第25話 黄金色の問題(9)
「何が違うんだよ、姉貴! どういうことだよ、なんで悪の組織なんかに! ふざけんなよ!」
寧色は戸惑っていた。茂伊郎がこんなにも怒るとは思っていなかった。
確かに、悪事を働くのは悪いことだ。けれどお金のためだから少しぐらいはわかってくれるんじゃないか、そんなことを思っていた。なにせ、姉弟なのだから。
けれど茂伊郎は叫ぶ。叫ぶ。叫ぶっ!
「俺は姉貴のこと、尊敬してた。姉貴がヒーローやって、みんなを救って、正直すげぇって思ってた」
やがてそれは涙と嗚咽を伴ってしゃがれていく。
「だから姉貴が辞めたって言ったとき、少し傷ついて、でもまた姉貴が始めたとき、ちょっとだけ喜んで、何度もそれが繰り返されて、俺は姉貴なりの息抜きだと思ってとめなかったよ。俺だって、たまに学校とかいやになるときあるもん。息抜きだって必要だよ」
茂伊郎は最後には泣き崩れ、漂白剤の床に座り込んだ。
「なのに、なんだよ、それ。姉貴は本当に辞めたがっていて、それでいよいよ辞めて悪の組織に入るとか……そんなの、そんなの俺、望んでないよ」
茂伊郎の叫びは校庭にいたレッドとヨゴトリー以外の動きをとめていた。
漂白剤を撒き散らす音と、それをハンマーで蹴散らす音、ふたりの足音、そんな音だけが場違いにも鳴り響いていた。
その音の間を縫うように寧色は口を動かす。
「あたしは、家族のためを思って……入院費に進学費だって必要でしょ。だったら少しでも高いところのほうが、いいと思って……」
その言葉はじょじょにか細い声となって消えていく。
「お金なんて、俺、どうだっていい。貧乏上等だよ。俺は姉貴がヒーローやっている。それだけが誇りでそれだけが自慢だった。母さんだって姉貴が頑張ってる姿を見てあそこまで快復したんだぞ」
「でも、普段、そんなこと言わなかったじゃない」
「そんな恥ずかしいこと言えるかよ!」
それでも茂伊郎は照れくさそうに言った。自分が胸のうちに秘めていた想いを。
じゃあ自分も応えないといけない。
お金は大事だ。
けれどもっと大事なものもあるんじゃないだろうか。
考えなくても寧色はもうすでにわかっていた。
「あたし、悪の組織辞める!」
大空に顔を向け、吹っ切れた寧色は叫んだ。
これには何事かとレッドとヨゴトリーも足をとめ、寧色を見た。
お金のためにヒーローをやる、と言いつつ、それは結局家族のためにやっていたことだ。
家族がヒーローであることを誇りに思うなら、寧色はそのためにヒーローをやろうと決めた。
だから寧色は再びヒーローになる。
それは今までにはない覚悟。
「その言葉を待ってたよ」
ブルーから手渡されたのはすでに単三電池が入ったL.E.D.。
すぐさま手に取ると、スイッチを押した。
「電池変身!」
レオタードのような衣装から一瞬にしてスーツへと変わる。
豪快にポージングして叫ぶ。
「穿て電力! アルカリイエロー!」
決意のままに。
「姉貴……っ!」
それを見て茂伊郎の目から先ほどとは違う涙が零れた。
「ビリビリにシビれさせてあげるわ」
颯爽とヨゴトリーのもとへと駆け出すイエロー。手にはエクレールランスを握っている。
「スパーク、ボクたちはガレージを倒すよ」
「はい」
奪われた鞭をいつの間にか回収していたブルーは9Vスパークを連れ立って、ガレージへと走り出した。
古賀姉弟のやりとりを見て呆然とし、さらに寧色がヒーローだったことは知っていたもののカンデンヂャーだったことに驚いていたガレージたちだったが、ブルーと9Vスパークが襲いかかってくるのを見て、やはり悪の組織の一員というべきか、冷静にふたりへと向かっていく。
とはいえ、力の差は歴然。
「ブリッツヴィアベル!!」
「スタンブレイドっ!!」
再び味方となった稲妻の大蛇と雷の剣が競演。
ブルーは電気が走り使い勝手が難しくなった鞭をあたかも蛇使いのように思うがままに振るってガレージたちを倒していく。9Vスパークもスタンブレイドでガレージを叩き切り、突き刺し、倒し、圧倒的な速さであっという間にガレージたちを全滅させる。
その少し前、イエローはレッドの後ろからヨゴトリーのもとへ迫っていた。
「グワハハハ、悪いが手柄はオレ様のものだ!」
イエローが迫っているのを見て、レッドは振り向いて叫ぶ。
「しっかり前、見なさいよ」
少し顔をそらしただけだが、ヨゴトリーはその隙を逃さず、レッドに漂白剤の噴きかける。
レッドはその場にしゃがみ咳き込み始め、ヨゴトリーとイエローがレッドを挟んで対峙する。
「アウトレット! まさかお前がカンデンヂャーだとは驚いたトドー!」
「そりゃ、あんたには言ってないもの!」
イエローはそう言って跳躍したあと、レッドを踏みつける。
「背中、借りるからね」
「オレ様を踏み台にしたぁ!」
借りてから言い放ったイエローは踏ん張るとともに電力を足に集中。レッドを土台にイエローはまるでロケットのように空中へと跳ぶ!
