんだ」

「……それは本当ですカ?」

「ああ、この目でしかと見た」

「もっとも、電池切れを途中で起こして、半端なやつだったけど」

「あれが電池切れを起こさなければ確実に倒せていたと思うんだ」

「ということは、それはすなわち今の〈奇機怪械〉をも倒せると……?」

 グレイスは信じられないというような表情を見せる。

「だから何度もそう言ってるじゃないか!」

「っていうか、グレイスなんで9Vスパークの必殺技を知らないの? あれ、あんたや白香さんが作ってたんじゃないの?」

「いいえ、カンデンヂャーのスーツはワタクシが作りましたが、9Vスパークは完全に外注デシタ!!」

「それでも、説明書ぐらいは読んだんじゃないの?」

「ノンノン。ワタクシ、説明書は読まない派なのデース」

「駄目だ……だから気づかなかったんだ」

 寧色と次郎花はふたりして呆れる。

「グワハハハ、グレイス。オレ様も読まない派だ!」

 伴は空気すら読まない。

「……まあいいじゃないですか」

 光輝は寧色と次郎花をなだめつつ言い放つ。

「なんにしろ打つ手ができたんだから〈奇機怪械〉を攻めようと思います」

「おいおい、けど昨日の作戦はばれていたんだぞ。今日だってばれないようにと移動基地を使ったのに結局ばれて先手を打たれた。確実にスパイがいるなかでもう一度作戦なんて成功するのか?」

 桃山の疑問も分かるが、光輝はその答えをすでに持っている。

「成功しますよ。スパイは縁さんでしたから」

 これにはみんなが仰天だった。

「あ、いや正確には縁さんに化けていたコピッペスっていう機人です」

「じゃあ、縁縁を休みにしたのが裏目に出てしまったな」

 移動基地に入れない人員は今日は全て休暇という扱いにした、と光暉も言っていた。そのため、基地には誰もいない。緑縁に化けたコピッペスは休みになったのをいいことに今日の作戦と基地の機密情報を流そうとしていたのだ。

 もし光輝が基地を訪れなかったらと想像して桃山は身震いする。

「でも、じゃあ本物の縁さんは?」

「光暉さんがどこかに監禁されているだろう、って。場所も特定できたと思うので、救出に……したそうです」

 光輝が言葉尻を変えたのはたった今『無事、助けた』というメールがきたからだ。

「グワハハハ、だとしたら、何の憂いもないではないか」

「確かにそうデース! これは忙しくなってきましたネー!!」

「じゃあさっさと行って、とっとと倒しましょ」

「グレイス、予備の電池はあるかな。あ、光輝は二、三個持って行ったほうがいいよ」

 それぞれが迅速に準備を始め出した。

 光輝も、次郎花に言われるがまま、9ボルト電池を多めに用意して、奥へと向かう。

「スーツの修繕はしておいたよ。補強程度だけど」

 途中、目のしたにくまを作っている村崎が光輝たちに告げる。村崎は光輝たちが移動基地へと入った直後にL.E.D.を受け取り、短時間だが修繕に務めていた。昨日から不眠不休で働いているらしい。

「ありがとうございます」

 光輝はお礼を言って電気自動車に乗り込む。もちろん、席は定位置の一番後ろだ。

「光輝、こういうときだ。お前にかけ声の権利を譲ってやる。さあ存分に言え!」

 伴がそう言うもののそんなことを言われると逆に言いづらい。

 それでも光輝は自分のほうを見て期待する四人を裏切ることはできなかった。

「行きましょう!」

 それに四人が頷いて電気自動車は動き出した。

 二度目の襲撃作戦が始まる。

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