A Harried Red

第28話 悩んで、紅(1)

 湿気と熱気で暑さが倍増したような熱帯夜。セミの鳴き声が一面に響く。

「一気に決めるぞ!!」

 レッドはそれに負けじと叫び、全員がうなづく。

「アイアンサンドチャ「チャチャー!」」

「ブリッツシュラ「チャチャー!」」

「ブリッツヴ「チャチャー!」」

「スタ「チャチャー!」」

 全員が必殺技を決めようとしたとき、目の前の機人は邪魔をしてくる。

 思い返せば、変身後の名乗りも全てこいつに邪魔をされた。

 ヒーローの常識とも言える名乗りや技の宣言に介入される。

 そんな常識の通じない相手にカンデンヂャーは少し苛立ちを覚えていた。

 けれど四人は技の宣言に茶々を入れられたにも関わらず気にせずに四方から迫る。

 イエローのブリッツシュラークが落雷の如く落下し、機人の給水ポッドの体に頭上から突き刺さり、動きをとめ、レッドのアイアンサンドチャージが電光石火の速さで砂鉄を飛ばし、電撃の礫で機人の体を穴だらけにする。

 同時に、ブルーのブリッツヴィアベルの変則的な稲妻の蛇が機人のロボットアームのような右腕を刈り取り、9Vスパークのスタンブレードが反対側の左腕を切り取った。

「チャーチャーア!!」

 電気の猛攻に襲われた機人は体中に電気を走らせ、ショート。地面に転がるも、爆発はしない。

 給湯機人チャチャイレロの最期だった。

「いらつく敵だったわね」

 イエローが安堵の息とともにつぶやきを漏らす。

 かつてないほど茶々が入った戦いだった。

 そんな厄介さを持った機人はチャチャイレロのほかにいないだろう。

 昔のようにイエローやブルーがお金にこだわっていたり休みがちだったりした場合、冷静ではいられなくて、もしかしたら勝てなかったかもしれない。

 けれど今の四人は無敵だった。

 多少冷静に欠けようがいらつこうが、おそらく今が一番いいコンビネーションを発揮しているということは間違いない。

「あとは回収班に任せればいいわね」

「グワハハ、帰るか……」

 それからレッドはふと何かを思い出したように立ちとまり、こう言った。

「そういえば、明日が白香の辞める日だったな」

「そういえばそうだね。何か買ったほうがいいよね?」

「そりゃそうよ」

 何気ない会話だったが、9Vスパークだけが取り残されていた。

 そのまま白香に何を買えばいいかという女性ふたりの談義が始まってしまったため、光輝はどういうことか聞くに聞けぬまま、基地へと戻ることになった。


「お疲れ様なのです」

 基地へと戻ってきた五人を迎えたのは渦中の人物である白香だった。

「お疲れ様」

 次郎花が言ったのを皮切りに「お疲れだ」「お疲れ」「お疲れデース」と続く。

 光輝はそういうやりとりがまだ苦手で、少し遅れて、

「……お疲れ様です」

 小さく呟いた。そのまま、真相をたずねようとした光輝だったが、

「寧色さん」

 白香が先に寧色を呼んだことでその機会を失ってしまう。

「この間の申請が通りましたから、ここに印鑑をお願いしたいのです」

 白香が寧色を自分のデスクに呼んで、書類を見せる。

「あー、それって今日だったの?」

 指摘されて寧色はやってしまったというような表情になった。

「もしかして判子を忘れたのですか」

「その、もしかして、だわ。ごめん、白香」

 寧色は手を合わせて、申し訳なさそうに謝る。

「いえ、申請の〆切は明日なので、まだ間に合うのです」

 しかし白香はそう言い放ち、気にしてない様子だ。

「明日は悪いわ。忘れたのはアタシだし。今から帰ってすぐに取ってくる。まだ帰らないわよね?」

 その言葉には、白香の仕事を明日に残したくない、そんな寧色の想いがあった。

「ええ、今日はまだ引継ぎがたくさんありますから」

「じゃ、すぐ取ってくるわ」

 言うや、寧色はエレベーターへと駆け出し降りて行く。

「グワハハ、待て待て。オレ様も下に行く」

 寧色がエレベーターに入ったのを見て慌てて伴は乗り込む。

 話の流れからして、白香が退社するというのは、全員がついている壮大の嘘というわけではないようだった。

 光輝はそれに感づいてどことなく悲しくなった。それでも気丈にも表情を取り繕っていると

「そういえば、光輝さんには言ってなかったのです」

 白香はにこりと微笑んで、嬉しそうに続ける。

「明日でわたしは電光基地を退社するのです」

「白香は寿退社なのデース」

 グレイスの言葉で光輝は白香が嬉しそうにしている意味を知る。

 白香は結婚して退社する。退社はともかく、愛する人と結婚するのだから嬉しいに決まっていた。笑顔の理由もよく分かる。

