I am 9 Volt

第36話 僕が9ボルト(1)

 その日は桃園桜花にとって久しぶりの休みだった。

 夏休みは部活づくめで休みなんてないんだろうなと思っていた桜花だったが、久しぶりに部活が休みと聞いて少し嬉しくなった。

 部活じたいは嫌いではないが流石に連日休みなしだと嫌気が差してしまう。

 満喫したいと思った桜花は久しぶりに街に出ていた。テレビで紹介されている観光地やニュースで見える都会の町並みと比べて弓山市はしょぼい。

 それでも部活ばかりしていたら街に出る機会もないので、思い切って街に出る。

 ただ、ひとりで街に出たのは失敗だった。友人なりを連れて行けばそれなりに満喫できたかもしれない。

 それでもひとりでてくてくと歩いていると、こっちへと男の人が逃げてくる。

「きみも逃げたほうがいい。向こうには怪人がいるぞ」

 怪人じゃなくて機人よ。心の中で訂正した桜花はむしろ向こうに行ってみたくなった。

 向こうには光輝がいる。

 今の光輝はいつも高校では黙って小説を読んでいるような男子で、ぶっちゃけ少し暗い印象すらある。けれどときおり他の男子が話す話題に参加していて、その時の話題というのはいつもヒーローについてのことだった。

 それが分かったとき、桜花はなぜかすごい嬉しくなって、自分だけが光輝がよく喋る話題を知っている、そんな優越感があった。

 けれどそれほどまでに光輝を気にしている理由は自分でもよく分かってない。いや、もしかしたらかつてのあの出来事が原因かもしれない。

 そんな気持ちを内包したまま、高校二年生の夏――つまり数日前、桜花は光輝がヒーローから戻るところを目撃した。

 それは桜花にとって衝撃だった。また光輝の秘密を手に入れた、そんなことを思ってしまい、すごく嬉しくなる。

 けれどまだ光輝が変身して闘うところは見たことがない。妹は学校にいるときに襲われて、光輝に助けられたらしくその状況を今でも嬉しく語っている。もっともその時に助けてくれた男の子と付き合うようになって、桜花にとっては腹立たしい限りだが。

 桜花は光輝が闘っている場面を見たいという欲求にかられ、すぐさま走り出した。

 カンデンヂャーはすぐに見つかる。空中を舞うイエローの姿が見えた。

 桜花が向かったのは弓山テレビ放送。ローカル番組を数多く制作放送するテレビ局だ。テレビ局じたいも風変わりな形をしており、ヘリコプターなどを使って空から眺めるとその造形はGという文字になっている。これは弓山市の職人を紹介する番組で取り上げた大工が劇的なリフォームをした結果で一時期、他局にも取り上げられた。

 その形状からか中庭が存在しており、夜にはバケモノか何かが出そうな雰囲気を持つ庭園が造られていた。ただ手入れはしてないのか草は延びたままだ。

 その庭園でカンデンヂャーは闘っていた。

 倒れていたガレージを踏みつけて、桜花は庭園に入ると生い茂るコバンソウのなかに身を隠す。

 すると桜花が隠れた反対側、鬱蒼と茂るコバンソウを掻き分けながら、9Vスパークが飛び出してきた。

 ――あれが光輝なんだ……!

 そう思うだけで心が躍った。

 9Vスパークが飛び出るのを待っていたのか、電卓の体を持つ機人が木の上から飛び降りてくる。

 木の上から短い足を突き出して蹴りを繰り出した機人だったが、9Vスパークに簡単に避けられる。

 着地したと思いきや、機人はしりもちをつくようにすてんと後ろに転ぶ。

 ――何、あのマヌケ。

 あれだったら自分でも倒せそうだと桜花は思ってしまう。けれどもし少し前の光景を見ていたら、桜花は震え上がっていたかもしれない。

「レッド、やっぱりコイツ、ACを押すと弱くなります」

 転んだ機人を見た9Vスパークの声が響く。

「グワハハ、もしかしたら今まで最弱の機人かもしれん」

 そう言って、レッドが機人の『9』という部分を踏みつける。

「よくもボクチンを踏んだなー!」

 すると機人の頭のパネルに『9』という数値が浮かび上がって立ち上がり、上に乗っていたレッドを振り落とす。

 しかし機人が動き出す前に9Vスパークはが左にある『AC』を押した。頭のパネルの数字が『0』に変化し、すてんとまたもや機人は転ぶ。

「まさか、ボクチンの強さの秘密を見抜いているというのかー!」

「グワハハ、当たり前だろうが!!」

 それが虚勢か本当なのかは分からないがレッドは宣言。

「ガビビン。だからこうも最凶の機人、電卓機人スー・ジタタックであるボクチンがうまく立ち回れないのかー!」

 ショックを受けたスー・ジタタックだが、パワーアップとダウンの仕方がこうもわかりやすい機人はおそらくいないだろう。スー・ジタタックは電卓と同じでボタンを押すとパネルに数値が表示される。そしてその表示された数値が高ければ高いほど強くなるのだ。つまり『AC』、オールクリアを押せば数値が『0』に戻る。

「まだ、倒してなかったの?」

 呆れたイエローとブルーが茂みから姿を現す。実はふたりは同時に現れたもうひとりの機人、録音機人ボイ・コーダを担当していた。ここに来たということはすでに倒したということだろう。

 例年、お盆を過ぎると〈奇機怪械〉は機人を多く出現させるようになる。

 理由は簡単で電器量販店の決算日が八月のため、軒並みこの時期に値下げをするからだ。

 そのため、いつもは盗みしか働かない〈奇機怪械〉だが、この時期に限って、値段の下がった電化製品をわざわざ買い取り、【魔改造】を施して機人を量産する。

「今、倒すところですよ」

 『AC』のボタンにスタンブレードを突き刺しスイッチを入れる。剣先から流れる電流が、スー・ジタタックの体を巡り、内部のマザーボードをショートさせると動かなくなった。爆発はしない。

「じゃ、あとは回収班に任せましょ」

 四人が去ったあとで桜花は少し興奮していた。

 間近で見た9Vスパークの戦いに。

 相手がマヌケだったという印象も拭えないがそれでも興奮していたのは間違いない。

 ――なかなかやるじゃない。

 普段の頼りなさそうな姿を知っている分、桜花は9Vスパークに変身した光輝を少し見直した。

 そんな桜花の<i-am>に着信が入る。

「もしもし」

『あ、桜花? 今ひまー?』

 電話の相手は部活の友人だった。どうやら暇をしているらしい。

「じゃあ今から行くから」

 少しだけの非日常体験を終えた桜花は、そう返事をして日常へと戻っていく。

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