第21話 黄金色の問題(5)

「あいつの槍をなんとかできる?」

 9Vスパークの横まで後退したブルーがたずねる。

「なんでですか?」

「ちょっとあいつの顔を知りたくてね」

「グワハハ、ならばオレ様に任せろぉ!」

 内緒話はするなと言わんばかりに会話に割り込んできたレッドがやる気を出すが、

「いやレッドは細かい作業無理だからおとなしくしてて」

 ブルーは一蹴。

「ぬぅ……」

 膝と手を地面について落ち込むレッドを尻目にブルーは強く問いかける。

「で、できるの? できないの?」

「まあ、大丈夫だと思いますけど」

「じゃあ頼むよ。ボクはその隙にあの仮面を引っぺがすから」

 なぜ、敵の正体が知りたいのか、9Vスパークには甚だ疑問だったが、どうしても知らなければならない理由があるのだろう。だったら理由など聞かずに手伝うのが、かつて無理やりブルーがヒーローを休む理由を聞こうとした9Vスパークの贖罪だろう。

 9Vスパークはマスクプレートのなかで視線をアウトレットの槍へと移動する。にらみつけるように凝視するとマスクプレートの画面のなかでロックオンサイトが固定される。あれを奪うにはどうするか思考することでどうすれば動けばいいのか提示される。あとはその動きをイメージするだけでいい。そうすればスーツが勝手に動く。

 真っ直ぐアウトレットに向かって走り出した9Vスパークは槍をかわして跳躍、ライダーキックといわんばかりの飛び蹴りを繰り出す。

 かわされた槍を振り上げ、蹴りを放つ9Vスパークを叩こうとしたアウトレットだが、ナビはそうするだろうという可能性を示唆していた。

 それを信じた9Vスパークは空中で身を捩り、槍のほうに胴体を向けて槍をつかむ。槍を掴まれたことでアウトレットの顔色が変わる。

 掴んだ槍に体重をかけ、9Vスパークは地面に倒れる。そのさなかにも体を回転させ、アウトレットが握る槍を捻った。槍ごと捻られたアウトレットは痛みから槍を放す。

 その一連の流れはわずか一瞬。それでもアウトレットの意識は9Vスパークに向いていた。その隙をついて、ブルーは高速移動。9Vスパークが脚に電力を溜めて跳躍したように、脚の推進力に電力を使うことで、ほかのカンデンヂャーでも高速移動は可能だった。もっとも9Vスパークの六分の一の性能しかないリチウムブルーは9Vスパークほどの速さは出せない。

 けれどそれで十分だった。一瞬にしてアウトレットの横に移動したブルーは、アウトレットの目元めがけて鞭を振るう。強くもなく弱くもない絶妙な加減で振るった鞭はアウトレットの仮面を奪い取る。