 光輝としては、いや電光基地のみんなだって、寂しくなるから辞めてほしくはないと思っているだろう、けれどそれを顔に出さない。白香の幸せだけを願って誰もが笑顔だ。

「おめでとうございます」

 光輝もそれに倣って笑顔を見せる。どこか不自然な笑顔だと光輝は自分でも痛感した。身体は大人に近づいているのに、まだまだ光輝はこどもだった。

「とまあ、そういうことで明日でお別れなのです。光輝さんとは短い間だったですが、色々と変化をもたらしてくれたので感謝してるのです」

「……そういうのは明日、言ってくださいよ」

 まるで今日でお別れのような台詞に対して光輝は少し皮肉交じりに返す。けれどそれは感謝の言葉に対する嬉しさの裏返しだった。

「そういえば白香さんの後任は決まったんですか。白香さんはオペレーターですよね?」

 たずねた光輝の言葉を聞いて、周りにいた社員の何人かがくすくすと笑い始める。何かおかしなことを行ったのだろうかと光輝が不思議に思ってしまう。

「白香さんは一応、オペレーターだけど実はほとんどの部署に関わっているんだ」

 すると次郎花は光輝にそう教えた。

 電光基地は七つの部署に分かれる。人事部、経理部は他の会社と同じだが、その他に新兵器の開発・修理を行う開発部、機人の回収から襲われた人々のケアまで事後処理を行う保全部、フィギュアなどの販売を促進する営業部、光輝たちヒーローが所属する司令部、情報収集やwebページの更新などを行う広報部だ。

 光輝は白香がオペレーターという肩書きを持っていたので当然広報部に所属しているものだと思っていたが、どうも違うらしい。

「白香は人事にも介入するし、事務もできる、工学的知識も持っているから開発部主任のグレイスにも文句が言える。もちろん、情報収集の腕は優秀だからね、白香の後任が務まる人なんていないよ」

「じゃあ、どうするんですか?」

 それだとますます白香が抜けるのが痛手だと光輝は感じていた。

「だからぼくたちも努力をしてきた」

 一連のやりとりを見ていたオペレーターのひとりが立ち上がる。いつ倒れるかわからないと心配されるほどやせ細った桃山だ。

「一年前、寿退社が決まった白香さんに安心して幸せになってもらえるよう、頼りきりだった白香さんがいなくてもきちんとできるようにと頑張った。その成果がこれだ!」

 その桃山の胸のプレートには『広報部部長』と書かれている。嬉しいのか胸を張り、光輝に見せつけてくる。けれどその嬉しさが光輝には理解できた。光輝の記憶が正しければ確か昨日までの桃山の胸のプレートにはそんな文字はなかった。

 それまではっきりとしなかった部長職というものをきっちりと作ることで白香まかせっきり体制を打破し、各部署が各仕事をきちんと分担してやるようにしたのだ。もちろん、他の職業ヒーロー会社はきちんと部長職があったりと商社などと変わらない作りだ。

 それを電光基地がやろうとしなかったのは白香ひとりがハイスペックすぎて、他の人が多少手伝うだけでうまく回っていたからだ。グレイスが開発部主任だったにも関わらず司令部に入り浸ることができたのはそのためだ。

 けれどこれからは違う。各部長のもと、各部署が助け合って基地を動かしていかなければならない。

「ちなみに人事部は青木さん、経理部は翠山さん、保全部は赤銅さん、営業部は黒磯さんがそれぞれ部長だから」

「それだけで戦隊が組めそうですね」

 就任した部長の名前を聞いて光輝はおかしくて笑った。

 次郎花は少しだけ意味がわからなかったが、自分が言った名前をそれぞれ呟いて

「確かに……」

 よく気づけたね、と苦笑した。

「ま、それはともかく司令部の部長にグレイスがなったみたいだよ。で、開発部の部長は村崎さんだったかな」

「そうなのデース。ワタシ、開発部の部長が良かったデース」

 次郎花の言葉を受けてグレイスは少し残念がっていた。

「グレイス、あなたが仕切らないで誰が仕切るというのですか」

 それを聞いて白香は少しだけ眉を吊り上げてグレイスを叱る。けれど本当に叱っているというよりは、親がこどもを宥めるようなそんな感じだった。

「オー、わかってマース。わかっていマスとも」

 グレイスもまるで冗談ですと言わんばかりの口ぶりだった。

「それと明後日、新任のオペレーターの女の子が来ると思いますから桃山さんもグレイスもお願いするのです」

「わかっているとも」

「オーケーデース!」

「さて、わたしはまだ引継ぎが残っているので仕事に戻るとするのです」

 そう言って白香はエレベーターへと向かった。

 その後ろ姿を見れるのは残り少ない、と光輝はどことなく寂しかった。

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