第22話 黄金色の問題(6)
カンデンヂャーの本拠地――電光株式会社、あるいは電光基地、呼び方は好みに合わせてそれぞれだが、その所在地は中央にある弓山市役所から東に一キロ行ったところにある。スーパーマーケットホープと市役所の中間に位置する五階建てのビルだ。
対して、〈奇機怪械〉の本拠地は弓山市役所から西に一キロ。電気量販店オマエノ電器の隣、真加家の地下に広がっている。入り口はふたつ。ひとつは真加家の庭にある倉庫で、倉庫の扉を開けると地下に続く階段がある。もうひとつの入り口はオマエノ電器の倉庫から続いており、〈奇機怪械〉は魔改造する電気機器をその倉庫から盗んでいる。そのため、オマエノ電器の仕入帳は狂いっぱなしでいつも事務員が頭を抱えているが、今は関係ない。
その地下、ガレージたちに与えられた部屋――通称、待機部屋に寧色はいた。
今はアウトレットの衣装ではなく支給されたジャージで待機している状態だ。今日の出動はないと言われているもの機人の出動は気まぐれなのでそれが本当かどうかはわからない。
「上司を変えて欲しい」「お前のせいで、昨日の工作はダメだった」
辺りではガレージが素顔を晒して罵詈雑言を繰り返しており、とても談笑とは呼べない。
そんな雰囲気に馴染めない寧色は、仏頂面で机に突っ伏して、ふと自分が〈奇機怪械〉に入った経緯を思い出していた。
職業安定所の帰り道、初澱に勧誘された寧色はこの本拠地の上にある真加家につれてこられた。真加家は初澱に渡された名刺に書かれていた会社――イビルコンサルティングの事業所を兼ねていた。
イビルコンサルティングは悪の組織の戦闘員の斡旋をやっていて、それを聞いた寧色は驚いたものの悪の組織の良さを言葉巧みに語る初澱に言いくるめられ、給料がカンデンヂャーよりも高いこともあり、契約してしまった。
しかも寧色はついついヒーローだったことも話してしまう。とはいえそれが功を奏したのか特別にガレージでも、機人でもない、アウトレットという名を与えられて特別枠で戦えるようになった。しかもそれで給料がさらにあがったのだ。口車に乗せられたような形で契約してしまったわけだが、高給ならば文句も不満もない。新しい職場で頑張るだけだと意気込んだ。
――けど、これはちょっといやなんですけど。
雰囲気が違うだけで、寧色はこうも違うのかと後悔していた。罵詈雑言はとまらない。それどころか、寧色が特別枠で戦っていることを知って嫌がらせするやつらも出る始末だ。
今、寧色がジャージを着ているのも、シャワーを浴びている隙に、誰かが私服を隠したからだ。
――あれ、お気に入りだったのに。
思い出してムカついた。多少、給料が高いぐらいでどいつもこいつも目の敵にしてくる。
――いやな職場だわ。
いかに電光基地がいい職場だったかわかる。誰も彼もが楽しそうで、誰も彼もが協力的で、ああいうのをいい職場というのだ。
――ここは最悪。悪の組織だから当たり前かもしれないけれど、過ごしやすさぐらい良くてもいいじゃない。
寧色の不満はとまらないが、けれど今更引き下がれない。カンデンヂャーの前に敵として現れたのだ。
ここで働くしかない。給料も高いから。何も不満はない、と言い聞かせて。
不満なんてない。もう一度、言い聞かせる。
それでも、もう一度電光基地に、カンデンヂャーに戻りたいと思ってしまう自分がいる。
けれどそれを押し殺す。
ここのほうが、給料が高い。だから、わたしは満足している。
そんなのウソに決まっているのに寧色の言い訳はとまらない。
腹が立って、思いっきりテーブルを叩いて、立ち上がる。
叩いた音が響き渡って、罵詈雑言を吐き散らす連中の視線が寧色に集まる。
「帰る」
それだけつぶやいて、出口に向かう。
「特別枠のやつは気楽でいいね」
特に口の悪いガレージが寧色を皮肉る。
