第33話 悩んで、紅(6)

「だから、ハンマーで戦いなさいよ」

 ドリルで抉るように鋭い突きを繰り出すイエローは昨日と同様に拳で殴りかかるレッドに激怒していた。

「ええい、これでいいのだ!」

 豪腕がガレージを吹き飛ばしていく。昨日より動きは素早いが、ブリッツハンマーを使った場合と比べるとやはりガレージを倒すのが遅い。

 イエローもガレージを倒していたが、レッドが拳しか使わないのを見て時間がかかると判断。適当にガレージをあしらってラジカ・セレコに向かおうと決める。

 下桐山の近くにある市営下桐体育館。いつも閑散としており、税金の無駄遣いではないのかと常に議題にあがる体育館だが、今日は賑わっていた。もっともそれは機人とガレージによる占拠というかたちでだが。

 占拠したことに特に理由はないのだろう。目的はあれど、ときには無意味に無差別に恐怖を撒き散らすのが悪の組織というものだ。

 先に内部に侵入した9Vスパークを追うようにイエローは体育館へと入っていく。

 バスケコート二個分の広さを持つその体育館のなかで、9Vスパークはラジカ・セレコとすでに戦闘を開始していた。

 昨日の戦闘で片腕を失ったラジカ・セレコだったが、すでに修復されていた。

「イエローさん、こどもたちをお願いします」

 イエローに気づいた9Vスパークが声を張り上げる。見ればバスケットゴールの下に腰を抜かして座り込むこどもたちの姿があった。逃げ遅れてしまったのだろう。

「ががー!」

 こどもの救出に向かったイエローの前にガレージたちが二階から飛び降りてきた。そのなかにはデスガレージの姿もある。二階は応援席だが外からも入ることが可能のため、イエローを追う途中で二手に分かれたのだろう。

 ガレージだけが相手だったらさっさと倒してこどもを救出できたかもしれない。

 しかしデスガレージもいる。イエローも腕を上げてきてはいるものの、ひとりで倒せるかどうかは厳しいところだ。【魔改造】によって電気に弱いという弱点が付与されたもののその動きは常人を卓越している。9Vスパークはスーツ性能によって、レッドはその超人的な身体能力によって、それに勝ることができるが、そのどちらにも恵まれていないイエローやブルーにとっては若干劣化した機人がいるようなものだ。一対一ならともかく、ガレージも相手にするとなると難しい。

 それでもこどもたちは助けなければならない。舌打ち、イエローはデスガレージへと向かっていく。

 直後、ガレージが入り口からなだれ込んできた。そのなだれから回避するようにレッドやブルーも体育館のなかに押しやられ、結果、さっきまで広かった空間が一気に埋まる。

 レッドやブルーが押しやられたのは、外でガレージと戦っていたときに奇襲をかけてきたデスガレージの仕業だ。

 ブルーはともかく拳で戦っていたレッドも対抗できずに押しやられてしまった。

「ちょっと何やってんのよ!」

 溢れたガレージで視界が狭くなり、イエローはこどもの姿を見失ってしまう。

 バスケットゴールの下から移動することはないだろうが、見えないと不安になる。

「とっととハンマー出して倒しなさいよ」

「グワハハ! 大丈……」

「ぶじゃないから言ってんの!」

「レッド。これはとやかく言っている場合じゃないと思うよ」

「だが……」

 こんな室内でハンマーを使えばどうなるか、レッドには簡単に想像がつく。

 必ず何かが壊れる、いや壊してしまうだろう。

 それを自分が一番わかっている。

 それでもこの状況を打破するためには仕方ないのかもしれない。

 迷った挙句、レッドはブリッツハンマーを取り出しデスガレージの横腹に重い一撃を放つ。

 その一撃にデスガレージは吹き飛び、壁に叩きつけられる。少しだけ壁が軋み、レッドは気になってしまう。そのせいでもうひとりのデスガレージの避けれるはずの一撃を喰らった。

 すぐに体勢を立て直し、そのデスガレージにハンマーを振り下ろそうとして

 ――もし、こいつが避けたらどうなるのだ?

