第24話 黄金色の問題(8)

「ドドスコーイ!」

 張り手で屈強な体育教師を突き飛ばし、ヨゴトリーは肩にあるホースで校庭に漂白剤をまく。

 夏休みの校庭は野球部とサッカー部が半分ずつ占拠しており、隅のほうで陸上部が準備体操をしていた。校舎からは吹奏楽部の演奏が響き、平日の学校とは言わないまでも賑わいを見せている。

 のだが、それは〈奇機怪械〉の出現によって、狂乱へと変わっていた。

 野球部の顧問である体育教師が倒されたこともあって、その狂乱はさらに増す。

 誰もが逃げようとしていたが、その道をガレージに塞がれ、漂白剤の床に押し倒されて、土で汚れたユニフォームを白く変えていく。

「どいつもこいつも汚いドドー!!」

 洗濯機人ヨゴトリーは綺麗好きである。だから汚れたものが許せない。今回の中学校襲撃も、毎度毎度どこかが汚れたユニフォームを着て練習する野球部員が許せないから決行したものだ。白いユニフォームはやはり真っ白ではなくてはならない、それがヨゴトリーの信念だ。

 ちなみにガレージたちのユニフォームを毎日洗っているのもヨゴトリーである。

 ガレージが通行止めをし、ヨゴトリーが漂白剤を撒き散らす傍らで、アウトレットはじっと佇み、一点を見つめる。

 ヨゴトリーの信念に付き合いきれない……わけではない。仕事だと割り切って、その信念に付き合うことはできる。

 ただ襲っている場所が問題なのだ。正直、ここだけはやめて欲しかった。

 襲撃先を聞いて反対はしたが理由は言えず結局、作戦は決行となった。いやむしろ理由を言っても反対になったのかどうか、それすら不明だ。

 アウトレットが見つめる先、そこには果敢にもガレージに向かっていくひとりのサッカー部員がいた。

 ボールをガレージにぶつけて、怯ませてなんとかマネージャーを逃がそうとしていたが、多勢に無勢。カンデンヂャーにとって烏合の衆のガレージも一般人にとっては脅威である。

 ――そんなことしてないであんただけでも逃げなさいよ。

 寧色はそのサッカー部員に、自分の弟にそう言いたかった。けれど言えない。寧色は、アウトレットは悪の組織の一員なのである。救助なんてしない。したら、おかしい。

 下唇をかんで爪が食い込むぐらい手を握り締めて、アウトレットは我慢する。

 寧色の悔しさを知ることもなく、茂伊郎は自分の姉が助けに来ると信じて懸命に戦っていた。いや戦うという言葉もおかしい。足掻いていた。茂伊郎は弱い。ヒーローではない。何度も転ばされて、もう服は漂白剤まみれだ。それでも少しでも姉のように戦いたいと思っていた。茂伊郎は姉に憧れていた。もっとも照れくさくて恥ずかしくてそれを一度も伝えたことはないのだけれど、それでも茂伊郎にとってヒーローである姉は憧れだった、誇りだった。

 だからではないけど、そんな姉に恥じぬように、怯えて動けないマネージャーぐらいは守ってやろうと、足掻いていた。

 ――早く来いよ、姉貴。

 憧れる人間が、よもや敵側にいるなど知らぬ茂伊郎はずっとそれを信じて足掻き続ける。

 ガレージへと体当たりして、自分ごと白い粉の地面に倒れる。けれどすぐに払いのけられ、茂伊郎は地面を転がる。立ち上がろうとしても白く染まったガレージはすでに立ち上がっていて、茂伊郎に倒されたのがそんなにも悔しいのか覆面の隙間から見える目を吊りあげて、思いっきり殴ろうとしていた。

 ――姉貴っ!

