第20話 黄金色の問題(4)

 美味イガグリ焼き公園、もとは緑丘みどりがおか公園と呼ばれていたが命名権売買により、株式会社イガグリ焼きが、その権利を取得。以来、販売戦略の一環として美味イガグリ焼き公園と名付けた。それが直接利益に繋がったかどうかは不明だが、株式会社イガグリ焼きは今も成長を続けている。

 閑話休題。

 その美味イガグリ焼き公園は銀世界のように白く染まっていた。

「ドドスコーイ!」

 その中央にはふたりの人物。

 いやひとりは人物と言っていいのだろうか。

 クリーニング店で使われるドラム式の洗濯機。そこに筋肉隆々の腕と足が生えている。〈奇機怪械〉の機人だった。

 洗濯機の下部には注連縄をまいており、それがどことなくふんどしのように見える。洗濯機の右上からはポンプが見え、そこから白い粉を吐き出していた。

 もうひとりは仮面舞踏会マスカレード用の目だけを隠した仮面をつけた女性だ。

 覆面につなぎ服という装いのガレージとは違い、彼女はハイネックでノースリーブの黒いレオタードのようなものを着ていた。素足にハイヒールを履いた彼女は鞭を持たせればどことなく悪の女幹部のような装いだが彼女が持っているのは槍だった。その槍はコンセントのような穂先を持つ二又の槍だった。

「ドドスコーイ! アウトレットよ、ほれ、貴様もやるドドー」

 しこを踏み、すり足で張り手を放つ機人。

「やらないわよ」

 アウトレットと呼ばれた女性の声はヘリウムガスでも含んであるのか妙にかん高い。

「ドドースコッコッコ!」

 笑い声とは到底思えないおかしな笑い声を発した機人は、わかったような口ぶりで言葉を続ける。

「とか言いつつやるドドー。ほら、このツンデレドドー」

「いや、だからやらないから」

 アウトレットはそれでも頑なに拒んだ。

 そこにカンデンヂャーがやってくる。

「迸る電流! マンガンレッド!」

「撓る抵抗! リチウムブルー!」

 叫び声とともにポージングを取るふたり。

 9Vスパークは本来アルカリイエローが立つ場所を陣取って、

「吼えろ電圧!!」

 ピースのまま高く掲げた右手を翻したあと、肩まで右手を下げ、素早く両手を交差すると手を水平に広げる。両手の指はピースのままだ。

「9ボルトォオオオオ!」

 その後への字に足を伸ばし、腰を曲げ水切りをするように腕を振り上げ、右手を空高く真っ直ぐに、左手は腰辺りで小さくガッツポーズする。このとき、右手の人差し指と中指はくっつけ、左手は拳を作っていた。

「スパーク!!」

 グレイスに変身ポーズをどうすればいいか尋ねたところを、好きにしていいデースと解答があったため光輝は9Vスパークのポージングを自作していた。

「「「四人そろって電池戦隊カンデンヂャー」」」

「ドドースコッコッコ! 四人、いないドドー。カンデンヂャーは足し算もできないドドー」

「今はちょっとひとり休暇中なんだよ!」

 思わず四人と言ってしまったリチウムブルーは機人の指摘に反論する。

「ドドースコッコッコ! 休暇とは正義の味方は楽でいいドドー」

「自分が悪って認識してるんだ……」

「ドドー! ワシとしたことがテキトーなことをほざいてしまったドドー! アウトレット! ここは任せたドドー」

 地団駄を踏みながら機人はアウトレットに命令を出す。

「わかったわかった。ここは引き受けたわ、ヨゴトリー」

「様を忘れるなドドー」

「はいはい、ヨゴトリー……様」

「それでは頼んだドドー!!」

 ヨゴトリーは身を翻して、カンデンヂャーから逃げ始める。

「そうはさせるか!」

「ドドースコッコッコ!」

 高笑いしたヨゴトリーはポンプだけを走り出したカンデンヂャーに向け、白い粉を噴出させ煙幕を作り出す。

「なにこれ、石灰?」

「漂白剤ドドー!!」

 さらにその噴射の勢いを利用してヨゴトリーは空を飛び、はるかかなたへと消えていってしまった。

「グワハハッ! 効かぬ、効か……ゴホッゴフォ……」

 うおぇ、とマスク越しに漂白剤が入ったのか咳き込むレッド。

「強がらなくて……ゴホ……いいからっ!」

「僕が行きます」

 無事なのは9Vスパークだけだった。ブルー、レッド、そしてスパークともにマスクには空気の吸込口がついている。これは密閉型に近いマスクゆえに酸素の供給が困難になるからついているのだが、今回はそれを逆手に取られた。その吸込口がヨゴトリーの噴出した漂白剤を吸い込んでしまったのだ。

 漂白剤の煙幕をすり抜け、9Vスパークはひとり残るアウトレットへと向かう。

 9Vスパークが無事なのは9Vスパークにだけ備わる吸込口を覆う極小フィルターが漂白剤の侵入をシャットアウトしているからだ。

 幕からひとり抜け出した9Vスパークを見てアウトレットは驚くことなく極めて冷静に指を鳴らす。するとどこからともなくガレージの集団が現れる。

「スタンブレイド!」

 多勢に無勢という言葉があるがそれは9Vスパークの前では通じない。いや、職業、特撮問わず、怪人以外のザコ役というのはただヒーローがその強さを見せつけるだけに用意されていると言っても過言ではない。

 何人集まろうがヒーローの前では烏合の衆だ。

 襲いかかる先頭のガレージを突き刺し、周囲のガレージを回転しながら斬りつける。胸元を狙ってきたガレージを転ばし、足元を狙って何度も突き刺し、ガレージの体勢を崩す。さらには柄頭のスタンガンで後ろへ回り込んだガレージを痺れさせ、前方のガレージを突き刺す。床一面の漂白剤が倒れるガレージたちに付着し、さらには埃のように飛び散る。

