第39話 僕が9ボルト(4)

 夕刻、電光基地に戻ってきたカンデンヂャーとグレイスを迎えたのは司令室の巨大モニター一面に再生された先ほどの戦いの映像だった。

「くそっ、なぜ消えない」

 桃山が表示されたモニターを見ながら手前のキーボードを打鍵するが、映し出された動画は消えることはない。

「なんだよ……これ……」

 先の戦いがただ表示されているだけなら誤作動といえたかもしれない。

 しかし流れる映像にはいわゆる弾幕と呼ばれるほどに右から左へと文字が流れていた。

 なぜ平穏を乱したのか、なぜ攻めたのか。侵攻を前もって連絡しないなんて迷惑だ。訴えてやる、などなど。そんな誹謗中傷で埋め尽くされている。良かれ、と思って初めて侵攻してみたが住民にとっては守るだけで良かったらしい。

 しかもコンピュータウイルスが潜んでいたのか、操作は不能で、閉じることすらできない。

「おそらくこの動画はマルデーキが撮ったものだ。キミたちが侵攻を始めたときから、ずっと流れ続けていた。生放送だ。キミたちが退却してからは、リピート再生している」

 その間にもコメント数は増え続ける。

「コメントは気にする必要がない。どうせ、敵の陰謀だ」

「まあそりゃそうよね。この手のサイトは誰でも何回でも書き込めるし」

「運営に電話したんだが確認しますとしか言わないから、こちらで何か策を練らなければ」

「けど、さすがにこの数は堪えない?」

 次郎花は疲れた顔色でモニターをずっと見ていた。コメントは今も増え続けている。

「こんなのってない……ですよね……」

 光輝も少し泣きそうだった。

 コメントの弾幕の隙間からカンデンヂャーの退却する姿が映され、画面から誹謗の嵐が消え去る。

 次に映し出されたのはリピート動画ではなく光輝の見知った場所だった。

 誰が撮影しているのか分からないが、光輝の通う高校の映像が映し出された。

 夕日が画面に映ったことから生放送の可能性が高い。その後、生徒がズームで映し出される。

 ヒーローと悪の組織が戦いを始めると出現地域から定められた範囲では避難が始まり、出入りが規制される。警察と保全部が協力して、交通規制も始まる。

 どうやらその生徒は中断していた部活を始めようというところで話しかけられたようだ。その生徒は少しだけ嫌な顔をしたが振り切れずに観念してインタビューを受けるようだった。

 光輝は少し驚いてしまう。そのインタビューを受けているのが、クラスメイトだったからだ。

 何を尋ねているかは画面の下に文字として表示されている。

『Q.戦闘によって部活が中断されたのはどう思いますか?』

「いや、なんていうか少し迷惑ですよね。戦闘地域っていうんすか、あれが近くなたびに中断して避難しなきゃならない場合もあるでしょ。面倒くさいったらないっすよ」

 回答だけは肉声で電光基地内に響いている。身近な人からの言葉に光輝は強く胸を締めつけられる。

『Q.実は今回の避難は全地域で行われたもので、原因はカンデンヂャーにあるんですがどう思いますか?』

「はっ? 何が原因なんすか?」

『〈奇機怪械〉……ええと悪の組織ですね、そこにカンデンヂャーが攻め入ったんです』

「へぇ……。ってことは倒しちゃったりなんかして、もう中断とかなくなるんすか?」

『いえ、退却したので中断はなくなりませんよ』

「うへぇ。それはうざいっすね」

 げんなりした顔がモニターに映し出される。

「……」

 同じクラスでともに勉強をしていた仲間の言わば本音に光輝はとてつもなくショックを受けていた。

 光輝は誰に知られなくとも、この市の平和を守ってきたつもりだった。苦情があることは、伴の件で知っていたし、自分が描く理想と現実が違う事だってすでにわかっていた。

 けれど、まさか自分のクラスメイトからこんなことを言われるなんて思いもしなかった。

 もっともクラスメイトは自分が9Vスパークであることを知らない。天候や人身事故で電車が止まったときに愚痴るような感覚だ。

 それからも延々とインタビューが流れていく。もしかしたらあらかじめ作られた、映像かもしれない。

 そうだとしても、光輝が受けたショックは計り知れない。

 自分でもわかるほど顔が蒼白になっていくのがわかった。

「キミはもう見ないほうがいい」

 それに気づいた次郎花が言葉を投げかけると、光輝は生返事でふらふらと階段のほうへと歩いていく。

 階段をくだり、声が聞こえなくなったあたりで光輝は座り込み、がっくりと肩を落とした。

 ――今まで自分がしたことは……

 頭によぎった言葉を、かき消すように頭を振る。

 それ以上は考えてはいけない。

 それから光輝は、誰かが――次郎花あたりが慰めにくるかもしれないと考えた。

 だから光輝は立ち上がる。

 L.E.D.を座っていた階段に置いて電光基地を出た。誰にも出会わなかったのは幸いだ。

 基地を出ると光輝は走った。速く、疾く、迅く。

 何もかも忘れるように。

 けれど家についてベットに寝転んだ瞬間、モニターに流れた光景がまざまざとフラッシュバックした。

「うわあああああああああああああ!」

 何度も何度も、頭を掻いて悶えて、叫んだ。

 それから唇を噛み締めて、声を出さずに泣いた。

 これが最後だと思うと悔しくてたまらない。

 <i-am>が鳴る。次郎花からだ。

 ずっと無視し続けているとやがて止まった。

 しばらくしてまた<i-am>が鳴る。今度は寧色だ。

 次郎花のときよりも長く鳴り続け止まる。がすぐにまた<i-am>が鳴る。次は伴かと思ったらグレイスだった。

 電源を切って、煩わしい音を切る。誰もが心配してくれている。

 ――でも、僕はもうヒーローなんかじゃない。

 もっと悔いなく終われると思っていた。こんな最終回、特撮ヒーローでだって見たことない。

 光輝は嫌になって目を閉じた。

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