第41話 僕が9ボルト(6)
透明な自動ドア越しに中を覗くと基地は閑散としていた。いつも笑顔を向けてくれるお姉さんもいない。
そういえば朝方、伴が移動基地に全員が乗っていると言っていた。
となれば全員が出払っているのだろう。
――失敗したな、これじゃあ入れない。
そう思いつつ、自動ドアを動かしてみる。
するとロックされているはずのドアが開いた。
――誰かが侵入したのか?
足音を鳴らさないように注意しながら周囲を警戒、慎重に歩を進めていく。エレベーターは三階でとまっている。移動基地がどこに格納されているのか分からないが、出動に電気自動車も使っているのなら、エレベーターは地下一階にとまってなければおかしい。
――間違いない。誰かがいる。
階段を使って三階の司令室にたどり着いた光輝は、ゆっくりと司令室をのぞく。
が司令室は一段低い中央のフロアを除き周囲にはスパコンに匹敵する精密機器がひしめいているため、それが障害になってここからでは誰がいるか確認できない。そもそも誰もいないのかもしれない。他の場所を探してみるか、そう考えたときだった。
ガサゴソとなにやら物音がした。
――誰だ?
光輝は物音を立てないように静かに移動した。少し進めば中央のフロアならある程度はのぞくことができた。
コンピューターの隙間からその正体を確認する。
「縁さんが、なんで……?」
思わず声が出て視線が合う。
縁がこちらに近づいてきたので、光輝も立ち上がる。
「どうしてぇ、光輝さんがここにぃ?」
相変わらずの間延びした声だが、そこには鋭さが含まれていた。
「そっちこそ。みんな、移動基地で<奇機怪械>を攻めているはずじゃ……」
光輝が尋ねると、縁は首を横に振り、
「それは違いますぅ。攻めようと思ったら<奇機怪械>の機人が町中に溢れたのでぇ、みんなそれの対応に当たってますぅ」
「それだったら、なんで縁さんはここに?」
「えっとぉ……」
桜花は少し考えるようなそぶりを見せて、閃いたように言った。
「移動基地で転んだらぁ、色んな機材が壊れるからここにいろってぇ、桃山さんがぁ」
一瞬、それに納得しかけた光輝だったが、
「それは違うな」
光輝の後ろから現れた男の声がそれを否定する。
「光暉さん……」
「久しぶりだな。少年!」
光暉は再会を喜び、にこりと笑う。
「それより……」
突然の登場に驚いた光輝だったが、我に返り「違うってどういうことですか?」
「分からないのか? それともわざと分からないふりをしているのか?」
ずいぶんと回りくどい言い方だった。けれど光輝にだってなんとなくは分かっている。
「まあ折角の登場なので言わせてもらうが留守番を言いつけられたなら、入り口の自動ドアも起動しているはずだ。もちろん、司令室のモニターもな」
光暉の言うとおりだ。それに基地にいろと言われたとしても桃山が何か仕事を与えているはずだ。なのにパソコンもつけずにこそこそと何かをしていたのだから縁の言ったことは嘘になる。
「それにオレは知ってるんだよ。移動基地に入れなかった人員は今日は休み扱いだってね。だとしたらキミはいったい、誰なんだ?」
光暉は指摘する。
「私は縁縁縁ですよぉ」
「名前を聞いたわけじゃない。キミがどんな名前でもいいんだ。オレはお前の正体を尋ねている!」
「何のことですかぁ?」
「とぼけるつもりなら、こうだ!」
光暉は銃を取り出しすぐさま引き金を引く。
放たれたのは電気のビーム。
それを縁は目にもとまらぬ速さで避ける。
光暉は撃った直後にグリップからマガジンを取り出す。そこに入っていたのは電池。
「それは……?」
「あの子の正体よりこの銃を気にするのか? キミらしいな。これは電池銃だ」
そう、それは普通の銃ではなかった。
電池内の電流に含まれている電子。それを空間に放出及び加速させ電子レンズを通して、ビームとして照射する。電子銃ならぬ電池銃だった。
「オレが作った。入院中、暇だったんでな」
付け加えるように言ったその言葉に光輝は驚く。
「おいおい、オレは9Vスパークの開発にも携わっているんだぜ? 言わなかったか?」
聞いてないです! と光輝が叫ぶ前に
