第38話 僕が9ボルト(3)

「「「「電池変身!!」」」」

 車から降りた四人は叫びながらオマエノ電機の横、真加家へと向かった。

「手はずどおり、まずは事務所に行く」

 確認のようにレッドは三人につぶやく。

 三人は無言で呟き、塀をよじ登って真加家へ侵入。あとはゆっくりと近づき、正面の玄関から堂々と突破する。とはいえ奇襲に対応できず不意打ちを喰らうかたちとなる<奇機怪械>は驚き戸惑うことになるだろう。

 先制攻撃をしかけるべく、カンデンヂャーは一気に扉を開け、突入する。

真っ直ぐと続く廊下を抜けると、そこが事務所だ。

忍び足で廊下を駆け抜け、事務所に侵入した、その瞬間、目を見開いたのはカンデンヂャーのほうだった。

「久しぶりソー」

「今度こそ、勝つグルマー!」

「ビデェビデェビデェ! ドッキリ成功ビデェ!」

 眼前にはかつて倒した三体の機人――掃除機人スイコーメ、扇風機人グルマワール、映写機人マルデーキがいた。

「待ち伏せだと……?」

「なんでよ!?」

「情報がバレていた、ってこと?」

「僕たちと同じで<奇機怪械>もboyaitterやfaith bookで情報を得たってことでしょうか?」

「どうだろね。けど今回のことは秘密だったはずだよ。市民にだってバレてない」

「でも今、バレてますよ」

「あー、もう。そんなんどうだっていいわ。とっとと倒すわよ」

 カンデンヂャーが三対の機人へと間合いを詰める。

 ――瞬間、背後から噴射された漂白剤がカンデンヂャーを襲い、それを洗い流すように熱いお茶が追撃する。

「あっつう!」

 突然のことに悲鳴をあげるイエローが振り向くとそこには

「裏切り者発見だドドー!」

「チャーチャー!!」

 綺麗好きの洗濯機人ヨゴトリーと、味方には茶々を入れない給茶機人チャチャイレロがいた。

「機人が五体も……」

「どうなってんのよ、というかめっちゃ狭い!」

「グワハハハハ! 一度外に出るしかないようだな!」

 敵の事務所ということでお構いなしにレッドはブリッツハンマーを廊下の壁に叩きつけた。隣の寝室まで道ができ、さらにそこの壁を解体業者のように壊して外に出る。

「ビビーッ! あそこだっビー!」

 玄関で待ち構えていたらしい無線機人B・Bトバッスが大きな物音を感知して、レッドたちを見つける。

 B・Bトバッスの周りにはガレージとデスガレージがいた。

 真加家内部にいた五体の機人はレッドが開けた穴から、カンデンヂャーを全員が同時に追いかけようとして、結果スイコーメとヨゴトリーがその穴に同時に挟まって動けなくなっていた。

『ココ』『を』『せ』『め』『用』『とは』『E』『読経』『だ』

 B・Bトバッスの声に反応して、地下へと続く階段のある倉庫から現れたのは音響機人ラジカ・セレコ。

「最凶ボクチンもいるよー」

 すでにパネルに『9』を8個つらねた電卓機人スー・ジタタックが屋根からカンデンヂャーを見つめる。

「ワタクシも、ワタクシも、おり、おり、ます、ます」

 大小さまざまなボイスレコーダーを組み合わせたような録音機人ボイ・コーダもどこからともなく姿を見せた。

 事務所内の機人も合わせて総勢九体が姿を見せていた。今までにカンデンヂャーが倒した機人の数はゆうに百体を超えるが、同じ機人が出てきたことはなかった。ここで同じ機人が出てきたのはネタが尽きたのか、それとも優秀と判断された機人がリサイクルされたのか、その判別はつきかねるがなんにしろ厄介なのは変わらない。

