第29話 悩んで、紅(2)

 白香の退社日、三階の司令室は白香の退社を祝うため簡単なパーティーを行おうと白香に嘘の入社時間を教えて準備に勤しんでいた。

 少しでも白香との別れを良いものにしようという社員全員の心配りだ。

 そこに鳴り響いたのは、警告音。

 心配りはそのサイレンになってむげにされる。

 仲間との別れがその日にあるなど、敵が分かってくれるはずもない。

 広報部の人間が急いでオペレーター席に座り、キーボードを叩いて情報を入手する。

 その時間わずか三十秒。白香がいなくとも十分に回りそうだ。

「boyaitterに『キャンプ場に機人なう』という書き込み多数」

 桃山部長の声が飛ぶ。

「faith bookに『数が多い』という書き込みあり。画像も出ます」

 投稿されたjpagファイルが司令室の大型画面に映し出される。

 そこに機人の姿は映ってなかったが、かなりの数のガレージが映し出されていた。

「空気、読みなさいよ!」

 寧色が画像に映し出されたガレージの数を見て思わず叫ぶ。

 全員が同意見だった。

 もちろん、襲撃がない日など滅多にない。けれど今日、この日ぐらいは襲撃がなくてもいいではないか、誰しもがそう祈っていた。

「広報用ブログの拍手コメントに『確か今日、白香さんの退社日だろ』とのコメントあり」

 オペレーターが普段なら読まない書き込みを読み出す。

 広報用ブログはカンデンヂャーの活躍だけではなく、フィギュアの再販日や基地職員の紹介などを行っている。だから白香が今日退社するというのはブログを見ている常連なら知っていることだ。

「『機人、空気嫁!』との書き込みがどんどん書かれていきます」

 応援してくれる人も、この場も全員も気持ちは一緒だった。

「行きましょう」

「当ったり前でしょ!」

 光輝の声でカンデンヂャーの三人とグレイスがエレベーターへと走り出す。

「とっとと倒して、みんなで白香を送り出そう」

 エレベーターで地下一階に降り、電気自動車に乗り込む。

 運転席がグレイス、助手席が伴、その後ろに寧色と次郎花が乗り、最後部に光輝が乗り込んだ

上野部山かみのべやまデスから、少し時間がかかりますが、それでも最速で行きマース!」

 ちなみに広報部の情報に場所の特定はなかったにも関わらずグレイスが上野部山だと特定ができたのには理由がある。

 弓山市の上部にあるのが上野部山、下部にあるのが下桐山したきりやまだが、そのふたつの山のうちキャンプ場があるのは大きな湖を持つ上野部山だけだからだ。

 上野部山に近づくにつれて、ビルの町並みから深緑茂る木々の光景へと移り変わり、セミの声もだんだんと強くなっていく。標高六百メートルまでのぼると青く澄み切った上野部湖が見えてくる。その湖畔に広がるキャンプ場、その駐車場にはシーズンだからだろう、多くの車が止まっていた。

 路上駐車した四人は運転手であるグレイスを一瞥して一気に駆け出す。

「グワハハ、とっとと倒すぜ」

「言われなくても」

「分かってるつーの」

 普段何を考えているか分からない伴でさえ、白香のことを送り出したいと考えているようだった。

 四人は一気に駆け、キャンプ場へと入る。

 間際、

「「「「電池変身!!」」」」

 カンデンヂャーへと変身した四人は人々を襲うガレージを蹴散らす。

 逃げ道ができ、そこから人々は逃げ出していく。

「ビビィ、現れたビビッー!」

 その様子に気づいた機人が電話の受話器でできた右腕を振り上げ、カンデンヂャーの前に現れる。

 その機人は百センチメートルほどのトランシーバーの胴体に、三十センチメートルほどのトランシーバーの顔がついていた。

 その顔のトランシーバーを横に振ると、蹴り飛ばしたはずのガレージが立ち上がり、その機人の周りを囲む。さらにデスガレージまでも現れ、さらにその囲いは将棋の穴熊が如く強固になっていく。

「なんて数だ……」

 今まで見たことがないほどの数にブルーは思わず言葉を失う。

「グワハハ、この程度たわいもない」

 虚勢なのか本当なのか、レッドはまったく怯みもしない。

「いいからとっととやっつけて戻るわよ」

 続けて言ったイエローの声はどことなく弱々しい。

「行きましょう」

 それでも行くしかない。光輝の声に全員が武器を取り出す。

「スタンブレイドっ!」

 すぐさま、スタンブレイドを握り締めた光輝はガレージの群れに突っ込んでいく。

 何度も言うが、カンデンヂャーにとってガレージは烏合の衆だ。

 数の多さにたじろぎはするものの脅威ではない。

 しかしそこにデスガレージが混じれば状況は変わってくる。レッドはすんなりと倒すことができるが、ブルーとイエローはそうでもない。白香が縁の下的な仕事の超人であれば、マンガンレッドこと呉内伴は戦闘における超人だ。

 今もまた、素早い動きでデスガレージの足を掴み、ジャイアントスイングでガレージたちをなぎ倒している。

 それに張りえるのはスーツ性能が優れた9Vスパークだ。デスガレージが振るったのこぎりを紙一重で回避してスタンブレイトの柄頭をデスガレージに接触させる。スイッチを入れるとともに電撃が走り、デスガレージが倒れる。魔改造によって人間から機人に似た存在へと進化したことで、デスガレージもまた電気に弱い。