「だったら、あんたがあの衣装着てやったら?」
ハンガーにかかった、レオタードのようなアウトレットの衣装に指をさす。男があの衣装を着るのはかなり恥ずかしい。
それを見て周りから笑いが起こる。ただの笑いではない。明らかに嘲りとわかる笑い。
――気に食わない。そういうのが気に食わない。
いっそう無愛想になった寧色はその部屋からとっとと出て、帰路につく。
寧色の自宅は市役所の近くにある市営住宅だ。格安の家賃で人気だったが、なんとか選考をとおり、住むことができた。寧色の父親はすでに他界し、母親は体を壊して入院しているため、今は弟とふたり暮らし。弟は中学生。だから寧色の稼ぎが唯一の収入だ。来年には弟の進学が控えているうえに、母親の入院費もある。そのせいで出費はかさむからお金はどうしても必要だ。
数年前からこんな状況が続いているから、寧色がお金にがめつくなるのも当たり前といえた。
「ただいま」
不機嫌な声が玄関に響く。
「なんかいやなことがあったの?」
すると居間から声が返ってきた。弟の茂伊郎(もいろう)の声だ。
声で姉だと気づいているのか、いちいち茂伊郎は姉の顔を確認したりはしない。テレビ画面に夢中だ。
テレビ画面のなかでは戦隊ものの再放送がやっていた。海賊風の豪快な戦隊が過去に活躍したスーパー戦隊に豪快に変身するのが特徴だった。
寧色はすぐさまリモコンを弄ってチャンネルを変える。
「何すんだよ!」
「中学生にもなって特撮ヒーロー見ないの!」
「いいじゃん、面白いんだし」
寧色からリモコンを奪い返した茂伊郎は、そこでようやく自分の姉を見て、
「なんで、ジャージ?」
「なんだっていいでしょ!」
恥ずかしがるように寧色は奥の自分の部屋へと入っていく。
扉を閉めると再びテレビの音が聞こえてくる。今はなんであれ、ヒーローの活躍なんて見たくなかった。
扉から首だけ出した寧色はやつあたりするように
「お姉ちゃん、ヒーロー辞めたから」
「またかよー」告げられた茂伊郎は呆れ顔。「ってかまたどうせ、戻るんだろー」
「今度は戻らない。もう再就職先もみつけてるから」
「はいはい、冗談はいいって」
「本当だっての。アホ」
いつまでも信じない弟にいらついた寧色は近くにあったティッシュ箱を投げる。
「ってーえな。何すんだよ、クソ姉貴!」
睨みつける茂伊郎だが、そのときにはすでに寧色は強く扉を閉めて自分の部屋に戻っていた。
ジャージのままベッドに倒れこむ。お気に入りの枕をギュッと抱きしめて、顔をうずくめる。
こんなに仕事に行きたくないと思ったことはなかった。いやだと思ったことはカンデンヂャーのときにだってある。
グレイスはとんちんかんだし、伴はいちいちうるさい、白香はぐちぐちうるさいし、次郎花の胸の大きさは許せない。光輝だって入ったばかりなのに生意気。
それでいやになったりはするけれど行きたくないなんて思わなかった。
それに比べて悪の組織は……。
それでも生活のために頑張らなければならない。
給料だけはいいのだ。
我慢できる、きっと我慢できる。いや、我慢しなければならない。
――あたしひとりが我慢すればいいだけの問題じゃない。
言い聞かせて零れそうな涙をぐっと抑える。
「姉貴、飯どうする?」
扉が開いて居間の光が暗い寧色の部屋に差し込む。茂伊郎は扉の隙間から顔を覗かせて心配げにたずねた。
「今、作るわ」
そう言って立ち上がる。ジャージのままは少しいやだったが、着替える気分でもない。
「ご飯は炊いてあるから」
気が利く弟にお礼もいわず、寧色は気を紛らわすべく少しだけ意地悪をする。
「宿題やったの?」
「やったって!」
すぐさま怒鳴り声が返ってきて、寧色は少しだけ元気になった。
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