「跳んだところで何ができるトドー!!」
言い放ったヨゴトリーは漂白剤をかけるべく自身の顔とポンプを頭上高くにいるイエローへと向け、標準を合わせようとした。
途端、ヨゴトリーは思わずその顔を手で覆う。イエローの背には太陽があった。イエローはそれすら計算して跳躍していた。太陽に目がくらんだヨゴトリーは何もできない。
「ブリッツシュラークっ!!」
イエローは目がくらんだのを見計らって体を捻り、そして真下へとエクレールランスを投げる。
エクレールランスにもライトニングウィップやブリッツハンマーのようにスイッチがついている。イエローは槍を投げる寸前にスイッチを押していた。
ヨゴトリーへと急速落下する槍はそのさなか変化していた。
エクレールランスは三叉の槍である。真ん中が長く、両端がそれよりも短い穂先、「山」のような形と言ったらわかりやすいだろうか、その穂先の周囲に変化が起きていた。
それはブリッツヴィアベルを放ったライトニングウィップとスタンブレイドがぶつかったときに起こった現象と同じだ。
長い真ん中の穂先が負極、短い二本の穂先が正極、その三つの電極間――正確には右の正極と真ん中の負極、左の正極と真ん中の負極という二間――にかかる電位差、つまり電圧に開きがあるとその間にある気体に絶縁破壊が発生し、電流が生まれる。
その電流は一本だけではなく何本もだ。それにより山のような穂先が五角形へと変貌する。当然、山という文字と五角形を見比べて足りない部分は全て電流である。
つまり簡単に言えば、エクレールランスはスイッチのオンオフにより、穂先に雷を纏わせることができた。
雷の穂先を持つ槍はヨゴトリーへと落雷のごとく強襲。
自らの手により視界を遮ったヨゴトリーが避けれるわけもなく、洗濯機の胴体に真上から突き刺さる。
そして、穂先から電撃が全身に流れ込んだ。それはまるで突き刺さったゲイボルグによって体内に無数の傷ができるかのようにヨゴトリーの体内をズタボロにショートさせていく。
ヨゴトリーは痙攣したように腕を震わせ、そして倒れた。爆発はしない。
「ご苦労様」
着地したイエローは踏み台にしたレッドに言い放ち、学校の外へと向かって歩いていく。
「あーあ、こりゃ回収班が大変そうだね」
ブルーのつぶやきに9Vスパークも同意する。
回収班は機人の回収だけでなく周囲の掃除や修復などを請け負う電光基地の一員だ。
一応その手のプロだが、漂白剤まみれの校庭の掃除は骨を折る作業だろう。
「姉貴っ!」
去っていくイエローに、茂伊郎が叫ぶ。泣いた痕跡はあるもののもう泣き顔ではなく笑顔だった。
「話はあとで。一応、会社に寄って経緯を話さないと」イエローは言い返し、9Vスパークたちを一瞥して言い放つ。「何やってんのよ。さっさと帰るわよ」
「グワハハ」とレッドは爆笑。
「やれやれ」とブルーは苦笑。
9Vスパークはそんな光景に微笑していた。
けれどこの一連の騒動はまだ終わってなんかいなかった。
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