第26話 黄金色の問題(10)

「ヒーローに戻れないってどういうことよ」

 寧色は机の上を叩いて白香を糾弾する。大きな音が鳴り、基地内の全員の視線が白香たちに集まる。

「ですから、何度も説明したように、悪の組織に所属した方はヒーローにはなれないのです。そういう取り決めがヒーロー基準法で決められていますから、どうあっても無理なのです」

 ヒーロー基準法は労働基準法に付随するように作られたヒーロー専用の労働基準法である。その一節に今、白香が言ったような規則があった。

「でも、光輝だって一回侵入したわよ。あれはいいの?」

「あれはバイトで雇われた人に代わって入ったということで一応潜入扱いにできますが、寧色さんの場合は無理です。悪の組織で労働契約書にもサインしたのでしょう?」

「したけど……」寧色は言い澱み「けどそれをどうにかするのが真の仲間でしょ!」

 いきり立ったものの、白香は困ったような、けれども悲しそうな顔をして言った。

「それをどうにかしてばれたら会社は責任を追及され、違約金を払わされます」

 それだけで寧色は押し黙る。

 違約金を払わされればヒーローのイメージはがた落ち。

 それだけじゃない、違約金によって会社の支出が増えればボーナスカットのみならず最悪電気料金が払えなくなり、それによって変身に不都合が出る。なにせ、変身は乾電池でできるもののスーツの稼動、必殺技の使用、それに移動の際の電気自動車、機人出現時の警報などなど、その全てに電気を使用する。電気は自家発電もしているが、不足分は当然電気料金が発生する。つまりその料金が払えなければ機人と戦えなくなる。それはダメだった。

「じゃあ、どうすんのよ? あたし、どうすればいいのよ……」

 寧色は泣きそうだった。

 せっかく、お金なんか関係なく心からヒーローになりたいと思ったのに、ヒーローにはなれない。

 じゃあ悪の組織には戻るのか。そんなわけがない。寧色はもう戻りたいなんて思っていなかった。むしろ戻りたくなんてなかった。

 けれど規則でも変えない限り、寧色はヒーローをやれそうもなかった。

「もともと、お前が辞めて悪の組織に入ったのが悪いんだろ」

 なんてことは誰も言わない。その優しさが残酷だ。

 こうなったのは自分のせいだ。寧色はそれを痛感していた。

 光輝も次郎花も何も言えない。

 規則を把握しなくてもヒーローにはなれるから、そんなルールについて次郎花は知らなかったし、光輝はヒーロー規則についてはヒーロー好きの当たり前として熟知していたが、寧色を連れ戻そうと必死になるあまり、そんな内容があったことを忘れていた。

「どうすればいいのよ、あたし……ヒーロー、やりたいのに……」

 寧色は我慢しきれずにとうとう泣き出した。

「大丈夫だ。問題ない」

 そんな寧色に声をかけたのは伴だった。

「何よ、伴。……励ましなんて、いらないから」

「グワハハハハ、励ましてなどおらん!」

 悲しむ寧色と対象的に伴の声は能天気だ。

「本当に大丈夫なのだ。お前は〈奇機怪械〉に潜入していたということにしておいた」

 その言葉に時がとまった。

「えっ……ちょ……伴、どういうことなの?」

「グワハハハ、機人を倒しに行く前に手を回しておいたのだ!」

「それって中学校に出撃する前ってことですか?」

「そのとおり! ま、それだけで潜入捜査扱いと見做されて規約に抵触はせんがな。これがあっては不安だろう? これもついでに取ってきてやった。太っ腹だろう?」

 そう言って伴が太っ腹をポンと叩いたあと、全員に見せつけたのは〈奇機怪械〉の契約書だった。

「なんで、キミが持っているんだい?」

「お前らだけ潜入捜査するのはずるいからな、オレ様も潜りこんでいたのだ!」

「いつよ、それ。全然気づかなかったわよ!」

「潜入したのは光輝と同時期だが、オレ様は事務員として忍び込んだからな、地下には行ってない」

 気づかなくて当然だ、と伴はニコリと笑う。

 伴が忍び込んだのはイビルコンサルティングの事務所を兼ねている真加家だった。そこで人材の管理をしているのであればそこで契約書を保管しているということにもなる。となればそこに忍び込めれば契約書は簡単に盗むことができる。

「グワハハハハハ!!」

 大笑いして、契約書をぐしゃぐしゃに丸めた伴は、あろうことかそれを食べて、飲み込んだ。

「これで、寧色は誰がなんと言おうとアルカリイエローだ。証拠は胃の中に消えた。真相は蛙のみぞ知るってわけだ」

「……どういうことなんですか?」

「大方、井の中の蛙と胃の中をかけたんだと思うよ」

 大半が理解に苦しむ言葉をおおまかに理解してしまった次郎花はそう言って大いに呆れていた。

「くくく……はははは」

 その伴の奇行を見て、寧色は笑った。

「伴、あんた、サイコーだわ。デブだけどサイコー!」

「デブは余計だ」

 そう言いつつも、伴は笑っている。

「ジロウ、あんたもありがとね。胸でかいのがムカつくけど」

「最後のは余計だよ」

 胸を隠して、次郎花も微笑む。

「光輝、あんたもありがと。先輩であるあたしを生意気にも心配してくれて」

「それ、お礼言ってるようには聞こえませんよ」

 素直にお礼を言わない寧色に光輝も皮肉交じりの言葉を返す。

「みんなも、ありがと。こんなあたしを受け入れてくれて」

 寧色は悪の組織に潜入捜査してわかったのだ。実にここが心地良い場所なのかを。

 そんな場所でヒーローをやれる自分は幸運なのだ。

 そしてヒーローをやっている自分は家族の希望になっている。

 だからこそ面目に向き合おう、家族のために。

 寧色は素直にそう思う。

「ありがと!」

 寧色は全員を見渡せる位置に立ってお辞儀した。

 それを見て誰からともなく拍手が響く。それは波となって広がり、見れば全員が拍手していた。

「グワハハハ、これからもよろしく頼むぞ!」

 伴の言葉に寧色は大きくうなづいた。

 けれどこれで全てが丸くおさまったわけではない。

 寧色にはまだ、対峙しなければならない相手がひとり、いた。 

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