 放電を彷彿させるかのように暴れまわる9Vスパークはわずか数分にして、襲いかかってきたガレージを全滅させた。

「ごめん、待たせたね」

「オレ様は大丈夫だ。問題ない」

 漂白剤の罠から抜け出したレッドとブルーは、9Vスパークの横に並び立つ。

 三人が並んでもなお、アウトレットは冷静に指を鳴らす。

 現れたのはガレージ……ではなかった。

「デビル・ガレージか。厄介な相手だね」

「オレ様は大丈夫だ。問題ない」

「確かにキミなら楽勝かもしれないね。というかさっきからそればっかり言ってるよね!?」

 つなぎ服と覆面こそガレージと同じデビル・ガレージだが、つなぎ服の肩からねじが角のように突き出し、頭にはフランケンシュタインのようにボルトが突き刺さっていた。

 さらに武器を持たないガレージとは違い、デビル・ガレージはのこぎりと金鎚を持っている。現れた数は三。

「ここはオレ様が引き受けよう」

 ガレージとデビル・ガレージとの大きな違いは、人であるかないか、である。

 正義の味方に分類される組織の求人に応じヒーローになるように、〈奇機怪械〉の求人に応じ内定をもらった人間が戦闘員ガレージになる。つまりガレージはもともと一般人で、金儲けだとか正義の味方が嫌いだとかそういう人間がなったもので、電化製品を魔改造して誕生した機人とは異なる。

 そんなガレージのなかで特に悪の組織に向いている人間は特別に魔改造を受けることができ、その魔改造を受けたガレージがデビル・ガレージとして進化する。もっとも絶大な力を手に入れる代わりに人間ではなくなってしまう。とはいえそんなことを悪の組織が教えるはずもないし、デビル・ガレージは命令に忠実になるので、今までクレームも苦情もない。

「ガガッ!」

 レッドは自分へと飛びかかろうとするデビル・ガレージへと飛びかかる。

 デビル・ガレージより高く飛びあがったその姿はまさに空飛ぶ豚。手にはブリッツハンマーがあった。モグラ叩きをするがごとく、レッドはそれをデビル・ガレージへと思いっきりぶったたく。レッドの下っ腹が揺れる。デビル・ガレージは両腕で防御したものの、受けとめきれず、頭から地面にのめり込み、犬神家のスケキヨのように、けれど不格好に両足だけを露出させる。

 そのまま着地したレッドへと二人目のデビル・ガレージが襲いかかるが、三人目はレッドを無視してブルーのほうへと迫っていた。

「行かせはせん。行かせはせんよ」

 レッドはブリッツハンマーのスイッチを入れる。

 しかし電磁石と化したハンマーをレッドは地面に近づけることはしない。レッドは身を翻し、ブルーのほうへと迫る三人目へと瞬時に近づく。途端、三人目はレッドのブリッツハンマーに引き寄せられ捕まる。いや正確には三人目が持っていたのこぎりと金鎚が引き寄せられた。急いで手放せばよかったものの、ブリッツハンマーの強力な磁力に引き寄せられたのこぎりを引き剥がすことができず、そのふたつに挟まれた三人目はクモの巣に捕えられた虫のように身動きが取れない。

「ふんがあああああああああああっ!」

 三人目の体重が加わったブリッツハンマーを回転させ、レッドは二人目に向かって振り回す。

 途端、スイッチをオフにし、磁場から解放された三人目が二人目めがけて吹き飛ぶ。二人目は三人目を回避することができず、そのまま倒れて、ふたり絡まって転がり、動かなくなる。

「そのまま、シビれさせてやるぜ」

 デビル・ガレージを一瞬のうちに倒したレッドは、デビル・ガレージとの戦いを見ていたアウトレットのもとへと走り出す。

 見守っていたブルーと9Vスパークもレッドへと続く。

 アウトレットもデビル・ガレージがやられたことでようやく手に持っていた槍を構える。

 その構えにブルーは既視感を覚えた。もしかしたら気のせいかもしれないが、その構えは見知った人のものとよく似ていた。

 一番早く到達したレッドだったが、アウトレットの突きの連撃に近づけずにいる。

「ぬぅ、厄介な敵だ」

 かくいうレッドはブルーが覚えた既視感を覚えていないようだった。

「らああああああああああっ!!」

 9Vスパークはその突きの連撃をナビの指示通りに避け、アウトレットの手めがけてスタンブレイドを振るう。しかしそれは槍についた二叉の刃に防がれ、瞬時に横に払われたことで、9Vスパークは体勢を崩す。

 その隙を埋めるように、レッドが力強く踏み込む。けれど大きく振りかぶったハンマーは空を切った。しゃがみこんで回避したアウトレットは足を払ってレッドを転倒させる。そのままレッドに三連撃を食らわせるが、体を捻ったり曲げたりしてレッドはその全てを回避。腹が揺れる。ハンマーを軸にしてバク転し、着地すると後退する。

 入れ替わりにブルーがアウトレットに突撃する。手首のスナップを効かせてライトニングウィップをしならせて、アウトレットの体を狙うも、アウトレットはそこを狙うとわかっていたかのように槍を移動させて弾き、瞬時にブルーへと間を詰めて、半円を描くように思いっきり槍を振りかざす。

 それは必殺の一撃のように見えた。しかしブルーはそれがわかっていたのか、体を捻り避けていた。

 ――やっぱり。

 ブルーはその動きを見て、何かに感づいた。

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