「女の子にそんなものを向けるなんてぇ、危ないじゃないですかぁ!」
縁が高笑いする。
「いい加減、正体を見せたらどうだ? 避けてしまった以上、言い訳はできないぞ」
「ウフフフ、アハハハ」
縁の声で笑ったあと、変化が起こる。
縁の体がコピー紙に変わった後、それがしわくちゃになり、それが膨れていく。
そして現れたのはコピー機。腕と足はスキャナーで成り立っている。
「こんなことでばれちゃうなんてぇ」
コピー機のフタがカパカパと動き、縁の声を真似する。
「ぼくは複写機人コピッペス。ハツディーン支部長の命令でスパイの任務を仰せつかっていたッピー!」
「いつから縁さんに成り代わっていた!! いやそもそも縁さんは存在するのか?」
勢いよく叫んだものの、疑問にぶち当たる光輝。
「いるッピー。そもそもぼくは存在するものをコピーして自分にペーストするッピー!」
その疑問をコピッペス自らが解決してくれた。
「じゃあ、その能力を使って縁さんに成り代わっていたのか……」
「そうだッピー。最初から最後までお前らときたら気づかないから間抜けだッピー!」
「ということは……」
縁が就任した最初から縁はコピッペスだったということになる。
「伴さんに苦情を見せたのわざとで、昨日の作戦がばれていたのも、あの動画もお前のせいか」
「その通りだッピー。まんまと振り回されてくれてラッキーだッピー」
「ということは今日の仕業もお前のせいか……くそっ!」
「それをここでバラしても平気ってことは、オレや少年をここから逃がさないってことでいいのかな」
「そうだッピー!」
「やれやれ……どうする、少年?」
「もちろん、倒して連絡しなきゃ……」
「だったら、これを使え!」
「これは……」
光暉が投げたのはL.E.D.と9ボルト電池。
「ここにきたってことはそれを取りに来たってことだろう? 初期化されたままだ」
「けど……なんで……光暉さんが使うはずじゃ……」
「使おうと思ったが、女性ふたりにそれはオレではなくキミのものだときつく言われてね。キミがそんなにモテているとは思わなかったな。それに女性に言われたらその通りにするのが紳士だと思わないか?」
「だから、光暉さんもここにいたんですね」
「いや、移動基地に全員が移動した時点で追い出されたよ。それでこの基地の近くで待ち伏せしていたらついついうたた寝してしまってね。で目覚めたらびっくり、少年が基地のなかに入っていたんでね、急いで追いかけて今に至るわけだ」
「なるほど……」
出会ってから日は浅いが、光暉らしい理由だと納得する。
「ありがとうございます」
お礼を言いつつ9ボルト電池をL.E.D.へとはめる。
「変身はさせないッピー!」
「おいおい、変身は黙って見つめる。それが特撮、職業を問わずヒーローものの王道だろ?」
光暉はつまみを弄って電池銃を放つ。
つまみを弄ることで電池銃は連射を可能とする。その代わり、ビームの威力が弱まってしまうデメリットがあるが、連射できたほうが威嚇はしやすい。
「電池変身!」
黒い光が光輝を包む。衝撃波をともなって光が消えると同時に銀色のスリーブレスのTシャツを着込んだような黒い全身タイツが光輝を覆う。
腰から踝にかけて三本ラインが肩から手首にかけてラインが伸び、黒いフルフェイスマスクが光輝の顔を覆う。そこからV字のマスクプレートが出現。
両肩に9ボルト電池の電極のような肩パットが装着される。
Battle
Attachment
Tabard of
Tactics
Electics
Raid
Yare
完成とともに初めて装着したときに表示された文字がマスクプレートに表示され、《B.A.T.T.E.R.Yシステムスタンバイ状態。初回起動にはコードの音読が必要です》とアナウンスが流れる。
「9Vスパーク!!」
最初の頃とは違う力強い声がマスクのなかに響いた。
《初回起動コードを認識。市民データベースから音声データを参照し、吾妻光輝と断定。吾妻光輝をスーツ使用者として認定します》
そしてすぐさま動き出す。
<SEMIAUTO>に瞬時に切り換えた光輝は9Vスパークとなって電光石化のごとくコピッペスに襲来。