 デスガレージが動かなくなったことを確認した9Vスパークは群がるガレージたちを殴り、蹴り、切り、そして投げ、痺れさせる。

 それでも数が減らない。

「ビビィ! ここでお前らは死ぬんだビビッー!」

 機人が首を振った。

 すると倒したはずのガレージ、デスガレージがむくりと立ち上がった。けれど瞳は空ろ。

「なんだよ、くそっ!」

 イエローとともにデスガレージを倒したブルーが、すぐに立ち上がったのを見て毒づく。

「いいから、もっかい倒すわよ」

 鞭が、槍が、デスガレージを襲い、もう一度その巨体が倒れる。

 しかし、再び立ち上がる。

「なんなのよ、もう!」

「グワハハハハハハッ! 仲間になりたそうに見つめているわけではなさそうだな!」

 冗談を言いながら、最初に捕まえたデスガレージを回し始めた。

 どのくらい時間が経っただろうか、9Vスパークは何度も立ち上がるデスガレージを倒していた。

 けれどそのたびにデスガレージを立ち上がる。

 諦めず9Vスパークは柄頭スタンガンをもう一度、デスガレージの腹部に当てる。

 瞬間、焦げた臭いに気づいた。それは機械が焼け爛れたときの臭いだった。

 ――まさか。

 9Vスパークはひとつの推測にたどり着く。

 9Vスパークは強烈な蹴りを放ち、デスガレージを吹き飛ばす。

 倒れて動かなくなったデスガレージだが、機人が首を振るとデスガレージは空ろな目で立ち上がる。

 まるで9Vスパークの推測を証明するかのように。

「みなさん、たぶんこいつ、ガレージたちを操ってますよ」

 9Vスパークの叫びに、まず呼応したのは機人だった。

「ビビッ! このオレ、無線機人B・B・トバッス様が操っていることに気づいたところで何ができるビビッー!」

「推測を自分で確信に変えるなよ」

 機人が自白したことに呆れつつ、9Vスパークは無線機人へと向かう。

「させるかビビッー!」

 B・B・トバッスが首を振るたびに倒れたガレージとデスガレージが立ち上がり、B・B・トバッスの行く手を阻む。

「くそっ、進めない」

 倒しても立ち上がる、ゾンビのようなガレージの群れに9Vスパークに苦戦していた。というよりも、これ以上ガレージを傷つけたくなかった。

 倒すことに躊躇いはない。というか、いつも一発か二発で倒れるため、今まであまりガレージのことを気にしてなかった。

 でも今は躊躇っている。目の前のガレージは腹部に裂傷を負い、その後ろのガレージは露出する肌に痣を残している。放ったらかしにすれば命に関わるかもしれない。

 どうすればいいか迷う9Vスパークを横切り、戦車のごとく猛進したのはレッド。

 ふたりのガレージへとまるで獲物を喰らう狼のごとく両腕でラリアットする。

「気にするな。奴らとて覚悟してきている」

 レッドの言葉に9Vスパークはいまさらながら気づかされる。

 敵対する相手の覚悟と、自分の覚悟のなさに。

 うまくヒーローをやれている気がしていたがまだまだ自分は未熟だ。

「はい」

 レッドが作り出した道に9Vスパークが続く。

 しかしレッドの前にデスガレージが三体立ちふさがり、歩がとまる。その間にもガレージが群がり、ふたりへと集まってくる。

「跳びなさいっ!」

 声とともに9Vスパークの肩に重みが加わる。見ればイエローが乗っていた。

 囲まれたふたりのもとへ続く道はブルーが作ったようだ。

 言われるがまま9Vスパークはイエローを乗せて跳ぶ。

「これからどうするんですか」

「このまま、あたしは更に跳ぶわ」

 9Vスパークの肩にさらに負荷がかかる。

 電力を脚に集中させたイエローははるか上空へ。

「うわあああああああああああっ!」

 対する9Vスパークはその反動で落下を始める。

「らあああああああああああっ!」

 9Vスパークの悲鳴に重なるようにイエローの気合の一撃。

 勢いよく放たれたエクレールランスは電気をまとって降下していく。 

 B・B・トバッスはレッドやブルーがじょじょに近づいてくるのに焦ってか、首を振るだけで、はるか上空から獲物を狩る鷹のように電撃の槍が迫ってきていることに気づいていない。

 結果、勝負はあっさりと決着する。

 B・B・トバッスの顔が振るえた瞬間、餌をついばむくちばしの如し槍がその顔へと突き刺さる。体へと貫通。電流が流れ、トランシーバーの回線をショートさせていく。

 B・B・トバッスが倒れると同時に操られていたガレージやデスガレージが倒れた。誰もがいつも以上に傷だらけだ。

「やっと終わった……」

 ブルーが疲れてその場に座る。

「グワハハ! 確かに手強かった」

 さすが超人というべきかレッドに疲れている様子はない。

「うわあああああああああああっ!」

 そこに響く叫び声。9Vスパークが落下してきていた。けれど頭から地面に落ちる直前、9Vスパークの体がぐりんと回転し、足からゆっくりと着地した。

 9Vスパークのナビが自動的にスーツを制御したのだ。

 墜落すると思い込んでいた9Vスパークからしてみれば、少し恥ずかしい。

 気を取り直して9Vスパークは次に落ちてくるだろうイエローをキャッチする。

 「余計なことしないでよ!」

 お姫様だっこのように受け止められたイエローは恥ずかしさを隠すように9Vスパークに怒鳴り散らし、

「さっさと帰るわよ」

 手の中から逃げ出して、照れ隠しのように言った。

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