「なんて数よ……」

「信じられないけど、情報が漏れていたのは確実みたいだね」

「グワハハハハ、なーに倒せば済む話だ」

 レッドの楽観的な発言に9Vスパークは拳に力を込める。その言葉が希望的観測ではなく実現可能のように思えた。

「行きましょう」

 9Vスパークは駆け出した。

 ガレージたちの隙間を巧みに進み跳躍。ガレージたちの肩、頭を踏み台にしてさらに高く跳ぶ。

「まずはお前からだっ!」

 経験上、どの機人が厄介であるか9Vスパークはわかっていた。

 だからこそ真っ先にその機人を狙う。

 向かったのはB・B・トバッス。

 悪電波により、気絶したガレージを操るその機人を倒さなければいつまで経ってもガレージの数が減らない。最悪、倒したほかの機人も操る可能性だってある。

『やら』『狭』『千四』

 それをさせまいと同じく跳んだラジカ・セレコだったがライトニングウィップに足を絡められ9Vスパークのもとへとたどり着けない。

「最凶ボクチンキーーック!」

 代わりに超高速で跳んだスー・ジタタックの自称最凶キックが9Vスパークに襲いかかる。

 すんでのところでレッドが強烈なパンチを放ち、その軌道を逸らす。

「グハハハハ、オレ様のパンチが勝ーつ!」

 最凶が強烈に敗北した瞬間を目の当たりにしたガレージのひとりがなぜか落ち込んだが、それは別の話。

 軌道を逸らされたスー・ジタタックはすぐにレッドに『AC』を押され、表示された数値が0となる。

 瞬間、青空を飛んでいたカラスからのフンがスー・ジタタックに直撃。同時にレッドのブリッツハンマーによって吹っ飛ばされ、屋根の上に落ちたスー・ジタタックは重力に逆らって転がりながら屋根をのぼり、回転が止まったところで重力に従って屋根から転がり落ちた。

「だが、だが、ワタクシは、ワタクシは、とめられまい、とめられまい!」

 ラジカ・セレコ、スー・ジタタックの代わりに9Vスパークのもとへとボイ・コーダが向かう。どうしてもB・B・トバッスのもとには行かせないつもりのようだ。

 瞬間、イエローが振り下ろしたエクレールランスがボイ・コーダをはいつくばらせていた。

 三体の邪魔を三人の支援が阻害し、9Vスパークは、B・B・トバッスのもとへとたどり着く。

「スタァアアアアアアアアアン、ブレエエエエエド!」

 L.E.D.から顕現させた武器名を叫び、B・B・トバッスめがけて切り下ろす。

 無線機の顔が不敵に笑ったような気がした。

 胴体を切り裂き、そこに電流が流れる……はずだった。

 しかし電流は何かに遮られ、9Vスパークは蹴り飛ばされた。

 その異変を他の三人も感じ取っていた。

 電流の鞭に足を絡めたラジカ・セレコが、電気の鎚に跳ね飛ばされたスー・ジタタックが、電撃の槍に叩き潰されたボイ・コーダが、どの機人もが攻撃と同時に電撃を加えられたはずなのに感電もせずに立ち上がった。内部回路に異常があるのならともかく、見た目では何も異常がないような状態で。

「どういう……?」

 言葉を紡ぎ切る前にB・B・トバッスの拳が飛ぶ。回避した9Vスパークは退路を阻むガレージをスタンブレイドで追い払い逃げる。

 ――わけがわからない。

 いつもならこれで機人はショートして、倒れるはずだ。けれどそうならない。

 ――切り換えろ。分析しろ。

 いつも通りではない状況に混乱しつつも冷静になるように務める。

「ブリッツヴィアベル!!」

 9Vスパークは襲ってくるガレージを蹴散らしながらそちらを見やる。

 電撃の蛇がラジカ・セレコの右足を射抜く。けれどラジカ・セレコは以前のように右足を外して感電を回避しなかった。

「ブリッツシュラーク!!」

 イエローの必殺技も同様にボイ・コーダの腕を貫いただけで感電はしていない。

「アイアンサンドチャァァアアアジ!」

 レッドが叫びハンマーを振り回すが何も起きない。さすが敵の本拠地というべきか、レッドが必殺技を使うのに必要な砂鉄が真加家の庭には一粒もなかった。砂鉄を電磁砲と化して打ち出すレッドの必殺技は他のふたりより強力な分、対価が必要だった。

「グワハハハハ、ピンチだな!」

 レッドが近くにいたガレージをジャイアントスイングしながら笑う。その光景はピンチのようには見えない。

「笑ってる場合じゃないでしょ!」

 やつあたりするようにイエローも横薙ぎの槍でガレージを大量に投げ払った。

 無言のブルーもイラついているのか若干振るう鞭に力がこもっていた。

 だが、ガレージは倒れても、B・B・トバッスに操られて立ち上がる。

 さらに穴に挟まっていたスイコーメとヨゴトリーが外に出てきた。後ろにはグルマワール、マルデーキ、チャチャイレロが続く。

「これじゃあ、キリがない」

 泣き言をこぼしながらも9Vスパークは剣を振るいガレージを倒すがその数は全く変わらない。むしろ地下からの増援により、増えているようにも見える。

 機人がパワーアップした秘密がわからないとこの状況は打破できないだろう。

 9Vスパークはガレージの間をすり抜け、後方に下がったB・B・トバッスへと向かうが、茶々を入れるようにチャチャイレロが進行の邪魔をする。

 9Vスパークは速度を活かした華麗な踏み込みで邪魔をしにきたチャチャイレロに一撃。あまりの巧みさにチャチャイレロは茶々も入れられない。右肩から胸にスタンブレイドが食い込み、中の回線に絡まって停止。間髪いれずに電気の奔流がほとばしるも、チャチャイレロには通電しない。