倒せると自負していたコピッペスだったが、それが油断で命取り、「スタンブレイドっ!」瞬時に出現させた稲妻の剣がコピッペスの胴体を切り下ろす。
この時まで失念していたことを光輝はいまさら気づいた。今の機人は絶縁体が強化されていて、スタンブレイドではショートしない。
けれど光輝の振り下ろしたスタンブレイドはコピッペスの導線を全て切り裂き、そこから流れた電流がコピッペスをショートさせていた。爆発はしない。
「どういうこと?」
「何がどういうことなんだ?」
「昨日の機人たちは絶縁体が強化されていてショートさせることができなかったんです」
「なのに、こいつはできた。それが疑問だとそういいたいのか?」
光輝がうなづくと光暉は言った。
「そんなのは簡単だ。こいつはスパイだったんだろ、ということはずっとこの基地にいて、バージョンアップさせる暇がなかったんだろう」
それは光暉の推測でしかなかったが、確かに縁はほとんど基地にいたような気がする。
「そういえば、本当の縁さんはどこにいるんでしょうか?」
「知らん。だが殺されてはいないはずだ。<奇機怪械>は人を直接殺すような悪の組織ではないからな。どこかに監禁されている可能性が高い」
「なんでそんなこと知っているんですか?」
「それは当然、ヒーローオタクだからだ!」
そう高らかに宣言する光暉を光輝は思わず尊敬してしまう。
ヒーローオタクのなかにはとてつもなく職業ヒーローや悪の組織に詳しい人がいると聞いたことはあったが、よもや光暉がそうだとは思いもしなかった。
「で、どこか監禁場所に心当たりはないか?」
「あるわけな……」
いじゃないですか、続くはずだった言葉は心当たりを思い出してとまる。
「あったようだな」
「ええ、前に保育園児が捕まっていた場所があります」
「どこだ?」
「今送ります」
<i-am>を取り出した光輝はその建物があった場所を指定し、光暉の<i-am>にデータを送信する。
「なるほど、ここか」
その場所は以前、頼明が監禁されていた民家だった。その位置を確認しながら光暉は<i-am>を操作。ここからそこまでのルートを表示させる。
「ここにはオレが行こう。少年は他のカンデンヂャーにこのことを伝えて、機人を倒しに行け」
「分かりました。ありがとうございます」
光輝は感謝しつつも弱音を吐いてしまう。
「でも……友人に背中を押されて飛び出してきたものの、今の機人は今の僕じゃ倒せない」
光暉にすぐ弱音を吐けるのは9Vスパークに初めてなったときに後押ししてくれたからだろうか。
光輝はまた光暉に後押ししてほしいと思っていた。光暉はそれを決して突き放したりしない。光輝に9Vスパークになれと勧めたのは自分だし、成長を続ける少年がより成長するためのヒントを自分に求めてくれるのは大変に嬉しいことだった。
「少年、オレは少年の戦いの記録を見て、ひとつ思ったことがある。なぜ、必殺技を使わない?」
「……ひっ、さつ……わざ?」
光輝は言葉を失った。
――必殺技ってなんだ?
「そんなものがあるんですか?」
「むっ。知らなかったのか。説明書に書いてあっただろう?」
「いや、説明書とかもらってないですし」
「……そういえばそうか。渡した覚えはないな。いやてっきり少年は他の誰かから説明書をもらったと思い込んでいた」
それなら話は簡単だ。続けて言った光暉は<i-am>を操作して9Vスパーク取説と書かれたデータを光輝へと渡す。
「そこの45ページ目、必殺技についてを読め。使い方も簡単だからすぐにものにできるはずだ」
思わぬ方法で必殺技を手に入れた光輝。こんなにあっさり手に入っていいのかと少し思ってしまうものの、なんであろうと新しい力が手に入ったのは事実だ。
「行けよ、ヒーロー」
ヒーローのような男が光輝を促す。光輝はうなづいて、電光基地を出る。
「さあて、オレも囚われの少女を助けに行くか」
ヒーローの少年を見送った光暉は少し遅れて基地を出た。
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