第34話 悩んで、紅(7)

『何が』『怒った』『蚊』『和歌』『リマ』『線画』『今の』『おまえ』『は』『あぶない』『で』『脛』

 ラジカ・セレコが機器だけに危機を感じたのか、音を紡ぎ、そして続ける。

『少将』『ホンキ』『を』『出汁』『魔性』『か』

 ピタリと音が止み、ラジカ・セレコの両肘からマイクが三本ずつ現れる。

 うち四本を四肢のラジオ、残り二本を顔のスピーカーに当てると……音が再び鳴り出した。ラジオから流れた音がマイクを通してスピーカーから流れる。その際、スピーカーに内蔵されたアンプが音を大きいものへと変え、大きくなった音をスピーカーに当てたマイクが再び、拾う。

 マイク、アンプ、スピーカー、音、マイクというある種電気回路のような音の回路の循環により帰還型の発振現象が起こる。

 結果、不快な音を伴ったハウリングが敵味方問わず襲いかかった。

 ――なんて音だ。

 マスクによって若干抑えられたものの、9Vスパークはその不快音をおさえるべく、オートモードを解除して、手で耳を塞ぐ。

 動きをとめる、それがラジカ・セレコの作戦だった。

 思惑通りの結果を得たラジカ・セレコは間合いのなかにいる9Vスパークへと痛烈な一撃を与える。

 吹き飛んだ9Vスパークはバスケットゴールへとぶつかり、重しによっておさえられていたバスケットゴールが倒れる。

 その下には、こどもたちがいた。

 こどもは倒れるゴールを見て、小さくつぶやいた。

 「助けて」

 それはハウリングによって遮られた、誰にも聞こえるはずがないほどのひどく小さい声だった。

 けれどもそれはある男の耳にきちん届いた。

 瞬間、男の体は動き出す。本能のままに。あるがままに。

 やはり、超人というべきか。

 距離がありながらもバスケットゴールが倒れるよりも早くこどもを救出していた。

「大丈夫か?」

 抱きかかえたこどもに言葉を投げかける。こどものうなづきを見てレッドは安心する。

 ――これでいいのだ。

 レッドは無意識でとった行動に思わず納得し、そして悟った。

 今、自分がとった行動は正しいものだ。苦情は出るだろうが、それでも自分の行動は最善だ。

 ――何を悩んでいたのだ、オレ様は。

 苦情があろうがなかろうが、レッドは常に最善だと思う行動をとってきた。苦情の内容を減らそうと躍起になっていたが、今、思えばバカらしい。

 そう思うとイエローがこの戦いで発した言葉が、自分を想っての言葉だったことに気づく。

 それほどまでに我を失っていた。

 苦情を減らそうと戦っても、こどもを救おうと戦っても、苦情は出る。

 理想は苦情が出ないことだが、理解できない人間にとって理解しがたいものには不満が出る。

 それについてはお互いに理解し、お互いに直さないといけない部分もあるのかもしれない。

 けれどだからと言って自分の最善だと思う行動が阻害されてはいけない。

 阻害されてしまえば、自分の理想だって遠ざかる。

 苦情をどうするべきか分からない。

 かつて、ブルーが少数意見は切り捨てるべきだと言っていた。

 ただそれはブルーの考えで、伴の考えとは違う。

 けれど、だからと言ってうじうじ考えているのもらしくない。

 だから忘れることにした。

 こどもを救ったとき、レッドは何も考えていなかった。苦情のことも忘れていた。

 だからおそらくそれでいいのだ。

 戦闘が始まったときは、誰かを助けるときは、そんなときは忘れよう。

 レッドはそう決めた。苦情を見てしまった以上、今までどおりとはいかないだろう。

 それを受け入れたうえでのレッドの、とりあえずの結論だ。

「9Vスパーク。大丈夫か?」

「ええ」

 9Vスパークはゆっくりと立ち上がる。

「だったらもう一仕事頼めるか。三十秒でいい。オレ様がこの子らを外に連れ出すまで、あのラジカセを足止めしとけ」

「了解、リーダー」

「それとあいつがお前の攻撃を避けるのは……」

「音ですよね」

「なんだ、気づいていたのか」

「ハウリングで気づきました」

「なかなかお前も鋭い」

「レッドさんほどじゃないですよ」

 少し悔しげに9Vスパークはつぶやく。レッドはラジカ・セレコが避ける仕組みをかなり前から気づいていた。

「悔しがるな。経験が違う」

 それだけ言ってレッドはこどもを安全なところへ送るため去っていった。

「三十秒どころか、何分だって稼いでやる」

 9Vスパークは跳躍して飛び蹴りを放つが『無駄』、ラジオから流れた音声とともに体をよじったラジカ・セレコに避けられてしまう。けれどもう避けられる種はわかっていたため、焦りはない。

 ラジカ・セレコはハウリングをすでに終えていた。というよりもハウリングを続ければ頭部であるスピーカーに負荷がかかり最悪、自壊してしまう。そのため、長時間は使えないという欠点があった。

 着地した9Vスパークはすかさずスタンブレイドを振るう。まずはレッドに言われたとおり、時間を稼ぐ。ラジカ・セレコへの対策は四人揃ってからじゃないとできない。おそらくレッドもそう考えているとなんとなく察した。