 スタンブレイドを胸から抜きながら9Vスパークは切り口から内部を観察。

 そして変化に気づいた。

 ――回路の導線のゴムが破れていない。

 回路というのは簡単に言えば電子を運ぶ導線――つまり導体に、それを覆い外部からの電流を避ける絶縁体――ゴムやビニルテープを巻いてケーブルとし、それをコンデンサなどと結びつけることで、電機を電機として扱っている。機人も電化製品が魔改造されて生まれた存在である以上、回路で動いているという構造は変わらない。

 カンデンヂャーは絶縁破壊、つまり絶縁体が持つ拒絶量を超える電流を導線に与えることで回路をショートさせていた。

 今回、機人たちがショートしなかったのはその絶縁破壊が起こっていなかったからだ。

 そうなると今回の機人は絶縁体のなかでも拒絶量の高いものを使用しているということになる。カンデンヂャーの電流は乾電池の電圧を元にしている。9Vスパークが使用する9ボルト電池の電圧が最高だとすればそれによって算出される電流を計算し、それに耐えうる絶縁体を開発すれば全てのカンデンヂャーの必殺技を封殺できる。

 9Vスパークは諦めずもう一度、攻める。

 剣を抜いた反動を利用して身を捻り、回転して一突き。

 チャチャイレロの右足を貫くものの、ショートしない。

 どうやら絶縁体の強化だけでなく、ところどころに絶縁体を利用した電気を遮断する仕組みがあるようだった。

「チャーッチャー!」

 9Vスパークの焦り顔がわかったのかチャチャイレロが笑う。

 ――このままじゃ、勝てない。

 あろうことか、そんなことを思ってしまった。

 ――ダメだ、ダメだ、ダメだ。何か、あるはずだ。何か、策が。

 とはいえ、何も思いつかない。

 今まで弱点を突いてきたことによる代償とでも言うのだろうか。

 対策を取られてしまっただけで臨機応変に立ち回れない。

 ――どうすれば、どうすればいい?

 マスクのなかで視線をさまよわせると、ふと『SEMIAUTO』という文字が見えた。

 ――もしかしたら……。

 一縷の望みをかけて『AUTO』へと変更し、チャチャイレロを見すえる。

 ターゲットがチャチャイレロを捕捉。自動的にスーツが動き出す。

 ――やった! これなら!

 スタンブレイドを高速で振り上げたあと、9Vスパークは装着者に多大な負荷を与えながらも振り下ろす。

 ガジジジッ……左肩を切断するように深く入り込んだものの右肩から斬ったときと同じように回線に絡まる。感電しないどころか、その回線は刃すらも通さなかった。

 『AUTO』は最適な行動を取るがそれにも限度がある。

 攻撃を当てるために、避けるために最適な行動を取るだけで相手がこちら側に対して行った策を看破してくれるわけではない。

 ――ダメか……。

 体の負荷を考え『SEMIAUTO』に戻した9Vスパークは落胆する。

 他の三人も懸命に戦ってはいるものの、疲労だけが溜まっていく感じだ。

 気絶したガレージを再利用できる限り、その数は減らない。

「逃げるぞっ!」

 ガレージを吹き飛ばしながらレッドが叫んだ。

 作戦は失敗した。

 だからこその苦渋の判断、選択。

 それはわかっていた。

 ――でも、でも。

 9Vスパークは強く拳を握り締める。

 ――これで、こんなので僕は、ヒーローをやめるのか。

 納得がいかない。こんなの悔しすぎる。けれど契約は契約。

 もう一日だけなんて通用しない。今日の夜にはスーツが初期化される。

 スーツは自分のものではなくなり、光輝はヒーローではなくなる。

「乗ってくだサイ」

 真加家に突っ込むように電気自動車が現れる。

 レッドがハンマーをL.E.D.に収納してガレージの足を掴む。振り回しながら放り投げてガレージをドミノのように押し倒す。さらにガレージを蹂躙するように踏みつけ助手席へと乗り込む。間際、電気自動車を破壊しようとするデスガレージの魔の手を払いのけ、顔面を殴った。

 鞭を振り回してブルーがイエローに合流。槍と鞭の嵐がガレージを払いのけ、機人たちの進撃を阻む。

「スパーク、早く来るのデス!!」

 グレイスからの指示が飛ぶ。

 9Vスパークは無視したかった。

 これで終わり、になんてしたくなかった。

 ここで退却すれば光輝のヒーロー生活はこれで終わりだ。

 また〈奇機怪械〉に侵攻するとしても、このメンバーではない。そこに光輝はいない。

 だから、だからこそ、「イヤだ!」と叫びたかった。

 けれど、この期に及んで言えなかった。

 唇を噛み締めた9Vスパークはやつあたりするようにスタンブレイドを振り回し電気自動車に乗り込んだ。

 荒々しくその場から走り去る電気自動車のなかは対象的に静かだった。

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