第37話 僕が9ボルト(2)

 スー・ジタタックを倒してから数日後の八月三十日。

 光輝がヒーローでいられる最後の日。その日に侵攻作戦が行われようとしていた。

 事の発端は、夏の終わりとともヒーローではなくなると光輝が思ったことによる。

 光輝は終わりが近づくにつれ、このままでいいのか、と悩むようになった。

 光輝はヒーローになって機人を倒し続けた。それで人々の役には立ったものの、けれどそれは職業ヒーローとして当然の仕事をこなしただけに過ぎない。

 それももちろん、大事なことだ。

 けれど職業ヒーローとして大事を成したようには思えない。

 ゲームで喩えるならば……ボス戦。一度でいいから、そういうものに遭遇して活躍してみたかった。

 それが今日、いよいよ叶う。

 時は昨日、<奇機怪械>の機人を倒し基地に戻った光輝が放った一言まで遡る。

「<奇機怪械>を攻めませんか?」

 思いつめたように光輝は三人に言い放つ。「なんで?」とか言われたら精一杯、主張しようと覚悟をしていた。

「ガハハ、言うようになったな」

「いいんじゃない、別に」

「だね」

 けれど理由も聞かずに同意されたものだから、光輝の戸惑いは相当なものだった。

「いいんですか?」

「いいも何も、いい機会なんじゃないの? あんたがいなくなる前に、とは考えていたわよ」

「そうそう。<奇機怪械>の基地は割れてるわけだし」

「ガハハ、確か明日がバイト最終日だったな。だったら準備もあることだし、明日にするか」

 そんなやりとりだけで、今日の<奇機怪械>攻めは決まった。

 決まったら決まったで動きは早かった。

 人事部の青木、経理部の翠山、保全部の赤銅、営業部の黒磯、開発部の村崎、広報部の桃山、司令部のグレイス、各部署の部長が集まり会議が開かれた。

 とはいえ、その会議はわずか十分で終わる。グレイスの口からカンデンヂャーの意向が伝えられ、それを全員が承認。

 すぐさま準備に取りかかった。

 とはいえ人事部、経理部、営業部、広報部はいつもとなんら変わらない。広報部は戦闘時のオペレーターを引き受けているが事前準備は特になかった。

 保全部は回収班を含め、全員が当日の行動を予測して推定被害総額や、救護ルートなどを算出。全員が把握しておくとともに推定被害総額を経理部へと届け出る。本来なら、機人が現れてから撃破するまでにすることだが、今回は侵攻作戦のため、前もってしていた。

 開発部はスーツや武器のメンテナンスをしていた。

 スーツは武器と同様にL.E.D.に収納されている。

 だから当然取り出すこともできた。L.E.D.のスイッチを押す取り出し方は、そのまま装着してしまうため、スーツそのものを取り出す方法は開発部しか知らない。

 明日の侵攻に関して万全を期すため、より丁寧にスーツのチェックをしている。

 スーツは予備がないため、不備があれば明日の戦いに支障が出てしまう。

 会議終了後、光輝たちに村崎は新アイテムができなくてすまないと謝ってきた。

 光輝たちは気にしなかったが、村崎はそうでもなかった。だからこそ、今日よりもより快適に、そしてより強く戦えるようにメンテナンスしようと決めていた。

「今日は不眠不休で行っくよう!」という村崎の声に、開発部の誰もが呼応した。

 司令部は明日の侵攻に不具合が出ないように機器のチェックをしていた。ここで不備があれば開発部に申請し直してもらう必要がある。

 そんななか、部長であるグレイスは週間中年ジャンピオンを読んでいた。

 司令部の面々は呆れつつもそれに何も言わない。白香がいなくなってからやることはやるようになったからだ。

 実は今日も誰よりも早くチェックを終っていて、司令部の仕事が終わるのを待っていた。

 これも白香がいなくなってから気づいていたことだが、グレイスは司令部の全員が帰るまで絶対に帰らなかった。仕事を手伝うことはしなかったが、ミスのフォローはきちんとする抜け目のない上司ではあった。

 カンデンヂャーの面々はレッドを除き、すでに帰宅。明日に備えて思い思いの日々を過ごしていた。

 レッドは相変わらずジムで体を鍛えていた。普通なら燃焼するはずの脂肪は下腹部にずっとついたままだが、筋肉が鍛えることができればいいだけのレッドは特に気にしていなかった。

 そうして作戦当日、光輝がヒーローでいられる最後の日がやってきた。

 電気自動車にグレイス、伴、次郎花、寧色が乗り込み、彼らの後ろ姿をしっかりと見つめた光輝が最後に乗り込む。後ろには作戦開始を見守る他の社員の姿があったが、縁は風邪を引いたため、欠席していた。

「予定通り、車はオマエノ電機に停めマース」

「ああ」

「そこから隣の事務所を制圧。それから地下に侵攻しマース」

 昨日、決めた作戦を告げるグレイス。光輝たちはそれを黙って聞いていた。

 ――必ず、成功させる。

 光輝は強く願った。

 伴たちも同じだ。

 五人の願いを載せた最新技術の塊は、静かに道路を走り、オマエノ電機の駐車場に停まった。

 敵から市民を守るだけだった受け身のヒーローが初めて攻勢に出る侵攻作戦が始まる。

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