 横薙ぎの刃はたやすく避けられたが、すぐに切り返す。縦、横、縦、横、無尽に走り回る刃は全て回避されるが三十秒という時間稼ぎには十分だった。

 体育館の二階、観客席から跳躍するレッド。

 ブリッツハンマーを振りかぶり、ラジカ・セレコへと振り下ろした。

 鈍重さと強力さが合わさった打撃をラジカ・セレコは腕で防御。響く重低音。ラジオが破砕されると同時に腕を分離させる。

「グワハハハ、シビれさせてやるわ!」

 レッドがハンマーで追撃し、9Vスパークも追従。

 振り下ろされた鎚とそれに従う横薙ぎの剣。ラジカ・セレコが判断に迷う。

 どちらも自分に迫りつつあるとラジカ・セレコはわかってはいるもの、同時にどちらかしか避けれないと理解してしまっていた。

 結局、ラジカ・セレコはハンマーに吹き飛ばされることで距離を取ることを選んだ。

 壁に激突することは回避したラジカ・セレコだったが間髪入れず鞭先が襲いかかる。滑るように横に逸れたラジカ・セレコに迫るのは槍の連撃。跳ねて槍の猛撃を避けたラジカ・セレコはそのままイエローを跳び越える。

『やや!』『これは』『不利』『です』『ね』

 見ればガレージもデスガレージも全て倒れていた。

『逃げる』『が』『価値』『で』『show』

 ラジカ・セレコは体育館の出口へと向かうがレッドが立ちふさがる。

 右手にはブルー、左手には9Vスパーク。二階にはイエローがいる。

「一気に畳みかけるぞ!」

 レッドの声に全員が呼応し、疾走。

 逃げ場がないと判断したラジカ・セレコは再びマイクを取り出すが、片腕を失っているため、出せる数は三本。先程より小さいハウリングがカンデンヂャーを襲う。

「効かん、効かんわ!」

 レッドは愉快に、そして軽快に、速さを増していく。

 実際、威力は弱まったものの不快な音は耳に届いている。耳を塞ぎたい、と思わなくもないがここで決めなければならない。だからこそ我慢していた。もっともレッドだけは我慢しているようには見えず、実際に平気なのかもしれない。

 初手を放ったのブルー。ラジカ・セレコの真正面という簡単な軌道。それでもラジカ・セレコは避けるしかない。けれどその軌道は突如変化する。ブリッツヴィアベル。かけ声はないものの変化でブルーが必殺技を放ったと判断できる。

『それは』『木』『いて』『ま』『千』

 かけ声がなくても発動できるというのを知らないのか、ラジカ・セレコから戸惑いの声。同時に身をそらそうとするが一足遅い。残っていた腕を剣のようになった鞭が射抜く。ラジカ・セレコはショートするよりはマシと判断し、腕を解離。両腕を失ったもののいまだ健在。しかしカンデンヂャーの猛攻はそれで止まるはずがない。

 鞭が射抜くと同時に9Vスパークが襲いかかっていた。ラジカ・セレコは迷わず回し蹴りを放つ。しゃがんで回避した9Vスパークは立ち上がりに剣を振るう。ラジカ・セレコは大きく跳ねて後ろに回避しかけていたが無理にそれを押さえ、小さく後ろに跳ねたあと、すぐに横に跳ぶ。

 ラジカ・セレコの頭上高くにはイエロー。9Vスパークの攻撃に合わせて投げ下ろされた槍が跳ねて後ろに回避しようとしていたラジカ・セレコがいた場所に突き刺さる。大きく跳ねていたら、突き刺さっていた。しかし、攻撃は止まらない。突き刺さった槍を軸にして体の向きを変えた9Vスパークが追撃。

『ヒ』『ギャ』『ア』

 短い悲鳴。ラジカ・セレコの左足にスタンブレイドを突き刺さっていた。感電を恐れ、ラジカ・セレコは左足を分離。

 体勢を崩して、床に転がるラジカ・セレコ。片足でも立てるように設計されていたのか、立ち上がろうとする。

 グシャッ!

 瞬間、スピーカーの頭部が潰れる。

 レッドがブリッツハンマーで叩き潰していた。

 それでもラジカ・セレコは頭部を分離して立ち上がる。機人は基本的にショートさせれば壊れるが、それ以外にも核となる部分を破壊すれば動かなくなる。レッドはそれが頭部にあると推測したが、どうやらラジカ・セレコの核は胴体にあるようだった。

 立ち上がったラジカ・セレコはすでに胴体と右足しかない。飛び跳ねて逃げようとするものの、スタンブレイドに右足を貫かれ、胴体をブリッツハンマーに潰される。電気が奔流しショート。爆発はしない。

 ラジカ・セレコがカンデンヂャーの連続攻撃に敗れた理由は自身が持つレーダーに頼りすぎたからだった。レーダーは直進性、定速性が高い電磁波が使われており、ラジカ・セレコの場合はラジオから発生する電波がそれに該当する。もっとも受信機がなければレーダーにはなりえないのだがラジカ・セレコの胴体にはきちっと受信機が内臓されていた。ラジオから発せられるのは周波数が低い電波のため、遠くまで探知することができる。だからこそカンデンヂャーの攻撃をよけることができた。

 しかし、大人数による波状攻撃は初撃を回避した先にまるで追尾ミサイルのように連撃が迫るため、回避は困難となる。ゆえにラジカ・セレコは倒れた。

「グワハハハハハ! オレ様たちにかなう相手はおらんわ!!」

 高らかにレッドが勝利宣言をする。

 レッドは完全に復活していた。

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