第30話 悩んで、紅(3)

「お疲れ様なのです」

 無線機人との戦闘から基地へと戻ってきた五人を迎えたのは昨日と同じく白香だった。

 司令室の飾りつけは戦闘によって中断されたため、まだ途中。料理だって仕込みの途中でできていない。

 中途半端な飾りつけを見た白香はここで彼らが何をしようとしていたか分かっているだろう。

「ごめん、白香。送迎会の準備、間にあわなかった」

 気まずくなった次郎花が微妙な笑顔で白香に謝る。もう夕暮れどきを迎えており、後処理に向かった保全部がいない今、送迎会はできないだろう。

 けれど白香は笑った。満面の笑みだった。

「何を謝ることがあるのです。機人を倒す、それがカンデンヂャーの役目なのです。たとえ、別れの日だとしても、その役目をまっとうしたカンデンヂャーを、あなたがたをわたしは誇りに思うのです」

 最後になるにつれ、白香は少しだけ涙目になる。それでも涙をこぼすのだけは堪えて、にこりと笑った。

「これ、送迎会の最後に渡そうと思っていたけど」

 そう言って次郎花は自分の机の引き出しからプレゼントを取り出す。

「何、送ればいいか分からなかったけど」

「あたしとジロウで相談して決めたのよ」

「開けてみてもいいですか?」

「うん」

 白香は丁寧に包装紙を解いてプレゼントを取り出す。中から白いイヤリングが出てきた。

「似合うですか?」

 白香はその場でそのイヤリングを耳につけてたずねる。

「とっても似合うわ」

 寧色の言葉に次郎花だけでなく、司令室のみんながうなづいた。

「最後に、乾杯するぞ」

 伴が白香の門出を祝うようにそう提案する。

 みんなが賛同するのが分かっていたグレイスは、とっくに紙コップにジュースを注いでいる。アルコールではないのはお酒が飲めない白香への配慮だろう。

「グワハハハ! それでは白香の門出を祝って」

「乾杯デース!!」

 みんなが高らかに紙コップを掲げ、近くの次郎花たちは白香の紙コップに自分の紙コップを当てる。

 全員が笑顔で、白香を送り出そうと決めていた。 

 だから誰も泣かない。

 その日、白香は電光基地を去った。


「はじめまして」

 次の日、司令室に来た光輝を迎えたのは見知らぬ女の子だった。白いブラウスに黒いベストとキュロットスカートという装いは白香と同じため、新任のオペレーターと推測できた。

 首元でゆるくふわっとカールされた髪型は丸っこい目や輪郭に合って可愛らしい。

「えっと……」

 ただ、突然すぎて心の準備ができてなかった光輝は少し戸惑って言葉を詰まらせる。

「は、はじめまして……」

「ちょっち緊張しすぎじゃない?」

 後ろでそのやりとりを見ていた寧色が面白がって笑っていた。

 次郎花も笑ってはいけないと思いつつも、少しだけ笑っている。

「いや、笑うところじゃないですよ」

 糾弾する光輝を見ていた女の子がクスリと笑う。

「ちょ……寧色さんのせいで笑われたじゃないですかっ!」

「はあ? なんでもかんでもあたしのせいにしないでよねっ!」

「どうみても寧色さんのせいですよっ!!」

 ウフフ……、ふたりのやりとりを見て、女の子は笑う。

 子猫のように笑うその顔はやはり可愛らしく、けれども次郎花や寧色と比べるとまだ幼さが窺えるその子は、なんというか守ってあげたくなるようなタイプだ。

「楽しそうな職場でよかったですぅ」

 間延びした声で女の子は言う。

「遅くなりましたがぁ、ヘリブチヨスガって言いますぅ」

 女の子の自己紹介に合わせて光輝は女の子の胸元へと視線を移す。

 少しだけふっくらとした胸の大きさは次郎花以下寧色以上だが、今はそんなことは関係ない。名札を注視する。

「それ本名?」

 名札には『広報部 縁縁へりぶちよすが』とあった。

「よく聞かれますけどぉ、本名ですよぉ。これからもよろしくお願いしますぅ」

 別に気に触った様子もなく、縁は光輝に握手を求めた。

「よろしく」

 素直に応じた光輝は、縁が無臭なことに気づいた。

 例えば、次郎花や寧色は近づいただけでイイ匂いがする。白香もそうだった。グレイスはオイル臭かったし、伴は汗臭かったり、その後のシャワーによってシャンプーの匂いがしたりすると様々だ。

 だが縁からは匂いも臭いもなかった。とはいえ、体臭がない、などと疑問に思ったところでたずねられるはずもないわけで。

「さて、それでは縁クンの歓迎会を始めマース! 光輝クン、お手伝いをお願いしマース」

 だから光輝はその疑問をすぐに忘れ、紙コップにジュースを注ぎ始めた。

「だったら、伴を呼んでこなきゃ」

「あのデブ、またジムに行ってるのね」

「グワハハハ、呼んだっ?」

 寧色の呆れた声に呼応したのか、伴が濡れた体で指令室に現れた。白香に以前怒られたことで学習したのか、ボクサーパンツだけは履いている。

「はぅう」

 刺激が強かったのか縁はそのまま後ろへと倒れる。床にぶつかるすんでのところでなんとか光輝が支えた。

「す、すみません」

「服、着なさいよ。伴!」

「グワハハハ、良いでは……」

「ないっつーの!」

 伴のお決まりの台詞を最後まで言わせず、寧色は伴の机に置かれていた夏には不釣合いの赤いダウンベストを叩きつける。

 バシンと小気味良い音。伴の下腹部の脂肪に鞭のように服が当たった。

 伴はシャツも着ずに裸体の上に投げつけられたダウンベストを着る。

「グワハハハハハ!」

「下はどっかにないの?」

 縁に悪いと思ったのか次郎花がジーンズか何かを探すが、司令室においてあるわけもない。

 そんな思いやりを無視して伴は変態のような格好のまま、紙コップを握る。

「よし、それでは乾杯だ!」

「いやその前に下、履きなさいよ」

 寧色が変態から視線を逸らして言った。

 そんな感じで縁の歓迎会は始まり、伴がジーンズを履いたこともあり滞りなく進む。

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