 不意にそんなことが頭を過ぎる。

 もし避けられたら勢いあまったハンマーが体育館の床を傷つけるだろう。そうなれば、また苦情が――

 だからこそ振り上げたまま動きが止まる。

「ガガー!」

 その隙を見逃さずデスガレージの鋸がレッドへと放たれた。

「何、やってんのよ!」

 その鋸を防いだのはイエローの槍。

「逃げ遅れたこどもがいんの! とっとと倒さないと変なトラウマ植えつけちゃうわよ!」

 イエローは言い放ち、デスガレージを突く。震えるこどもをバスケットゴールの下に確認したイエローは、救出よりも先にガレージたちを倒すことにしていた。

 デスガレージは金槌で槍を弾いて回避。ふたり相手は不利と感じたのか後退してガレージを呼ぶ。

「こどもが!?」

「うん。バスケゴールの下」

 レッドの首がそちらへと向けられる。

「救出しなければ……」

「そのためにも、ガレージたちを助けないと。それよか苦情にならないようにするのが先なの?」

「何をバカなことを言っている!」

「でもそのバカなことを気にしていたのはアンタでしょ」

「……むぅ」

 それを指摘されて、レッドは言葉を失う。

 こどもの救出は何よりも優先するべきだ。けれど苦情のことが頭から離れない。それがバカなことだと分かっていても。

 苦情にならないように戦ってこどもの救出できればそれが理想だ。だからこそレッドはそれを目指したいと思っている。

「ほら、行くわよ」

「待て待て」

「何よ、まだ苦情なんて気にしてんの?」

「当たり前だ」

「バカなことじゃなかったの?」

「弱音を吐くつもりはないが、まだ迷っている」

 優先すべきことを優先すればいい。

 レッドはそんな単純なことすら判断できない状態に陥っていた。

「そんなの、あんたが決めなさいよ」

 イエローは答えるまでもないとガレージへと向かっていく。

「どうすればいいのだ?」

 つぶやきつつ、レッドは襲いかかるガレージの頭を掴む。ハンマーは考えるのに邪魔と言わんばかりにL.E.D.に戻していた。

 答えを出すのに夢中でレッドはその掴んだ頭に力を込める。

「いだ、いだだだああああ!」

 圧死寸前のガレージの痛烈な悲鳴。

「すまん」

 レッドは放り投げて、ガレージを解放。超人的な握力で締められたガレージは頭を抑えて悶絶していた。

 レッドはそれからしばらく思考に没頭するように立ち止まっていた。そんな隙だらけのレッドに挑むガレージは当然いたが、ことごとくアイアンクローの餌食になっていた。

「キミもなんだかんだでレッドのこと心配なんだね」

 レッドとイエローのやりとりを見ていたブルーが、ガレージをなぎ倒すイエローに近づいて言った。

「うっさい」

 イエローがこどものことをレッドに教えたのはそれがきっかけになればいいと思ったからだ。けれどレッドの心を揺さぶっただけに終わった。

「もう、放っておくしかないかもね」

「とか言いつつ、実はなんとかしようって思ってるんでしょ?」

 イエローが嘆息するブルーの心を見透かしたように言う。なんだかんだでふたりともレッドのことを心配しているのだ。昔なら本当に放っておいたかもしれないが、光輝の余計なお節介でふたりとも心境に変化が訪れていた。

「お見通しってわけか。けど……」

「そうね。なんだかんだやってみたけど、今はやっぱりこいつら倒すのが優先よ」

 ブルーが言葉を紡ぐ前にイエローが答えを出す。

 ブルーの息づかいとイエローの呼吸が重なる。

 ガレージへと向かう歩みは早足となり、すぐに疾走に変わった。

 ブルーの鞭が飛び交い、イエローの槍が乱れ、やがて重なり嵐となったふたりの攻撃は急激な速度でガレージたちへと吹き荒れる。息の合ったコンビネーションがその戦闘力を何倍にも何十倍にも跳ね上げているのだ。

 レッドが迷い、ブルーとイエローが敵を翻弄する一方で9Vスパークは苦戦を強いられていた。

 スタンブレイドが当たると思った瞬間、ラジカ・セレコは雷のように即応し、回避。

 9Vスパークは舌打ちとともに追撃の刃を放つ。

『む』『だ』『death』『四』

 見透かしたようにラジオから音が流れ、再び避けられる。

 ――どうなっているんだ?

 9Vスパークは昨日にまして攻撃が当たらないことに疑問を抱き始めていた。

 ただ身体能力が高いだけでは説明がつかない。

 ――何か、何かあるはずだ。

 幸い、ナビの力によって自分の思考と切り離してもスーツは動く。そのため、思考に没頭しても、戦闘力を損なうことはない。

 ナビをオートに切り替え、スーツに最適な行動のみを取らせる。一方で光輝は考え始めた。

 なぜ、ラジカ・セレコは攻撃をよけることができるのか。

 スーツが光輝の意志に関係なく動き始める。

 思考するためにオートモードに切り換えたが、実はオートにすることで攻撃が当たるかもしれないという密かな期待もあった。

 人体に影響が出るような超高速で接近した9Vスパーク。体が軋み、全身に痛みが走る。痛みで意識が飛びそうになるのを堪えて思考を続ける。

『動きが』『突然』『良く』『なり』『真下』『ね』

 9Vスパークの変化を捉えて、ラジカ・セレコが音を響かせる。

 筋肉の繊維が軋むほどの高速の拳がラジカ・セレコに炸裂。最適化された動きがラジカ・セレコを捉えた、と思いきや紙一重で避けられていた。

『これは』『虻』『ない』

 間髪いれずに高速で足を振り上げた9Vスパークだったが、それもわかっていたかのようにラジカ・セレコは身をそらして避けた。

 ――オートモードでも避けられるのか。

 これはいよいよ何かあるに違いない。

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