第42話 僕が9ボルト(7)
光輝は全力で走り、高校にたどり着く。
一ヶ月ぶりの学校だった。部活に入っておらず、ヒーローで多忙を極めた光輝は夏季休暇の間一度も高校を訪れていなかった。
本来なら校庭で運動部が青春に勤しんでいるのだろうが、機人が現れた今、校庭には誰もいなかった。
それだけではない、おかしいことに機人もガレージもいなかった。
――校舎にいるのか。それとも、もう戦闘は終わったのか?
電光基地に寄ったため、桜花の電話から随分と時間が経っていた。
――もう一度、電話してみるべきか。
しかし下手に電話をかけて、友人に逃がしてもらったらしい桜花が捕まったらどうしよう、そう思ってしまった光輝はとりあえず侵入しようと決める。
下駄箱のある生徒用玄関に行くよりも体育館の渡り廊下から侵入したほうが早いと判断した光輝はその手前にある中庭から窓越しに二階を歩くガレージを見つけた。
しかもそのガレージは隠れていた桜花を捕まえて、どこかに向かっているようだった。
光輝は中庭の茂みに身をひそめ、ガレージの様子を見つめる。
しばらく見ているとガレージは視界から消える。
「ちょっと離しなさいよ」
動き出そうとしたところで桜花の威勢の良い声が光輝の耳にまで届いた。
しばらくしてガレージと桜花は一階に姿を現す。
「今に見てなさい。悪は絶対に裁かれるの!」
ガレージが校舎の扉を開け、桜花を渡り廊下に連れ出す。桜花は腕を縛られてもなお、威勢が良い。
「あー、あー、うるさいうるさい。わかったからおとなしくしろよ」
「何よ! 絶対に助けが来るんだから」
「……これ、上司に言われたんだけどよ、カンデンヂャーの三人は今、違う機人と戦っているからここには来ないぜ」
「違うわ、カンデンヂャーは四人組よ」
「……うちの上司さ、口が軽いからオレたちでも知ってるんだけど、それは昨日までだろ」
言い合いつつ、桜花はガレージに力づくで引っ張られる。どうやら体育館に向かっているらしい。
「ううん、あなたは何もわかってない。あいつは約束してくれたわ。助けるって」
「何を言って……」
その瞬間、ガレージの顔面に強い衝撃が襲いかかり、吹き飛ぶ。
「光輝!」
「変身中は名前呼ばないのが暗黙のルールらしいよ」
言いつつ、9Vスパークは桜花の腕を縛る縄を解いた。
「ありがと」
「でみんなは?」
そっけなく言うと、桜花に蹴られそうになる。もっともナビに攻撃の警告と回避コースが表示されたため、すんなりと9Vスパークは避けたが。
「いきなり何を?」
「ふつー助けに来て、ありがとうって言われたら、それがヒーローの役目だからねとか、約束を守りにきたとか言うべきじゃないの」
「確かに。ヒーローとしてそれは大事だったな……」
指摘されて9Vスパークは少し落ち込んだが、
「けどまあ、今はそれどころじゃない」
分別はつける。カッコいいセリフはまた言えばいい。
「みんなはどこに?」
「体育館よ」
「そっか。じゃ、行ってくる。危険がなさそうな場所に隠れておいて」
「うん、わかってる。行ってらっしゃい」
桜花に見送られ、9Vスパークはひとり体育館へと向かう。
そして9Vスパークは屋根の大きな窓から中の様子をのぞく。
集められた生徒や教師は真ん中に集められ、その周囲にはガレージやデスガレージがいた。その前方には機人。胴体にはエアコンのようなものが見える。みんなが両手を抱え、寒さを堪えているように見えていることから、もしかして機人はみんなの体を冷やしているのかもしれない。
位置を確認した9Vスパークは窓ガラスを割って体育館に侵入する。
「誰だヒーエ?」
割れた音に気づいた機人が声をあげる。
侵入した9Vスパークを冷気が包む。いくら夏場とはいえ下がりすぎた室温は体に毒だ。長時間、これにあてられていたみんなは大丈夫なのだろうか。
回転して9Vスパークは着地。近づいてきたガレージを蹴飛ばして、
「吼えろ電圧!!」
ポージングをとって「9ボルトォオオオオ! スパーク!!」と名乗りをあげる。
「ヒエ? カンデンヂャーは三人に戻ったのではなかったヒエ?」
「残念。すぐに四人に戻ったんだ」
9Vスパークは駆ける。
向かったのは機人ではない。近くのガレージたちだ。
「逃げて」
瞬時にガレージたちを倒した9Vスパークは近くの生徒に叫ぶ。
生徒は戸惑いながらも先生たちの誘導に従って逃げ出す。
捕まった生徒はこれで安心だろう。逃げる生徒を捕まえようとするガレージを殴りながら機人へと近づく。
「ヒエエエエ! 我輩の計画があああああヒエエエ!」
「いつも思うけど、機人の計画ってよくわからない」
ぼやきつつ9Vスパークは機人の間合いに入る。まあ何が目的だろうと9Vスパークは悪の組織と戦うだけだ。
「スタンブレイドっ!!」
剣を出現させて、すぐさま切り込む。エアコンの胴体を切り裂くが絶縁体まではやはり切り裂けない。
――やっぱり、必殺技の出番か。
スタンブレイドを引き抜き、一旦距離を取る。
「ヒエエ! 結局、カンデンヂャーは今の我輩たちには勝てないみたいだヒエー!」
「残念だけど、今の僕は一味違うよ」
「ヒエエ! なら一味違う我輩、冷風機人ハラヒーエの力もお見せしてしんぜようヒエー!」
「シビれさせてやる!」
ひとりと一体がアクションを起こしたのはほぼ同時。ハラヒーエは斬られた胴体から放出している冷風を強める。冷風というよりも凍風と化した風が体育館の廊下を凍らせていく。