 槍を奪った9Vスパーク、落ち込みから立ち直ったレッドはその姿を見て呆然と立ち尽くした。

「やっぱり、キミだったね、寧色」

 ブルーは知ったふうにそう言った。ブルーはアウトレットが寧色であるかどうかを確認したかったのだ。

「やっぱり大技を使うタイミングとか槍の構え方とかは癖があるもんだね。それでわかったよ」

「あんたこそ、鞭の振り方が単調すぎて、避けやすかったわ」

 気に食わなさそうに寧色はにらみつける。

「どう……して?」

 9Vスパークは思わずつぶやいた。

 わけがわからなかった。

 胸中でうごめいていた変なもやもやが取れなくても、それは違うと否定してきたのに。光輝のいやな予感は当たってしまった。

「どうして!? どうしてなんですかっ!?」

 理解できなくて叫ぶ。叫び続ける。

 よりにもよって、なぜ〈奇機怪械〉に、カンデンヂャーが対立する悪の組織にいるのか。

 9Vスパークの悲痛の叫びに、寧色は抑揚のない声で言った。

「給料がいいからよ」

 それを聞いてブルーはフッと笑う。寧色らしいと思っているのかもしれない。

 レッドが何を考えているのかわからない。何も言わずただ突っ立っている。びっくりして言葉が出ないのかもしれない。

「だったら悪事を働いていいんですか? 寧色さんは少なくともヒーローだったんですよ?」

 なのにこんなにも簡単に乗り換えるなんて……、9Vスパークはマスクがあって良かったと思った。たぶん誰にも見られたくないほど怒りで醜くゆがんでいるだろう。

「あたしにはそんな認識はないんですけど。あたしはただ、お金が儲けらればなんでもいいの。なんだってやるわ。ヒーローだって所詮、高給取りの職業でしょ?」

「ふざっ、ふざけんな。ヒーローってのは。ヒーローってのは……」

「何、怒ってんのよ? バッカみたい」

 寧色は光輝と違ってヒーローが好きなわけではない。ヒーローに理想を抱いているわけでない。お金を儲けたいという選択肢の中にヒーローがあっただけの話だ。だから光輝が怒る理由がわからない。

 けれど、ヒーローに理想を抱いている、ヒーローに憧れている少年は違う。

 バッカみたい、その言葉でぶち切れた。

 寧色に駆け出していく9Vスパークをとめたのは、ブルーだ。ライトニングウィップがいつの間にか9Vスパークの体を拘束していた。

「邪魔、すんなああああああ!」

「落ち着けよ、光輝」

 変身しているときは名前を呼ぶのを控えているブルーだが思わず光輝の名を呼んでしまった。

 平常のように思えても、ブルーも冷静になれていなかった。それでも言わなければならない。

「誰もが、キミが抱いている理想のもとに戦っているものじゃないよ。キミは納得しないかもしれないけどね、ヒーローが悪の組織に引き抜かれる、それはよくあることだ。逆はないけどね」

「でも……」

「ボクは寧色に強くは言えないよ。ボクだってカッコいいって言われたいからヒーローを目指したんだから。人を救うためなんて高尚な想いを抱いてヒーローになったのはカンデンヂャーで言えばレッドとキミぐらいさ」

「それは……」

 そう言われると9Vスパークは強く出られない。

 寧色のみが違うのであれば糾弾だって容易だ。けれど次郎花も不純な理由でヒーローをやり、不純な理由でヒーローを辞めようとしていた。だから金銭的な理由でヒーローをやり、金銭的な理由でヒーローを辞めた寧色を糾弾できない。

「だけど、悪の組織に入るなんて……」

「ボクだって悪事を働くのはどうかと思うけど、そうまでしてお金が欲しいっていう人は実際問題、山ほどいるんだ。〈奇機怪械〉のガレージも〈栗鼠虎反対〉のハンタイマンも〈レト経路〉の売買巾も、そのほとんどが、お金が欲しい人の集まりだ」

 ま、正義の味方である以上、問答無用で倒すけどね、とブルーは変身を解き、次郎花に戻る。

「だから寧色はボクたちに倒される覚悟もしているってことなんだろ?」

「そりゃ……そうよ」

 そう言うものの寧色はどこか気まずそうにしていた。

 9Vスパークはなんとなくやりづらさを感じているのだと気づいた。なぜなら自分も寧色だと気づいた今、どうすればいいかわからないからだ。

 とにかく悪の組織を倒すと非情に割り切れる次郎花がうらやましい。そう思ったが次郎花も少し泣きそうな、悲しそうな顔をしていた。次郎花はヒーローらしくあろうと強がっているだけだ。

 それに気づいて9Vスパークは変身を解く。無抵抗の表れだ。

 ――なんとかしたい。

 なんとかして、寧色を悪の組織から離れさせたい。最初はヒーローを辞め、悪の組織に入った寧色に憎悪を向けていた光輝だったが、今はそう思い始めていた。

 やりづらいだけではない、かつて仲間だった同士が争うなんて、それはとても悲しいことだ。

 たぶんきっとそれをどこかで悲しく思う面があって、寧色に向ける憎悪は割り増しになっていたのだろう。

 ふたりが変身を解いたのを見てレッドも変身を解く。伴は空気を読むときは読む男だ。

「今回は見逃してあげるわ」

 寧色は捨てゼリフを吐いて白い地面を歩いていった。

「なんとか、しないと」

 光輝のつぶやきはセミの鳴き声にかき消され、誰の耳にも届かなかった。

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