 咄嗟に頭を庇って、助けを求めたところでガレージが横に吹き飛んだ。腕で覆う顔の隙間から見えたのは銀色の足。

「大丈夫?」

 聞こえたのはまだ若さの残る、青年の声。

「なんとか大丈夫っす」

 そう答えた茂伊郎が見たのは銀と黒で構成されるスーツに身を包んだヒーロー。

 ナマイキなガキが入ってきたのよ、ボソッと言っていた姉の言葉が茂伊郎の脳裏をかすめる。

 この人がきっとカンデンヂャーに入ってきた四人目の戦士なのだろう。

「逃げよう」

 自分が苦戦していたガレージをばっさばっさとなぎ倒す9Vスパークの姿を見て、茂伊郎は腰の抜けたマネージャーに手を差し伸べる。

「あり……ありがとう」

 震える声のマネージャーが茂伊郎の手を取り立ち上がったそんなときだった。

 大きな音が響く。

 なんだろうと思わず茂伊郎はそちらのほうを見て……

「なんだよ、それ。なんなんだよ、それ!!」

 絶叫してしまった。


 アウトレットは校庭に登場したカンデンヂャーの姿を確認して、何も考えぬまま、走り出した。

 向かった先にはブルーがいる。

 敵として戦って、戦って、そして倒して忘れてしまえ。

 アウトレットはそう言い聞かせる。

 それに気づいたブルーも周囲のガレージを一掃し、生徒たちを逃がすと、アウトレットに向かっていく。

 レッド、ブルー、9Vスパークのなかでアウトレットはブルーを選んだ。

 そもそも三人のうちで9Vスパークを選ぶのは論外だ。なにせ、従来のカンデンヂャーより出力が六倍も違う。性能の差が歴然。

 アウトレットのスーツも特別製と言われていたが何が特別製なのかわからない。むしろちょっといやらしいと感じてしまうぐらいで、特別だとは思えない。

 レッドは肥満体で暑苦しいからあまり近寄りたくないし、手合わせしてもいつも負けているので勝てそうもない。

 そんな消去法でブルーをまず倒そうと決めた。どこかに胸が大きいのがムカつくと思う気持ちもあったのかもしれない。

 それはともかく、リチウムブルーとアウトレットは激突した。激突と言っても双方繰り出す技は当たらない。

 ブルーの鞭の軌道はアウトレットに読まれ、アウトレットの槍さばきのくせはブルーに完璧に見切られている。長年付き添って、競い合った、チームワークの結晶だ。お互いがお互いを知り尽くしている。

「戻ってくる気はないの?」

 鞭を叩きつけながら、ブルーは言う。

「ないわ」

 感情を一切込めず即答したアウトレットは半身をずらして避け、一歩前進、そのまま槍で突く。地面に叩きつけられた鞭が漂白剤を舞わせる。ブルーも鞭のグリップで槍の軌道をそらし、襲いくるアウトレットへと拳を打ち込む。

「弟さんに見つかる前に帰ったら?」

「なんであんたが弟のことを知ってんのよ!」

 アウトレットは拳をしゃがんで避けて槍を振り上げる。

 後退しながらブルーは鞭をしならせ、横に強く振るう。

「キミが前に言ってたじゃないか」

 だからこそ、居場所をグレイスに聞いたとき、寧色の弟がいるのではないかと予感がしたのだ。

 動揺を隠しアウトレットは振るわれた鞭をわざと槍を絡ませて引っ張る。

「とはいえ、こっちは退くわけにはいかないのよ!」

 負けたりして帰ると愚痴がひどいんだから、という言葉はなんとか飲み込んだ。戻りたいと思わせてはダメだ。引っ張られて体勢を崩したブルーにアウトレットの蹴りが飛ぶ。それでも飛び込んでブルーは前転してその蹴りを避けた。

 けれどその代わり、ブルーは鞭を手放してしまう。

 鞭の絡まりをほどいたアウトレットは槍を放り投げ、ライトニングウィップを握る。

「初めて使うけど、うまくやれるかな?」

 そう言ってアウトレットはブルーへと鞭を振るい、スイッチを入れた。

「ブリッツヴェアベル……だっけ?」

「ヴェじゃない、ヴィ。ヴィアベルだよ」

 ブルーは振るわれた鞭を避けずに技名の違いを指摘する。

 軌道を読むことが無駄だというのが一番よくわかっているのはブルー自身だ。

 硬直化し剣のようになった鞭は軌道が変化する。その変化は使用者すら読めない。ブルーは何度も何度も使ってその感覚を掴んでいて軌道を操れるが、初めて使うのなら無理だろう。だから軌道がどう動くかわからない。軌道は必ず変化するものだから鞭の状態でブルーを狙った以上、ブルーを再び狙う確率は低い。

 だから動かない。

 けれどその読みは今回ばかりは外れる。

 運悪く、ブリッツヴィアベルは軌道を変えたあともなお、リチウムブルーを襲いかかった。まるで今までペットとして飼っていた大蛇が飼い主に刃向かうように。

 ブルーは軽く舌打ちして、回避行動を取ろうとする。しかし動かないと決めていた身体は簡単に動いてくれるものではない。

 そんなときだ。

 稲妻の大蛇と硬直するブルーの間に9Vスパークが現れたのは。

「スタンブレェエエエエエエエエエド!!」

 電光の剣と噛みつく大蛇が衝突し、バチリッという大きな音が鳴る。

 剣が持つ正極の電圧のほうが鞭の持つ負極の電圧よりも高いため、放電したのだ。

 その反動で9Vスパークとアウトレットは仰け反る。9Vスパークは硬直が解けたブルーに支えられ倒れるのだけは防いだ。

 大してアウトレットは倒れて漂白剤に染まる地面に五、六回転。やがてゆっくりとアウトレットは体の漂白剤を叩き落としながら立ち上がり、茂伊郎と視線が合う。

 すると茂伊郎の顔がゆがみ、

「なんだよ、それ。なんなんだよ、それ!! 説明しろよ、姉貴っ!!」

 唖然としたのはアウトレットだ。

 しかしすぐに気づく。自分の顔を覆い隠していたマスクが漂白剤の海に落ちていたのだ。

 それは先ほどの放電の反動によるものではなかった。

 その程度ではマスクが取れないような作りになっている。

 だからそれが原因ではない。

 何が原因か?

 寧色はすぐに理解した。

 原因はガレージだった。

 なんてことはない、出発前に嫌がらせしてやろうと、誰かがマスクを弄ったのだ。寧色の弟がこの中学校にいることなんて、そんな悪戯をした本人には知る由もない。

 ただ逃げ戸惑う一般人の前で正体を晒して恥をかけ、恨みを買え、そんな嫌がらせが運悪く、弟に正体をばらすことに繋がった。

「こっ、これは……違うのよっ!」

 寧色は思わずそう言った。

 ただの言い訳だ。少しでも家庭の負担を減らそうと、給料の高い悪の組織に転職したのは寧色本人の意志だ。

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