対して、9VスパークはL.E.D.のスイッチをもう一度押す。するとL.E.D.のスイッチがあった部分が9ボルト電池の電極のように変化。それを柄頭にあるスタンガンへとはめる。
そのスタンガンも電気が流れる部分は9ボルト電池の電極のようになっているため、結合するのだ。
一体化したスタンブレイドに変化が現れる。音でも確認できるように、ジリジリ、ジリジリ、と高圧電流がスタンブレイドの刃を渦巻いていた。
「サンダーリベレイション!」
距離があるにも関わらず、9Vスパークは一閃。
振りかぶられた刃から枝分かれした稲妻がほとばしる。ハラヒーエは繰り出した技を中断し、それを避けようとしたが逃げ場はない。八岐大蛇のような電撃は絡みつき、クモの巣のように標的を逃がすことはなかった。
命中した瞬間、ハラヒーエは体を震わせ――倒れた。爆発はしない。
高圧電流が、強化した絶縁体をも焼ききり、ショートさせたのだ。
「倒……した……」
倒れたハラヒーエを見て、起こったのはふたつのこと。
体育館の外に出てもなお様子が気になって覗いていた人質の歓声と、絶縁体の強化によって楽勝ムードだったのにそれを覆されたガレージの悲鳴。
相反するふたつの声が周囲を包み込む。
「やったわね、9V」
振り返ればそこには桜花がいた。
「当然だ、僕はヒーローなんだから」
今度は後悔しないように格好良いセリフをはいておく。
「でも、これで終わりじゃない。仲間が待っているから」
「うん、わかってる。町のみんなも救いなさいよ、ヒーロー」
「任せとけ。何度ピンチが訪れようとも、僕が何度だって助けてやる」
幼き日の口癖を呟いた9Vスパークは人質だったクラスメイトの注目を浴びながら去っていく。
「桜花……あんた、あのヒーローの知り合い?」
ヒーローに気軽に話をしていた桜花に友人がおそるおそる尋ねた。
「ああ、あいつは昔から知ってるヒーローなの」
そう言う桜花は妙に誇らしげな顔をしていた。
次郎花は機人を振り切れずに、困惑していた。
敵対するのは精米機そのものにしか見えない精米機人モミヌッカー。農家から盗み出した稲を自身で精米し、それを飛ばしてくる。米自体は当たってもそんなに痛くないが何度も当てられたらムカつくし、道に落ちた米はスタッフも美味しくいただけない。
なんとか倒したいが、やはり強化された絶縁体には太刀打ちできない。しかもL.E.D.の電池が切れて変身は解除されていた。それでも逃げ切れるかと思ったが小走りで追いかけるモミヌッカーを振り切れずにいた。
そんなとき、次郎花の<i-am>に着信。
――なんでこんなときに。
そう思いながらも送信者を確認する。
「光輝!?」
書かれていた名前に驚く。
モミヌッカーに追われる今、電話を取るか迷ったが、自分が再三電話しても出てくれず、伴の電話でも今日の侵攻作戦を断った光輝が自ら電話をくれたのだ。
出なくてどうする。
「どうしたの、光輝?」
なるべく平常心で次郎花は電話を取った。
『あ、ジロウさん。繋がって良かった。昨日の電話無視してごめんなさい』
「いや、それはいいよ。それよりも何?」
『今、どこにいますか?』
「市役所の近く。機人が出現した場所のひとつだよ」
次郎花は言いつつ振り返って、モミヌッカーがいまだ追跡してきていることを確認する。
『なるほど……、で機人は倒せました?』
「お手上げだね。変身も解けたから大ピンチだよ」
相変わらず次郎花のあとをついてくるモミヌッカーの姿を確認して次郎花は少しだけ嘆息する。予備の電池を忘れたのが自分らしからぬミスだ。光輝の離脱に思ったより動揺していたらしい。
『だとしたらなんとか僕が指定する位置まで誘導してもらえますか?』
「どうする気だい?」
『僕がやっつけます』
「キミが……どうや……」
そこまで言って次郎花はあることに気づいて少しにやつく。
「もしかして9Vスパークに?」
『はい。僕はまた戦います』
その返事に次郎花は戦闘中だということを忘れて嬉しくなった。光暉が退院して電光基地で9VスパークのL.E.D.を手にしたとき、突っぱねてよかったと思った。もっとも光暉も出動する際に自分を置いていけだの言って変身を拒んでいたから、もとより光輝にL.E.D.を渡すつもりだったのかもしれないが。
「オッケー。じゃ、協力するよ。どこに行けばいい?」
『<i-am>に送るんで確認してください』
「わかったよ、で伴や寧色には電話できるの?」
次郎花は気を利かせてそう尋ねる。
『ええ、寧色さんにはすごく怒られそうですけど、僕がしないと』
光輝は次郎花の言葉には甘えず、はっきりと自分の意志を告げる。
「うん。まあそうだよね。言っとくけどこれでもボクも怒ってるからね」
『……そりゃそうですよね。ごめんなさい』
「まあ、けどボクはキミが戻ってきてくれて嬉しいって気持ちが勝ってるけどね」
それじゃ合流地点で会おう、そう言って<i-am>を切ると、モミヌッカーがすぐそこまで迫ってきていた。
「待つヌカー!」
「待たない。というか少しばかりついてきてもらうよ」
聞こえるか、聞こえないかというような声で次郎花は呟いて、走る速度をあげた。疲れているはずなのに、その足取りは速い。それにさっきから嬉しくてにやついてばかりだ。
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